VOCALISE

 

Daydream スピンオフ 《Vocalise ヴォカリーズ》
 
一 ・ 二
 
 
「京子・・・最上、京子・・・という人、このクラスにいる?」

 と、一人の男の子が教室の中を覗きこんだとき、全ての視線が彼に注がれた。
 彼を知っている人間、と言っても、放課後まで残っていた殆どの人が、わっと彼に群がる。男子、女子、関係なく、「久しぶり」とか、「元気?」とか、「どうしたの?」とか、「珍しいね、こんな時間まで残っているの」、と、好き好き声をかけた。

「はい、わたし、ですが・・・」

 と、キョーコが席を立ち、その輪の中心へと歩み寄る。
 一度も見かけた事が無い人物だった。

「何でしょうか」
「ちょっと、いい?今出て平気?」
「だいじょうぶ・・・・ですけど」
「ごめん、ちょっとだけ付き合って欲しいんだけど・・・」

 彼はそう言った。キョーコは当然ながら彼の言う意味が分からず、不思議そうな顔をする。
 若干、女性陣からの視線が痛いような気がする。
 この視線の痛さには覚えがある。怨キョアンテナにひっかかり、彼らがにょきっと肩口から出てきた。「おひさしぶり」と言いながら。
 だから、この視線の痛さは、嫉妬や疑問、まさかの、というような意味が込められているらしい。彼はどうやら人気者、のようだと、皆のその視線の強さで理解した。

 彼の後を着いて歩く。廊下を他の人がすれ違えば、皆それぞれ彼に声をかけた。キョーコの事は目に入らないらしい。

「あの、すみません・・・」

 とキョーコが少し戸惑いながら声をかけると、

「3階の第三音楽室、行こう」

 と言って、彼はキョーコの戸惑う声を、軽く流した。
 
 
 音楽室に着くと、彼は部屋に入り、そして鍵を閉めた。
 さすがに、すこしだけ、ドキリ、とする。
 なぜなら、第三音楽室は吹奏楽部やオーケストラ部、また、音楽科の生徒の為の部屋で、音が外に漏れないように防音室になっているからだ。
 誰もいない部屋に入り、鍵を閉められると、さすがにキョーコも警戒して戸惑う。
 でも、その警戒はただの杞憂に終わった。

「ごめん、えっと・・・京子さん、だっけ」

「はいっ、あの、最上キョーコです。お仕事では京都の京に、子供の子で、京子という名前でお仕事をしています」

「オレ、知らない?」

「・・・・ごめんなさい・・・あの・・・」

「そうなんだ」

 彼は、ははっと、それは爽やかな笑顔で笑った。

「オレは、ビープラネット、というグループにいて、ソラノセイ。空野星、ソラノホシ、と書くよ」

「は、はじめまして、よろしくおねがいします」

 キョーコは九十度のお辞儀を丁寧にした。

「ぶはっ・・・」

 星君はキョーコのその様子を見て、思い切り吹いた。

「同い年なんだけど。そんな丁寧なヒト初めて見た」

「あの、同じ年でも、多分、お仕事では、だいぶ私は後輩なんじゃないかと、その。私などお仕事を始めてまだちょっとで・・・すみません」

「笑ってごめん・・・真面目なんだね。同じ学校だし、同じ学年だし、隣のクラスだし、その辺あまり気にしないでいいと思うんだけど・・・オレは気にしない方だから。セイ、でいいから呼んで?オレは、キョーコ、と呼ぶから」

「えっ」

 そんないきなり会ってすぐに呼び捨てですか、とキョーコは、戸惑う。

「ていうか、オレ・・・・LMEなんだけど・・・オレの事、っていうか、ビープラネットも本当に知らないんだ・・・?」

「ご、ごめんなさい、本当に」

 本当に知らなかった。同じ事務所といっても、膨大に人数がいるし、膨大にグループも個人も所属している。もちろんあまりテレビ番組や芸能人に興味の無いキョーコだってある程度は知っているつもりだ。でも、彼の事は本当に分からなかった。

「本当に、ごめんなさい。失礼してしまって・・・」

「いや、いいんだけど・・・オレたちグループの力不足だから・・・」

 キョーコはそれを聞いて、本当にすまなそうにした。
 彼が教室に顔を出しただけで、芸能人に慣れたクラスメート達でさえ色めき立つのだから、恐らく、とても人気のあるヒトなのだろうと思う。

