「君は一番綺麗になるよ。君は一番綺麗に歌うよ。

君は天使のように綺麗な心をもつんだ。

君はそのとげで死ぬよ。でも、だれかによって目覚めるんだ。」


オレは君を目覚めさせたい・・・・・。

この眠ったまま・・・・・閉じ込められたあの子を・・・。





Seasons 2 ―Summer― 眠姫







オレは・・・・子供を卒業する日に彼女に手を出した。

椿がオレを壊した。


「私はあなたのもの。だから今夜一緒に楽しみましょう?」


昔演じた時の・・・・マルグリッド役のセリフが蘇る。
もともと椿姫の話は知っていたけれど、椿の花自体はよく分からなかったから、彼女に聞いたのがいけなかったのかもしれない。
夜道で「はい」と手渡されて・・・・・動揺した。
彼女は椿姫の内容も背景も知らないから、全然なんの意味も無く「教えて」くれている事だって分かっていた。


ただ・・・。
オレが優しくするとき、彼女はずっとオレの目を見なくなったから。
あげたマフラーをはずさなかったから・・・。
おかえしだと、誕生日だからとくれたマフラーは彼女の香りがして心が軋んだ。


高校卒業と同時に自分の気持ちが押さえられなかった。



彼女は小さく震えて、腕の中で身を強張らせた。
口付けた唇は震えていて・・・でも拒まなかった。
彼女は暗に今までオレを誘っていたとでも?


オレは彼女に「好きだ」とも告げなかったけれど。
彼女はオレのいいように解釈・・・そう仕向けたと言えばそうだけれど・・・。
彼女もオレを「好きだ」とは言わなかった。



それ以来、彼女はオレを避けて避けて・・・・避け続けられている。




「蓮〜〜〜〜〜。」
「・・・・・?どうしたんです?社さん。」
「どうしたじゃないよ、キョーコちゃんっ。」


・・・・・がどうしたっていうんだ・・・・・。


オレは無視をして、そのままその話題には触れないようにしたかった。

「もうさぁ、全然捉らないんだけど。せっかくチョコもらったから、お返し持ってきてるのにぃ。蓮はもう渡したの?」
「あぁ・・・ちょっと前に渡しましたよ。」

あくまで、無表情を保ったが・・・・オレが彼女に手を出した事は言っていなかった。

「えぇっ?本当に?ぜんぜん、携帯もつながらないしさぁ、どうなってるの?高校も卒業したから仕事タイトになったのかなぁ?」
「オレも携帯・・・・・繋がりませんよ。」

オレが事務所にいる日まで見事に避けられ続けている。
卒業式の日、彼女が別れ際にとても寂しそうな顔をしていたから気になっていた。

オレは彼女のくれていた表情の「解釈」を読み誤ったのか?
キスを避けなかった理由は・・・・ただ・・・本当に避けなかっただけだったのだろうか?

「もうさぁ、ホワイトデーから日がたっちゃったし・・・・今度会ったら絶対オレの前までつれてきてよね。飴も溶けちゃってるだろうから、3人で食事でも一緒に行こう。」

社さんは思ったことを全て口にする人だから・・・・羨ましい。
ただ、オレも素直に、会いたい・・・・そう思った。


彼女は本当にどこかに隠れているかのように、オレを避け続けて、携帯も出ず、そのままオレもまた映画の撮影後半に向けて京都の撮影所に戻らなければならなくなった。

会えないまま、2ヶ月ほど過ぎた。

京都は野薔薇や皐月が歩道を埋め尽くし、ところかしこに葵が咲き乱れ飾られて、人に溢れていた。もうすぐ大きなお祭りがあるから、人が多いのだと言う。

あの子が「京都に行ったら景色を眺めてくださいね」と言っていたのがよほど心に留まったのか、あの子との共通点を探しているのか、周りの建物や木々花々に目が行くようになった。

あの花の名前は、と思うと携帯で調べて、今度話そうと思ったり。
寺でセリフを覚えては、新しい木の名前を覚えたして。
結局いないのに、あの子のことばかり考えている。

携帯すら繋がってくれないから、声すら聴けない。
もう、どうでもいいから声が聴きたい。
一度手を出したが最後、オレはすっかり止まれない。

会いたい・・・・・。会って顔が見たい。
あと半月もしたら東京に戻れる。早くこの仕事を終えて東京へ戻りたかった。


それからさらに数日して、社長から電話が入った。
お祭りの為に人が多く、撮影所周辺も毎日人が押しかけて騒がしかった。

ちょうど他人の撮影中で、少し離れた場所へ移動した。


「おう蓮、どうだ?仕事。」
「ええ。後半戦も割と順調ですよ。監督・・・相変わらずダメ出しの嵐ですけどね。」
「そうか・・・いいものが出来るなら仕方ないな。新開君にもよろしく伝えてくれ。そうだ、今日の用事はあの子・・・最上君のことなんだが。」
「はい、なんでしょう?」

「しばらく里帰りするっていうから・・・・随分前に許したんだが・・・帰ってこなくてな・・・・。椹君が携帯繋がらないって心配しているんだ。あの子の相方も全然ダメらしい。だから蓮なら何か聞いてるかと思ってな。」

「いいえ・・・何も。里帰り、しているんですか?いつからです?」

と言う事は京都にいるのだろうか?

「あぁ、高校卒業してすぐの頃だったよ。やはり聞いてなかったんだな。一度帰ると、そう本人は言っていたがな。あの子の素性はオレも詳しく聞いていないから。でもそろそろ戻ってもらいたいんだ。次の仕事、オファーが来ている。返事まで・・まだ時間があるからいいんだけどな。だから・・・あの子の事、お前に頼みたいんだ。」

てことは京都に来たのは3月上旬・・・携帯が繋がらなくなったのとは一致しているが・・・・。

「なぜオレに頼むんです?琴南さんだっていいでしょう?」

「琴南君がお前に頼めって言ったんだよ。・・・・お前の方が懐いてるってさ。それに最上くんの地元・・・京都だからな。ちょうどいいんだ。もし、万が一見つけたら連絡・・・・くれよ。預かっている住所は追ってメールするから。その住所の名義があの子の実家じゃなさそうだからな・・・・敢えて電話していないんだ。調べてきてくれ。」

また・・・・なすりあい・・・・か。
追ってメールするって事は探し出せという・・・命令だろう。
万が一っていうのは必ず、に置き換えろってことか。

全く・・・・京都にいるならいるで連絡一つくれたっていいものなのに。
追って来たメールを見て、すぐ近くだと言う事は分かった。
社さんに今後のスケジュールで開けられそうな日を見てもらって、オレはその日を待った。


祭りの騒ぎで昼間は動けず、夜になってからその住所を訪ねた。
降り立ったその建物はとても大きく古めかしくて、とても格式の高い感じを受けた。

ホテル・・・って感じでもないな。旅館か?

