「逢ふことも

涙に浮かぶわが身には

死なぬ薬も何にかはせむ」


                                      

@竹取物語  最終段




もし死なないクスリがあるとして。

でももう二度とあなたに逢うことはできないなら。

とめどなく流れる涙をどうすればいい?だったら、それになんの価値があるっていうの?


そんなクスリ、それでも欲しい?



Seasons 3 ―Autumn― 輝姫



敦賀さんは、ひどく突き放した私の言葉を否定した。
「待ってる」って言ってくれた言葉がどれだけ嬉しかったか。

すぐ傍まできていた幸せを、またアイツのせいで砕かれたと思っていた。
絶対に手に入らないと思っていた幸せが、手に入った罰なんだと・・・思った。

『私の望みはいつも叶わないもの。』

そんなものなんだと、冷めてみても。

何も覚えていなくて。悔しくて悲しくて。
辛くて、東京に帰ってきても、しばらく敦賀さんさえ辛かった。
それを分かってくれていたから、敦賀さんはずっと待ってくれていて。
付き合う前のように、ずっと優しく微笑んでくれていた。

あまり触れる事も無くなって、今度は寂しさで、辛くなった。
このまま・・・・逃げていたら・・・・?

心を開こうと思った。本当の気持ちを伝えようと思った。
あの蓮の花が咲いたら。

それなのに今度はまたアイツは仕掛けた。

オレト、ツルガレンノリョウテンビンナンテ、スゴイキジダヨネ。
キョーコサン?

どうしていつも、私に・・・・・・。
たった一つだけ望んだ、あの人も諦めなければいけないのかと思ったら、身が震えた。
答えを出すのが怖くて、敦賀さんに顔すら合わせられなくなった。

ついに。
一つだけ、蓮の花が咲いた。
なんて真っ白で綺麗なんだろうと、思った。
昔から大好きだった白い蓮の花。
あの人を思わせる気高いそれ・・・・。
私もこんなに綺麗でいたかったと思った。

記事のことにはもう、「好きなようにして」とだけ返事をした。

記事が出ればあの人に迷惑がかかる・・・・・。
その上アイツにどうこうされた体で傍にいるなんて・・・・。

だから別れなきゃって決心した。

彼に・・・恋をして・・・それに一生懸命だったころ、そんな事は思わなかった。
でも・・・彼に対するそれ以上の気持ちを知ってしまったから・・・・・。
前ならそんな事、絶対思わなかったのに。


でも、そう思っても、全然頭が心が付いて行かなかった。

最後、寝顔を見たくて見に行って。
こっそりキスをして。
そうしたらまた最後の日の蓮の花が開き始めて、しばらくして敦賀さんは目を覚ました。
目覚めて優しく微笑んでくれた敦賀さんは、本当に蓮の花のように神々しくて。

別れたくない。別れたくない。いや、いや・・・・・。

どんなに冷たい言葉を吐いてみても、あの人は私の本音を全て分かっていたように、それを聞いてくれなかった。

あんなに悩んだのに・・・・・私の決心なんて結局脆くて・・・・敦賀さんの言葉一つで、すぐ崩れてしまって。その日、敦賀さんの家から出られなくなった。

だから、一度だけ、あの人に抱かれて・・・・せめて、アイツのその記憶を消し去りたかった。それでも私の心はあの人の傍にいたくて。こんなに悩んだのにあの人は、そんな私でも、それでもいいのだと一言で凍ってしまった私の心を溶かした。そしてそのまま私を愛してくれた。

私は実は「違う」事に途中で気が付いた。なぜか、それを敦賀さんも分かっていたみたいだった。・・・・急に気が抜けて、涙が出た。

そして、敦賀さんは何度も私に「好きだ」と囁いては、私の頭をおかしくさせた。

気が付いたら朝で、もう蓮の花は散っていた。

じゃぁ・・・・アイツは一体、何がしたかったの?
人を弄んで何がしたかったの・・・?私をおもちゃに、遊びたかっただけ?
わざわざ変な記事まで出して・・・何がしたかったの?


記事自体は私の名前は伏せてあったし、直接私だと分かる写真も無かった。幼馴染だということすら伏せてあったから、分かるのは私とアイツの関係を知っている人だけだと思う。誰かがアイツと敦賀さんを両天秤にしている、それは分かった。ただ敦賀さんも、連想はさせても名前は出ていなかったから、アイツは本当に何がしたかったのだろう?

ふざけたレッテル。自分から名乗り出て全国に向かって否定したいくらい。
敦賀さんは、無視をして、アイツの気が済むまで、適当にやらせておけという。
敦賀さんは、アイツとあの旅館で何か話したのだろうか?
だから、その、イロイロと分かっていたのだろうか?


