「この世で一番美しいのは誰?」

どうしてそう、誰も彼も自分と他人を比べたがるのだろう?

他人と比べたところで何になる。その基準は?

美しいからって、ずっとガラスケースに入れておける訳じゃないだろう?

誰にそれを見せたいの?誰に言われたいの?

世界で一番綺麗なら、本当に幸せだったりするわけ?



Seasons 4 −Winter− 灰姫



不破が新しい彼女ができたという記事を出したのは、12月も半ばになってからだった。

彼女が不破に会いに行った後、不破は特になにもオレについても行動を起こさなかったし、あれ以来彼女にコンタクトを取ることも無かった。

自分の中で勝手に解決がついたのだろう。
彼女がはっきりと不破に気持ちを伝えたからかもしれない。
人を巻き込んで、彼女を傷つけて・・・・・・。
それでもアイツはあの子の事が忘れられなかったのだろう・・・・諦めきれない気持ちは・・・・一年前はそうだったから・・・・・・少し分かるけれど・・・・・・・。

もう、だいぶ彼女もオレに素直になるようになったし、オレも彼女を素直に愛している。

一緒に住むようになって、彼女がとても寂しがりやなこと、相変わらず泣き虫で、そのくせ意地っ張りで、天邪鬼で、たまに癇癪を起こして怒ること。パズルが苦手なこと。
料理が得意で、花にも詳しくて。付き合いだそうとも、メルヘン思考は相変わらずの、昔会ったままの、とても女の子らしい女の子で。

オレの感情もくるくる動いて、彼女の一挙手一投足に反応する自分が、以外にも楽しいことに気づいている。

未だに、一部のとき以外普段オレのことを「敦賀さん」と頑なに呼び続け敬語を使っていて、いいかげん名前で呼んで欲しいのだが、だからといってオレも普段は「キョーコちゃん」とは呼べず、結局「君」だのと、ごまかし続けていることに、彼女は気づいているだろうか?

今は年末進行真っ只中で、ひたすら年末年始のTV特番のために日本全国を飛び回っているから、お互い家にいる時間が少ない。

オレが帰れる日は、彼女の方が先に帰ると、オレが帰るまで頑として寝ない。
女優としては美容のために寝ていて欲しいんだけれど、待っていてくれるのは正直嬉しかったりはする。

残り1箱になったパズルを、必ず今年中には仕上げるのだと言って、彼女はすっかりパズルに夢中になってしまった。もうそろそろ秋の夜長も終わって冬至に近いんだから、オレともっと、遊んで欲しいんだけどね。

夜、読書をして台本の練習をして、パズルをして、一緒の部屋で眠る。

彼女は悲鳴を上げることも少なくなったし、不破ときっちりケリをつけたからか、夜飛び起きることも無くなった。

だから、彼女がそうするのが心の安定を保つのにいいのなら、オレは邪魔をしないだけ。

ただ、最近・・・・、今まで喜怒哀楽を素直に全て見せていた彼女が、あまりそれを表に出さないようになった気がする。
何を考えているのか、たまに分からないときがある。


しばらく大阪でのTV局回りが続くから、彼女には1週間ほど会っていない。
明日やっと東京に帰れる。

もう夜も11時を過ぎたから、そろそろ彼女も部屋にいるはずだと思って、携帯に電話をかけているのだが、繋がらない。

あえてメッセージを残すほどの重要な事でもないから、3度ほど掛けてやめた。
一人で飲んで周りに騒がれるのも嫌で、社さんを誘って、上の階へ行った。


「蓮、最近調子よさそうだね。やっぱりキョーコちゃんがいてくれるからだよね。」

社さんはにこにこ笑って、オレを見た。

「あの子といると、飽きないですよ。いじっていると面白くて。」

・・・・・まるで家に大きな猫がいるかのようで。

「最初の時からインパクト大だったもんねぇ。蓮のこと、最初からあんなに嫌う人も珍しいじゃない。・・・あっ、禁句?「普通」の人が抱く感情と全く逆だったよね。だからさ、蓮も好きになったんじゃない?いつもと逆で・・・・最初から先に引かれたから・・・それが興味を引いて。気持ち、揺さぶられたでしょ?」

「どうですかね?よく分からなくて。気づいたら・・・だったから。」

「だって、蓮、嫌いだとかなんだとか言っててさ、意地悪しつつ、それでも肝心なところは絶対優しかったじゃない。温和な「敦賀 蓮」を演じていたのかと思ってたんだけどさ。無意識に優しくしてたって聞いたときに、オレは確信したね。でもさぁ、ホントにキョーコちゃんさ、ますます綺麗になったよねぇ。蓮、すっごい可愛がってるでしょ?」

オレは思わず持っていたグラスを吹いた。

社さんは、「そうだよね、そうだよねっ」と言って、何も答えなかったオレの事など無視をして、勝手に盛り上がっていた。

「だからさぁ、キョーコちゃん、今、相手俳優陣にくどかれまくってるじゃない?昔からだけどさ、お化粧すると一気に女があがるって言うかさ。素でも可愛いけど、なんていうか、綺麗に変わるから。もともとすっごく性格も可愛くていい子だしさ。ね、言ったでしょ?女の子の成長は早いって。」

くどかれまくっている事実は、知らなかった。

「・・・・・・・・・・俳優陣にって・・・・・?」

「え、知らなかったの?みんな、キョーコちゃん、キョーコちゃんってさ。だからさ、蓮がその相手の事、普通に対応しているから、さすが、余裕なんだなぁって思ってたよ。それだけキョーコちゃんと信じあえてるんだって。でもまぁ、キョーコちゃんって一直線の子だから、オレも心配してないけどね。前に不破の所行った時だって、それはもう、蓮とのらぶっぷりを惜しげもなく披露してもらったから。」

その時を思い出したのか、社さんはにやり、と笑った。
どんなのを披露したかは知らないが、そんな顔されても困る。

それにしても、知らなかった。そんな事になってるなんて。
確かに最近どんどん綺麗になっていって、オレも戸惑ってはいるけれど・・・・。
一度もあの子はそういうことを口にした事が無かったから。

最近物思いにふけっているのは、その事なんだろうか?