「・・・おこしやす。遅うに若いお人がお一人で・・・どないしはりましたん? うちに泊りにおこしやしたんどすか? えらいすんまへんのやけど・・・今日は部屋があいとりまへんのどす・・・・。」


とても品のある声が後ろから聞こえて、振り返った。
着物姿の女性がこちらに深々と会釈をした。

「夜分遅くにすみません・・・ええと、ここに最上さんは・・・・いらっしゃいませんか?」
「あぁ・・・キョーコちゃんの知り合いのお人どすか・・・? おいやす、けど・・・・。」
「でも?」
「待っていやはっても・・・無理やと思いますけど・・・。」
「・・・・・?・・・・なぜです?」

その女の人は首を振るだけで、答えなかった。

「・・・・・彼女に会って伝えたいことがあるんです。」

その女性はしばらくオレを凝視し、何かを言おうとしたようだったが言いよどみ、また首を振った。

「今晩はあきまへんけど、またおいやしておくれやす。」

「・・・・・仕方・・・ありませんね。彼女に東京に戻るように、伝えてください。社長が待っていると。彼女に・・・・オレの事は言う必要はありません。・・・・・・・オレは社長の伝言を伝えに来ただけですから。失礼します。」

そう伝えるて背を向けると、遠くからその女性は「待て」と言った。

「明後日の夜・・・・またおこしになっておくれやす。」

なぜか明後日の夜来いと言う。

「・・・・・?・・・・・夜遅くても構わなければ・・・・お伺いしますが・・・。」
「ではまた・・・明後日・・・・・来ておくれやす。伝言はまたその時にでも直接おいいやす。」


その上品な所作の女性はまた深々と会釈をしてすっと中に入っていった。

オレは狐にでもつままれたごとく、その建物をしばらく眺めていた。
あの女性は・・・・・この旅館は一体・・・・・。


その約束の日にオレは入れてもらって・・・・・彼女の様子に愕然とした。

「どうぞ、おこしやす。」
そう言って、あの女性は建物の中に入れてくれた。
「すみません、また夜分遅くに。」
「キョーコちゃんも・・・人目につかんほうがええ思て。さぁ、こちらです。」

そういってその女性に案内された部屋で、彼女はすでに寝ていた。

「キョーコちゃん・・・・入りますえ。」
「ん・・・・女将さん?こんな夜中にどうされたんです?あ・・・・・つっ・・・・。」


大声を出そうとして、その女将さんと呼ばれた上品な女性に、指で声を落とすように、ジェスチャーされていた。


彼女は慌てて掛けていた上掛けを引き寄せて、ごめんなさいと、小さく丸くなった。
声が震えているような気がした・・・・。
久しぶりに会った彼女はあまり生気がない感じがして、いたたまれなかった。

「ほな、うちは外で待っとります・・・・・。」

そう言って、ドアを閉めた。

「久しぶり・・・だね。」
「ごめんなさい・・・・ごめんなさいっ・・・・・。」
「いや・・・・元気ならいいんけど・・・。社長が・・・戻って来いって言っていてね。それを・・・伝えに来たんだ。」
「怒って・・・・ないんですか?携帯に・・・連絡、くれましたよね?」
「怒って・・・いたけどね。でも、里帰りをして・・・オレにも言わず里帰りをしたままそれでもまだ何も連絡しなかったって事は・・・・何か訳ありだったんだろう?」

彼女は一気に目に涙を溜めて、オレを見上げた。

「敦賀さん、・・・・・もう帰りたいんです。敦賀さんのいる東京帰りたい。もうアイツの言うこと聞きたくない。」
「アイツって・・・不破・・・か?」
オレは彼女を反射的に抱き寄せて、抱きしめた。
「・・・・・ここ。アイツの実家です。葵祭りが終わるまでここが忙しい事は分かっていたから・・・・・残っていました。でももう終わったから。もう帰りたい・・・・。でもっ・・・・・。」
「順番に・・・事を話してくれないか?どうも君がいたくもないのに、不破の実家にいる状況が分からないんだ・・・・。」
「はい・・・・。」

彼女は身体を起こして、すみません、と言ってオレから離れた。

「ここはアイツの実家で・・・私を育ててくれたところです。ここに来たのはもともと高校卒業したら・・・・挨拶に来ようと思っていました。ずっと挨拶も無いままだったから・・・・。でも、ここへ来るまえにアイツに呼び出されました。アイツは私が敦賀さんと学校で・・・・ああいうことになった事、知っていました。アイツにベタ惚れしている女の子に、敦賀さん・・・私の居場所聞いたんですね。だから・・・・そういうこと・・・ばらすと言われました。でも私はそれを避けたかった。今まで記事なしの敦賀さんの記録が・・・って思ったら怖くなってしまって・・・・。ただ、アンタの実家に帰って女将さんに洗いざらい話すとアイツに告げると、アイツも少し慌てたみたいで。何故か・・・・・アイツも一緒に帰ってきました。女将さんは変わらず受けいれてくれて。葵祭りが終わったら東京に帰るつもりで・・・・。でも。私の携帯、こちらにきてすぐに・・・アイツに取られてしまって。多分敦賀さんが沢山連絡くれていると・・・思っていました。会社からも。だから・・・・連絡しなくて・・・ごめんなさい・・・。」

オレは怒りで、また無表情だっただろうと思う。
うつむいた彼女を引き寄せて、そっと抱きしめた。

「帰って・・・おいで。・・・・オレが連れ出す。」
「でも、敦賀さんの・・・・。」
「・・そんな記事の記録なんてどうだっていい。不破に言わせたいように言わせておけ。どうせ、君の事は言わないはずだから。」

不破は気付いているかどうかは不明だが・・・・この子の事が多分好きなのだろう。
だから邪魔をする。妙な確信があった。
さらに腕の中で小さくなった彼女は、声を殺して泣いていた。
しばらくそのままの体勢で彼女が落ち着くのを待った。
彼女は小さな子供のようで、落ち着くと、オレの胸にその額を当てた。

