ねぇ、あなたは既に誰かのもの?

私の「これ」あげるから今夜どう・・・・?

いい夢をあげるわ・・・・・。

一緒に楽しみましょ、一瞬だけの愛の夢を・・・・。


さあ、楽しみましょう・・・・・・・・。

               

                                  

@La Trabiata 第一幕 乾杯の歌





Seasons 1 ―Spring― 椿姫



「っくしゅんっ」



しまった・・・・。敦賀さんもいたんだった・・・・・。
横でくすくす笑って、敦賀さんはいつもの所で車を止めてくれた。


扉を開けて外に出ると息が真っ白に染まった。
はらはら降る雪が、綺麗で、一面が銀色世界。
傘をさすのがもったいなくて、そのまま歩いた。



「大丈夫?風邪?」
「いえっ・・・風邪なんて引きません!!」
「そういってたオレも引いたんだから、気をつけて・・・これあげるから。」


そう言って敦賀さんは私にふわり、と自分のしていた白いマフラーをかけてくれた。


「あのっ・・・敦賀さんも風邪引いちゃいます!!それに貰えません・・・。」


すごく柔らかくて手触りがよくって、きっとすっごくいいモノだと思うんだけど・・・・。

「いや・・・大丈夫だよ・・・君よりは風邪の経験少ないんだから。それに、マフラー位沢山もっているし。今雪が降っているとはいえ、もうすぐ春だしね。気にしないでいいよ。」

ふわりと優しく笑った敦賀さんは、さぁ歩こう、といって私の背中を押した。

背の高い敦賀さんは、なんてロングコートが似合うんだろう・・・・。

私はどきりとした顔を見せないようにうつむいた。

もう冬も終わり、じきに春が来る。
そして・・・・・ついに高校も卒業する。


「私が昔住んでいた京都は冬、すごく寒いんですよ。もう東京よりも寒いと思います。だから東京で風邪を引くなんて考えられません。」
「東京だって十分寒いけどね。」
「雪の量は長野や北海道なんかが多いんでしょうけれど…京都は寒さじゃ負けてません。とにかく寒いんです。昔から家の造りが夏向きに作ってあるんです・・・今はどうか分かりませんが・・・。でもっ・・・雪が降った時の京都も、最高に綺麗なんですよ。お花に雪がかかっても綺麗だし…建物も綺麗です。今の時期だと真っ赤に染まった椿とか…もう少ししたら緋寒桜なんてすごく綺麗。しぶい所では雪のお寺なんかも素敵です。もし撮影で行かれる事があったら景色…見回してみてくださいね。あ・・・京都は雪が降らなくても綺麗なんですけど・・・・。」

敦賀さんは、横で私が一気にまくし立てた話を静かに聞いていた。

もらったマフラーから敦賀さんの香りがして、私はそれだけでどきどきしてしまう。
頭がおかしくなりそう。

そんな私の気持ち知りもしないで・・・・。

だからしたくもない京都の話なんて・・・・。
かなり頭が混乱してる。
しかも京都の話なんて興味ないだろうに・・・・。

「椿と緋寒桜?・・・ってどんなのだっけ?」

もしここで私が「知らない」って言ったら、携帯でも使い始めるかしら?
そんな事を思っていたら、つい顔が可笑しくてにやける。
それが分からないように装って続けた。

私はここに赤く染まった椿がある事を知っていたから、寄って、一つだけ手折り、雪を払って渡した。

「これが椿です。・・・・本当は折ったらいけないんですけど初めて見た記念に。よかったら部屋に飾ってあげてください。あ、でも椿は飾らない方がいいかも?」
「・・・・・・・・。」
「敦賀さん?」

じっと椿を見つめたまま黙ってしまった敦賀さんに、それとなく声をかけた。

「・・・・あぁ、ごめん。ちょっとだけ考え事。ごめん…これ、見たことあったよ。・・昔・・・見たことがある。」

それは見たことがあるだろう。意識しないだけで。
ウチの大将だって庭先で大事に育てている。もうそろそろ咲く頃だろう。

「椿って種類も薔薇みたいに多いんです。これは今頃咲く藪椿です。椿って・・・京都とか大阪方面に多く咲いているんですよね。昔のお侍がお茶の場に椿を好んだのだそうです。今でもお茶席に飾りますし。住んでいた所では、軒先でよく見かけましたよ。緋寒桜も同じで、寒い時に咲く桜なんです。東京で見るなら・・・上野公園なんてとてもきれいですよ。・・・・でも今ではどっちも嫌われものかもしれませんけどね。」

