Subtle

 

 

蓮がその仕事を引き受けたとき、キョーコはそれを知らなかった。 あとから、たまたま事務所ですれ違った社からこれから映画の撮影に入るから、三ヶ月ほど蓮はジャングルの奥地に行ったり、離島に行ったり、砂漠に行ったりしてくるんだよ、と言われた。 キョーコは思わず、「ええ!」と言って驚いてしまった。

社も「仕事だからね」と言い、少し申し訳なさそうにしながら、キョーコの耳元で、「キョーコちゃん、蓮は今日午後休みだから、あとで連絡してあげてみて」と言った。


互いに撮影が忙しくて、しばらく会っていなかったのに、さらにまた三ヶ月先まで会えないというのが、寂しく思えた。
ラブミー部の部室に入り、誰も来ていない事を確認し、わざわざ中から鍵までかけて、蓮の携帯に電話をかけた。

「もしもし、ひさしぶりだね」
と蓮は電話の向こうで言った。
「今電話をしても、大丈夫ですか?」
「もちろん。部屋で休んでた」
「しばらく忙しかったですもんね」
「・・・・連絡をしようと思っていたんだけど」
「わたしもです」
「今日、来る?」
「良ければ、お伺いします」
「もちろん。いつ来てもいいのに」
「でも」
「昨日、仕事が終わった後、監督から美味しそうなゼリーを箱で貰ったんだ。一緒に食べよう」
「はい」
キョーコはすぐに事務所を出て向かう事を告げて、電話を切った。

「・・・・・ふぅ」

思わず息を吐いた。
未だに、蓮と電話をするのさえ、まだ緊張する。
そして、頭がふわふわする。
蓮は今までと全く変わらないように思う。
自分の方が蓮を、好きで、好きで、好きで、追いかけているように思うのに、周りは蓮の方がキョーコを溺愛している、と言う。
周囲から見る蓮と、自分の目から見る蓮は、何かが違うだろうか。もっと客観的に見ているのだろうか。

「・・・・用意、しなきゃ」

一歩を動き損ねた事を思い出し、バッグを改めて肩にかけると、ラブミー部の部室を出た。

 

蓮の部屋で、蓮は台本に向き合っていた。
テーブルの上にはミネラルウォーターのペットボトルが置いてあるだけだった。

「いらっしゃい」
「おじゃましませんので、あの・・・続けて下さい」
「いや、大丈夫。覚えてはいるんだ。台本を見ながら、考え事をしていただけ」
「そうなんですか?」

キョーコはカバンをソファーの横にちょこん、と置いて、座った。

「さっき、社さんから今日午後は休みだってうかがってついお会いできるかと思って電話してしまいました」
「うん」

蓮は、にこ、と、屈託のない笑顔を浮かべると、キョーコの唇に、そっと自分のそれを置いて、すぐに離れた。
キョーコはくすぐったそうに目を伏せた。

「ところでマイスゥイーティー」
「それっ、それは無しって」
「じゃ、ディアーとか、ハニーでもいいけど」

蓮はしばらく、笑うと、お腹を抱えて笑った。

「そんなに笑わなくても」
「違和感ある?普通だと思うんだけど」
「す、すうぃーてぃーですよ?」

キョーコはざーっと口から砂でも吐きそうな声で言った。

「そう?」
「敦賀さんは普通かもしれませんけど」
「・・・・ただ、ハニーとか、スゥイーティーって囁きながらずっとキスをし続けるのが好きなだけ。君が困った顔をしながらでも、だんだん満更でもなくなってきて、受け入れた時が可愛いから・・・・・・。自分の愛しいものを何と呼んでも構わないだろう?」


蓮はニコニコ笑顔でそう言った。
キョーコはもはやその顔の蓮には何も言う事が無い。
もう、と言いながら、立ち上がり、

「お食事、作ってきます」
「ありがとうハニー」

念を押した蓮の表情を見ることなく、キッチンへ向かったのは、少ししつこいと思ったからだろうか、それとも照れ隠しだっただろうか。
蓮の中の文化をそのまま受け入れようとは思っているけれども、まだ照れてしまう。
キョーコはぴたっと足を止めた。

 

――・・・・・・・・/////

 

脳裏に、ベッドの上で、蓮が自分にキスしながら、様々囁く様子が思い出されて、顔から火を噴いた。

 

――やっぱりまだまだムリです、敦賀さん・・・

 

今日ここに来てしまったという事は、恐らく今夜も一晩甘ったるい名前で呼び続けられるに違いない。
思うだけで、もはや、おなかがいっぱい。
キョーコは改めて足早に、キッチンへ向かった。

 

 

 

 







2014.6.12