「敦賀さんの香り・・・久々・・・・やっぱりすごく安心・・・します。」
「そう?安心するなら・・・いいけど。」

オレは彼女を上向かせて、また一つ口付けを落とした。
最初の時のように彼女は身体を硬直させたから、すぐに離した。

「ごめん・・・言ってなかったから・・・・卑怯だったね。」
「・・・・・・・?」
「好きだよ。・・・・・・誰よりもね。」
「敦賀さん・・・・が本当に・・・・?信じていいんですか?」
「・・・・・・信じない?なら信じさせてあげようか?」

今度は何か言いかけた彼女の唇を強引に割った。
差し入れて絡めた舌に彼女もゆっくり応えてきた。
抱き寄せて、さらに口腔内を貪る。
やわらかい彼女の舌が、唇が、気持ちよかった。
時々息をしようと外す唇の間から、敦賀さんがすき、と言った彼女の声が耳に入って、オレはまた彼女の唇を深く愛した。

たださすがにこれ以上続けると・・自分が持たないから・・・はずした。
半眼で息が上がった彼女はとても可愛くて、抱き潰したくなる。

そのドアのノックがなければ。

「キョーコ。」

そういって、叩いてすぐ返事も待たず入ってきたのはアイツだった。
開口一番不破が、オレを睨んで声を上げた。

「・・・・・なんでお前が!!!」

オレは彼女の身体を背中にやって、やぁ、と不破を睨みあげた。

「いちゃ悪いか?・・・・お前、彼女に何をした・・・・。」
「何かをしているのはどこのどっちだ。こんな夜中に・・・。」
「こんな夜中にノック一つですぐに入ってくる男が何を言う。」
「なっ・・・・昔からそうだったんだから、今更だろう。それにな、キョーコはオレのだ。てめぇが好き勝手するモノじゃねぇ。」

そう不破が言うと、彼女は背中のオレのシャツをぎゅっと握り返した。
彼女のことだ・・・きっと怒りで震えているのだろう・・・・。

「・・・・・・オレが連れ戻しに来たんだよ。幼馴染じゃなきゃ、育ったところじゃなければ・・・・・・。いや、もう東京へ連れて行く。それに君だって東京にいるんじゃないのか?なぜこんな所にいる。」
「そんな事は、てめぇには関係ない。連れて行くなんて・・・」
「尚。」

声をあげようとしたアイツを止めたのは彼の・・・あの上品な・・・母親だった。

「もう夜も更けてます・・・・尚、おやめなさい・・・・。」

有無を言わさない様子で促されて、不破はちっと舌打ちして出て行った。
オレは彼女が心配で後ろを振り返ったが、彼女はうなだれたまま「ごめんなさい」、と言った。

「最上さん・・・体、少し休めて。オレの仕事もあと1週間で終わるから。また来る。オレと一緒に帰ろう・・・。」

それだけ言って、頭を撫でた。
彼女はこくり、と一つ頷いて、オレのシャツを離した。
そこにアイツもその母親もいる事が分かっていたけれど。
彼女を引き寄せて、その唇にもう一度口付けてすぐ離した。

「絶対に・・・連れて帰る。」

彼女は目をぱちくりさせて、オレが取った行動に驚いていたようだった。
オレだってこんな・・感情に任せて事を起こすなんて思っても見なかった。
ただ、怒りだけが占拠していた。

憎憎しげにオレを見上げた不破を無視して、その旅館から出た。
帰りがけにその上品な女性が、ウチの旅館にもよかったらお泊まりください、と旅館のパンフレットらしき封筒を手渡してきた。「また来ます」、と告げると、「どうぞ、おやすみなさい。」と言って中に消えた。











ホテルの自室に戻っても、その憤りを収める事ができなくて、ホテルの最上階へ向かった。ラウンジは時間も遅かったせいで人が少なく、オレは最端の一番薄暗い席を選んだ。
グラスに口をつけて、遠くの夜景に目をやる。

なんだかな・・・・。

あの子の事を思い出すと、これからの1週間が異常に長く感じる。
すぐにでも連れ出して東京に帰りたい。
でもスケジュールがそれを許さない。

もらったパンフレットを広げると、あの上品な女性があの旅館の女将だということ、旅館の歴史と設備内容が見て取れた。
それなりに歴史も格式もある旅館らしい。そうやすやす泊まれる訳ではないだろう・・・・。そしてあの不破はあの女性の息子。
あの子も何らかの理由であそこで育ち、育ててくれた恩を感じている。

ただなぁ・・・・不破の暴走が・・・・あるのだろう・・・・。
成人に近い男女が一つ屋根の下にいたのだから。
あの子がオレを最初に見た時少しおびえたから。
キスをしようと顔を近づけた時、また少しおびえたから。
あの子の事を好きな不破が、そういう「コト」をしたのだろうとは・・・予想が付く。

が。

理性ではそう理解はできても、気持ちが付いていかない。

なぜオレにすぐ言わなかった・・・・なぜ呼ばなかった・・・・

パンフレットをしまおうとして、間から小さく折りたたんだ紙切れが落ちた。
グラスを置いてそれを拾う。
その小さな紙には、流れるように上品な字で書かれていた。

「最初に会った時あなたの目が気に入りました。あの子の事、本気なのですね。私もあの子を実の娘のように育ててきましたからとても大事なのです。ただ、息子にはもう手に負えないでしょう、息子はあなたに横取りされた気分なのです。ですから息子が帰る日に合わせてお会いいただいた事、お許しください。東京にあの子を連れてお帰りなさい。3人とも同職、もしあなたが広い心で許していただけるなら、うちの不肖息子の事もよろしくお願いいたします。あなたとキョーコちゃんの発展をお祈りします。またこちらへお寄りの際はどうぞお声をかけてください。いつでも部屋を用意しますから。」

3年も連絡も無く家出をしていた彼らを、何も無かったかのように受け容れたあの女性も相当な広い心の持ち主なのだと、そう思った。
あの女性は全て分かっていたのだろう。
不破が家を出た理由も、彼女が一緒に出た理由も。そして戻ってきた理由も。
ただ、戻ってきた時、昔と変わらずだと思ったのだろうから、彼女が不破に対する様子に、何か違和感があったのだろうけれど・・・・。
昔は「ショーちゃん大好き」一辺倒だったのだから・・・・・。