「それで・・・あのさ、本題なんだけど」

「はい」

「今度、オレの主演の映画に、京子、という人が出るらしいと聞いて、会ってみようと思って。人形のヤツ」

「も、もしかして、『西洋人形師』の?」

「そうそう、それそれっ」

 彼はようやく話が通じた事を嬉しく思った様子で、キョーコにまた爽やかな笑顔を向けた。

 キョーコはその映画で、「西洋人形」になる予定だった。キョーコの演じる、リアル西洋人形が、愛されるうちに魂を持ち、周囲を巻き込みながら、その「人形」の思いを遂げようとする話だった。もちろん西洋人形といえば、ホラー映画である。キョーコは中盤散々血みどろだ。

「台本読んだ?怖いよね、あれ。気持ち悪いし」

 とセイは言った。

「ですよね、頑張って怖がってもらえるように努力します」

「ははっ、キョーコさ、十分未緒だって怖かったけど。ドロドロしいって感じで」

「わ、見てくださったんですか?」

「もちろん。毎週すごい楽しみにしてた。特番も見たよ。敦賀さんの隣の人だったよね?未緒のイメージと全然違ったから。だから、その京子っていう人が一緒に撮影で、マネージャーがさ、高校も学年も一緒だって言ったから、探して会ってみたいって思って。急に呼び出してゴメン。これからよろしくね?」

 セイの屈託なく、にこり、と笑う笑顔が、とても爽やかだった。『天然性』の笑顔の綺麗な芸能人という感じがする。そして改めて、何て爽やかなんでしょう、このヒト、とキョーコは思う。

「よろしくおねがいします」

 またキョーコが深々と頭を下げたから、セイは、

「お願いがあるんだけど、タメ口でいいから。マジで。オレ、ダンスとバク宙は得意だけど、俳優は絶対キョーコの方がセンパイだから。映画でも足引っ張らないようにしないと。下手でも仕方ないと思っているけど・・・出させてもらうんだし、主演なんだから、出来る限り努力したいと思ってる」

「そ、そう・・・ですか・・・」

 まだそこまでセイが言っても、初めて会うヒトにタメ口をきくなんて、と、キョーコがためらうから、セイが笑いをこらえ切れずに、ぶはっ、と笑った。

「キョーコ、いいっ」

 ほめられているのか、笑われているのか、不思議な気持ちがした。けれども、まるで長い事自分を知っている友達のようにセイが振舞うから、それは少しだけ嬉しくて、

「じゃあ、あの、セイ、と呼んでいいですか?」

 と言った。

「もちろん!キョーコ。事務所のセンパイ、じゃなくて、ガッコウの友達、だからね?」

 と、セイは、またその爽やかな笑顔で答えた。

「あの、セイ・・・あの、」
「何?」
「私は、事務所の中でも、ラブミー部という所に所属していて、俳優部門じゃないんです・・・じゃなかった、俳優部門じゃなくて」
「そうなんだ?ラブミー部?そんなのあったっけ?また社長が面白い事考えたんだろ?」
「そう・・・なのかな?」
「きっとそう。でも、所属している部じゃない。実績だろ?だから、キョーコはオレの、センパイ」
「い、イエイエイエ、本当にごめんなさい」
「あはは、キョーコ、全然ダメ、直ってない」
「ご、ごめん・・・ね?」
「それと謝りすぎ。何も悪い事してないし。友達って言ってももちろん・・・『シタシキナカニモレイギアリ』も大事なんだろうけどさ、キョーコのは、レイギあり過ぎだからっ。多すぎっ」

 屈託無い満面の笑顔で彼はそう言った。
 
 
――・・・みんなが彼を慕うのが分かる気がする・・・
 
 
 彼は『天然性』のオープンマインドのヒト、なのだろう。そのせいなのか、既に、キョーコもだいぶ心を開けている。
 セイの屈託無い笑顔と、砕けた様子が、皆を惹きつけるのではないかと、キョーコは思った。
 
 
*****
 
 
 キョーコが教室へ戻ると、あまり話した事が無い人たちがキョーコに話しかけてきた。セイがキョーコにまさか『告った』のではないか、と、思ったようだった。
 彼らはそれぞれ、セイ君はとても忙しくて、彼が学校に来るのも珍しく、会えるだけで嬉しかったと口にした。

