Sweet Lil’ Devil W  





敦賀蓮のデジタルカメラCMのための、ポスター撮りの場に居合わせたのは、京子である。蓮の撮影風景を「勉強」しにきた。


メーカー側の人間と京子は、デジタル一眼レフのカメラが並ぶテーブルを囲みながら、蓮が控え室から用意を終えて出てくるのを待っていた。


「京子さんご自身は写真を撮られるのですか?」
「いえ、特には・・・ってゴメンなさい・・・リップサービスすべきでしたね。」


キョーコが恥ずかしそうに正直な言葉を告げた事に、相手も京子を「芸能人」として畏まっていた空気がほどけて、吐き出すように笑った。


「くすくす、いえ。」
「でも、フィルムを通す作業としては、カメラも映像も同じですから・・・今日は敦賀さんに無理やりお願いして、色々勉強をさせて頂こうと思って・・・。撮影のお邪魔はしないようにしますから。」
「いくつか、サンプルのカメラを持ってきているんですよ。良かったら、触ってみませんか?」


彼はキョーコの返答を聞くよりも早く、並んだカメラを指差して、あちらです、と告げた。


まるで腫れ物に触るかのように、キョーコはその中の一つをそっと持ち上げた。


「それがお気に召しましたか?」
「・・・ちょうど、手に収まるぐらいの大きさなので。」
「オンにして、ぜひファインダーを覗いてみてください。」


ピッ、と短音がして電源が入るとすぐに、ファインダー越しに風景が見える。そのまま持ち上げて覗く。彼が目に入る。


「わっ。」


ファインダー越しとはいえ、目が合ってしまった事に照れて、すぐに腕を下ろした。

「見えました?」
「ええ、はい。」
「その切り替えスイッチを使えば、セピア色や自動ピント調節モードなど、適当に変えられます。撮った中のデータもすぐに消せますから、今日は一日それをぜひ使ってお好きに撮ってみてください。どれだけ撮っても大丈夫ですから。」


相手はメーカー取締役・・・京子はまんまとその手にカメラを--・・・営業されているとは気付かずに・・・--握らされた。


彼は、


「京子さん、普段は撮られる側でいらっしゃるしょうから、撮る側に回ってみるのも、面白いでしょうし、カメラを触ったことが無いのであれば、もしかしたら人生に新たな発見があるかもしれませんよ。」


にっこり笑ってそう言って、京子がファインダーを覗く照れを取り除き、そして、自らシャッターを押させる動機を、理由付けた。


しばらくキョーコは、シャッターを押すでもなく、ファインダーから見える風景を覗き続けた。


スタッフが忙しそうに右往左往している。
社が行ったりきたりしながら、現場監督とカメラマンに何事かを告げている。
板が何枚も定位置に用意され、照明、音楽が徐々に準備されていく。


普段見慣れている撮影風景が、ファインダー越しには、何となく点と点、刻、刻、と刻まれているように見える。


「シャッターを押しませんけれども、何か面白いもが見えましたか?もしくは風景がよろしければ、簡単な動画モードもありますよ。」


京子の傍でその様子を見守っていた彼は、そっと横から告げた。
キョーコは我に返ったのか、カメラを顔の位置から下ろすと、彼に笑いかけながら、


「一つ一つの風景が、とっても新鮮に見えます。」


そう告げた。彼は、にっこりと笑って、「それは良かったです。」と言った。
そして、


「この今の一瞬を残してみたいとか、絵を描きたいと思う瞬間に、シャッターを押せばいいんです。きっと、敦賀さん相手なら、すぐに押したくなります。」


彼も、にっこり笑った。


「敦賀君、はいります。」


その声とともに蓮がスタッフに囲まれて、「よろしくお願いします」と挨拶をしながら、スタジオに入ってきた。ぴりっとしたスタッフ達の集中した雰囲気が伝わってくる。


キョーコは一回、蓮を中心に描かれる緊張の波紋を感じ取って、シャッターを押した。
雰囲気に押さされた、に近かった。
ほんの一瞬画面が止まった後、また見えるようになった。