私は当初の予定通り、蓮の花が散ってしまったので、あの場所を出た。


敦賀さんも、少しだけあの記事の影響を受けたのか、勘ぐった記者がたまにうろついていると言っていた。私はもちろん気づかれていないから、周りは騒がしくなかった。
その状態の敦賀さん宅には直接一人では会いにはいけず、ほとんど会えなくなった。
敦賀さんも私も、ドラマの撮影と映画の撮影が重なって、すれ違いの日々が続いて。
時間があれば電話位はできるけど、忙しさは敦賀さんの比ではないから。
待つことが多くて。やっぱり直接・・・会いたい。

付き合いだす前よりも逆に全然会えない。
3月に付き合い出してすぐ2ヶ月ほど京都にいたし、帰ってきて1ヶ月一緒に過ごしたけれど、出てしまってからまた3ヶ月すれ違いで、車で送ってもらう機会もない状態。
鍵はもらったままだったから、勝手に会いに行ってしまいたい。
でも・・・・私が自ら出たのだから・・・・・。

部屋から外を眺めていたら、大きな大きな満月が出ていた。
今日は仲秋の名月・・・なのだろう。
女将さんがお団子を、いそいそとつくってはお客さんに振舞っていたから。
私はその大きな月をずっと眺めて、月にかかる雲の動きを楽しんでいた。


「月は人を狂わせるよ」

そう昔から人は言う。
月に狂わされてもいいから、それを理由にしても会いたい。

半年前までは、自分がこんなにわがままになれるとは思ってもみなかった。
望みは増える一方で・・・・。
最近夜になると一人ずっと敦賀さんのことばかり考えてる。

前もそうだったけどね・・・・・。
前は・・・・もっと違う気持ちだったから。
会えただけで嬉しかった。話せただけで、よかった。

今もまだ、こんなに・・・・苦しい。
好きだと、もう何度も、私が好きだと、あの人の口から聞いているのに。
もっと会いたい、もっと傍にいたい・・・・・。もっと・・・・・・。


何か台本があれば、少しは気がまぎれるのだけれど。
敦賀さん宅を出るときに少し借りてくれば良かったな・・・・・。

そうしたらちょうど携帯が鳴って。
会いたかった・・・・敦賀さんだった。

「こんばんは。」
「こんばんは、今、大丈夫?」
「はい、もう部屋ですから。」
「じゃぁ、外、出て。」
「はい?」
「すぐ傍まで来ているんだ。・・・車、分かるよね?」
「え・・・、ちょっと待っててくださいね。」

その辺にあった服に着替えて、身なりを整えて、女将さんに声をかけた。もう少し綺麗にしたかったけれど・・・。女将さんは分かっていたように、目配せだけくれて、気をつけてと口の形が言っていた。

外に出ると、少し肌寒くなっていた。

「久しぶりだね。」
「・・・・最近会うときはいつも久しぶりです・・・。」

敦賀さんは、くすくす笑って、助手席に座った私に、後ろの大きな袋を指差した。
どうしてこう、素直になれないんだろう・・・・。

「あげる。」
「なんですか?」
「番組で勝っちゃったから・・・もらったんだけどね。好きそうなのだから。」
後ろの袋をのぞくと、パズルらしき大きな箱が目に入った。
「パズル、ですか?」
「うん。絵がさ、なんだかメルヘンチックなやつだから。秋の夜長には、いいかもよ?気に入ったらだけど。」
「秋の夜長に・・・一人で・・・これ、やるんですか?私・・・・。」

しかも1000ピースが2箱に500ピースが2箱・・・・・。

敦賀さんはくすくすまた笑って、「だから、気に入ったらって言ったじゃないか」と笑った。

「でも・・・彼の描く・・・・女の人の絵は好きなんです・・・・。」

この人の絵、綺麗なんだもの。
しかも彼は・・・・お姫様の絵・・・・たくさん、描いていたんだもの。
それでも・・・・一人でやるのがいやなんですっ・・・・・。

「そんなに膨れなくたって。一人でやるのが嫌なら、ウチでやれば?」

ばれてる・・・?
でも・・・敦賀さんの家なら、飾るトコ沢山ある。

さらに笑った敦賀さんは、じっと私を見て言った。

「そろそろ、ウチに戻りませんか、最上さん?」
「だ、だって・・・・。だって・・・・・。」
「だって?なに。君が出てしまってから、会えたのなんて2・3回。前より少なくなってしまったじゃないか。お互い忙しいのは分かっているけれど・・・オレは、君をずっと手放すつもりが無いんだから。だから、一緒に住もう?」

な、何っ・・・・急に・・・・この人セリフ分かって言っているのかしら?
この人どうも・・・自分の言ってるセリフが人を惑わせる事、気付いてないんじゃない?

でも敦賀さんは・・・どうしていつも言って欲しい事、分かるんだろう?
嬉しいけど・・・直接はっきり言われると・・・・久々に会う私には刺激が強すぎる。
「なんで、そこで固まるかな。」
「いえ、あの。そんなことは・・・・なく・・・・ですね。」
「ぶっ・・・。どうしてさ、君いつまでたってもオレに敬語な訳?それに・・・そろそろさ、名前で呼んでよ、「蓮」って。」
「いやですよっ!!」
「さっきと違って・・・・随分と即答じゃ、ないか?」
「だって・・・・ぇ・・・。」

久々に大魔王に会って、私はますます固まってしまう。
この人、本当は素直に感情を表に出す人だったんだと、気付いた。
固まってしまった私に、敦賀さんは人差し指で、開いたままの口を閉じさせられた。

「「だって」しか言わないね。この口は。」
「・・・・・久々に・・・会えたから・・・・・・・。その・・・。」

何故か気恥ずかしくて。
ストレートな物言いの敦賀さんに、固まってしまうんです。
多分、顔は今、火照りきって真っ赤に違いない。


「じゃぁ、名前で呼んでよ「蓮」て。」
「だめですっ・・・・そんなことしたら、絶対私、外でもうっかりそう呼んじゃいます!!」
「いいんじゃない?みんなそう呼ぶし。」
「事務所の・・・ただの後輩だと思われている私がいきなりそう呼んだら、おかしいじゃないですか・・・・。」
「ただの後輩じゃ、ないもん。」