 キョーコは、「とあるお仕事が今度一緒になる事になって、わざわざ同じ学校の同じ学年と聞いて私を探してご挨拶をして下さったんです」、と答えた。それを聞いて彼らはホッとしたのか、セイ君、同じ学校だからってわざわざ挨拶するなんて偉いんだね〜、そうだね〜と口々に言った。
 
 
 ビープラネット、というグループを知らなかったのは、それがそういう名前だという事を、キョーコが(興味が無かったせいで)覚えていなかったからだった。

細かく全てのプロフィールを覚えている訳ではないけれど、グループでまとまった顔を見たらすぐに分かった。頻繁にアイドル雑誌の表紙を飾り、バラエティにもよく出ている。もちろん、事務所内にも沢山のポスターが貼ってある。各局テレビ番組の顔で、年末の音楽番組に決定したと、書いてあった。

セイはよくグループ写真の真ん中で、あの爽やかな笑顔で写っていた。

 トップアイドル中のトップアイドルだ。

 クラス中のクラスメートが沸き立つ理由も分からなくは無かった。それだけのアイドルグループなら、コンサート、レコーディング、ダンスが得意と言っていたのだから、ダンスや振り付けの練習から番組の収録、雑誌の撮影と、日々分刻みのスケジュールで、全国を飛び回っているに違いない。キョーコと音楽室を出たあと、彼はマネージャーを紹介したいから、と言い、促されるがまま玄関先まで一緒に着いて行った。玄関先にセイを迎えに来ていたマネージャーから、挨拶と共に名刺を貰った。

やはりキョーコは深々と綺麗に頭を下げて、横でセイがぶはっ、と笑った。

「ミノルさん、キョーコさ、すごいいいでしょ?この挨拶の角度!中々無いよね」とセイが言った。「そうですね、素敵ですね」、とあまり表情を変えず、ミノルさん、と呼ばれた男性は社交辞令なのか本当にそう思っているのか全く読み取れない様子でそう答えた。

「キョーコにさ、これから仕事一緒だし、オレの連絡先教えたら、まずい?ついでにさ、キョーコのも聞きたいんだけど。事務所通さないとダメ?」

 とセイが伺いを立てるように、上目遣いで聞いた。

 ミノルさん、と言われた男性はキョーコへ向き、

「同じ事務所ですし・・・セイ本人がそう言っているので問題ないと思うのですが、一応一度事務所に確認します。京子さんの連絡先を私どもが伺ってもいいか事務所に確認してもらえますか。セイの方、お伝えするのがNGでしたら、申し訳ありません」

 と丁寧に答えた。
 
 
貰った名刺を帰りがけ、見直す。確かに、『BE PLANET』というグループ名と共にマネージャーと記載があった。
 
――すごいグループなんだ・・・
 
 あの天然の、屈託のない笑顔の先で、彼のために、数十万人、いや、テレビで見ているだけのヒトも含めれば、数百万人を超えるファンがいる。一年間に、何十万と言う人が見たいと会いに来る。単純にすごいなあと一般人のように思う。

 キョーコがファンと触れ合うといっても、試写会や舞台挨拶くらいだ。
 
 
 事務所に着くと、確かにビープラネットのポスターが入口に貼られている。彼ら一人一人のサインが入っているし、とても煌びやかだった。
 
――なんで全然目に入らなかったんだろう・・・・
 
 と、自分の中に問いかけて、すぐに答えが分かった。
そして、一気に赤面する。
 
――敦賀さんしか、目に入っていなかったんだもの・・・
 
 そんな理由、セイには言えるはずが無い。
 
 ビープラネットのポスターの横に、蓮の写るポスターが貼られている。事務所に寄った時は、どんなに気をつけていても、目は正直で、まず最初に蓮のポスターを捉えてしまう。

 目は口ほどに物を言う。

気をつけなきゃ、と思うのに、実物に会うのは我慢するから、せめてポスター位拝ませてほしい、という、ささやかな恋心も存在している事にも気づいていた。
 
 
 しげしげ、とキョーコは、ビープラネットのポスターを眺めてみる。

 一度彼らが目に入り、気がつけば、あちらこちらに彼らの顔は貼ってあったし、どのポスターも、どこもかしこも光り輝いているように見えた。それが今まで全く目に入らなかったのが不思議な位だ。でも、キョーコにとって、もっと光り輝く存在がすぐ横にあったのだから、仕方がなかった。