「蓮。」

顔を上げると社さんが前に立っていた。
最近考え事ばかりしているせいか、こうやって呼び止められることが多いな・・・・。

「帰ったんなら、一声かけてくれてもいいのに。」

珍しく静かに怒っていたようだった。

「・・・・すみません、気付かなくて・・・・。」

どさり、と横に座って、彼は水割りを頼んだ。

「珍しいですね、社さんが飲むなんて。」
「怒らせる蓮がいけないんだからね。出かける前に一言ぐらい声、かけてくれたっていいのに。もう緊急だとはいえ、打ち合わせの時に主役が理由も無しにいないじゃ、オレは言い訳の嵐だよ。」

ただこの人の・・・嘘を付けない正直な性格・・・人をだませないんだろうな・・・・。

オレの為にフォローを入れてくれている彼の姿が目に浮かんだ。

「すみません・・・・。」
「いいけどねっ、すぐ終わったし。明日監督から打ち合わせの内容直接聞いてね。それから!今日社長からオレに連絡入ってキョーコちゃんの事少し聞いたよ。言ってくれてもいいじゃないか。」
「・・・・・あの子のプライベートな事もあったので・・・。」
「いいけどね、オレはキョーコちゃんに会いたいだけだし。早く連れてきてよね、食事、一緒にしたいんだから。」

この人は、本当に思った事をそのまま口にするから・・・人として好きだ。
だから、オレも気を遣わずいられて、ずっと一緒にいても楽なのだろう。


「社さん、あの子の事好きですよね・・・・。現場一緒だといつも一緒にいるし。すぐ見つけては近寄るし。」
「あぁ、好きだよ。だって可愛いもん。蓮くらいだよ、あんなにいじめるの。」
「好きな割にオレに随分けしかけてましたけど?」
「だって、あの子の事好きだけど、蓮と違って恋愛対象の好きじゃ、ないもん。可愛いし見ていて面白いし一生懸命だしね。オレはね、蓮のマネージャーだから、蓮の仕事が良ければそれでいいの。もし恋愛が絡んで蓮の仕事の精度が落ちるようなら、オレも即刻別れろって言うと思うけどね。でも蓮、変わらず、すごいペースで仕事こなしているし・・それにあの子だって・・すごく綺麗になったし。蓮がそうしたんじゃ、ないの?」
「・・・・・どうですかね。」
「なに、その歯切れの悪い返事。なに、まさか本当に卒業式の日、うまくいってたの?なんだ、そうなんだっ。オレは、蓮が良ければそれでいいんだから。」

手にしていたグラスを嬉しそうに口をつけていた。
そういえば・・・・この人も恋愛はしているのだろうか?
オレの仕事につきっきりだけど・・・・・大丈夫なのだろうか?

「あの子・・・今京都にいるんです。連れて・・・・帰ります。だから、帰りのチケット一枚多く・・・・。」
「分かったよ。それなら・・・今度抜ける時は絶対に声かけていってよね。言い訳、沢山してやるからさ。」

オレと社さんはその後もたわいない話を続けた。
東京ではいつもオレが運転をして帰るから、社さんと二人でゆっくりと飲んだのは久しぶりだった。

それから一週間がとても長く、ようやくクランクアップを果たし、オレは社さんに打ち上げに出ないことを伝えると、足早に例の旅館へ向かった。

先日の手紙と夜中の訪問の礼に、あの女性のイメージだったカサブランカをまとめて貰って、それを女将に渡すと、「まぁ綺麗、ありがとう玄関に飾るわ」、と言ってさっそく水切りを始めた。
「ごゆっくり」としかいわず、こちらを振り返らない所を横目で見て、先日案内された部屋へ向かった。

部屋の扉を叩いたが開かず、少し押すと開いていたので、そのまま中へ入った。
電気を点けたまま寝ていた彼女の横に座った。
酷くやつれたように見える彼女の頬にそっと手をやると、彼女はくすぐったそうに顔を動かした。

このままキスして起きないかな?

オレは軽くキスを落として、待ってみた。
彼女はうっすらと目を開けて、ん・・と言って、そのあと一気に目を見開いた。

「・・・・おはよう。」
「・・・・・お、おはよう・・・ございます・・・?敦賀さん?」
「顔色、悪いね・・・そのまま横になっていてもいいから。」
「だ、大丈夫です、すみませんっ・・・気付かなくて。」
そう言って彼女は体を起こした。
「今日で映画の撮影、終わったんだ。・・・・東京帰ろう?」
「・・・・・帰りたい・・・・ですけど・・・・・。」
「帰れない理由・・・・・はそれ?」

オレは彼女の首もとについた、赤い痕を指差した。
先週は無かった・・・・・それ。
彼女はすっと真っ青になって、震えだした。

「ご、ごめんなさいっ・・私・・・も、もう敦賀さんの・・・横にいる資格ないんです・・・だから・・・・」

「いいから・・・・・落ち着いて・・・・。そんなに自分を責めないで・・・。」

・・・・・だからと言ってオレは彼女を手放す気などさらさらない。
不破は彼女を傷つけることでしかその存在を植えつけられない。
オレが君の傷を少しでも治せるといいけれど・・・・・。
震えた彼女は、抱き寄せた腕の中でまた声を殺して泣いていた。

オレはきっとしばらくは・・・不破を見たら叩き殺してやりたくなるだろう。
広い心っていうのは一体どこにあるのだろう。

泣き止んだ彼女は、すみません、といって体を離した。

「辛かったね・・・・・。大丈夫?」
「・・・はい。敦賀さん、もしかして気づいていたんですか・・・?」
「・・・・・大体はね。君の様子も不破の様子もおかしかったから。特に君は分かりやすいから・・・ね。そういう「コト」が何かあったんだろうって・・・。分かっていたのに・・・・その時君の傍にいてやれなくて・・・・悔しい・・・。」

ぎゅっと彼女の身体をもう一度強く抱き寄せて、その存在を確かめた。

「・・・・もう・・・・一人はやです・・・・。」

頭を撫でて、彼女の長い柔らかな髪をずっと撫でていた。
何も言わず、オレはただまた彼女を抱きしめたまま。
オレが何を言ってやってもうそ臭い気がして。

「3月からずっと一人こっちにいて・・・・誰とも話せず・・・・だからコーンに頼って、一生懸命・・・「一人でも大丈夫」って自分に言って聞かせていたんですけど・・・。この間敦賀さんに会ったら声を聞いたら・・・それも全然ダメになってしまって。好きって言ってくれたから・・・・なお更会いたくて・・・・会いたくて会いたくて・・・。それなのにっ・・・・・。・・・・えっ・・・・。」