もう・・・敦賀さんが一度意地張り始めると、子供のように聞かないから・・・・。
困ったな・・・・。絶対、何かの拍子に敦賀さんを名前で呼んじゃうのは目に見えてるし・・・・・。
そうなったら、私芸能界で生きていけるかしら?
また今度は「敦賀 蓮」信者に、衣装裂かれたり、台本隠されたりするのかしら。
わりと、この辺はアイツのせいで慣らされてはいるけれど、それが一地域だけじゃなく・・・日本全国でしょ・・?

「意地っ張りだね、ホントに。オレと一緒の時くらい、素直に、ならない?」
「うぅぅ・・・じゃぁ呼んだら、敦賀さんも私の事、名前で・・・呼んでくれるんですか?」

敦賀さんが私を最初から苗字で呼ぶのは不思議だった。
どうして、芸名が「京子」なのに、本名の苗字を呼ぶのって。
みんな社長や事務所のお偉いさんと敦賀さん以外は「京子ちゃん」って呼ぶから。
モー子さんは「アンタ」としか言わないけどね・・・あの人も私の名前知ってるのかしら。

敦賀さんも固まってしまった。
ほら、やっぱり、名前、呼びにくいでしょ?
分かってくれる?

「・・・・・いいよ?呼んでくれたらね。」
「えっ・・・・・。」

え、そこ、譲歩しちゃうの・・・?困るんですけど。
まぁ敦賀さんが現場で「京子ちゃん」と呼んだところで、芸名と同じだから、何にも違和感がないはずだけどね・・・・。


「また固まる・・・。もう、どうしてそう君は・・・。・・・・そうだ、今から君をこのままウチに連行するつもりなんだけど?」
「だ、ダメですよっ・・・・。」
「だめ。もう決めたから。社長も許してくれているし。用意、してきて。」
「大将と・・・女将さんが心配します。」
「いいよ、ちゃんと断って行く。オレが面倒を見ますって。」
「だっ・・・なお更、だめですよっ・・・・。ごめんなさい、敦賀さん!!」

もう耐え切れなくて、私は車のドアを開けた。
けれど、敦賀さんはつかんだ私の腕を離さなかった。

「は、離して・・・ください。」
「ダメ。君の言動がまたおかしいから。オレに会いたかったんだろう?どうして全部逆の答えを出す。納得行く理由がなきゃ、離さない。」
「・・・・恥ずかしい・・・から。」
「今更、何を?」
「・・・・・そんな女心、きっと敦賀さんには分かってもらえないんです・・・。」
「オレは男だし?女心は一生分からないね。分からないから、口で言って。」

あぁもう、どうしてこの人は・・・・・。

「ここのところ・・・・敦賀さんのことばっかり考えていたから・・・・。ずっと会いたかったんです!!だから久しぶりに会って顔見たら・・・その、イロイロと思い出してしまって・・・その・・・。」

「あぁ・・・・。」

あぁ・・・ってなんなのよーーーー。
さらに恥ずかしいから、無表情で答えないでっ・・・・・。

「ホラ、こっち向いて。」

更に強く腕を引かれて、その拍子に敦賀さんにぶつかって。
強引に上を向かされて、軽くキスをされた。

「好きだよ?」

ひ、卑怯だこの人・・・・。
この殺し文句に・・・・何度私は丸め込まれてきた事か・・・・・。
動けなくなった私にまた追い討ちをかける。

「ホラ、素直に「蓮」って呼んでよ。そしたらもっとすごいヤツ、あげるから。」
「いりません!!」

あぁ・・・・・。

私も敦賀さんのイラつぼつくの得意だけれど。
この人昔から、ホント私のイラツボ付くのがうまいんだった・・・・。
私だって呼びたいんです・・・・。でもっ!!
今の状況で私が敦賀さんと付き合ってる事が分かったらこまるでしょう?
敦賀さんを大嫌いなアイツが何を仕掛けてくるのか、知れたもんじゃないんだからっ・・・。

「そう。じゃぁいいよ。意地でも呼ばせるから。」
あぁぁぁぁっ・・・・・。

この強引さに負けて・・・いつも勝てなくて。
結局私はそのまま強制連行されて、彼の腕の中で名前を呼ばされた。


強制連行後の話をすると。


敦賀さんは、本当にあの大将を説き伏せて私を連れ出した。
開き直った人って強いのかな。あっという間だった。
あのときの敦賀さんを見せてあげたいくらい。
まるで父親への挨拶・・・・・のようだった。
私には父がいないから、きっとこんな感じなのだろうと思って、見ていた。
荷物も少ない私はその翌日にはきちんと挨拶を済ませて、敦賀さんのうちへ来た。
ひさしぶりの、敦賀さんのおうちのにおい。

それ以来、敦賀さんのおうちで過ごしている。
三ヶ月前のように。
たわいも無い話をしたり、その日の撮影の様子を話したり。
呼び方はまだ、どうしても名前では呼べなくて、普段はそれで許してくれるようになった。

