VOCALISE

 


 

十四
 
 
「・・・・キョーコ、すごいね・・・」

 と、撮影現場でリハーサルを終えて帰ってきたキョーコに対して、赤面するセイに、キョーコは少しだけ苦笑する。
 
 蓮が深く深くキョーコを愛する場面を、半日かけて延々と撮る。

キョーコはもちろん視線を動かす事も表情を出す事も声を出す事もないのに、蓮とキョーコの出す特別に官能的な雰囲気は一体何なのだろう。

キョーコの中から滲み出る空気がそれ、なのだろうか。

 確かにキョーコは、表情も声も動く事もできない。

けれども、心の底から『人形の感情』は心で思いつくす、といつか言っていた。

今、キョーコは蓮への深い感情を表現し尽くしているからこんなに、空気まで官能的なのだろうか。

 目に見えないものが映像に映る様子を目にしたような気がした。

 セイは赤面しながら、大好きなキョーコのそういう場面を見ていた。

けれども途中からはもはや芸術的な様子で、蓮の究極的な偏愛、『人形を本当の人間のように愛玩する様子』『徹底的に蓮一人で人形を愛する行為』を眺めた。


社も、「キョーコちゃんだからとはいえ、仕事とは知りつつよくやるよね、蓮」、と、蓮を見ながら思う。あまりに蓮の深い愛を見続けると、何と言うか、自分も今すぐ恋愛をしたくなってしまうような衝動を覚えるじゃないか、と・・・。

それはそれで仕事として最も成功した形なのだろうけれども、蓮の行為やキョーコの体、キョーコの肌や蓮のしぐさを見てそう思うのもまた、どこかいけないものを見てしまったようで、気恥ずかしい。
 

――蓮に半日あんなふうに触られ続けて・・・・・幾らなんでも、キョーコちゃんの中では一体どんな事になっているんだろう・・・キョーコちゃんもまさか、また自分の中に篭っていると言う事は無いとは思うけど・・・
 

――蓮は官能的だし、キョーコちゃんも人形としても官能的に見えて、二人の雰囲気はとてもいいのに、キョーコちゃんも仕事、さすが、何にも本人の感情を読ませないなあ・・・・
 
と思いながら、社は蓮に真似て、「仕事仕事」、と念じながら、何度も赤面しそうになるのを隠した。

 
 オッケーが出ると、キョーコは少しして、ふぅ、と、一度息をついて体を起こし、蓮に、あまり表情無く、お疲れ様でした、と言った。

 蓮はにこり、と笑って、長時間お疲れ様、と言った。

 蓮がキョーコをシーツで包んでから、降りる。

 スタッフがキョーコにとても大きなTシャツを渡して、それを被る。

Tシャツ一枚で、キョーコも、何事も無かったようにスタスタ歩いて自分の控え室に向かい、着替えに行こうとした。


 横を通るキョーコに、

「キョーコ」

 とセイが声をかけた。

「・・・お疲れ様、あのさ、その・・・恥ずかしくは無いの」

 と聞いたから、

「演技が始まってしまえば全然。ただ愛しい、愛してと言いたい、声が欲しい・・・と思っているだけ、かな?」

「そう、なんだ・・・///」

「・・・・セイ、あの、ごめん。着替えて、くるね?」

 とキョーコが今度は可愛らしく恥ずかしそうに言ったから、セイが思いきり赤面して、

「ごめん!!」

 と言った。

 そのキョーコの後ろを蓮が歩いて追いつく。

「最上さん待って、オレも着替える。一緒に行こう」

「あ、はい。行きましょう。さすがに、何も台詞が無くても喉が渇きました。部屋に水置いてありましたよね?」

「だね。オレも水飲みたい」

 まるで何事も無いように歩いていく。

 蓮もキョーコも、俳優としてのプロだ。

 以前キョーコが言ったように、今日の撮影現場も、「あくまで仕事」であって、セイのように中身の一つ一つに過剰反応する事は無いのかもしれない。
 

 キョーコの、いつもと変わらない、背筋の通った綺麗な後姿をセイは見つめる。
 

 二人が何事も無かったように並んで歩いて行く後姿を見て、なぜかは分からない、誰にも割って入れない不思議な空気感、同じような、やわらかでしなやかな雰囲気を纏うように見えた。
 

――あの音楽室にいた金髪の人・・・もしかして・・・

 
 でも、セイは「なんてね」、と言って、社かマネージャーにでも聞けば分かるであろう、蓮の九月二十八日のスケジュールを聞く事はせず、今日はその推理力を使うことをやめることにした。


 いつか、時がくれば、分かる事だろうから。
 
 




*****


 



――その日の仕事終了後、社が(蓮とキョーコを気遣って)一人で帰宅すると言って出て行った後――

 
「・・・・ねえ」

「なんでしょう」

「・・・・本当に君は負けず嫌いだよね。感嘆するね。あれだけやって、殆ど・・・人形から人になかったね。プロとして尊敬するよ」

「・・・・敦賀さんには絶対に負けません!」

「でも、やっぱり耳の後ろからうなじだけは、ダメなんだね」

「・・・・・・・・」

キョーコは、分かっているクセにいじわるに何度も何度も触ってヒドイ!とキョーコは思って頬を膨らませる。

 蓮は、拗ねるキョーコの耳の後ろにそっと指を這わせる。

「・・やっ・・・」

 今度は、人形ではなく、人として、思わず声を出したキョーコに、蓮は吹いた。

「相当我慢していたんだね」

「・・・役を頂いた限り、絶対に自分には負けません」

「プロだね。素晴らしい」

「そうですよっ」

 とキョーコは口を尖らせたから、蓮はやっぱり吹きだして、

「今日は、半日、リハーサルから撮影の間中、オレに対して人形として言いたい事、あったんじゃないの?」

 と、しれっと言った。

「・・・・ないもんっ・・・・」

キョーコが、顔中真っ赤に赤面して、可愛らしく頬を膨らませる。だから、蓮は頬に手を添えて、

「それはオレの部屋で聞くことにするよ。・・・今日は一日、オレだけの人形に、なる?」

と、まるで人形師のように甘く見つめて、言った。

顔から火を噴きそうなキョーコを見て、

「この間君が望んだことだよ?」

と、蓮は可笑しそうに笑った。

キョーコが何も言えなくて、ただ、その気持ちのやり場に困って、蓮の背中を、ぽこぽこ、と数度叩いた。

顔を背中に少しだけ埋めて、一瞬だけ背中を抱きしめる。

・・・仕事場だから・・・すぐに離れた。

「敦賀さんだから、今日はできたんです」

「そうかな・・・相手が誰でも出来たと思うけど・・・・でもオレは、君だからここまで信頼して出来たんだ。その精神力、役者として本当に尊敬するよ」


 蓮はそう言って、穏やかに、笑った。





 
 
【FIN】























2014.12月作成
2019.1.31掲載



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