彼女はぎゅっとオレのシャツを握った。
その握った手を上から包んで、耳元に口付けた。

「・・・東京、戻ろう?戻ってオレの傍に・・・いて欲しい・・・・。それとね、社さんも会いたがっているよ。あの人、まだ君に飴玉渡す気でいるんだから。」

彼女は涙を貯めた目をあげて、ほんの少し笑った。

「良かった、笑ってくれて。ね、帰ろう・・・・?」
「・・・はい。・・・・敦賀さん、明日のスケジュールは?」
「明日は帰るだけ。ゆっくりしていけるよ。だから、君もここでやりたい事あるんだろう?ゆっくりやりたいこと済ませて、また明日夜にでも帰ればいい。」
「はい・・・・。じゃぁ、用意しますね・・・・。」

まだ体調のすぐれない彼女をそのまま寝かしつけてから、彼女の部屋を出た。
彼女は握ったオレの手を最後まで離さなかった。


部屋を出ると不破がいた。

立ち聞きか・・・・。
今一番・・・・見たくない顔・・・・・・殺してやりたい・・・・・。


「よぅ・・・。連れて帰るのか・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「また無視か?あんた、口、ある?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「いい事教えてやるよ、アイツ、わき腹弱いよ。」

気が付くと、オレは不破を壁に叩きつけていた。

「いいね、その目。アンタのその目、いいよ。オレを喜ばせるには最適だな。」
「二度と・・・彼女を傷つけるな・・・・。」
「どうかな?オレのだし。アンタ、アイツを捨てないとも限らないでしょ?オレは捨てないからね・・・・。」

ぎっと睨んだアイツも、その言葉は本気だったのだろう・・・・・が。

「悪いがオレも捨てる気はさらさらないんだ。一生平行線だね。じゃ。明日連れて帰るから。この間オレが来たから・・・・あの子に手を出したね・・・・?もし、君がまたあの子を今夜どうこうしたら、そうだなぁ・・・話、売れるね。どうなるかなぁ・・・イメージ重視の不破君?芸能界は追われるだろうね・・・。」

「ついでにてめぇの話も売りつけるのも・・・・いいな。」

「どうぞ?オレはイメージアップ間違いなしだろうから。それはありがたいな。君が彼女のことを売るはずも無いしね。オレのことだけ売るんだろう?じゃぁなお更オレはいいね・・・。じゃ、帰るから。」

掴んでいた手を離して、不破から離れて、入り口へ向かった。
不破は遠くから、「お前の名前なんか呼ぶ女なんて抱けるか」と呟いた。

・・・・だろうね・・・・・。

そう心の中で返事を返した。
あの子が泣けば留まるとは思っていたから。
もし本当に、嫌がるあの子に最後まで手を出していたら本気で記事を売っても良かった。

最後まで手を出していないなら、時間をかけてあげればいい。
怒りが収まる事はなかったが少し救われた気分だった。


次の日、約束の時間に彼女を迎えにいくと、例の女将と共に立っていた。
オレも彼女も女将に良くしてもらった礼を述べて、立ち去ろうとするとまた、「待て」と言った。

「これ、2人で・・・お持ちなさい。」
「これはっ・・・・・・・。」

彼女は至極驚いて、渡された木箱から手を引いた。

「枯らしたらあきまへんえ? 育て方は小さい時に教えたから分かりますやろ? あと1ヶ月もしたら綺麗に咲くさかい・・・。またいつでもおいでやす。体にはよう気ぃつけや。敦賀さん、これはうちからあんたさんへのお礼どす・・・・。」


受け取ろうとしなかったそれを彼女に無理やり押し付けて、また上品に会釈をすると、オレたちを見送ることも無く、中に入っていった。

ずっと彼女はその渡された箱を黙って見つめていた。


社さんは、久々に見た彼女のやつれぶりに驚いたようで、栄養のあるものちゃんと食べなさい、とまるで父親のように心配していた。

新幹線のなかでも彼女は箱を大事そうに抱えて風呂敷をじっと見入っていた。
黙ったまま、何事か考えていた様子で、オレは敢えて聞かなかった。

そのまま彼女は目を閉じた。抱えた箱の上からオレのジャケットを掛けて、オレは空いていた社さんの横へ移動した。

「キョーコちゃん・・・相当・・・疲れているね。」
「・・・・ですね。」
「あんなにやつれて・・・・・。可哀想に。早く回復してもらわないと。」

「そうですね・・・・。しばらく、オレのウチへ預けてもらえませんか?あぁ・・・手は出しませんから。」

「や、いいけどさ、手を出そうと出すまいと。社長にお願いすればすぐじゃない?仕事請けることがかかれば、社長もNOとは言わないだろうから。許可もらっとくね。」

しばらく彼女が元気になるまで、手元に置いておきたかった。
オレは不破が残した傷を癒したいんだけれど・・・もしかしたら・・・・囲う事は不破と同じなのかもしれない。
でも、眼を覚ました彼女にそれを伝えると、彼女はほっとしていたように見えた。
だからオレはその大義名分を掲げて彼女をウチに囲うことにした。

「敦賀さん、ご迷惑じゃ、ないですか?」
「オレがそうしたいんだから、いいんだ・・・。好きなように部屋、使っていいから。あぁ、君はゲストルーム使って。夜・・・オレに何か用があるなら寝室に来てくれればいるから。」
「・・・・私・・・・」
「あぁ、君に手を出すつもりは無いから、安心して。あと、時間も多分ばらばらになるから、迎えに行ける時は迎えに行くけど。」

あきらかにほっとした顔をした彼女に、少し複雑な感情を覚えた。

「はい。ご飯、用意しておきますね。だから、ご飯食べないで帰ってきてください。敦賀さん少しやつれた気がします・・・。ちゃんと食べないと。」


「それはオレのセリフ。オレの事はいいから、自分のことしっかり見直して。また仕事も頑張ろう。せっかく高校も卒業したんだしね。ちょうど今時間があるだろうから、本、沢山読むといいよ。俺が昔やった作品の台本なら、まとめてあるから。それを読んで、自分なりの役作りなんか考えてもいいし。それのDVDとビデオなんかももらってあるから。とにかく・・・オレは君が演じるトコ、また見たいんだ。ね?小さな女優さん?」

「はいっ・・・・。」

彼女は嬉しそうに頷いた。
久しぶりに彼女の本当の笑顔を見た。

「敦賀さん、聞いてもらえますか?」
「何?」
「この箱の中身・・・・気になりません?」
「あぁ・・・くれたもの?そうだね。教えてくれるの?」

彼女はおもむろにその風呂敷を解いて、大きな木箱を開ける。
赤茶の鉢の中に、葉っぱだけ・・・?

