VOCALISE

 


 


 
 
 久しぶりに蓮と会ったのは、『西洋人形師』の顔合わせと台本の読み合わせの時だった。

「ひさしぶり」

 と部屋に入り、蓮が声をかけた。キョーコも、お久しぶりです、と、やはり深々と頭を下げた。
 横でセイが、「ぶはっ」と、お腹を抱えて笑う。

「も〜う何で毎回笑うのよお、挨拶をしているだけなのに」

 とキョーコが言ったのを、

「だってさあキョーコのその挨拶すごいんだもん」

 とセイはその天然性の笑顔でもって笑った。

「・・・・・・・・・」

 蓮はにこやかにその様子を見守るだけだ。

 恐らく、彼は、自分にとってのどこぞの馬の骨君になるのだろう、と、その男性的な感が読み取る。

 ある種の男の子らしい、分かりやすくストレートな感情。興味があるからキョーコをからかうように見えた。

 高校生らしい表情、まだ成長しそうな少しあどけない顔と体つき。でも仕事の時見せる男らしい表情とのギャップに、ファンは膨大にあり、彼のファンのための映画が作られ、日本でトップアイドルグループの中心にあるだけの経験と実績はあるのだろう、と思う。
 
 
 読みあわせが始まっても、キョーコは特に出番は無い。ただ、このタイミングで、こんなリアクション、というようなイメージを、監督から告げられたものをメモしていく。
 
 蓮の最後の部分を聞きながら、皆が赤面する。

 なぜホラーにこんなに官能的な部分が、と思う人もあれば、映画に死と暴力と官能性は必要不可欠だからだと淡々と思う人と。

 その官能性を受け止める事をイメージして、心の中で目を回しているキョーコがいた。
 
 当初人形を作った人形師とも、少しだけ愛し合う描写は出てくる。でも、その人形師の愛し方は乱暴で、とても思い入れできるような愛し方ではない。もちろんカップルの数だけ様々な事情があるのだろうけれども、少なくともキョーコには、こんな愛し合い方は、と思うような偏った愛だった。

 最初の人形師がいなくなってから、数百年もの間、骨董屋に売られては買われ続け、最後に買い付けた人形師は、呪われた人形として過ごしてきた人形の魂を救いたいと願う。人形師は、純粋にその人形に、敬意と愛を注いだ。血肉を求めようとした人形を心から愛していたから、命を持って行って良いと許可した。もし、欲しくなったらいつでも命を持って行っていい、だから、女と見たら見境なく命を持っていくのをやめて欲しいと願う。人形師は、その人形を、まるで本当の人のように愛した。

人形は、最初の人形師からずっと求めていたものを得て、人形は、人形である事をやめようとする。あらたに、「本当の」肉体を得たいと考え、それを人形師の心に伝える。人形師はただ、その魂が望む「本当のこと」を知ろうとする。
 蓮とキョーコも殆どが、見詰め合うだけで、言葉は無い。心の声は、あとからナレーションで取るから、台詞もない。時々蓮が人形に対して言葉を囁く程度だ。

 まったく言葉の無い静謐な部分と、強烈な惨劇と、官能的な描写の対比が大きい映画のようだった。
 
 
 午前中の読み合わせが終わり、伸びをしたセイがキョーコに、「お弁当あるらしいよ、一緒に食べよう?」と誘った。

 キョーコは、久しぶりに会う蓮と一緒に食事が出来たらいいな、と、可愛い恋心がもたげていた。

蓮と少し話がしたかったけれども、セイもセンパイで、目の前で誘われているのに断る事はできなかった。

もちろん、と答えた。

 蓮もすっと立ちあがる。他の俳優と談笑しながら部屋を出て行く。
 
――まるで縁もゆかりも無い赤の他人のよう・・・
 
少なくともキョーコは、蓮との絆が他の人間より強い気が『勝手に』していた事に気づく。

少なくとも嫌われていない、と、思えていたし、自分の最も大事な話や、お守りを見せて話をしても、受け入れてくれるだけの距離感があるように思えていた。兄妹役として、蓮とのものすごく親密な距離感を知っている。

だから、変な話、どこかで何かを許されているような、安心感があった。

けれども、よく考えれば、あくまでキョーコは、依頼された仕事を終えてしまえば、事務所の後輩の一人、である。蓮は仕事に一切の手抜きをしない人だからこそ、キョーコを溺愛する妹として可愛がったのだったし、一緒に仕事をすれば、キョーコを思いやってくれる。いつも現場で一緒なら、必ず蓮は同じ事務所の後輩であるキョーコが一人にならないように、気遣い、声をかけてくれていた。けれども、その必要が無ければ、もちろん蓮も、出て行くだけだ。