「蓮、クリスマスイブは、仕事、朝だけにしてあるからね。ちゃんと、キョーコちゃんの相手、してあげないと。キョーコちゃんだって、ここの所ずっと会ってないから、寂しい思いしていると思うよ?」

あの子は思ったよりも寂しがりやで、もしかしたら今日もベッドの上で、一人月を見ているかもしれない。

彼女が物思いにふけるとき、月を見ている事に最近気づいたんだけれど・・・・。

「社さんって・・・・いつもオレのこと言いますけど・・・自分はどうなんです?」

クリスマスイブの夜、オレの仕事が空いているという事は、社さんだって空く事になる。

はっと、固まった社さんは、「オレはいいんだ、オレはっ・・・」と変な身振り手振りをして、話を逸らした。

「ひどいじゃないですか。オレのだって散々聞いておいて。」
「いや、いい・・・いいんだって。そのうち、そのうちね?蓮だって教えてくれなかったんだから。お互い様・・・だよっ。」
「そういう・・・ものですか?まぁ、いいですけどね。」

異常な慌て方に、何かあることはすぐに分かったが、別に男の恋愛事情などどうでも良くて、それ以上は突っ込まなかった。

クリスマスイブ、空いていると言ったらあの子はどうするだろう?

最近夜、携帯が繋がらない事が多くなったのが急に不安に思えてきて。
まさか携帯を今すぐにでも掛けに行きたいなんて、こんな気分になるとも思ってなかったから、思わず自嘲気味な笑みが出てしまう。

「蓮、ひどい。オレの事、ばかにしたね?」
「はっ?してませんよ。違いますって。」
「今の笑い方、彼女持ちの余裕・・・だと思ったんだけど。」
「・・・・余裕なんて・・・・」

そんなものがあったら、今すぐ携帯なんて・・・かけたいと思わないだろうね・・・。

「へぇ・・・。蓮でもそういうもの?じゃぁ、今の笑いは?」
「・・・・・・別に。」
「いっつも肝心なトコは蓮って、全然話さないよな。いいけどさっ・・・・。」

ぷりぷりと怒っている社さんを横目に、オレはまたグラスに口をつけた。
しばらくのんびりと飲んでいたのだが、女の子の集団が近づいてきたから、オレはにっこり笑って会釈だけして、その場を社さんと後にした。

部屋に帰って携帯を見ても、着信は無くて、メールも入っていなかった。
それがこんなに、不安になるなんて、思ってもみなかった。
電話など、できればいいものだったし、メールなんて、連絡手段の一つだったから。
早く、電話に出て欲しい。

もう寝ているのか?それとも・・・・・・。

『キョーコちゃん、今、相手俳優陣にくどかれまくってるじゃない?』


お願いだから。

その晩、彼女が携帯に出る事も無く、オレも眠れなかった。


「うーわー、蓮、その顔色、ひどいね。」
社さんもさすがに呆れてオレに言った。
「すみません・・・・。」
「少し、今日はファンデーションの色少し上げてもらったほうがいいよ。」
「そうですね・・・・。」
何も言えることも無く、おとなしく従った。
メイクさんもさすがに苦笑して、「仕事完璧主義の敦賀くんにしては徹夜なんて、珍しいわね。」と口にした。

年明け分のレギュラーの番組をまとめて3本ほど撮って、オレはやっと開放された。

帰りの最終便の飛行機で、社さんは「一体どうしたの?」と心配してくれたが、こんな仕事以外の事で振り回されているオレの気持ちなど伝えたところで何の解決にもならないから、結局ずっと黙ったままだった。

空港に預けてあった車に乗り、社さんを自宅前で降ろすと真っ直ぐ家に帰った。
もう夜も遅くて1時すぎについたのに、家の中は誰もいなかった。
オレは一体どうしたらいいのか分からなくなって、また酒に頼った。


なんでこんな事になっているのだろう・・・?


何も真実は分かっていないのに、嫌な想像ばかりが頭に浮かんでは消える。
信じている。彼女を信じている。
それでも、最近の彼女がどんどん綺麗になっていくから。
お互い仕事もどんどん増えて、一緒に住んでいるのに、会える時間すらろくに確保できなくて。すぐ傍にいるはずなのに、こんなに不安になるなんて。

こんな気持ち、伝言なんかできない。
早く帰ってきて、なんてとても言えない。
半年前に、携帯が繋がらなくなったときの・・・・比じゃ、ない。

また今日も眠れない夜が続いた。

次の日の夜になって、ようやく彼女が家に帰ってきた。
その日もオレの方が先に帰ってきていたから、またグラスを片手に携帯を掛けるべきか悩んでいた。その矢先に彼女は普通に入ってきて、リビングで、ぼんやりしていたオレの横に座った。

オレは確実に、表情だけで、彼女をおびえさせたと思う。

「・・・・なっ・・・敦賀さん?どうしたんです?」
「どうしただって・・・・?」
「こ、怖いです・・・・。いつ、帰ってきたんです?帰ってきたならそう、伝言ください。」
「携帯・・・・通じてたんだね・・・。」

ひどく冷たい言葉に、彼女はとても驚いていたようだった。

「おとといは・・・仕事で疲れて寝ちゃって・・・。昨日は・・・電話ありました?」

彼女の目を見たが、嘘をついている時の目では無かったから、本当なのだろう。

「夜中の一時に帰ってきて、家に誰もいなかったんだから。電話なんてする訳がないじゃないか。まぁ・・・君が、どこで何しようと構わないけどね。」

「どうしてっ・・・・どうしてそんな・・・・・。」

冷たくなってしまった口調に、彼女は半分泣き出しそうな顔で、俯いた。

あぁ・・・・・・またやってしまった・・・・・。

昔からつい、この子の前だと感情に任せて言葉が出てしまう。
会いたかったのに、何にも分かってないこの子の顔を見たらとても腹立った。
ちゃんと戻ってきて、安心したはずなのに。