「あれ、キョーコちゃん!」

 と声をかけてきたのは社で、当然ながらその後ろには蓮がいた。

「社さん、敦賀さん」

 こんにちは、と、深々と頭を下げる。

「こんにちは」

 と蓮は言いながら、セイとはまた違った、穏やかで煌びやかな笑顔をキョーコに向けた。

「どうしたの?こんな所で。何か待ち合わせ?」

 と社がキョーコに言った。

 蓮はキョーコがじっと立ち止まって見ていた視線の先を見た。ビープラネットのポスターと、自分の顔の写るポスターが貼ってある。

「オレがどうかした?それともビープラネット?」
「あ、あの」

 どちらもです、とは言えないから、キョーコは、

「今日、ビープラネットさん、を、初めて知りまして」
「へえ、仕事で?」

「いえ、こちらのビープラネットさんの・・・空野星さん・・・が、同じ高校の同じ学年だったみたいで・・・。お仕事ご一緒になると言ってご挨拶下さって。実はその・・・第三音楽室に連れて行かれて、あの、第三音楽室って防音で、鍵を閉められると誰にも気づかれないので、鍵を閉められてすごく驚いて、何されるんだろうって思ったんですけど・・・ご挨拶で・・・わ、私の勘違いって思って、ちょっと恥ずかしかったんですけど・・・・・」

「知らない男に密室の防音室で鍵かけられたらそれは誰でも警戒はするんじゃないかな」

 蓮はそう言った。

 キョーコは、嘘は全くついていない。
それなのに、どうして蓮に言いにくく思うのだろう。

蓮はただ静かに返事をしただけだ。なのに、どうして蓮がイラッとしているような気がするのだろう。

蓮はキョーコが何かを言うとき、時々訳の分からないイライラツボを押してしまうらしい。自分の言い方が悪いのだろうか?

「へえ〜世の中狭いんだねえ・・・と言っても、キョーコちゃんの行っている高校は、こっちの世界の人たち多いんだもんね。同じ事務所のヤツがいっぱい居てもおかしくないよね」

 社は蓮をチラッと見ながらそう言った。そして、
 
――キョーコちゃんの言葉の意味のフォローは、少しあからさま過ぎたかな
 
と思った。

 社がフォローしたのは、キョーコの口から、他の男の名前、ましてやトップアイドルグループの名前が出てきて、さらに密室にまで連れて行かれたと聞いて、蓮の気持ちの波がざわつかないだろうか、と思ったからだった。

既に蓮は口数が少なくなっている。でも、社にも、蓮の心に嫉妬心のようなものが浮かんでしまうのは、同じ男として理解は出来る。

 だから、同じ高校に同じ事務所の人間が居て当然なのだ、と、蓮が理解すれば、それはどうってことなく流されるはず、と、社は思った。
 
・・・・どうってことなく流されるはず、だった。
 
「あれ?キョーコ?」

 という声が聞こえなければ。
 
「やっほー、キョーコ。こっちこっち!」

 セイが正面玄関から、先ほどのミノルマネージャーを連れて入ってくる姿が見えた。キョーコが振り向き、そして、

「セイ!」

 と、キョーコが言った。
  社の背筋がぞっと凍る。
 
――今日初めて会ったんだよね?なのに、呼び捨てっ・・・
 
――ていうか、キョーコちゃんて、初対面のヒトにタメ口聞くようなタイプじゃないよね?
 
――だって、さっき、「お仕事ご一緒になると言ってご挨拶下さって」って・・・超丁寧だったよ?
 