やはりそれでも敦賀さんはあまり私には触れない。たまにキスはするけれど・・・。
部屋ももちろん別々。
まだ私がアイツに受けたことを忘れられないのが、分かっているかのようだった。

敦賀さんの家のリビングは広いから、パズルを広げるには最適で・・・。
寝る前に敦賀さんと一緒にやったりもする。
敦賀さん、意外とこういうの得意みたい。
すぐ見つけては、はめ込んでしまう。
図形を組み立てたりするのってやっぱり男の人の方が得意なのかな。

「敦賀さん、なんでこんなにパズル、得意なんです?」
「さぁ・・・普通だよ。」
「まるで、私が普通じゃ、無いみたいじゃないですか。」

くすくす笑った敦賀さんは、山から一つ取って、すぐはめ込んだ。

「取るピースも選んでるし・・・。写真よく見て・・・・パズルを俯瞰から見れば・・・。」
「ぬぅぅぅぅぅ・・・・・・・。」

悔しかったけれど、横に片膝をついてこちらを見やった敦賀さんからはいつもの香りがして、どきりとした私は視線をパズルに戻した。

私も、逃げるように毎日ジグソーパズルと格闘しっぱなしで。
一人時間を持て余した敦賀さんは話しに出たからと言って、分厚い源氏物語を読破してしまった。だから私もかぐや姫の話をして、本を交換してもらった。

秋の夜長に仕事の話に台本に、読書にパズル・・・・・。
健全すぎるほど健全な毎日の生活。
同居に近い関係・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

4箱あったうちの、既に小さいのが2箱できて、玄関に一つと、リビングに一つずつ飾った。

それから。

敦賀さんはなんだか京都にいる間にとても花に詳しくなったみたい。
私に新しい花を覚えたといっては、話してくれるようになった。
ここは、綺麗だけれど、敦賀さんらしくそんなにものがある家じゃないから、私は敦賀さんが覚えたと言った花を生けたり、季節の花を飾ったりして、毎日を楽しんでいる。

今日は金木犀と銀木犀を両方買ってきて、敦賀さんの寝室に飾った。
そろそろ、サザンカも咲くんだよね・・・・。
やっぱり飾ったら、夜、寝かせてくれないかな・・?
一度口にした事あるけど、椿って名前ついてないから、気づかないと思うんだけど・・・。
敦賀さんのことだから、やっぱり・・・調べるよね、・・・携帯で。

まだ敦賀さんが帰ってこないから、こっそり敦賀さんの寝室で金木犀と銀木犀の香りをたのしみつつ、ベッドの上で横になって、細い月を楽しんでいた。

一人でさびしいから、敦賀さんの香りと金木犀と銀木犀に囲まれて、ちょっと幸せ。
すこしだけ虚しいけどね・・・・・。


でも、どうして、こう月って心を惹きつけるんだろう?
昔から美しい四季の例えだって、雪月花だったりするでしょう?

昔の人って、TVもないし、ゲームも無いし。
絶対やること無かったと思うから、月ばかり見ていたと思うのよね。
月は人を狂わすんでしょ?昔の人は、どうだったんだろう?

月の模様だって、日本はウサギだけれど世界は女の人の顔からライオン、はたまた蟹まで。
太陽は直接見られないけれど、月は直接見られるものね。
想像力を掻き立てられるのも無理は無いのかもしれない。

日本だって、物語の最初・・・・母は・・・・かぐや姫だっけ。
姫といっても、あまりいいイメージは無いわね。
求婚者みーんな断っちゃう姫だもの。理由はあるけど・・・。

でも、かぐや姫はその求婚者を断った後、帝が好きで、3年も思い続けた上、実は両思いだったのに、月に帰らなきゃいけなかった。だから、月を見ては泣き暮らして・・・・。
帰ることが分かっていたから、手紙だけで・・・・直接会ってはいけない恋。
シンデレラや白雪姫と違って、最後は悲しい恋の物語。
帰るときに、どうにかしてまた会いたくて、不老不死の薬をその帝に渡したけれど、帝は会えないのが悲しくてそれを捨ててしまったから、結局会えなくて。

私だって、一年前は、敦賀さんにずっと好きだったけれど、言えなくて。
言ったら・・・・いけないと思っていたから。
かぐや姫は現実の人をモデルに書かれたという。
だから、3年も思い続けた・・・かぐや姫はとても強い人なのだと・・・思った。

私がもしまだ言えていなかったら、きっと月を見て、夜に一人で泣いていたと思うから。
多分、この恋を続けるために泣く日は、まだたくさん来ると思う・・・・・。
でも、私の横にあの人はいてくれるから。

やっぱり、不老不死の薬なんて、本当にその時幸せな人しか、いらないと思うのよね。
その時の幸せが永遠に続けばっていう・・・・単純なもの。その幸せが永遠に同じようになんて続くはずも・・・・ないのにね・・・・。

だからもし、幸せでもなく、大好きな人もいないのに、自分だけ生きながらえたって、ちっとも嬉しくないもの。だから今、私一人がもらっても、私、いらない。
一人分なんて、いらない。
敦賀さんと・・・二人分だったら・・・・ちょっと欲しいかなぁ・・・・?