「椿は分からないけど…桜なんて日本人ならみんな好きなんじゃないの?」

誰でも知ってそうな・・・椿の話・・・・知らないのかな?
男の人だからかな・・・・。

「椿も…緋寒桜も…咲き終わると花ごとぽとりと落ちるので有名なんです。花びらが散るんじゃなく。嫌な事を・・・想像させるんですよね。緋寒桜なんて普通の桜と違ってうつむいて咲きますしね。どうしても暗いイメージがつき物なんですよ。だからそのイメージだけで・・・嫌いな人もいるって事です。お花自体はどちらもとても可愛いですよ。サザンカなんかは同じ椿の仲間でも花びらから散っていくんですけどね・・・・。」

なんで私は椿談義なんて敦賀さんとしているんだろう・・・・。
ふと頭の片隅でつっこみが入る・・・・がどうもうまく頭が働かない。

「そう・・・・。別にいいと・・・綺麗だと思うけどね、今までそんな事考えたことも無かったからかもしれないけど。」

「私も大好きですよ。昔は白・赤・ピンク・・・といろんな色や模様のを沢山集めて飾って楽しんだんですよね。」

赤い椿はとても可憐。白い椿はとても気高くて。一つ一つ違う模様をずっと眺めて。

アイツの家の庭に沢山咲く・・・木々花々。
椿の枝。
幼い頃の懐かしくも・・・・苦くなってしまった思い出。

「これ、ありがとう。じゃぁ・・・また。」

私はつい話し込んでいて、もう家の前まで着いたことに気付いていなかった。

「あっ、これ、ありがとうございました。もうウチはすぐですから。敦賀さんも風邪引いちゃう。」

捲いていたマフラーをはずそうとして、手で止められた。

「いいよ。あげたんだから。春先まで使っててもいいし、いらなかったら捨てて。明日CMの撮影なんだろう?ちゃんと休んで。寝不足は禁物だよ。じゃね・・・・おやすみ。」

そう言ってくるりと背を向けて、あっという間に見えなくなってしまった。
あげた椿、本当に飾ってくれるつもりなのか、ずっと持っていたままだった。
部屋に帰ってバッグをおいた後。
へなへなとベッドに座り込んだ。

もらったマフラー…はずせない…。
敦賀さんがすぐ側にいるみたいで。どきどきする。
ねぇ、自己陶酔みたいで、バカにする?

会えば送ってくれる。
悩めば聞いてくれる。
気付いたらどんどん好きになってしまって。どうすればいい?
優しい敦賀さん。どんな人にも優しいけれど・・・・・


最近敦賀さんが変。
昔に比べて・・・よく物思いに耽ってる。
どうしたんだろう?
元気ないのはどうして?

そうだ・・・・・・・。いいかな?
すぐ捨てられちゃうかもしれないけれど。
自分用に編んでいたマフラーを敦賀さんにあげたいな・・・・・と思いついた。
冬にしようと思って編み始めて、中々編み進まなかったモノ。
こんな不純な動機だとどんどん編み進んでしまう。
今時流行らないって分かってるんだけど・・・、手編みのマフラーなんて。
なんでもない相手から貰ったら気持ちが悪いだけ・・・・。
しかも時間が無かったから自分用にざっくり編みだしね・・・。
軽い感触のクリーム色の毛のマフラー。
敦賀さん用に当初の予定よりも少し長めに編んで完成した。

思い立ったら吉日一気に出来上がったものの、そう気付いたらへこんで、しばらく部屋に置いたままになっていた。

でもあれ以来敦賀さん、マフラーしてないんだよね。
本当に沢山持っていたの?そういえばそんなにモノ買う人だった?
もしかして本当に一個しかないのをくれたのかもしれない。
もらったものを返しても、きっといらないって言う、敦賀さんなら。
それなら・・・・・。





「敦賀さん、あの椿どうされました?」

今日はあの日以来久しぶりに仕事帰りが一緒になって、送ってもらえる。
だから。いつも通りウチの近くまで歩いた。

「飾ったよ。この間本当に花だけぽとりと落ちたから、それだけ水に浮かべてある。」
「本当ですか?敦賀さんが花を生けてる様子ってあんまり想像がつかないです・・・。」
「失礼な。花ぐらい生けられるよ。しかも一輪。」
「ふふふっ。言ってみただけです。こっちの椿はまだ頑張ってますね。気に入ってくれたなら・・・もう一つだけもらっちゃいましょうか。椿の木も許してくれますよ。・・・はい。」