 キョーコは、蓮に対して身勝手な親密さを覚えていた事に気づいて、それが幻想であった事を思う。

全然蓮との事に関してだけは、仕事と現実とを切り離せていない事にも気づいて、背筋が、冷たくなった気がした。

 蓮が聞いたら、あきれるだろう。
 恋心など、全く抑えられていない。

 そのうち、もしくは、もう、蓮は恋しく思う誰かを手に入れて、蓮の事だから、深く愛すだろう。

 それをそばで見る事も、良かったですねと、口が祝福して心が離反する事も、覚悟しなければならない。

 きっと、今が、蓮への恋心を一生抱えながら、愛される事を諦めて、蓮を心から切り離す練習をする良い機会なのだろうと、キョーコは思った。
 
 
 蓮が一人で控え室に戻ってきたから、社は意外な顔をした。お弁当にしてもケータリングがあるにしても、大概蓮とキョーコはいつも一緒だったからだ。

「あれ、蓮。お昼キョーコちゃんと一緒じゃないんだ」
「ええ、セイ君と一緒に行きましたよ」

 あ〜・・・と社は心の中で思う。
 社は蓮に支給されていた弁当を目の前に置く。普段から弁当を置いてもあまり手をつけない蓮、恐らく今日はもっと手をつけないだろうなあ、と思った。

「蓮、野菜とごはんだけでいいから、胃に入れろよ。今日も夜まで予定が入ってる」

 いつも同じ事を言うけれども、今日は少しだけ、強く社は言った。蓮はいつも通り、はい、とだけ答えた。
 
 
 セイとキョーコは、セイの控え室に誘われて、セイの部屋で食事をしていた。
弁当を写真で取り、携帯電話で何かしらを打ち込み、そして、揚げ物を残してセイは弁当の蓋を閉じた。

「揚げ物苦手?それとも健康管理?」

 とキョーコはセイに質問した。アイドルだから、体型維持なども仕事のうちなのかと思った。

「あんまり、揚げ物得意じゃなくて」

 セイは言った。健康管理のためだと思って質問したから、食欲旺盛な男子高校生らしくない返答にキョーコは、そうなんだ、と言いながら、目を瞬いた。

「嫌いじゃないんだよ?でもさ、ホラ、移動が多いから、弁当に揚げ物が入っている事多くて。食べ飽きちゃった。この仕事しているヤツで多いよ、弁当の揚げ物と肉類食べないヤツ」

 おおさすがです!、と言いながら、そんな所まで、キョーコはトップアイドルらしい、と言って、妙にキラキラしい視線でセイを見つめる。

「キョーコも、そのうちそうなるよ」

「揚げ物、食べ飽きちゃって・・・って言得る位お仕事してみたい。そんなバロメーターがあるんですね」

「・・・・タメ口でいいって」

「あ・・・お仕事の話になると、どうも、その、タメ口って苦手というか・・・何も考えないと思わず出てしまって」

「そっか、いいけど。キョーコが困るなら・・・。わざわざ気を使って言ってくれてるのかなって思ったから」

「違うの、ずっと、自分より大人しか居ない世界でしか、お仕事した事が無いから、得意じゃないだけ」

「そっか」

 セイは、また屈託無い笑顔をキョーコに向ける。

「京子さん」

 と言って、ミノルさん、と言われていたマネージャーが一枚の紙を手渡す。

「話がどう巡ったのか、なぜか社長自ら京子さんへ連絡先を教える事と、京子さんがセイへ連絡先を教える事に、オッケーを出したと、両方を事務所の人間が伝えてきました。これがセイの携帯番号と連絡先です。京子さんの連絡先は、そういった理由で、椹さんが電話してきて、伺いました。あとでセイに伝えておきます」

「え、あ、すみません、なんだか事務所まるごと大ごとみたいに話が広がってしまって。私のために、ありがとうございます」

 さすがトップアイドル、セイの連絡先一つで社長まで話が上がってしまうんだ、とキョーコは思う。

蓮の連絡先も、代マネという仕事から始まり、たまたま連絡先を知っているが、本当は、事務所内の事務所を支える看板芸能人達は、管理がされているのだろうと思った。日本中顔を知られて、プライベートが無いように生きているのだから、連絡先はトップシークレットなのだろう、とも思った。

「社長が?」

 と、セイが言った。

「はい」

とだけ、ミノルサン、は目を伏せて言った。

「・・・そうなんだ」

 セイも目を伏せて、言った。
 
 
 午後の読み合わせを終えるとすぐに、蓮もセイも次の仕事場へと移動すると言って足早に出て行った。

 キョーコは一人、だるまやの仕事を手伝いに、帰宅した。


 

 






2014.12月作成
2019.1.19掲載