「これはあの旅館で、女将さんが心から大事に育てていた、「はす」です。帰ってすぐの頃、私がアイツと、昔通り「結婚」するために帰ったのだと女将さんは思っていました。じっと蓮池を見た女将さんは、何度か私に向かって・・・独り言のように言っていました。「あの人を思い出させる」と。敦賀さんが来る数日前ぐらいから言っていましたから、私、最初は女将さんは違う人を想像していたのだと思っていましたけれど、でも最後は、敦賀さんの事を思い出していたのだと・・・・思います。「はす」と敦賀さんの名前は同じ字を書きますから・・・・。」

それはオレが彼女に会いに行った数日前に一度会っているからだろうけれど・・・・。

結婚?はす?・・・・?

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「12ヶ月、季節ごとに咲く花の苗を選ぶのも植えられるのは女将だけなんです。今の時期だとあの庭は・・・立葵と双葉葵が綺麗で・・・京都で葵といったら、あのお祭りには欠かせませんし。そして夏には蓮池の脇で蓮が、その池の真ん中には睡蓮が咲き乱れます。小さい頃、女将について植え付けたり、栽培方法を習ったり、その散った花を池から掬うのが私の仕事でした。掬えるのも、女将だけでしたから・・・。私は女将さんにずっとついていましたから、そのままいけば将来はあの旅館の女将になるはずだったのでしょう・・・。そしてその季節の花々は、女将が本当に気を許したお馴染みさんにだけ、咲いた花を株分けしていたんです。またこの花が咲く頃来て下さい、そういう意味です。だから、この蓮を分けてくれたのも・・・・そういう、意味です。」

彼女はひとつふぅ、と息をついて、続けた。
オレは彼女の昔語りを黙って聞いていた。

「けれど、特に蓮は京都ではお寺が多いですから、大事にされているんです。花びらさえ掬うほど。だから馴染みの人に季節の花を渡すと言っても夏は他の花を渡します。あそこで夏の蓮や睡蓮は「最も大事な人」にしか渡しません。あそこで桐の箱に入れて渡すのも、蓮だけなんです。普通の人から考えれば変だと思われるかもしれませんが、それだけ心から大事にしているから。私は女将さんが今まで渡してきた人を、3人しか見たことがないんです。だから、桐の箱を見た時に私は断りました・・・。また行けるなんて・・・図々しくも思えませんでしたから・・・・。」

オレは、その桐の箱のふたを取り上げて、中にその花の絵と旅館名の焼印を見つけた。
それを横において、抱き寄せた。

「女将さんはね、君をとても大事だと、そうオレに伝えたよ。だから、顔、また見せに行こう。今度は・・・・二人でね。」

彼女はオレをじっと見上げると、うっすらと涙を浮かべて、はい、と頷いた。

そして、その蓮の鉢を大事そうに抱えると、「日当たりのいい所」と言って、オレの寝室のサイドボードに置いた。

「君の寝室に置けばいいのに。」
「だって、この蓮は、敦賀さんへのお礼だって言いましたもん。」
「でも・・・・。」
「いいじゃないですか、女将の粋なシャレだと、思ってあげてください。水遣りは私がやりますから。あと1ヶ月もすれば・・・・綺麗に咲きますよ。」


それから本当に1ヶ月ほど過ぎた朝、うっすらと香りがして、目が覚めた。
その蓮は真っ白な花を一つ、つけた。

その日、もう既に起きた彼女はキッチンに立っていた。

「おはよう・・・あの花、咲いたよ。」
「えっ・・・そうですか。あとで、見に行きますね。」

彼女は、話半分に聞いて、また作り続けていた。

あの毎日大事そうにしている・・・・蓮の花が咲いたのに。

彼女はオレを避けはしなかったが、やはり不破とのことがあって以来男そのものが怖いのか、オレの傍にも必要以上には寄らなかった。だから、オレは彼女には触れなくなった。

しかもお互い仕事がここの所立て込んで、同じ屋根の下にいるといえども会う時間はそんなに無く、それはそれでオレの理性の手助けをしてくれて良かったのだけれど・・・。

彼女は時間があれば本当に台本に読みふけり、そのビデオを見漁り、日を追うごとに元気になっていった。社長が、あんなに元気になるなら、もうしばらくうちへ置いとけと言って、彼女はまだここにいる。

彼女は、社長が待っていたドラマ出演の返事をすぐにして現場復帰した。
ドラマも順調に撮影が進んでいるようで、たまにその台本で練習をしたりしていた。
彼女は演技をすればするほど生き生きとして、本当に見ているオレが楽しみになる。

彼女の相手役を練習でやれば、その実際の相手役をTVを見る目がつい、厳しくなる。その演技はどうだろう、そこはこの方がと、つい頭の中で突っ込みを入れては正直・・・疲れている。そして彼女に触れる男に嫉妬して・・・・こんなにオレは独占欲が強かったのだろうか?とまた意外な自分に気付く。

毎日、彼女が作るたわいない出来事が楽しかった。
ただ、彼女はまだ、オレの中の「男」の部分を避けている。
そのドラマのキスシーン撮りは、「怖いから」いやだと、言っていた。
だからオレは、付き合う前と同じような関係に戻した。
時間をかけて彼女を助けてあげられればいいけれど・・・・。


「敦賀さん、今日の夜は、早く帰ってきてくださいね。」
「あぁ、6時過ぎには終わるから。」
「蓮の花、白でしたね。あの白いの、私一番好きなんです。女将さんも、「敦賀さん」とははっきりいいませんでしたけど、「あの人には」白いのが似合うって言ってましたよ?私もそう、思います。だから無事に咲いたから・・・・お祝いしようと思いまして。」
「ん?うん。いいよ。」
「じゃあ、約束です。」

