VOCALISE

 


 


 
 
 ある日の夕方、キョーコは社に連絡を取った。

 キョーコにとっては、決死の我侭を言うためだった。

 先日モデルでもある友人のクラスメートたちがした恋愛談義や文化祭の楽しみ方を聞いて、わがままを、言うだけなら言ってみたくなった。

「あの・・・もし可能なら、敦賀さんのご予定を、教えて頂きたくて・・・」
「うん?どうしたの?」

 社は電話の向こうでガッツポーズをする。

 キョーコが、同じ現場にいても、しばらくあまり蓮と会話をする事が無かったから、本当にどうしようと思っていた。

「文化祭の入場チケットが一枚余っているんです。良かったら、社長さんやマリアちゃんと一緒に、遊びにいらしてもらえないかと思って・・・。社長さんは来賓で来ることになっていて、マリアちゃんはもう遊びに来てくださる事が決まっています。モー子さんにも声かけてあって・・・。だから、もし良かったら敦賀さんもって思って・・・。最後の文化祭ですし・・・。高校へ入ったとき、とても、喜んで下さったから・・・。でも、さすがに敦賀さんは、目立ちすぎて、まずいですよね・・・?」

「何日?」

「九月二十八日のチケット、なんですけど・・・」

「ちょっと待ってね・・・・あ、午後からなら空いているよ。でも行けても三時過ぎかな」

「もちろん。ちょうど四時から私も、自由時間になる予定なので、校内ご案内します」

「キョーコちゃんの所の文化祭ってさ、確か、卒業生が結構行くんだよね?卒業した芸能人だらけで、その入場チケットが超高値で売買されるって聞いた事があったような・・・。確か誰か分からないように仮装だか変装だかして行く事が慣例なんだっけ。蓮も変装すれば平気なんじゃないかな」

「じゃあ、招待状をお持ちします。良かったらいらして下さいと伝えてもらえますか?」

「・・・・あのさ、蓮に、直接聞いてくれるかな?今多分自宅にいるから出てくれると思うんだけど」

「あ、はい、わかりました」

「オレが電話するの許可していたって言ってくれれば」

 キョーコが特別だという事を言いたかった。普段蓮が、どこからか漏れる蓮の連絡先に他の女優や女性タレントが連絡しても一切出る事は無い。キョーコは出る。

それなのに、

「あ、やっぱりそういうのも管理されているんですね〜。さすがトップ俳優さんです」
 と、違う風にキョーコには伝わって、社も、

「そういう訳じゃ、ないんだけど・・・」

 と肩を落とした。

「先日・・・セイ君・・・セイ君の連絡先、私に教えたいと言ってくださったのですけど、空野さんのマネージャーさんも、事務所に確認を取るって仰って・・・どこをどう情報が巡って上に上がって行ったのか分かりませんけど、社長さん自ら、私とセイ君の連絡先を教え合う事にOKを出したって仰っていたので・・・マネージャーさんの連絡先の管理も大変なんだなって思っていたんです」

 とキョーコが言い、社が、

「え?」

 と言った。

 ある程度の連絡先交換へのモラルはあるものの、都度報告するなど、そこまで管理されていませんが・・・と、思う。また社長の事だから、小耳に挟み、何かを思って出て来たに違いない。

「あの?」

「いや、そうだね、連絡先の管理は大事な事だからね。・・・じゃあ、蓮に言っておいてね。蓮が行くのなら、オレはオッケーだから。予めスケジュール入れてしまうね」

 キョーコは携帯を切って、一度手を洗いに出た。
 鏡を見る。大丈夫、と言い続ける。
 これから蓮に電話をする。
  緊張しないように、心の緊張が、解けない様に・・・

「もしもし、敦賀さん・・・」
「どうした?」
「あの」
「うん」

 キョーコは結局どこか緊張して、少しずつ話す。

「今、大丈夫ですか・・・?」
「もちろん・・・大丈夫だから出てる」
「あの・・・えっと・・・社さんが敦賀さんに電話してもいいって許可を下さって」
「え?そんなのいちいち許可要らないけど・・・何のための携帯なの・・・」
「でも」
「出たくない電話には出ないよ」

 出たいから出ていると蓮は言って、どうしたの、何か変だね、と続けた。
 蓮の声は、限りなくやさしく聞こえて、とても切なくなる。そして、キョーコだから出るのだと、まるで自分が特別扱いされているような気さえした。

「あの・・・九月二十八日なんですけど・・・私の高校の文化祭があって、入場用のご招待のチケットが一枚あるんです。よかったら来て頂けないかと思って・・・・」

 キョーコは、携帯の向こうで、ぎゅ、と目をつぶった。

 あえて、社にスケジュールの許可を得ている事は言わなかった。社がスケジュール上は許可をおろしていて、時間がある事をキョーコが知っている事を知ったら、優しい蓮は、行きたくないのに断りにくくなる。

「うん」

 と蓮は即答した。

「え?」

  断られる事を覚悟で伝えたのだから、少し驚いてしまった。

「確か・・・今の所午後は空いていたような・・・夕方、少しだけなら行けたと思うんだけど。もう一回社さんに確認するね。多分大丈夫だと思う」

 キョーコは電話口で、涙が出そうになる。
 スケジュール、一ヵ月先を覚えているのだろうか。
 空いているから行くと言ってもらえるのが、ただただ嬉しかった。

「じゃあ、もし、スケジュールが合ったら、ぜひ、いらしてください。社長さんは、来賓の方でいらっしゃいますし、マリアちゃんとモー子さんにも声をかけてあります・・・それからあの・・・沢山芸能人の方や関係者の方がいらっしゃるのですけど、『芸能人の誰』と分からないように、来て頂くのが、慣わしで・・・」

「分かった、オレだと分からなければいいんだよね?」

「はい」

「じゃあ・・・またね。次会うのはいつかな、一週間後ぐらい?」

「そうですね」

「おやすみ、最上さん」

「おやすみなさい・・・」

 そう言って、キョーコは電話を切った。

 嬉しくて、そして、切なくて、蓮の人形を引き寄せる。
 こんなに好きになってしまって、一体このどうする事もできない感情の嵐は、どこへどう流したらよいのだろう。

 この感情に、触れる事も、表に出す事も、言う事も、できない。身動きが取れないのに、心だけがある。

正に自分も人形のようだ。
 
蓮の人形を抱きしめ続けていた。
あまりの恋心に、魂を持ち始めてしまいそうだ。
 
キョーコはもう一度だけそれを抱きしめて、元に戻した。
 
 









 


 

 






2014.12月作成
2019.1.24掲載


*学校とか文化祭とか自由な設定にしております。
パラレルワールド扱いでお願いいたします・・・