音楽のボリュームが上げられ、蓮とカメラマンが笑顔で握手をする。
考えるでもなく、シャッターを切った。仕事の始まりを、収めた。


「キョーコちゃん、何しているの?」


仕事が始まってしまったから、社はキョーコの横に立ち、ファインダーを覗き続けるキョーコの姿を疑問に思って、話しかけた。が、キョーコは、初めて使うデジタルカメラに虜になっていて、社の声は届かなかったようだ。先ほどの彼が傍で様子を見守りながら、「京子さん、デジカメを初めて自ら使っているんですよ。」と、少々嬉しそうに社に告げた。今日の取引先自ら説明を受けた事に社は「そうですか」、と畏まり、そして、キョーコが役に集中している時の顔と同じように、ファインダーを覗いていたのに気付いた社は、話しかけるのをやめた。


「これって、ピントはどうやって調整したら良いんですか?」


不意に後ろを向いたキョーコに、彼は嬉しそうに教えた。


「わかりました、ありがとうございます。」と言ったキョーコは、すぐにまたファインダーを覗き、調節をしながら再度撮り始めた。蓮が指示されるとおりにカメラを持ち替え、表情を変え、立ち位置を変えていく瞬間を、捉えていた。スタッフの手の動き、カメラマンの姿、色々その中に納めていく。




蓮が話掛けられながら自然に作っていく表情を、的確に捉え、収めているカメラマンのシャッター音に気付き、自分が押す瞬間と、カメラマンの彼が押す瞬間が全く同じだったりすると、少々嬉しく思えた。


なりきりカメラマンのようなキョーコは、休憩のスタッフの様子もその中に収めた。普段自分がよく見ていない、彼らの準備の様子が、改めて新鮮に見えた。


「何しているの、最上さん」


カメラ越しに、アップの蓮の顔が見えて、ビックリして一度シャッターを押した。


「お疲れ様ですっ。」

椅子に座っていたキョーコは立って、頭を下げた。
横に立つ取引先に気を使い、蓮も隣に立つ彼に挨拶をしながら、蓮のそばに用意された椅子に社に水を貰って、座った。


「カメラを貸していただけたので、好きに撮影させて貰っています。あとで現像させて貰えたら、勉強の何かの足しになるかもしれません。」

「へぇ・・・今、ちょっとだけ見せてくれない?」


蓮はキョーコが撮った写真の数々を一つ一つ覗いていった。
自分が撮られている姿を捉えられているのが、妙に不思議な気がした。
キョーコの中の心のシャッターは、一体自分の中の何を捉えて、こうして押したのだろう。


「敦賀さんの今日の撮影のお写真全て見させていただきたいです。」


キョーコは、自分が良いと思う蓮の表情と、実際カメラマンが良いと思って捉える表情がどれだけ違うのか、興味を持っただけなのだが、メーカー側の彼は、蓮が見るそれを横から覗き込み、「さすが、京子さんは敦賀さんの表情をよく知っていらっしゃいますね」と補足した。


「そうですか・・・?」
「ええ。多分同じような写真を、メーカー側も採用すると思いますよ。敦賀さんのとてもいい表情を写されていらっしゃる。一瞬の本当の微笑み、それを撮れる人間は多くない。それをどんな人が相手でも、うまく引き出せる人間が、もちろん、プロのカメラマンなんですけどね。それでも、見えているもののシャッターを押す一瞬の直感は、プロへの最初の扉になりますから。・・・・・・京子さんが嫌で無ければ、このカメラは差し上げます。良かったら使ってください。そして、カメラ自身も好きになっていただけたら、嬉しいですね。ぜひ、今後も色々な現場で使ってお勉強に役立ててください。」


彼は、にっこり笑った。
カメラを普段使わないキョーコに、初めてのカメラを渡したメーカーとして、将来彼女が・・・・・という利害が心に浮かばなかったわけではない。が、純粋に真剣に撮る姿に、彼は心から喜んでしまった。だから、彼はためらいも無くキョーコに、カメラを贈った。


彼から言われた言葉の、大人の含みの部分を、キョーコはうまく捉える事は出来なかったが、子供のように集中し、かつ貰ってしまった事に恐縮して、すみません、と言って、でも嬉しそうに「一生大事にします」と言って、はじめて自ら撮ったデータを、消さずに済むことに、喜んだ。