にっこり笑った彼女は、先に仕事に出た。



その晩帰ると、彼女はリビングで台本を枕にうたたねをしていた。

「最上さん・・?」
「ん・・・・?」
「ただいま・・・。」
「敦賀さん・・・?お、おかえりなさいっ・・・。ご飯、作ってありますから。ちょっと、待ってくださいね・・・・。」

久しぶりに彼女の顔に近づいたら、彼女は真っ赤になって、逃げた。
その様子が可愛くて、表情が緩んだ。

ただ・・・彼女は、いつもならもっと今日の出来事を一人でしゃべっているのに、自分から早く帰ってきてと言った割に、食事中もとても静かに考え事に耽っていた。
食事が終わった後も、一人台本に読みふけり、静かだった。

オレは寝室で一人、咲いた蓮の花を見ていた。
夜は閉じるんだと知らなかったから、もう枯れたのだと思ったら、次の日の朝もまた咲いた。

変わった咲き方、するんだな。
真っ白い幾重も重なった花が、綺麗だった。
オレと同じ名前の花。
とても不思議な気がした。


次の日の夜も、ソファでとても静かに台本を読んでいて、心配になったオレは、横に座って声をかけた。
「最上さん、どうした?また何か・・・あった?」
「な、何でも・・・ないです・・・・。」
「じゃぁなんでそんなに慌てる?」
「・・・・・・・・・だって・・・・・・。」
「だって?」
「敦賀さん、ずっと・・・昔と変わらないから・・・・。」
「・・・・・。」
「もう、ここ、出ないと。」
「そうじゃない。君は・・・・・オレでも「男」はダメだっただろう・・?」
「・・・・・はい・・・・・。ごめんなさい・・・・・。」
「だから、オレは君に触れなかった。君が触れて欲しくなったら触れようと思って。」
「あの・・・・・・敦賀さん・・・キスしても、いいですか?」
「どうぞ?」

珍しく彼女が、積極的に自分からそうしたいと言ったので、面白くてオレは彼女がそうする様子を見ていた。彼女はオレの顔の前で固まったまま、動かなくなって、さらには、冷や汗をかいているようだった。

「だ、大丈夫?」
「いえ、あの・・・やっぱり私から・・・するんでしょうか・・・?」
「ぶっ・・・・・・・。」

その面白い顔、久々に見た。
オレは彼女を放すと、ひとしきり笑った。
彼女はすぐに背を向けて部屋に帰ってしまった。
まぁ、自分からしたいって思ったことは・・・・・いいんだけれど・・・・。


その夜のオレの寝室はまた蓮の花が閉じて、その香りだけが部屋に残っていた。



彼女は、次の日の朝、目が覚めるとそこに居た。

「おはよう・・・・。どうした・・・?」
「敦賀さんを見ようと思って・・・。あと蓮・・・咲いて3日目なので・・・・今日で咲くの最後ですから、見納めに。」
「今日で・・・・最後なんだな。また見たいな来年も。これ、見ているのは好きだったよ。」

オレは体を起こして、ベッドの淵に腰掛けた。
彼女は床に座ったまま、ベッドの上に腕と顔をのせて、視線を蓮の鉢から動かさなかった。

「朝だけ咲いて・・・・夜閉じて・・・まるで私みたい。」

いきなり急にそう言って自嘲気味に笑った彼女に、オレは腹が立った。

「最上さん?夜、逃げてるって事?それはいいんだって、昨日の夜も言ったじゃないか。」
「だから。敦賀さんの寝顔、見に来たんです。今日ここ、出ます。」
「なっ・・・・。」

「「なんで?」ですか?・・・・もうそろそろ、敦賀さんなしでも大丈夫ですから。もともと蓮の花が咲き終わったらここを出るつもりでした。水遣り、もうできなくなっちゃいますけど。良かったら、それ、お願いします。育て方書いておきますから。」

とても冷たいその物言いに・・・・驚いた。

「まるで、オレに「別れてほしい」とでも言いに来たみたいだな。」

「もう・・・・いいんです・・・・・。」

その目が、嘘をついている時の目だって分かってる・・・。

「・・・・・・・。君は嘘つきだな。昨日の夜、オレに言った言葉は嘘じゃない。現に行動がおかしいじゃないか、別れたい男に前日迫るか?その男の寝室に・・・・寝顔なんて見に来るか?」

目を逸らした彼女の腕を引いて、目を合わせたかったが、彼女がオレの語尾が強くなったのに怯えたので、そうしなかった。

「・・・・・・もう・・・・いいんです。ごめんなさい。」

「君が良くても、オレは良くないね。逃げている理由を、オレは全部分かっているだろう。・・・・オレは待ってる。」

彼女は、そのままオレの腕を振り解いて無言で部屋を出ると、自室から出てこなかった。

彼女の予定を聞いていなかったから、外から出かけると一声かけて、部屋を後にした。

それでも・・・・・今日の夜には彼女はもう部屋にいないのだろう。

オレはそんなに彼女を追い詰めるようなことをしたのだろうか?
自分が気付かないだけで、そういうことをした記憶が思いつかなくて、その日一日、仕事に集中するのに苦労した。

「蓮、ひどい顔だな。」

帰りの車中で、社さんが声をかけてきた。

「そうですか?」
「他のヤツは騙せても、オレは騙せないね。何か、キョーコちゃんとあったんだろう?それ位しか思いつかないね。これか?」

この人も相変わらず、するどいな・・・・。

運転をしているので横は見られなかったが、何かの雑誌のようだった。

「なんです??」
「不破の記事。相手の名前は伏せ字になってるけど、付き合ってるってさ。明らかにキョーコちゃんだろうな、この文章。」

社さんが珍しく声を荒げた。

「はっ・・・・?」

「違うんだろう?そうだと思ったよ。話題づくりか。ふぅん・・・。不破もどうするんだかな。そんなにキョーコちゃんのこと、好きだったなら捨てなきゃ良かったのに。今更って気もするけどね。ただ・・・なんで今この時期にそんな話がもれるんだ?」

彼女のことを気に入っている社さんは、冷たく言い放った。
オレはそれに何も返事をしなかった。
ただ、その雑誌を下さいとだけ言った。

だから、別れたいって・・・・言ったのか?
本当に不破と付き合っているとは・・・・思えない・・・。
それとも、不破がこの記事をしかけて、彼女を脅したのか?
どちらにしても、何か関係があるのだろう・・・・・。