つい、不用意に、ため息が出てしまう。

それを聞いた彼女が、本当にオレをみつめたまま、目に涙を溜め出してしまったので、抱き寄せて、頭を撫でてやった。

「君がオレの傍だけで、納まりきらないのは分かっているつもりだけれど。ずっとここと仕事の往復だなんて、それが飽きるのも分かってる。だから、オレは君がどこでどうやって仕事以外の時間を過ごそうと、構わないと思うよ。それでもね、オレだって心配になるときはあるんだから。携帯、出て。お願いだから。」

彼女は、涙をためたまま、きょとんとした顔で、オレを見上げた。

「何、その顔。」
「だって・・・・敦賀さん、私が心配で怒ったんですか?」
「そうだよ。それが?」
「いえっ・・・・・ただ・・・ここと仕事との往復、十分幸せですよ?」

オレはひどく怒ったのに、そんなに可愛く見上げないで欲しい。
久々に会ったんだから・・・・・・。
涙をぬぐってやって、軽く唇にキスをして、抱き寄せていた彼女の体をはずした。

「オレだって人並みに君がどこにいるのか、もう寝ているのか、事故にあったのか、心配になるんだよ?せめてメールくらい、して欲しいね。」

「メール・・・ってあんまり使った事が無くて・・・・使い方、よく分からないんです。しかも会社のだし・・・・・。」
「はっ・・?」
「私、敦賀さんにメールした事、ほとんど無いですよね?もちろんアドレスは知ってますけど・・・。会社からは直接電話が来るし、モー子さんやリコさんと話したい事があったら全部電話ですし。敦賀さんにわざわざ、もう寝ます、とかだけメール打つのおかしいかと思って。敦賀さん忙しいし。だから何?って思われても困るかなぁとか思うと、メールってなかなかしにくくって。」
「・・・・・今度から、何でもいいからメールして。心配だから。いいね?」

彼女は、はい、とだけ答えて少し笑顔が見えた。

「そうだ・・・敦賀さん・・・・クリスマスイブもクリスマス当日も、私・・・夜、お仕事入ってしまって・・・。あがれるの、早くても10時過ぎなんですけど・・・・。」

少し言いにくそうに言った彼女に、「いいよ、待ってるから」と言うと、変な悲鳴をあげられた。

「な、何?」
「敦賀さん、もしかして・・・あがり・・・もっと早かったりするんですか?」
「あぁ・・・たまたまね。24日だけだけど。イブは朝だけだから。」

「えぇぇぇぇぇっ・・・・・。敦賀さんなのに・・・お仕事が朝だけなんて・・・ひどすぎますっ・・・・。初めてのクリスマス・・・・・楽しみにしてたんです。でもっ・・・・仕事にはかえられなくって・・・。せめて夕方上がりにしたかったんですけど・・・。」

ひどすぎる、と言われてもね。
社さんがたまたまそうしてくれたから。
オレは苦笑して、またグラスを手に取った。

「いいよ、迎えに行く。どこか、食べに行こう?」
「ほんとですかっ?」
「でも、君が、昨日の夜、一体どこにいたのか教えてくれたらね?」

一気に固まった彼女に、オレは意地悪く続けた。

「言えないの?言えないような所に・・・いたの?」
「いえ、決してやましい事はないのですが・・・・その。」
「その?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「そう?じゃあ、迎えに行かない。」
「えぇっ・・・・。だってぇぇ・・・・。」



結局彼女はどこにいたのか、どうやっても、口にしなかった。


ただ、気がつくと、寝室には大阪に行く前には見なかった、新しい種類の椿が飾ってあったから、見逃してあげる事にした。


その日以来、彼女はメールを打つのが楽しくなったのか、仕事の隙間に、ちょこちょこメールを送ってくるようになった。たまに写真付で、今の現場です、などと送ってくる。

社さんが、事務所や局で、彼女をくどいているという俳優やタレントとすれ違うごとに、こそこそと教えてくれるようになって、そのメールの写真に彼らがたまに入る事で、顔と状況が掴めてきた。

そういえばキスシーンがいやなのだと・・・・気持ちが悪いのだと・・・数ヶ月前ほど言っていた。その場面をTVで見たが、どう考えても不自然な角度とその写りにオレは腹が立った。

しかし彼女は、一切、彼らのことについては言わなかった。


たまたま今日の仕事は、彼女と同じ局で、同じ時間帯に終わりそうだったから、ロビーで待ち合わせをした。メールで、「終わったのですが、もう少し遅れます」、と入って、オレは社さんと共に先にロビーで待っていた。

リコちゃんが通ったから、声を掛けた。
相変わらず、あの子とまるで姉妹のように仲がいい。

「あの子は?もう、片付け終わった?」
「あれ?敦賀さんですか?お久しぶりですね。もう、終わりましたよ。もうすぐ来るんじゃないですか?そうそう。会ったら言っておこうと思ったんですけど。」

そう言って、オレの横に座って、ぼそぼそぼそ、と声を小さくした。

「あの子、多分、ここに来るの遅れているのも、またしつこく口説かれていると思うんです。しつこいんですよ、その人。あの人とのドラマの撮影なんてもうとっくに終わったのに・・・・。敦賀さんより若いのに随分先輩風吹かせて。断れないあの子に卑怯ですよね。いっその事、本当の事あの男に言ってやりたいぐらい。あんまり、しつこい時は私が邪魔するんですけど・・・あんまりやると、ホラ、あの子も立場が・・・ありますから。だから。敦賀さん、しっかりあの子、支えてあげてくださいね。」