でも、今の幸せがずっと続くようになったら、それが当たり前になって、きっと飽きてしまうわね。毎日が違う幸せだから・・・・いいのだろう・・・・。

そんな遠い昔の日本でも、物語の中でかぐや姫に散々「月は見るな」と忠告している。
でも、私は・・・・見ずにはいられなくて・・・・・。
毎日毎日・・・・見てしまう。

早く、敦賀さん、帰ってこないかなぁ・・・・・。

その日は、敦賀さんは夜中に帰ってきたみたいで。
私は、そのまま敦賀さんのベッドの上で寝てしまったようだった。
くすぐったくて目が覚めて、気がつくと敦賀さんが、横で寝転んで、私の髪で遊んでいた。

「ただいま。」
上から覗かれて声をかけられた。
最近敦賀さんの神々しさが増していて、私はますます目を逸らしたい衝動にかられる。
未だに、慣れない。

「お、おかえりなさい。」
「珍しいね、ここにいるなんて。」
「ごめんなさい・・・・。うっかり寝ちゃいました。」
「いいよ。疲れてるんだろう。そのまま寝てていいから。」
「やっ・・・あの。夕飯、温めなおさないと。」
体を起こそうとしたが、手で押さえられた。

「いいよ、寝てて。最近、眠れてないだろう?」
「・・・・・・・・・。」

最近毎日・・・・寝ると、悪夢にうなされる。
追いかけられたり、落ちたり、殺されそうになったり。
変な生き物が出てきたり、はたまた母親に睨まれたり。
最悪なのは、アイツに組み敷かれる夢・・・・。

だから、眠れない。
何とか眠っても、何度も目が覚めるから、眠りがどんどん浅くなっていく。

そして月と友達になった。
月と友達になったから、悪夢を見る訳では・・・・ない。

「顔色が毎日悪くなっていってる。」
「・・・・・・・・。」

多分ばれるのは時間の問題だとは思っていた。
敦賀さん、鋭いから。
ずっと部屋を分けていたのもそのせい。
しつこく同じ部屋にするように言われていたけれど、悪夢をみて何度も飛び起きていたら、私だけでなく、お互いが疲れてしまうから・・・・。

「たまに、悲鳴・・・聞こえるよ。」
「え・・・・・・。」
「オレも夜、眠れないときぐらいはあるよ。たまに起きて水を飲みに行ったりね。・・・・君が悲鳴をあげるのを何度か聞いた。最初は・・・悪夢を見ていたんだなと、流していたけれど、最近日に日に君がやつれているからね。前、京都で会ったときと同じ顔になってる。」
「そう・・・・ですか?」
「メイクで顔、隠せても、素はそうはいかないよ・・・。」

敦賀さんは優しく私の頬に手をやって、私の目を覗き込んだ。

「まだ、辛い?」
「・・・・・・少し・・・・・・。たまに・・・アイツの・・・夢、見ます。」

「可哀想に・・・・・。オレが何を言ってやっても君の替わりになってあげられないからね・・・せめて君が悪夢にうなされないように・・・気を紛らわせてあげたいけれど・・・。オレができる事ならなんでもするから。」

敦賀さんも、眉根を寄せて、少し辛そうにしていた。
だから、本音を口にした。

「・・・・・・いえ、何も・・・そこにいて下されば・・・・・・ん・・・。」

敦賀さんは、舌で優しく私の唇を割ってきて。

久しぶりに、長い長いキスをした。
何度も角度を変えて、ゆっくり舌を絡めて囁いて。
抱きしめて、頭を撫でてくれて・・・・・。
またゆっくり何度もキスをした。

なぜかそのキスにすごく切なくなった。

でも、それ以上はしなかった。

男の人と、女の・・・体をあわせたい気持ち・・・はまた少し違うから。
敦賀さんはいつもそれを分かってくれていて。
だから、今日も分かってくれていて、それがちょっとだけ、嬉しかった。

もう少し、待って。あと少しだけ。

金銀木犀の優しい香りと、敦賀さんの腕に囲まれて私は久しぶりにゆっくりと朝を迎えた。


その日の夜、またパズルを一緒にやっていて、敦賀さんはおもむろに切り出してきた。

「顔色、少し良くなったね。良かったよ・・・・。やっぱり、部屋、一緒にしよう。悲鳴上げてもいいから。」

これだけゆっくりと朝を迎えられたのは久々だったから、断れる理由がなかった。

「もし、私が何度も悲鳴を上げて起きるようだったら、また別々にしますから。だから・・・少しだけ・・・甘えさせてもらっても・・・いいですか?」

敦賀さんはにっこり笑って、犬でもあやすかのように、よしよし、と頭を撫でてくれた。

「一人で目が覚めて辛かったら、オレも起こして。また一緒にパズルでもして、眠くなったら寝よう。無理して寝ようと思うと、逆に眠れなくなるからね。仕事も、もし辛いようなら少しペース落としてもらった方がいい。」

せ、せっかく仕事、沢山もらえるようになったのに、いや。

「や・・・やです。仕事、したい。仕事している時は・・・忘れられますから。」
「でも・・・そんなにやつれて・・・・。」
「仕事は・・・楽しいんです。夜、たまたま眠れないだけですから。仕事していた方が、逆にいいんです。疲れて疲れて、疲れ果てたら・・・きっと眠れますから。多分まだ仕事が・・・足りないんでしょう。もう少し、増やしても、」