公園だからって本当はいけないんだけど。
剪定さんが見たら怒りそう。椿も育てるの大変だから。

「・・・・・。」

また敦賀さんはじっとそれを見て、今度は私をじっと見ていた。

「どっ、どうされたんです????」
「いや・・・・・。マフラー・・・・してくれてるんだね。」
「捨てるなんて・・・そんな事できません。ありがたーく、つけさせてもらってます。」

笑顔で敦賀さんにそう返事をすると、ならよかったって言ってくれた。
ところでさ、と言った敦賀さんは、

「・・・椿・・・・・。・・・・・・「椿姫」・・・知ってる?」
とまた椿を見つめて言った。

「名前だけ・・・・。音楽でオペラの授業を・・・やったんです。その時に「姫」って付いていたのに内容よく知らなかったから気にはなったんですけどね・・・・正直な所よく知らないです。」

「ねぇ、あのさ、ずっと聞きたかったんだけど。普通の童話の姫ってその後幸せだと思う?」

「ええ・・・幸せだと思うんですけど・・・?」

そんな事疑いも無く考えたこともないから。

「うん、・・・・そうだね。・・・・なら「椿姫」は読まない方がいいかもしれないな。最上さんの期待する「姫」とは、かけはなれているかもしれない。」

何か私の答えを納得させるように、「そうだね」、とくりかえして、苦笑した。
そして敦賀さんはまたじっと椿を見つめた。

「そういうお話・・・なんですか?」
「そうだねぇ・・・王子様とめでたくっていう物語ではないよね。オレは好きだけどね・・・・。まぁ、時間があって興味が沸いたら・・・覚悟を決めて読んでごらん?」

「姫」なのに姫じゃない?
私が読むのになぜ覚悟がいるのかしら?

それは・・・気になってしまったから読んで・・・・分かった。

確かに私が期待していた、姫とも、オペラの華やかなイメージともかけ離れた「姫」だった。こんな姫あるかしら?

「姫」とは名ばかりの娼婦。しかも当時不治の病だった結核持ち。たくさんの男に溺れ、男に尽くし死んでいった女。最期死ぬ間際の数ヶ月は純な男に入れ込んで、愛し愛されて幸せになれるかと思いきや、彼の父親に引き離されて一人死んでいく・・・原作はね。

オペラは最期死ぬ間際に一度会える。会ってから死ねる。まだオペラのほうが幾分悲恋といえども救いようがあるけれど。それでもこのオペラのタイトルは「道を踏み外した女」・・・・・。「椿姫」なんて素敵な名前じゃない。

「椿姫」の本の方は実際作者のデュマが残された彼本人から聞いて書いた現実の本だけれど、当時のフランスってすごかったのね。本当に公爵とその婦人、娼婦にパトロンとが入り乱れて。今の日本じゃ考えられない。

彼女が「姫」だったのは類稀なる美貌の持ち主だったから。
「椿姫」なのは椿が好きだったから。
それに、原作はマルグリットで、オペラはヴァイオレッタと名前が変わるらしい。
椿って日本産のものも多いのに・・・当時のフランスにもあったのね。

まぁ・・・・今度敦賀さんに会ったら・・・・・確かに私の「好きな姫」ではありませんでしたっていわないと・・・。

でも実は・・本心は少しだけ・・・・うらやましい。
どんなに荒んでも、最期までお互いに想いあえた相手がいたんだもの。
彼は荒んだ彼女の心ごと救ってあげようと・・・してくれたんだもの。
荒んだ彼女は彼の愛によって、純粋な一人の少女に戻った。
純粋な愛を知った彼女もまた「一時の娼婦遊び」というレッテルを彼から剥がすために、身を引いた。もし結核じゃなかったら。もし普通の女の子だったら・・・・・・て悩んだのだろう。ただ…本当に…すれ違ってしまっただけ。


少し・・表現も舞台も内容も違うけれど・・・悲恋さは…人魚姫に通じるかもしれないと、思った。そう思ったら今度は人魚姫が気になって久々に読んで・・・ますますへこんだ。