「それだけ、言いたかったんです」、と言って彼女が去ろうとするので、その男の邪魔をするべくオレも立ち上がった。

「その人」とは・・・ドラマの撮影が一緒だったという事は・・・多分あの気持ちが悪いと言っていた男だろう・・・。

「蓮?」
「行って来ます。」
「分かったよ・・・・でもその顔のままで歩くの、やめてよね。お前の仕事、減るよ。オレはここにいるから。」

苦笑して、オレはリコちゃんに続いた。

「キョーコちゃん?入るわよ?」

リコちゃんが控え室をあけると、何度か携帯で見た男が、一人、あの子の傍にいた。彼女の服に手をかけて。

あの子はオレの顔を見てあきらかにほっとした表情をして、「敦賀さん」とつぶやた後、真っ青に変わった。

「約束の時間・・・過ぎているから、迎えに来たよ・・・・・。悪いけど彼女はオレと先約があるんだ。君・・・・話、手短に・・・・・ならない?」

そう言うと、なぜかあの男も真っ青になって、さっさと控え室から出て行った。

リコちゃんがぽつりと、「確かに仕事減るわね」と、つぶやいた。

「大丈夫?真っ青だけど。変なコトされた?」
「だ、大丈夫です。つ、敦賀さんの顔に・・・・びっくりしただけですからっ。・・・リコさん、敦賀さん連れてきてくれてありがとう・・・。」
「もしかして、今までだいぶ大変な思いしてたんじゃないの?」
「ちょっと・・・今日は・・・逃げられないかもと、真剣に・・・。」

顔に手をやって上向かせると、少しおびえて目をした。
・・・・あの時のように。

「キョーコちゃん、すごい汗。敦賀さん、心配なのは分かりますけど・・・ちょっと待って下さい。ホラ、もう。」

そう言ってリコちゃんは彼女の汗を持っていたタオルで拭って、椅子に座らせた。

「敦賀さん、その・・・・知ってたんですか?」
ちらり、と上目遣いでみあげられて、オレは苦笑した。
「うん。」
「・・・・・すみません、黙っていて。」
小さくなってしまって、どうしたらいいか分からなくなる。
「いや・・・・。」
「リコさんが、いつも助けてくれていたんですけど、今日はその間を縫って入られたから・・・困ってたところだったんです。断っても断っても・・・・先輩の手前・・・あまりはっきり言えなくて。でもきっと、敦賀さんのさっきの顔を見たから、明日からは来なくなると、思いますよっ。敦賀さんととても仲がいいって分かったと思うから。あの事務所で敦賀さんより年下で、敦賀さんに勝てる人なんて、いませんから。」

彼女はくすくす笑って、そう言った。
笑い事じゃ、ないんだけどね・・・・・・・。
今危険な目にあってたの・・・・忘れたのか・・・・?

「リコちゃん、良かったら本当に4人でご飯、行かない?」
「お邪魔していいんですか?いいですね、行きましょう。」
「リコさんも一緒に行くの?嬉しいなっ。あれ?社さんは・・・・。」
「下で待ってもらってる。さぁ、出よう。」


4人で夕食後、店を出てすぐにリコちゃんは先に前を歩く2人に気づかれないように、オレにこっそり囁いた。

「あの子、敦賀さんの前では、とても元気そうでしょう?でもあれは強がりです。意地っ張りだから・・・。本当は敦賀さんが忙しくて傍にいないの、すっごく寂しがってるんです。この間、あの子が敦賀さんの家に帰らなかったの、しばらくウチにいたんですよ。あの男を筆頭に、最近いろんな男に迫られてたから。敦賀さんはいなくて、寂しくて。だから、帰らなかったの、怒らないであげてくださいね。あの子・・・言わなかったでしょう?その事も・・・・。」

苦笑したオレを、リコちゃんはやっぱり、という顔で見上げた。


前の二人も、しばらく何かこそこそと話していた。

「だから、敦賀さん。私、あの子の傍にいて、できるだけ邪魔しますから。いつか、ちゃんと、公表してあげてくださいね。私もびっくりするぐらい、あの子、どんどん綺麗になっちゃうから。それは、敦賀さんがいるから、なんです。お節介だってわかってます。でも。私、あの子のこと、あなたと付き合う前からずっと近くにいて、ずっと見てきているから。あなたと同じくらいあの子のこと、大好きだし、心配なんです。」

「・・・・ありがとう、いつも・・・。リコちゃんがいてくれるから、あの子もこの業界で支えがあるんだよね。男のオレじゃ分からないことも話せない事もあるだろうし・・・・。だから色々・・・頼むよ。仕事ではずっと傍にいてあげられないから。でも・・・いつか、ちゃんと公表はする。」

もう少し、したらね。

リコちゃんはにっこり笑って、良かった、と言った。

「おーい、車、あけてっ!!」

オレ達が店を出たところで話し込んでしまったから、社さんが遠くから声をあげた。

「行きましょう、きっと何を話しているのか、あの子すっごい、気になってるはずですよ。意地っ張りだから、それも言わないかもしれませんね。」


リコちゃんはくすくす笑って、走って車まで向かった。




「敦賀さん、リコさんと何話してたんですか?」

部屋に帰ってすぐ、彼女はそう口にした。
オレは吹きだしてしまって、彼女を怒らせた。

「なんで、そこで笑うんですか。」
「いや、リコちゃんってすごいね、君の事、本当に良く分かってるんだなと思ってさ。」
「大好きですもん、リコさんの事。敦賀さんの次に好きですよ。」
口を尖らせたまま言われた。
「とってつけたように、どうも。それはそうと。あの男の他に君に迫っている男は相当いるようだけど?」

