Sweet Lil’ Devil V-2



二週間の間、蓮が隠れて特訓したこと。それは、「自転車に乗る。」久々の車以外の乗り物。自分の身長には合わないサドルの高さを合わせる事から始めて乗る。右足をペダルに足を置くのはいい。一瞬もう片方の足を乗せるのを忘れてペダルをこぎ始めて止まる。

そんなところから始めて、二週間後には夜時間があれば周辺をサイクリングして回れるぐらいまでにはなった。周囲もまさか芸能人が自転車になど乗ってそこらに居るとは思わない。ましてや夜に帽子を深々と被り、薄いとはいえファッションサングラスをかける長身の男に目を合わせようなどという人間も居ない。蓮の住む住宅街では外国人の夜のサイクリングだとでも思われただろう。


そうして蓮の小さな努力の後の本番当日。「京子」は再びぴったりとした綺麗ななめし皮を思わせる薄い茶色のノースリーブに細身のローライズのジーンズを纏い、秋口とあって細く柔らかな毛の大きなファーが、顎の先からデコルテまで隠れてセットされた。ノースリーブには鷹の絵と共に描かれた大きなロゴが印象的だ。

指先も合わせてポッキーと同じチョコ色ベースの上にゴールドのパウダーが散り、爪先は白のセパレートにして全体を締めて纏めてある。そして箱を持つ右手のひとさし指先の爪の上には蝶が描かれ、クリスタル色のスワロフスキーのラインストーンが散りばめられている。耳にも小ぶりのスワロフスキーのイヤリングが合わせてセットされた。

その指に乗ったストーンをまるでホンモノのダイヤでも眺めるように嬉しそうに眺めるキョーコを、蓮も支度をしながらにこやかに見守っている。外での撮影、支度も当然蓮と京子は同じ場所で行われていた。

「それホンモノのダイヤ・・・?」
「そ、そんな。コレがダイヤだったら指も耳もスゴイ金額になっちゃいます。」
「そうなんだ?嬉しそうに眺めているから。」
「だって、こんなスゴイ指先になったのって初めてなんですもん!!コレが終わったらもう取らなきゃいけないかと思うと、もう名残惜しくて。」

キョーコは「ふぅ、ふぅ」とその指先を吹き乾かしている。ヘアメイク担当はキョーコに「可愛い、可愛い」と何度も繰り返し吹き込み、本番に向けてのテンションを上げて最後の仕上げにかかる。紅い色のついたリップブラシを離すと、「本日の京子」は出来上がった。メイク担当が「よしできたっ」と満足げに笑みを浮かべた。

「ホント、可愛いわね。自分で言うのもなんだけど、合ってるわ。」

京子を少し離れて全体を見渡して、まじまじとそう言った。

「そ、そうですか・・・?」

女の人にそういわれると、何となくそんな気になって、悪い気はしない。蓮も穏やかに「似合うね。」と言った。いつもながらの台詞だと分かってはいても、蓮に言われるとなお更照れる。

蓮の服装は至ってシンプルで、さわり心地のいい薄いクリーム色の麻混の綿の長袖シャツは、大きく胸元までV字にえぐられ、綺麗についている胸元の筋肉が映えている。それにウオッシュドタイプのジーンズ。少し肌寒くて自分で持っていた、シャツと同じような素材のマフラーを巻いた。

「敦賀さん、寒いでしょう?」
「そういう最上さんこそ。オレは長袖だけど君は袖が無いからね。」

蓮は持っていたジャケットを京子にかける。遠くから、「おはようございます」と挨拶を返す声は近づき、目を向けると監督が二人に近づく姿が目に入った。

「行こう。」
「はい。」

蓮はキョーコの腕を引いて立ち上がらせると、合わせて監督の下へ向かう。

「おはようございます。」
「おはよう。お、京子ちゃん今日も可愛いね。よろしく頼むよ。」
「はいっ、よろしくお願いします。」
「敦賀君、毎晩頑張ってたんだって?聞いたよ。」
「ははっ・・・。頑張りますよ。」