私が言い終わる前に、手で口を塞がれた。

「ダメだね。絶対ダメ。オレが社長に言っておくから。これ以上無茶したら、君も体を壊すし、逆に仕事もそこそこになってしまう。君のためにならないから、ダメ。いいね。」

珍しく有無を言わさぬ敦賀さんの様子に私ははい、とだけ答えた。

しばらくは、それでも何度か悲鳴をあげたが、次第に数は減ったようだった。
その代わり、3時間置きぐらいに目が覚めて、一度起きては敦賀さんの寝顔を確認するようになった。

「ん・・・・・?眠れない・・・・・?」

大好きな手に触れていて、起こしてしまったようだった。

「あ・・・寝ててください。」
「・・・・キョーコちゃん・・・・・」

起きているのか寝ぼけているのか、敦賀さんは腕を伸ばして、私を呼んだ。
私も素直に敦賀さんの腕の中に納まった。
そのまま敦賀さんは私を抱えたまま、すぅ、と寝息を立て始めたから、きっと無意識だったのだろう。無意識の時まで、私に気を使う敦賀さんを、とてもとても愛しく感じた。

もう、逃げないから・・・・・・。

そんな、幸せな日々が続いた。
私もそんなに月と友達にならずに済んでいて、悲鳴もめっきり減った。
やっぱり敦賀さんの腕の中はとても心地よくて、幸せで。
きっと、今、この時に、不死の薬が欲しいのだと思った。


だけど。肝心の事が残っている。
アイツは、まだ記事を撤回していない。
もう、そろそろケリを着けなければ、先に進めない。
敦賀さんの傍にいたいから。


だから、その日の夜、敦賀さんに、サザンカを渡して伝えた。

「敦賀さん、私、アイツに会いに行ってきます。」
「ダメだっ・・・・そんなこと・・・・」
「心配してくれているの、分かっています。でも、これ以上敦賀さんに守ってもらうだけじゃ、先に進めませんから。そんな弱い女になりたくないんです。ここのところずっと敦賀さんが抱えて眠ってくれるので、だいぶ、元通りになりましたよ。アイツの夢見ても、もう、怖くないんです。私、ずっと敦賀さんと一緒に、いたいんです。だから。」

サザンカをじっと見つめた敦賀さんは、ふぅ、と一つ息をついた。

「一緒に行くから・・・・社さんを連れて行って。オレじゃ・・・・アイツを逆なでするし・・・目立ちすぎて行けないから。絶対二人だけで会わないで。いいね。これだけは約束して。」
「はい・・・・。」
「お願いだから・・・・一人で解決しようと・・・しないで。絶対アイツが、どんな事を・・・オレたちを脅しても・・・それに屈しないで。オレへの誹謗中傷をネタにするなら、かまわない。・・・・君の事は絶対にアイツは、悪いようにはしないはずだから。」
「なぜです・・・?何か知っているんですか?」

「それはっ・・・・・・・。」

敦賀さんが固まってしまって、言いにくそうだったから、私は聞くのをあきらめた。
敦賀さんは一体何を知っているのだろう。

私は、そのまま何も言わずに、敦賀さんの手を取った。

じっと目を見て、サザンカを指差して、「サザンカは・・・秋に咲く椿の仲間です」、と言うと、敦賀さんはくすくす笑った。

「春夏秋冬、いつでも椿ってあるんだね。」
「もうすぐ寒椿が咲きますよ。いつでも、敦賀さんに渡せますから。」
「今のオレにはバラより、効力あるかもね。」

そう言って、敦賀さんは部屋を出て、ちょいちょい、と寝室から手招くので、私はもう逃げません、そう伝えて、私たちはさらに仲良くなった。



敦賀さんにたくさん勇気をもらったから、次の日覚悟を決めて、アイツに電話をかけて、呼び出した。

とある局の地下駐車場で、心配しつづけてくれた敦賀さんに「待っていてくださいね」、と伝えて、社さんに、「どんなことになっても、邪魔をしないでください」とだけ伝えた。

アイツは自分の控え室でじっと座っていた。
社さんに扉を閉めてもらって、そこで待ってもらうことにした。
アイツはそれが不満のようだったけれど、勝手に続けた。

「アンタ、あの記事、何で撤回しないの。」
「ひどい言い草だな・・・オマエがそれでいいと言ったんだろう?」
「あたしはアンタと付き合ってないし。アンタだって・・・・記者に追い回されてるでしょ?だったらなぜ。そろそろ、おかしいって言われる頃でしょ?実際は誰も連れてないんだから。暗に敦賀さんまで巻き込んで。」

はぁ、とアイツは大げさにため息をついて、私を見上げた。

「そうだなぁ・・・・。オマエ、昔から本当に鈍感だからなぁ・・・。お気楽体質でさ。事の本質を見抜く力、少しはつけた方がいいんじゃね?」
「アンタに・・・「事の本質」とか言われると、寒気がするんだけど。」
「なーんにも・・・知ろうとも気づこうともしないんだな。自分が幸せならいいわけだ。」
「アンタだって、自分が幸せならよかったから、アタシを捨てたんでしょ。」
「別に捨ててないし。勝手にオマエが出て行ったんだろ?オレはもどらねぇ、とは言ったが、捨てたとは言ってねぇだろ。」
「同じことでしょ!!何言ってるの、今更。」
「今更?オレはもうオマエが出て行ってからこの3年、何度気づくきっかけを与えたかわからねぇが・・・オマエ一向に気づく気配はないし・・・。口に出さなきゃ、気づかないんだな。」
「何が。アンタが私に何度もキスをして、抱こうとしたのだって、シャレでしょ?もう私、忘れたいの。いい加減にして!!」