直接聞かないつもりだったんだけど。まぁいいか・・・・。

「そんなの、敦賀さんが迫られている数の比じゃ、ないからいいんです。」

本当に意地っ張りだな・・・・。

「オレに意地張ると・・・どうなるか分かっているよね?」

散々いじめてきたから。
付き合いだしてもそれは変えなかったから。

ぎくり、と固まった彼女はぎゅっとオレのシャツを握って上目遣いに見上げた。
しばらく言いたくなさそうに目を泳がせていたが・・・・諦めたようにうつむいた。

「・・・・・・敦賀さん、たまに女の人の香水の匂い、するから・・・・。」

あぁ・・・・・・・。

「まぁ・・・その事について否定はしないけどね。ドラマで絡む事もあるから。でも、それ以上もそれ以下も何も無いよ?それは、君だって同じ事だろう?」

「分かってます。分かってるから・・・今まで口にしなかったんです。でも・・・あなたの傍には本当に私なんかより、ずっとずっと綺麗な人、沢山いるから。敦賀さんが迫られてたところだって、何度も・・・・見た事あります・・・・。携帯の着信も沢山の・・・・女優さんから来るって聞いたし。どんなに・・・・いえ、すみません。」

何かを言いたげなその表情を曇らせて、その長い睫を伏せた。
肩を落とした彼女を、ソファに座らせて、顔に手をやった。

「不安に・・・させてる?」
「・・・・・・敦賀さん、私のこと、好きですか?」
「・・・・・・・・・今更。」
「今の私と、化粧をした女優の私、どっちが好きですか?」
「どっちも。」
「そんなの、答えになってない。」
「だって、どっちも君だもん。オレの前にいる君も、女優の君も。なんでそんな事、聞くの?」
「・・・・・最近・・・化粧をするとみんな「綺麗」って言ってくれるんですもん。」

社さんも、同じ事をオレに言った。

「嫌なの?」
「じゃあ、しない私は・・・・・・。」

オレは大きくため息をついて、体を起こして脚を組んだ。

「オレには・・・・・関係ないね。君は君。顔や化粧で見ているわけじゃ、ないから。もともとオレと出会って長い間、素顔で会っていた訳だし?化粧を多くするようになったのが最近って、だけでしょ?オレには全く関係ない。そんなの、顔だけ好きなんて、ありえないだろ?君だって、オレの顔だけが好きなわけ?」

横目で見ると、ふるふると首を振った彼女は、でも、と続けた。

「敦賀さんに迫ってる他の女優さんたちよりも・・・綺麗になりたいって思っても、ぜんぜん足りなくて。せめてドラマで一緒になったときに、演技だけは、負けないようにって・・・努力しているつもりです。でも・・・たまに他の女優さんが私に向かって・・・敦賀さんの噂をします。だから敦賀さんの横にいる事が、どれだけ大変な事なのか、改めて・・・最近気づきました。」

まったく・・・・・・・・・。
そんな事、誰かと比べてどうするのかな。
そんな事、気にしないでもいいのに。
オレは君が一番綺麗だと思っているのに。

オレは静かに彼女の唇を割った。
オレのキスに慣れた彼女は、優しく応えた。

そのままソファーに押し倒そうかとも思ったが、やめた。
また彼女の感情が見えなくなったから。どうしてそう、隠す?

「何か、さらに・・・悩んでるの?」
「何も・・・・。」

そういえば前からあまり自分のことは話さなかったか・・・・。
そう、オレがしてしまったのだろうけれど。
でも、そんな顔で言わないで欲しい。

月を見上げるぐらいなら、石を見るくらいなら・・・オレに話して欲しい。

「・・・・・オレにちょっと睨まれた位ですぐ逃げ出すようなヤツなんて、大した男じゃないね。よっぽどアイツの方が・・・いや・・・ごめん。・・・だからオレがもし迫られてたら、君が睨めばいいじゃないか。」
「あれは睨んでいたんですか・・・?あんな怖いの、私には出来ません。」
「昔の君の・・・アレが憑けば一発だよ。面倒だから、追い返してくれない?」
「・・・・・・・・ヒドイ・・・・・・・。」

オレの腕からすりぬけて、パズルが置いてあった所まで逃げた。
ヒドイのは君だってば。
オレを、こんなに動揺させるのは君だけなんだけど。
そんなに感情を隠して、どうするの。
もう少し、素直な君が・・・・見たいんだけど。


そのまま拗ねてパズルを始めてしまったから、オレは先にシャワーを浴びて寝室に篭った。

しばらく活けてあった寒椿を手に取る。
その勢いで花びらが、はらはらと散って……オレの手の中に納まった。
いつもみたいに・・・・花ごと落ちてくれたらよかったのに、・・・・そう思った。



そして、あの子は朝までオレのベッドに来なかった。


朝からオレは不機嫌で、彼女も小さくなった。


「一人で寝るなんて・・・・何か、言いたいことでも?」
「・・・・・すみません・・・・。パズル・・・・終わらせたくて。」
「パズルは言い訳でしょ。今日の夜、迎えに行かないよ?」
「・・・・・・・・いやです・・・・・・・。」
「じゃ、なぜ最近、オレに隠し事してるの?言えない?」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・分かった。行かない。」
「やっ・・・・・やです。でもっ・・・・・。」

すがった彼女が可愛かったから、しょうがなく許してあげた。

不機嫌なオレを、変えられるんだからすごいよね。
君のその表情にオレは弱いんだって、知らないでしょ?
知ってやってたら、相当な女優ぶりだよね。

どうやったって、オレは君に振り回されてばかりで。
からっぽだったオレの感情を満たしたのは君で。
どうしたら、オレの腕の中に納まる?
どんなに閉じ込めたってきっと簡単にすり抜けていくんだろうね。
・・・・・・・・・・・・それが分かるから、少し寂しい。



その日の夜、彼女を待ったまま、彼女の仕事場の局で、一人佇んでいた。
社さんがいなかったから、知った仲のスタッフや同じ事務所の人が不思議そうに声をかけてきたりする。