「へぇ、デジタルカメラ、初めてなんだ。」
「使い捨てだとかアナログカメラはもちろん、触った事がありますけど。」
「貸して?」


蓮はキョーコの手の中からそれを取ると、ファインダーを覗き込み、

「『京子さん』、笑って。」


と言った。「えぇぇ〜〜〜・・・」と言いながら、恥ずかしそうにはにかんだキョーコの表情を捉えた蓮は、一度シャッターを押した。画像を確認して、「どう?」と言った。


「へぇ、いい写真ですね。」


キョーコが返答するよりも先に、彼が、にっこり笑ってそう言ったのを、蓮は努めて笑顔で対応したが、社は苦笑いで対応した。


「京子さん、当然ですが、役柄と、お人柄は、全然違う方でしょう?」


彼は、蓮が撮ったその写真を見ながら、そう言い切った。


「この写真に、敦賀さんと京子さんの関係や京子さんの本当のお人柄が、よく表れてる。敦賀さんも、京子さんのいい表情を良く知っていらっしゃる。京子さんのこんな困った顔、テレビで私は見たことが無い。・・・いつもすごく完璧なイメージがあったものですから・・・。」


彼は、にっこりと笑った。
蓮も、「写真のプロにお褒めに預かり光栄です」と言って、笑った。


「私にも貸してください。」


キョーコは、蓮から再度カメラを取ると、今度は蓮の表情を捉え始めた。・・・・が、中々シャッターが下りない。


「ホラ、カメラマン、もっとオレにいい表情作らせるよう指示して。」
「えぇ〜〜〜〜〜っと・・・・その・・・・じゃあ、一番いいと思う顔で笑ってください!」
「くすくす・・・・」


蓮が、一瞬目を伏せて穏やかに笑った仕草を、捉えて、シャッターを切った。
目を上げた時には、あまりに神々しく近くで微笑えまれて、目をつぶりながら、シャッターを切った。・・・・自分が浄化されてしまうらしい神々しい笑顔ならきっと誰かも浄化されるかもしれない、と思って、とりあえず切ってみた、に近かった。



「敦賀さん、あと15分で後半入りますが、大丈夫ですか?」


スタッフが声をかけると、蓮は「大丈夫です」と告げながら、メイク直しをしに立ち上がった。


「最上さんが撮ったの、あとで全部見せてね」、そう言いながら、蓮が居なくなった。残ったキョーコと社と彼は、キョーコの手元に残った今撮った写真を、見返していた。


「京子さん、一つ覚えておくといい。写真はある「一瞬」を「永遠」にするツールです。だから、そこには自分の中にある「真実」や「本音」が必ず出てくる。シャッターを押すその瞬間、何を思ったのか、なぜそれを撮ったのか、それが重要なんです。心の中に色々聞いてみて下さい。普段されていらっしゃる仕事にもきっとお役に立てる事だと思います。撮る側撮られる側の対峙と、自ら、誰かが撮りたい風景になること・・・・京子さんが今見せた、その自然さに、私はいとも簡単にひきつけられた。心の中で、もちろんシャッターを切りました。写す側は魂から滲み出るモノを、写す。写される側は・・・私がいうまでもなく、然り、ですよね。」


そこまで言った後、蓮のキョーコに見せた一瞬の表情と、キョーコが蓮に見せた一瞬の表情、それを撮った蓮とキョーコの心のシャッターを垣間見て、「真実を余す所なく切り取っていますね」と告げた。


その言葉の本当の意味を理解できたのは、社、ただ一人だった。



キョーコは、撮られなれている蓮のカメラの前に立つ時の集中の仕方と身体の力の抜き方を、ファインダー越しに気付いていた。


今度は、ファインダー越しにシャッターを押すペースが格段に落ちた。


「今、なぜ、切ったのか」、それを思うと、心臓が変な動きをしたからだ。
撮る側の心の風景は、しばらく、誰にも気付かれずに閉じておきたかった。


「余計な事をいいすぎて意識させてしまいましたか?迷ったら、直感でどんどん押したら良いのです。そのためのデジタルカメラですから。そのうち、本当に無意識にでも、押していく回数は減ってきます。」

キョーコは、こくり、と頷くと、最後、蓮が「お疲れ様でした」と言いながら、ほっとした表情を浮かべているその風景を、収めた。




*****




8年後、京子がそのカメラで撮ったたくさんの風景を収めた本が出た。
ドラマ、CM、映画、花、風景、その他プライベートまで、キョーコが切った、心の風景。


もちろん、蓮のキョーコに向けた、神々しい程優しい笑顔の数々が、最後のページに彩られていた。


タイトル。


『どうしてもシャッターを切らずにはいられなかったものたち。』






2008.4.18





自分の中の何かの作品と少し内容が被ったような気もします。
(自分で忘れるぐらいなので気付かなくてOK!
寧ろ気付かんでくれ・・・。恥ずかしいから・・・(笑)。)