イライラが頂点に達して、私は最後声を大きく荒げた。
多分、社さんは何も敦賀さんから、聞いていなかったのだろう。
後ろから「嘘だろう・・・」と吐き出すような小さな声が聞こえた。

「シャレじゃねーよ。」
「はっ・・・・?」

「だからオマエは何も気づこうともしないって、言ったんだよ。自分のいい様にばかり解釈するんだからな。悪戯にでも好きでもないヤツに・・・手を出すかよ。」
「な・・・・にを言っているの?」
「そのままだけど。オレはオマエが好きなの。だから抱きたいし、手を出しただけ。何か悪いことでもあるか?オマエを連れて京都に行ったのは、お袋にそれを伝えるため。お袋はオマエをもともと、オレの嫁にするために育ててたからな。前々から突きつけられていた、答えを告げに行った。逆にお袋はアイツ・・・「敦賀 蓮」を気に入ったようだったけどな。あいつに・・・蓮の鉢、やったんだって?ふざけるのも大概にして欲しいもんだな。誰も彼もみな「敦賀 蓮」そればっかりだな。忌々しい。」

「男の無様な嫉妬は醜いだけよ。敦賀さんは本当に私を愛してくれているし、アンタが敦賀さんにいつまでも勝てないのは、アンタに敦賀さんに勝てる実力が無いだけでしょ。それを変に自分の感情にたきつけて、」

そこまで言うと、アイツは私を机に押し付けて、下に組み敷いた。

「また、そうやって力任せに・・・私に手を出すつもり?」

私は負けない。目を逸らさない。敦賀さんがたくさん力をくれたから。
社さんが、ドアから離れてこちらに向かったのが横目で分かった。

「どうかな。オマエ、本当にオレのこと、嫌いになったの?」
「大嫌いよ!!」
「オマエの16年、オレだけのものだったのに?全て過去、捨てるわけ?」
「過去なんてアンタに捨てられたときにバッサリ切ったわよ。その後の3年は敦賀さんのものだもの。いまも、これからも。きっと次の16年なんてあっという間。過去を塗り替えるには十分よ。」
「ふぅん・・・・。」
「・・・・アンタがどんな記事をリークしようと、関係ないわ。私は敦賀さんが好きで、敦賀さんは私を愛してくれてる。どう邪魔しようと変わらないから。」

そこまで言うと、社さんがアイツを上からどかしてくれた。

「さすがに、いくらキョーコちゃんの頼みでも、これ以上こいつを上にしておくのは我慢できないからね。」

すみません、とだけ言って、私はようやく机の上から解放された。
もう、怒りも通り越して、どちらかというと、呆れて口を開いた。

「ねぇ、どうして、今更言うの?どうしてその16年の間に一度も言わなかったの?そうしたらアンタのこと、一生・・・多分・・・騙されたまま愛し尽くしてたわよ、私。」

ずっと自分の中でくすぶっていた疑問を投げかけた。
アイツは何も答えなかった。

「人には散々色々言っておいて、失礼ね。答えなさいよ。」

「オマエは・・・友達で・・・姉で妹で・・・空気みたいなもんだったからな。」

いてもいなくても同じ、空気の存在。だから私はアイツに家政婦呼ばわりされた。

それだけぽつりと言って、帰れ、と言った。
少しだけ、アイツの背中が小さく見えた気がしたが、気のせいだろう。
じゃぁね、といって、私はアイツの控え室を出た。

外にアイツのマネージャーが居て、入りかねていたようだった。
どうしたらいいの、という顔をしていので、「もう終わりましたから、どうも」とだけ声をかけると、私は社さんに背中を押されて、敦賀さんが待つ地下駐車場へ向かった。

社さんはずっと心配そうに私を見ていてくれたから、大丈夫ですよ、と声をかけた。

「敦賀さん、お待たせしました。」

敦賀さんは、じっと私を見て、長く息を吐いた。
「なんて長い時間だったのかと・・・思ったよ。」
社さんが助手席に乗って、私は敦賀さんの斜め後ろに座った。
「んもう、オレは気が気じゃなかったよっ・・・キョーコちゃん、大変・・・だったね。よくがんばった。」
「敦賀さんが沢山・・・力をくれましたから。だからぜんぜん平気でした。あいつの前に出ても。ぜんぜん何とも思わなかったんです。社さんにも、結局助けてもらっちゃいましたね。ありがとうございます。」

いいんだよ、と言った社さんは、少し言いにくそうに口にした。
「それにしてもさぁ、キョーコちゃん・・・不破の・・・告白は・・・」

敦賀さんは、全て知っていたのだろうか?
だから、色々と言いにくそうにしていたのだろうか?