オレはそれとない言い訳をして、ぞろぞろ声がかかるそのロビーで、沢山差し入れをもらったりして、その山に困り果てていると、リコちゃんがまた通りかかった。

「敦賀さん、相変わらず、一人でいると・・・すごいですね。」

「リコちゃん・・・助かった、ちょっとさ、そこにいない?まだ仕事中?一人でいる言い訳するの、疲れたんだよね。」
「いえー、私、今はちょっと諸用で出てきたんです。あの子も、もう収録も終わって今は着替え中です。もうちょっとだけ待っててくださいね。それにしても一人なんて・・・・。社さん連れてないからですよ、そのプレゼントの山。どうするんです?あの子に言い訳、するんですか?」

くすくす笑う彼女に、オレはため息をついた。

「プレゼントなの?これ。差し入れ・・・だと思って・・・明日事務所に置いて来ようと思ってたんだけど。」
「どう考えても・・・その包みは・・・そうでしょうねぇ。今日は・・・イブですからねぇ・・・・。あ、それ後で私がまとめて、事務所に持っていってあげますよ。もって帰れないでしょう?」

くすくす笑った彼女は、「どうせこのあと私は一度事務所に行かなきゃいけないんで。イヴなのに・・・・。」と、つぶやいていた。

「それにしても・・・・まさか敦賀さんがこんなトコで・・しかも珍しく一人でいたら、フリーなんだと・・・思われたんじゃないですか?それとなく迫られたり?」

・・・・・・・・・・・・・・?

「あぁ・・・・あれはそうなの?・・・・・気づかなかったな・・・・。」
「くすくすくす・・・本当にあの子しか目に入ってないんですね。」

また、くすくす笑う彼女に困り果てて、もう一度・・・ため息をついた。

「敦賀さんがあの子をホントに優しく育てているから、・・・昔よりもとても安定してますよ。この間はあの子がかわいそうで、思わず寂しがってるなんて言ってしまいましたけど。昔に比べたら、全然。今はちょうど子供から大人になる境目で・・・あの子らしく・・・なんだか変わった迷い方、しているみたいですけどね・・・・。もう少しで蝶に変わりますから。待っていてあげてくださいね。メイクする時の彼女は、私に任せて下さい。いつでも蝶ですから!!」

ガッツポーズを決めて、じゃっ、もう少し待っていて下さいね、と言って走って行った。

そしてまた一人きりになって、押し付けられた山がどんどん高くなった。

「ねぇ敦賀君、何、この山。」
「えぇ、差し入れ・・・沢山いただいて。」
「差し入れ?これが?本当に、あなたも相変わらずねぇ・・・。いい男が泣くわよ?」
「そうですか?」
「で、こんな所で一人、なんて、何しているの?まさか、逆ナン待ち?それなら・・・ねぇ、私、いつもの敦賀君じゃない・・・・敦賀君を今晩見てみたいんだけど。」

確かに、さっきも似たようなセリフ聞いたな。迫られてたんだな・・・・。
気づかなかったよ。

くすくすと笑いが漏れて、その女性は驚いたように、固まっていた。

「まさか・・・・本当に誰か待ち?こんなに目立つところで?」
「えぇ、そうですよ。」
はっきり口にしたら、彼女は更に固まった。
「わざわざ敦賀君が一人で待つ相手って・・・・・。」


「私です。蓮・・・・・お待たせ。」

見上げると、思い切り化けたあの子が、その目の前にいた女優の前に・・・思い切り微笑んで立っていて、オレは笑いを堪えるために・・・必死に・・・無表情になった。

「あなた、誰?・・・・・見かけない顔ね・・・・?」
「会話中・・・・お邪魔しました。蓮・・・・。」
「あぁ、ごめん、行こうか・・・・・。」

笑顔のまま彼女にとっては大女優の質問に答えないあたり、多分思い切りすねているだろう彼女の気持ちが見て取れて、その伸びた長い髪に手を入れて、頭を撫でた。

思い切りその大物女優を無視したままの彼女に、その女優の方がびっくりしたのか、オレの行為に驚いたのか、固まったまま何も言わなかった。

オレはにっこり笑顔を作ってその女優に「すみません、失礼します」、と告げると、荷物をまとめて抱えて、向こうからやってきたリコちゃんに渡した。

車の中に入るまで、彼女はその微妙な微笑を絶やさなかった。
入るとすぐに、いつもの彼女に戻って、オレは吹いた。

「すごいね・・・睨むより・・・効果あったかもね。」

移動中の車の中で、最近にしては珍しく、彼女はずっと怒っていた。

「敦賀さん!!!ひどいです。あんなにプレゼントもらって!!!しかもあの人、昔から敦賀さんに迫っているって有名な人じゃないですかっ・・・・。「いつもと違う敦賀さんが見たい」なんて!!!!っ・・・・・っ・・・・。」

「ど、どこから聞いてたの・・・。」

「最初からですっ。敦賀さん見つけて寄ろうと思ったらあの人が先に行ったんで。陰に隠れるしか・・・ないじゃないですか。・・・・っと・・・すみません、つい、感情的に・・。」

勢いよく怒っていた彼女が、はた、と静かになった。

「君が感情的になるの、久しぶりだね。」
「すみませんっ・・・・・。」
「いや、その方が好きだよ・・・。最近・・ずっと隠してたでしょ、本音。」
「・・・・・・・」
「なんで、わざわざ君らしくも無く・・・隠すかな。」
「内緒・・・・です。」
「また?」
「はい。」
「・・・それに、さっき名前、呼んでくれたのに・・・また元に戻っちゃったし。」
「あれはっ・・・・あそこで「敦賀さん」って呼んだら、年下か後輩だってばれちゃうし・・。」
「いいのに、そんな言い訳。もう・・・「蓮」にしよ?キョーコちゃん?」