 もはや目の前はグルグルである。
 社の心の声は、セイにもキョーコにも全然届かない。

 ミノルさん、と先ほど呼ばれていた男性が、社にお疲れ、と声をかける。社も何とか気を取り持ち、何も無いそぶりでおつかれさまです、と言って頭を下げた。

「なんだ、事務所寄るんだったら先に言ってよ。言ってくれたら一緒に乗って来れたのに」

「そんな。でも、ありがとう、外でも同じように声をかけてくれて・・・」

 キョーコが、少し嬉しそうに照れて上目遣いに言った。
 社はもはや心臓が止まりそうだった。

「あの、敦賀さん、セイ・・・空野星君です。今通っている高校の同窓生なんです」

「はじめまして、オレは敦賀蓮です」

「わ、よろしくおねがいします!空野星といいます。セイと呼んでください」

 あの天然性の屈託無い笑顔を、セイは蓮にも見せた。

 キョーコはその笑顔を見て、やっぱりセイって誰にでもあの笑顔を見せる事が出来るんだ、すごいな、と思ってその様子をみていた。

 社が恐る恐る視線を向けてみると、蓮は、社が想像したほど、心の中を全て隠すような、強烈な笑顔では無かった。穏やかに、にこやかに、ただ、「セイ君、だよね、よろしくね」と言った。

「最上さん、今、ビープラネットのポスターを見ていたんだって。それでここで会って話していた所」

 と蓮がセイに言った。
 キョーコが少し恥ずかしそうに、

「こんなに真ん中に貼ってあるのに、今まで全然気づかなくて本当にごめんなさい」

 と言った。
そして、キョーコは蓮をチラリと見て、

「敦賀さんのはもちろん気づいていたんですけど」

 と言った。
 社は、オッケーキョーコちゃん!と、ようやく少し胸を撫で下ろす。

「さっすが敦賀さん!嘉月もすごいかっこよかったですもんね!」
 セイは蓮に会えた事も、心から喜んでいる様子だった。
「ありがとう見てくれて」

 蓮は、にこり、と笑った。

「蓮。そろそろ行かないとだね。キョーコちゃん、空野さん、ごめんね、オレたちそろそろ行くね」

 と言って、社は時計を指差して促した。

「お疲れ様ですっ」

 セイは頭を下げて、キョーコは、「お気をつけて」と言った。


 
 数歩歩いて、蓮は、一度だけ振り返った。
 目に飛び込んできたのは、同じ制服の二人が、並んで歩く姿だった。
 セイが、キョーコに何かを話しかけ、キョーコが手で口元を押さえ、可笑しそうに笑った。
 キョーコが、確かに、「高校生」に見えた。
 
 蓮はすぐに、視線を元に戻した。
 
 
*****

 二
 
「やあ、キョーコこんなトコで普段ご飯食べてる訳?」

 窓から、声がした。セイが横で覗いていた。
 セイは窓を開けて乗り越え、飛び降りる。

「来ていたの?」

 キョーコは校舎裏の芝生で食事と共に、「西洋人形師」の台本を手に覚えていた。

「うん、今来た。ちょっと出席日数がヤバくて、来られる時はできるだけ来ておかないと卒業できない」

「そうなの・・・忙しいのに大変。あ、お昼は食べた?」

「車の中で食べた。・・・・ってかキョーコ、こんなトコで一人なんて、友達いないの?」

 セイは刺さる一言をさっくりと言ってのける。

「・・・もちろんお昼を一緒に食べるお友達はいるけど、今は、台本に集中したくて・・・時間がもったいないから。授業中に読む訳にいかないし」

「え?でもキョーコ・・・台詞全く無いじゃん」

 セイはキョーコが台本の全てを抱えて、台本の様子から、既にかなり読み込んであるのを見て驚いた。

「そうなんだけど・・・ね」

 キョーコは少し困った顔をした。

「どうかしたの?」

「人形だから話せない、台詞がない、表情も無い、だけど、感情がある・・・から。全部誰がどういう感情で、何を言うのか頭に入れておかないと、人形の中の感情が分からないなと思って・・・。もちろん目が光る、とかは後から編集で付け加えてもらえるけど・・・やっぱり何にも台詞も表情もなくても、気持ちは入れておかないと画面に映ってしまうから・・・」