「敦賀さん、知っていたんですか?アイツがその、私にって・・・。」

苦笑した敦賀さんもまた、言いにくそうに口にした。

「あぁ・・・京都で会った時・・・宣戦布告されたんだよ。でもアイツが君に言っていないのに、オレがそれをわざわざ言ってやるつもりも・・・無かったんだけどね。」

その後、私も敦賀さんも口を開くことは無かった。
社さんは、また心配そうに車を降りていった。




車を降りて空を見上げると、敦賀さんの家に来た日からちょうど1月ぶりの満月だった。


私はまた、気を紛らわすかのように、夕飯を済ますと、パズルに向かっていた。
もうすぐで、1000ピースのパズルが一つ完成するので、残り少なくなったバラピースを手に、薄茶の大きな額縁の端に当てては、考え込む。

敦賀さんも何か考え事をしたまま、同じく、台本を使って気を紛らわせているようだった。
敦賀さんは詳しく何があったかを聞かないので、少しだけ口を開いた。

「敦賀さん・・・・アイツが・・・私のことを好きだと言ったとき、私は何にも感じなかったんです。もちろん嬉しくも哀しくも無かったし、むしろ怒りすら感じたって良かったんですけど。あんなに尽くして尽くして、好きだったのに。私は冷たいんでしょうか?」

少し苦笑した敦賀さんは、台本から目を上げると、ソファから降りて、私の横に座った。

「・・・・君がオレを捨てたら、それが冷たいかどうか、いつか分かるよ。」

・・・・?

「そんなこと、試してどうするんです?」

なんで、そんなこと、言うの?

敦賀さんは私の手の中のピースを一つとりあげて、「もうすぐ出来上がるね」、と言って、あっさり正しい場所にはめ込んだ。

悩んでいたのがバカみたいにあっさりはめ込まれて、私は膨れて敦賀さんを見上げた。

「今ね、やってるこれ、推理小説が元の映画なの。」

持っていた台本を指差すと、敦賀さんは言った。

「えぇ。そうですね。」

つい、膨れたまま、冷たく返事をしてしまう。

くすくす笑った敦賀さんは、もう一つ私の手から取り上げると、またすぐにはめ込んで、私の感情を逆なでした。

「推理小説ってさ・・犯人ありきで物語が進むでしょ?殺人がなきゃ、トリックがなきゃ、話が進まない。最終章のトリックが判明するところから逆算して・・・・最初の第一章ができあがる。だから推理小説は、犯人の殺人の動機はどちらかというと、さして重要じゃない。重要なのは謎を解く過程でしょ?だから犯人や殺された人には、読者も映画を見る側も感情移入しにくい。作者もそこは厚く書かないしね。彼らにだって色々な人生があるはずなのに、そこにはほとんど触れてもらえない。」

「それは、主人公が探偵だったり刑事だったり・・・最終的にはその犯人が重要じゃ、ないからでしょう?主人公の引き立て役ですから。犯人たちは。」

読者だって颯爽と事件を解決する主人公に感情移入するし、その爽快感を楽しむために読んでいたりするものなのだろうから。

「でもさ、現実は違うだろう?事実の積み重ねがあって、最後に殺人が起きる・・・かもしれないし、同じ事実の積み重ねでも、殺人には至らないかもしれない。どちらにしても、現実だったら、殺人が起きるための動機が先なんだ。犯人にだって、家族がいて、恋人だっているかもしれない。積みあがった自分の果てに、殺人がある。もし、犯人を主人公に推理ものを書いたらどうなる?それは推理小説にはならず、殺人を犯して捕まるまでの、その人間のヒューマン小説に変わるだろう?」

「?」

敦賀さんも苦笑して、続けてくれた。

「何が言いたいかって言うとさ、実際の人の心ってさ、推理小説のように・・・逆算して出来上がっているわけじゃない。少しずつ事実の積み重ねがあって、君の今がある。ね?不破を見限らず、芸能界をめざさなかったら、オレとも会わなかったわけで、そうしたら君はずっと、不破の横で尽くしていたんだろ?それに・・・君が復讐を誓わず、酷いと泣いてすごす選択だってあったわけだからね。だから、色々な選択とタイミングと事実が重なって・・・いまオレの横にいるわけね。」

敦賀さんは、そう言って、また一つ私の手からピースを取り上げた。

「・・・・人の心は、パズルじゃないからね。推理小説の逆算のように・・・出来上がったパズルを壊して組み立てるように、ぴったりはまるなんてことはないんだよ。最後死ぬ時になって振り返ったら、オレと君のピースはぴったりはまり切るかもしれないし、そうじゃないかもしれない。もしかしたらいつか、オレと君のピースも足りなくなるかもしれない。でもそれは、お互いの努力次第で新しいピースは作っていけるからね。君とオレが出会ったことを「運命」なのだと決め付けて、お互い努力をしなくなったら、いつかまた君とオレのパズルも不破と同じように壊れるから。」

はい、とだけ答えて、差し伸べられた手を取った。

「まぁ実際小説自体何でも、逆算で組み立てることが多いだろうから正確には、どんな話もパズルでできあがっているのだろうけどね。まぁ・・・・だから、君が心から好きだった不破について、何も感じないのが冷たいんじゃない。何も感じなくなるほど、オレを好きになる事実が積みあがったんでしょ?だから・・・・パズルなんてもうやめて、オレと新しいピースを作りに、行こう?」

にっこり笑った敦賀さんは、その持っていたピースをまたあっさりはめ込んで、再び膨れた私の手を引くと、完成真近のパズルは、未完成のまま、リビングに置いていかれた。

・・・・・・あぁ、途中までは良かったのに・・・・。
まじめに聞いていた私がいけなかった・・・。


似非な笑顔を作った敦賀さんに、私はもう何も言わなかった。


満月の光の下、私は敦賀さんの腕の中で散々新しいピース作りに翻弄されたのだった。