名前を呼ばれて、一気に真っ赤になった彼女を見て、オレは苦笑した。

「可愛い・・・。そっか・・・オレが君の名前呼ぶの、いつも・・・ねぇ?」
「敦賀さん!!!!!!!!!」


これ以上ないくらい真っ赤になった彼女を見て・・・オレはまた吹いた。


食事を終えて、目的地で車を止めた。

「ちょっと待ってて。」

寂しがりやな彼女へのプレゼントを一つ決めていたから。
店員に頼んでおいた猫を出してもらって、車に戻った。
彼女に見せると、目を輝かせて喜んでいた。

「はい、クリスマスプレゼント。」
「これっ・・真っ白・・・すっごいふわふわでさらさらっ・・・・・可愛い!!」
「気に入ってもらえた?」
「もちろんです!!」

その仔猫を大事そうに抱いて、頬ずりして、撫でていた。

「これ、外に出ない種類だから・・・大丈夫だと思って。この仔がいれば・・・・きっと少しは気がまぎれるかなと、思ってね。」
「ありがとう・・・・ございますっ・・・・。嬉しい・・・・・。」
「可愛かったから、すぐ決まったよ。名前はね、アリーに決まってる。これも譲れない。」

「そうなんですか?いいですけど。なぜアリーなんです?」
「内緒。でも、この仔・・・見たときにすぐそれが決まったの。」
「アリーアリー・・・可愛いっ・・・。この仔・・・・・オスですか?」
「うん。今はまだすごく小さいけど・・・オスだとすごく大きくなるんだって。楽しみだね。それに、すごく従順でおとなしいらしいから。いいと思うよ。」
「そうですねっ・・・これで、敦賀さんが遅い日も一緒に遊んでいられますね。本当にありがとうございます。」
「猫は前々から飼おうと・・・思っていたんだけどね。一人だと中々世話しきれないから。二人ならどちらかいればいいしね。」

まだ小さいからすでに半開きの目のアリーは、写真で見るかのようにとても可愛くて。
すでに彼女になついたようで、されるがまま気持ちよさそうに目を細めていた。

その後彼女は車中でアリーと遊んで、その毛並みを楽しんでいた。



あと一つ。
渡したくて、車を止めた。

「降りて。外、すごい大きいツリーが飾ってあるから。」
「降りて・・・大丈夫ですか?」
「うん。ここはあまり・・・人いないから。」

近所にある人通りの少ない大きな公園に誘った。
明日までは・・・・このまま電飾でびっしりと飾られているのだろう。
カップルが2組ほどいたが、お互いしか見えていないから、問題ないだろう。

「敦賀さん、知ってます?付き合ってない・・・・芸能人が、まるで付き合っているかのように、外でデートする番組、あるんですよ。」
「へぇ?」

そういえば・・・社さんがオレの為にその番組断ったって昔言っていた気がする・・・・。相手は選べないからダメと言って、えらく恩着せがましく言われた様を思い出した。

「昔・・・出たかったなぁ・・・敦賀さんと。・・・だって・・・外、二人で手をつないでなんて・・・・歩けないじゃないですか・・・・。だから・・・今は・・手、つないで歩いていいですか?」
「どうぞ?」

とても嬉しそうに笑った彼女がとても綺麗で、つなぐ手を解いてすぐに抱きしめたくなった。

「嬉しいな、私、こうやって敦賀さんと、手をつないで・・・歩いてみたかったんです。」
「そんなこと、いつだってこれからできるよ。」

真ん中の一番大きな木の下で立ち止まると、彼女はくすくす笑って、無理ですよ、と言った。

「普通の女の子だったら手なんてつないで歩けるんですよね、当たり前に。でも、普通の女の子だったら、敦賀さんの横にもいられないし、女優もできないですから。だから、普通じゃなくて良かった。今日、こうやって綺麗にしてもらうの、リコさんに頼んだんです。敦賀さんが中まで迎えに来てくれるって言ったから。少しでも敦賀さんの横に相応しくいたかったから。でも・・・・私だとばれない程、化けてますか?」

オレはくすくす笑って、彼女の長い髪に手を入れた。

「綺麗だよ。オレはどっちも好きだと、言ったけれど。そんなに早く・・・大人に・・・変わらないで。」

「だめですよぉ。早く大人に、なりたいんです。早く・・・。じゃないと、敦賀さんの横、取られちゃいますから。」
「まぁ・・・大人になりたい・・・・ってその気持ちも・・・分からなくもないけどね。でも・・いやでも変わるんだから。そんなにあっという間に変わられると、オレが困る。心配しすぎて。」
「えっ?心配なんて、そんな。私の心配からしたら・・私日本全国、全女性相手ですから。」
「オレもそのうちすぐに、そうなるんだってば・・・・オレの横の心配なんてしなくていいんだよ・・・・。」

くすくす笑う彼女は、ごそごそと、バッグから出した真っ白なマフラーを、ふわりとオレに掛けた。

「今年も、もう真冬ですから。しかも今時、おそろいなんて変ですけど・・・並んで歩けないから、いいですよね?そのかわり敦賀さんのは男性用に太い糸で編んでみました。敦賀さん、モノあまり買わないし・・・・。マフラー・・・前にあげた時、ずっとつけてくれて嬉しかったから・・・・。昨日の夜、どうしても仕上げたくって徹夜しちゃって・・・。敦賀さんがいない間は、しばらくリコさんちで、これ作ってたんです。ずっと内緒にしてて、ごめんなさい。」

裏を見ると、今回も黒いタグに赤と白の椿がついていた。

彼女も真っ白な細い糸のマフラーを巻いて、優しく微笑んでいて、思わず彼女を抱き上げた。オレの右腕の上に乗せて、目線の高さを合わせる。

「うわ、敦賀さん、重いですからっ・・・。」
「君、軽すぎるから・・・もう少しあっても大丈夫だよ。間違ってもダイエットなんてしちゃ、だめだよ?」
「・・・・胸、小さいですか・・・・?」
「いやっ・・・それはいいんだけど。」