監督は、「あと三十分で始めるけど、好きにしてていいからね。」と言って道の端で用意を続ける技術者たちのもとへ歩いていった。


ところで。今はとある公園のサイクリングコースに皆は居る。
CMの撮影場所になるために、貸切にはなっているものの、多くのエキストラが入り、二人の動向に沢山の視線がちらちら送られている。

蓮の背にあわせた少し高めのサドルの自転車が用意されて、蓮がそれを手に取る。

「・・・毎晩頑張ったんだよね。コレ乗るの。」
「毎晩?敦賀さんがですか?」
「うん。」
「・・・・どんな練習風景だったんでしょうね。ふふっ。」
「おかげで乗れるようになった。今日は大丈夫。」

蓮はにっこり笑った。

CMは、蓮が自転車に乗り、キョーコは着いているハブステップの上に乗って、追ってくるお見合い相手と警官から逃げるという内容(*違法なので真似しないでね(^‐^;)。自転車での移動。声は必然的に割れるから、後から充てる。だから台詞は同じようにそこで口にするが、その場で撮る事は無い。


「最上さん、台詞はばっちり?」
「はい・・・・。」

京子はちらり、と蓮を見上げた。蓮もその目を見て「なに?」と返す。

「あのっ。重かったらごめんなさい・・・。」
「何言ってる。君はオレを乗せて前一生懸命走ってくれたじゃないか。大丈夫だよ。」

くすくす、と笑って、「あれは良く頑張ってくれたよね。」と付け加えた。

「だって敦賀さんの記録がって…必死でっ…。」
「あの時の御礼、しないとね。でも落ちたり後輪に足が絡んだりないように足元だけは気をつけてね。」
「はい。」

にこっと笑ったキョーコは、ハブステップに片方の足をかけてみる。

「ためしに乗ってみる?」
「はい、お願いします。」

蓮の左側から、左足を乗せる。左肩のシャツを掴みながら乗ろうとして蓮に「ダメ」と止められた。「腕、しっかり掴んで乗って。落ちるから。」と付け加え、キョーコが頷き、もう一度同じ動作を繰り返した。

「お、重く…ないですか?」

蓮の右側から声をかける。

「大丈夫、君は軽いね。」

風を切りながらサイクリングコースを軽快に走り、蓮は正面を向いたまま答えた。声がかけられるたび、キョーコの声が右の耳元にストレートに入って、「どうしようかな・・・」と内心困り迷ったまま、蓮は無表情が続く。本番はこの状態で演技を続けなければならない。

「コレで左手でポッキーの箱を持てばいいんですよね?」

そう言って、キョーコの左腕で蓮の背中から肩にかけて置いて支えて、右手で蓮の前にポッキーを差し出す仕草を繰り返す。

「コレ、差し出す位置がずれたら間抜けですっ。」
「くすくす、そうだね・・・。その辺は任せたよ。っと・・・落ちないで。」


腕で支えていた重みが、自転車を止めた瞬間バランスを失い、勢いよく両腕が目の前に回される。思わず片腕でその両腕を強く引いて支えていた。

柔らかいファーが蓮の首元耳元をくすぐる。身体全体がくっついている。身体のラインも柔らかさもしっかりわかる。蓮の表情が、動きが、一瞬固まった。


しかしそんな内心困り果てて動揺している蓮には全く気づかないキョーコは、すぐに体勢を整え、ステップの上で蓮の肩を掴み直して起き上がった。


蓮の口から「ふ〜…」と無意識に息が漏れる。


「ご、ごめんなさいっ・・・上手く支えられなくて。」


すとっとハブステップから降りて、キョーコはすぐに謝った。
蓮が呆れたのだと思った。


「足は大丈夫?」
「はい!本番ではしっかりやります。」




エキストラと言う名の観客が、二人の本番前のハプニングに、思わず「あ・・・」と声を上げ、そして、蓮のキョーコを気遣う優しすぎるほど優しい表情に驚き、そして見てはいけないものを見てしまったかのように頬を染めて「敦賀さん本当に優しい人なんだね」と口にしていた。


さらに、「蓮は今回も可哀相な役回りだな…」と一人社が呟いた。






まだつづく。


2006.11.20