「そっか、そうだよね」

「ことごとく人形の主人に寄る全ての女が憎い感情を、どう言葉無く表情無く表現しようかなって」

「そうだよね〜・・・すごいね、キョーコ」

 キョーコの役どころをセイは想像して、怖くてうんざり、という表情をした。
 
 キョーコが演じる西洋人形は、元々、最愛の妻が亡くなった西洋人形師が、亡き妻を象って、寸分違わぬ大きさに仕立て上げたものだった。肺の呼吸の動き、目が瞬きをする様子、目鼻口、肌、髪の毛から足の先まで、まるで生き写しで、毎日彼はそれを前に、会話をし、寝食を共にし、そして心の底から愛した。
 そして、いつしか日が流れ、人形師は、その人形に魂と感情が宿っている事を、・・・あまりに普通に心の中で会話をしていたから・・・気づかなかった。
 そして、人形師の元に、ついに彼を『生身の肉体で』癒す女がやってきた時、その人形は、「ただの人形」としてその新しい女に紹介された。そして、その『生身の肉体』で癒し合う様子の一部始終を何度も見させられる事になる。
 その様子を見ていた人形が得たものは、女への嫉妬や憎悪だった。愛される「はず」の自分が愛されない事への苛立ち。
 殆ど本当の人に見える人形として、唯一無いもの。血と体温。それを、その人形のそばに来る人間から、求めるようになり、惨劇が始まる・・・・という話である。

 あくまで人形の視点で全てが進行するため、キョーコの出番は人形師の目線のとき、置かれている状態か、惨劇に参加する為に多少動く時と、最後に、新たな人形師に魂が救われる時だけである。

 回想部分も多いので、そんなに頻繁に出番がある訳では無かったけれども、セイとの共演時間は終盤割りと長いはずだ。
 
「確か、敦賀さんも一緒に出るよね?」
 
とセイは言った。

「え?そうなの?」

 配役は顔合わせまで決まらないと聞かされていた。

「・・・・と、うちのマネージャーが言ってた」

「何の役で?」

「キョーコの魂を救う人形師だよ」
 
――・・・・・・・
 
 そう、と言おうと思って、仕事が一緒になる事の、飛び上がりそうな位嬉しい気持ちと、そして、台本を思って戸惑う気持ちと・・・。
 セイは、キョーコが何も言わなかったから、口を開いた。

「敦賀さんって、もしかして現場ですごく厳しいの?」

「え?なんで?」

「だって、一緒だって聞いて、黙ったから。もしかしてすごい怖いとか、厳しいのかと思って・・・一緒にやりたくないのかなって」

「違う違うっ全然!仕事を真剣に取り組んでいる人には、例え失敗してもとても優しい。だから、セイは大丈夫。私は何度も失敗しちゃっているけど・・・」

 てへ、と、キョーコは笑った。

「そっか、よかった!」
 
セイはまた天然性の笑顔を、至近距離でキョーコに向けた。

「オレは敦賀さんのアシスタント役で、でも敦賀さんじゃなくてオレが主演だよ?がんばらないと」

 キョーコも頷き、そして、笑った。

「セイは大丈夫!」

「・・・・・・・・」

 セイは言葉を言い出せなかった。
キョーコの最大級の笑顔を、初めて至近距離で見たからだった。
 
――アレ?おかしいぞ
 
と、セイは思った。

 事務所でも現場でも、散々と可愛い女の子を見てきたはずなのにな、と。
 何の飾り気も無いキョーコの笑顔を、とてもとても可愛く思った。何の根拠もないのに、明るく大丈夫と言い切ってくれる事も、嬉しかった。
 
「キョーコって可愛いね」

 とセイが言ったから、キョーコは、

「セイの笑顔もすごく素敵だし、可愛いと思う!日本に沢山のファンがいるだけ、ある!」

 と、心からすごいと思っている表情と言葉で、返事をした。
 それはキョーコにとって、本当の事だった。
 それが、セイの心を、もうさらった事も、気づかずに・・・。
 
「お〜いセイ〜」

 と、三階の窓から同窓生が手を振る。

「そろそろ移動の時間だぞ〜」

と声をかけたから、

「わかった〜!」
 とセイは大声で言った。
「じゃね、キョーコ!」

 セイは窓へその身軽さで飛び乗り、廊下に飛び降りる。再度窓を閉めながら、「近々現場で会おうね」と言って去っていった。
 
 チャイムが鳴り、キョーコも慌てて立ち上がる。
 台本をかき集めて、教室へと走った。


 

 


 

 

 







2019.1.18


これは、Daydreamのスピンオフとして、2014年12月に本として書き下ろしとして作られたものです。
Daydreamとは全く関係ありませんが、もし2014年冬当時の自分がリクエスト(ピアノを使って蓮と〜というもの)をもらったらどう答えるか、という視点で書かれたものです。
本の原稿本文に、「二」が抜けていることに気づきましたので、今回一緒に掲載しました。
(星君はオリジナルキャラクターですので悪しからずご了承下さい)