好みの問題だから・・・大きければいいってもんじゃ・・・・・。

そう思って、思わず目を逸らした。

くすくす笑った彼女は、「敦賀さん、背、高くていいなぁ」とつぶやいた。
そして、首に腕を回して目を合わせた彼女の顔が近づいて、そのまま唇を合わせた。
彼女は、お互いのマフラーで隠すようにして、何度も何度も唇を合わせては目を合わせて微笑んだ。

「強い蓮の瞳が好き。ずっと好きでいさせて。蓮が好き。大好き。」

オレは、そのまま抱き寄せた。
幸福とはきっとこんな感じをいうのだろうと、思って、この時間が止まることを祈った。

彼女を降ろして木に寄りかかったまま抱きとめていたが、ひとつ息をついて、取り出した。

「もう一つ、君へプレゼント、あげたいんだけど。」
「もう、アリー・・・もらいましたよ?」
「・・・・・これ。」

オレは、彼女が昔・・・「欲しがっていたもの」を腕に通した。

「うわっ・・・綺麗なブレスレッド。・・・・ありがとうございます・・・・。」

華奢な彼女の腕にさらり、と銀色が流れ落ちた。

「指輪も考えたんだけどね、それならずっとしていられるから・・・・。」

それはまた、そのうちに・・・・ね。

「ん?小さい・・・けど・・・これは・・・・・。」
「君、一番・・・シンデレラ姫が、ガラスの靴が・・・好きだっただろ?」

小さなガラスの靴だけれど・・・。

きょとんと、オレを見上げて、固まった。

「私・・・そんな事・・・・言いましたっけ・・・?」
「言ったよ・・遠い遠い・・すごく昔にね・・・・・・。」

遠い昔の、まだ幼かったころのオレと君。

「まさか・・・だって・・・だって・・・その話を知っている男の人なんて・・・・・。アイツと・・・・。」

ありえないほど大きく目を見開いた彼女の目が一気に潤んだ。
オレは苦笑して続けた。

「あの時君が・・・・・ガラスの靴が欲しいといった相手は、オレじゃ、なかったけどね・・・。」

「うそぉ・・・ホントに・・・・ずっと・・・・えっ・・ずっと・・・・会いたかったの・・・・・。」

がっちりと抱きつかれて、すでに大泣きし始めた彼女を抱きとめたまま、続けた。

「ずっと言わなくて、ごめんね。・・・キョーコちゃん。オレも、大好きだよ・・・。」
「コーン・・・・えっ・・・えっ・・・会いたかった・・・よぉ・・・。まさか・・・・蓮だったなんて・・・・・。」

「だから・・・君が・・・もう少し大人になったら・・・ちゃんと、発表もして一緒に、なりたいんだ。ね、オレの、オレだけのお姫様に、なりませんか?」

「・・・・ずっと一緒にいたい・・・・蓮・・・・・・。」

ぎゅっとさらに、力を込めて答えてくれた。

「・・・・・・よかった。」


「嬉しい・・・。こんな嬉しい事ってほかにある・・・?一気に幸せが押し寄せてきたから・・・・夢みたいで・・・・。・・・・あぁっ・・・・。」
「ど、どうしたのっ。」
「蓮っ、私のシンデレラ時間、もう終わっちゃっう・・・。やだっ・・・もっと綺麗でいたかったのにっ・・・。」

泣いて、化粧が崩れたのが心配なようだった。
オレはくすくす笑って、彼女らしいその反応が、とても愛しくて。

「大丈夫だって。ホラ、こっち向いて。」


涙の後を手で拭って、抱きとめた。


やっと、俺の手の中に少しだけ、納まった・・・・かな。


「キョーコちゃん、そろそろ・・・・帰ろうか。」

そう告げると、彼女もこくり、とうなずいた。


家に帰ってすぐに、オレたちはアリーを寝かしつけて。
駄々をこねる彼女を何とか説き伏せて、化粧を落としてもらった。

シンデレラ時間が終わったと、悲しそうに言うので、「もう一度、乾杯しなおそう」と言って、もうすぐに本当に大人になる彼女と、シャンパンを開けた。

酔った彼女はとても可愛くて、肌が火照りきって、ものすごく素直に甘えてきて。
視線がとろりとして軟らかくて、オレを名前で呼んで、いつもの敬語もなかった。
まるで昔のキョーコちゃんのようで。
オレの理性はとっくに切れそうになっているんだけれど。

「キョーコちゃん、大丈夫・・・?」

彼女は出来上がった最後の1箱分のパズルの額を、オレに手渡した。
それぞれ違った風貌と髪の色をした女性が4人、四分割の構図の中に、春夏秋冬の各季節の象徴するものを持って、微笑んでいる。


「これのタイトル「四季」なの。今年はね、本当に幸せだったから・・・今年中につくりたくて。この人の絵の中で一番好きなのね。これからもずっと、一緒に、春も夏も秋も冬も・・・たくさんの花に囲まれてね、蓮とアリーと私と。一緒に・・・楽しく・・・ね?」

にっこり笑った彼女から受け取ったパズルを持って、彼女の手を引いて。
その出来上がったパズルを、寝室に飾った。

「キョーコちゃん。大好きだよ。ずっと、どんなに季節が過ぎても・・・オレの腕の中に、いて。」
「蓮、もう、置いていかないで・・・・・。愛してる・・・・・・・」


彼女に這わせた肩越しに、寒椿の花が、月明かりに照らされてまっしろに輝いた。











御付き合いくださいましてありがとうございました。
モチーフモチーフ。姫姫姫。それだけにこだわっていました。
7姫です。8姫に出来なかったのが悔しい所。
コレを書くにあたりかなりの童話と古典と本を読み漁りました。
Reverse夏以降・・・ほぼ書きあがっているものの落ちてません。
そのうち・・・・一年以内にでも(苦笑)。