社さんを降ろして、オレはつながらない彼女宛の携帯を諦めて、彼女の住むだるまやの近所に車を止めて、直接だるまやへ向かった。

「夜分遅くに・・・すみません。」
「まぁ・・・まぁ・・・。」
「彼女・・・・・帰っていますか?」
「いいえ?貴方の所に行っているんでしょう?まだ、戻らないんですか?」
「携帯が・・・たまたま繋がらなかったので、一応寄ってみたんです。多分、先に帰っているのでしょう。すみません、失礼しました。」

本当にこの女性は何も知らないのだろう。
むやみに心配をさせない様に嘘をついた。

「そう?いつも、ごめんなさいねぇ。送り迎えしてもらって。キョーコちゃんは元気?たまには顔を出すように伝えてちょうだいな。うちの大将も会いたがってるって。」
「はい。すみません、ではまた。」

ここに戻ってないとなると・・・・いつもの帰り道の公園を探したが、そこにもいなかった。結局思い当たる所は全てさがしたけれど、どこにもいなかった。

とりあえず帰って、また携帯に連絡をしようと思って部屋に上がると、もう彼女が使っていたものは一切リビングには無かった。

ゲストルームも何も無く、もともとバッグ一つで来ていたから、あっというまに帰ったのだろう。

オレは、リビングで、携帯で何度も彼女に連絡を入れていた。
それでも出なくて、諦めた。

オレは汗が気持ち悪くて、シャワーを浴びに行った。
・・・・・そして妙な違和感に、気付いた。

なんで、この床・・・濡れてる?

ざっと汗を流すと、オレは確信と共に、オレの寝室へ向かった。

やはりそこに、いた。

「最上さん・・・・」
「おかえりなさい。」

彼女は、閉じた蓮の花の前でじっと立っていた。

「いるならいるって・・・・。探したんだ。・・・・心配で、心配で・・・・。」

「・・・・・・・帰れなかったんです・・・・・!!」

悲痛な声が耳に届いて、オレは心臓の奥が捕まれたように痛くなった。

「うん・・・・。」

泣き出しそうな彼女の表情に、近づいて抱きしめたかった。

「あなたの傍は居心地が良くて、暖かくて。私がずっと逃げていたのに、あなたはずっとそれを見ないフリしてくれていて。朝、ひどい事言ったのにそれでも優しくて・・・。」

「記事、見たよ。あれのせいだね?」

「・・・・・・先週くらいからアイツから言われてて・・・どんな記事が出ようと構わないと・・・・言って・・・断りました。それと・・・・。」

「何?」

「私、敦賀さんに触れたくて、触れたくて、でも、アイツが・・・・・アイツが触った身体を見せたくなかった。敦賀さん、大好きです。」

彼女はその蓮の鉢の横に置いてあったものを取って、こっちまで歩いてきた。
手渡されたのは真っ白い花の付いた枝。

「これは?」
「これは・・・・今の時期・・・・椿が無かったから替わりに・・・・・夏椿です・・・・。」

白い椿は・・・・誘いの印。
あなたのものになりたいという意味・・・。

オレと君の誘いの証。

「それは・・・・・。」

「卑怯だって分かってます。でも、あの日に戻りたい。卒業式のあの幸せな日に戻りたい。・・・・敦賀さんが好きです・・・・・もう一度だけ、一瞬だけでいいから私を・・・好きになって・・・・抱いて下さい。」

ぎゅとオレに抱きついて、頬をつけたまま、顔は上げずにそう言った。

「お願いだから一瞬だけなんて言わないで。好きだよ・・・・。」

抱き返して顔をあげさせると、彼女は昨日しなかった、キスを自らオレにした。
オレも止まらなかった。彼女の唇だけを、何度も舐め吸った。
吐息が混じりあって、ひどく切なくなる。
絡めて深く口付けた唇をさらに貪って、そのままベッドに沈めた。

震えた彼女に優しくキスを繰り返して、彼女がもう一度自ら腕を伸ばすまで待った。
伸ばした腕をオレの首に回して、そのまま彼女を愛した。
それでも震えが伝わって、体中を撫で続けた。

彼女は途中で不破が最後まで手を出していなかった事が分かったのか、大丈夫だったんだよ、と言ったら、安心したようにオレに身体を預けた。

蓮の花の香りと彼女の香りが入り乱れてオレを強く欲情させた。
全てが可愛くて愛しくて。
愛して愛してのぼりつめさせて、彼女へオレの感情を吐露した。





意識を手放した彼女の髪を触って、遊んでみる。
彼女はオレの下で小さく寝息を立てている・・・・


やっとオレの腕の中に帰ってきた・・・・。
寝ていると、どうしてもキスして起こしたくなるんだけど。
オレのキスで、目覚めてくれない?
そんなに可愛く・・・・寝息を立てないで。

君はいつでもどこでもよく眠ってしまうから・・・・。
君が眠ったら・・・いつでも・・・オレが起こしてあげるから。
・・・・君らしい可愛い夢を見て、おやすみ・・・・。



すやすや眠る彼女の横で、オレも目を閉じた。



朝、気が付くと蓮の花びらが、本当に床に散っていた・・・・。





















2006.07.02

背景を入れました。


お客様のおうちで咲いた今年の睡蓮画像を頂きました!

>蕾は紫がかった薄ピンク色ですが開くにつれ白っぽくなります。ちょうど木蓮みたいな感じです。(あ、モクレンも「蓮」だ。)蓮が京都でおかみさんにもらうのが白ですよね^^ 真っ白もきれいで好きでした。


その言葉にめちゃめちゃ嬉しくてさっさと仕事vvv睡蓮でも蓮でも蓮は蓮だわ(壊)。
某様本当にありがとうございました!!!綺麗vv
白い睡蓮でウチのコレを思い出していただけただけでもう感激。
夏は沢山の人にお世話を頂き、とても思い出深いお話になりましたv



2006.03.22 修正  

Special Thanks to ひゆさまv

祭典でお世話になっているひゆさま(@京都のお方)が京言葉(女将さんの台詞)を推敲してくださいました!調べに調べてもさすがに微妙なニュアンスは分からず、微妙に標準語で逃げていたので…(^^;
大変助かりました♪ありがとうございます。らぶですv
これからもどうぞよしなに・・・vv