しばらく・・・ぼぅっとをしていて。
せっかくだからマフラーの裏につけてみよう・・・・。
黒い小さな布に白と赤の椿の刺繍をブランドのタグのようにつけてみた。
世界に二個とない私のものの印。
小さいから分かりにくいとは思うんだけど。今までずっと思ってきた印。
あなたが私にくれた優しさと・・・厳しさは私を救ってくれたから・・・・。
椿姫と自分が少し重なった気がして。


ますます自己満足と自己嫌悪で渡す勇気が萎えていく。
でも、もうちょっとで渡さなきゃ・・・・。



帰る時だけならつけてくれる?
たった一度・・・それだけでいいから。
敦賀さんが私にしてくれたように心も暖かくなって、少しでも元気になってくれたらいいなと思う。
敦賀さんは優しいから内心引いても・・・もらってはくれると思うんだけど・・・・?



そうは思っても・・・だんだん自信がなくなってしまう。
毎日そうやってどうするか悩んで。
久しぶりにまた送ってもらえる日が来た。その日渡す決心をした。


今日もすごく寒い。外に出ると寒さに一気に首をすくめてマフラーに顔を埋める。
もらったマフラーはもう敦賀さんの香りはしなくなっていた。


「うわー・・・今日も寒いですね・・・。そうだ敦賀さん、例の「椿姫」、読みましたよ。」
「えっ・・・本当に読んだの?・・・期待・・・外れたんじゃない?」

心底意外そうに敦賀さんは驚いた。

「はい。思いっきり・・・・思っていた「姫」じゃなかったです。娼婦ですから。でも・・・。彼女はそれでも「姫」だったんですよね。・・・・最期まで・・・死んだ後もずっと愛してくれる人、いましたから。」
「・・・・・・・。」
「太く短くの人生・・・・。マルグリッドが亡くなったとき・・・私とそんなに歳が離れているわけじゃないんですもの・・・。ただ・・・私が椿姫だったら幸せだったか、と思うと・・・それは悩みますね。・・・せっかく純粋な恋を知った・・・女の子に戻った彼女が不治の病・・・・。残された彼・・・もあまりに可愛そうで。無念だったと思います。生きてさえいれば・・・別々になっても会えますから。だから・・・・私が恋心を隠したまま、もし今もうすぐ死ぬのかもと考えたら…どう思うかなって…。」

今もし死んだら・・・・敦賀さんに思いも伝えず死んだら?

「うん・・・ふと立ち止まって自分を振り返る瞬間をくれるから・・・オレは好きだけどね。ただオレだって彼のように…あんな純粋に見返り無く相手を・・・・初恋のように愛せるかと言うと・・・・分からないけれど・・・・。」

敦賀さんは綺麗に微笑した。
でも、敦賀さんならきっと、相手を本当に大事にしてあげると思う。
それこそ彼のように…。

「敦賀さん、ちょっとそこで待っててくださいね。すぐ戻りますから。」

だるまやの横の人目の付かない所で待ってもらった。
緊張してなんだか喉がかれる。
女将さんに帰った報告をして、もう一度外に出ますけどすぐ戻ります、と声をかけた。


外に戻ると敦賀さんは壁に寄りかかっていた。その長身が闇夜と月影に浮かんで見えて、一枚の絵のように美しかった。敦賀さんに少し屈んでください、とお願いする。



「これ・・・・ずっと迷ってたんですけど。前にもらっちゃって・・・ずっとしてなかったみたいだったから・・・。時間も無くて・・ざっくりなので恥ずかしいんですけど。今日の帰りくらいは役立ちますからっ・・・。お誕生日…おめでとうございます。」



照れて、考えていた言葉をいっきに告げて、見上げた。
敦賀さんは無表情でじっと捲いてあげたマフラーを見つめていた。


「最上さんのにおい、する。」

・・・・・・敦賀さんも同じこと思うなんて。


マフラーに顔を埋めた彼は、そう口元だけ笑って・・・言った。
一気に顔が火照るのが分かって、ここが暗くてよかったと思った。
それ、その笑い…卑怯。何も言えなくなってしまう。

「最上さん…本当に器用だね…ありがとう。作ってくれたの?そっか、オレ誕生日・・・だったっけ・・・。あれ、この裏の小さいタグは・・・・・椿?これも手作りなの・・?最上さん本当に器用だね・・・・。」

敦賀さんはバカにしなかった。それだけで編んで良かったと思った。
はずす素振りも見せず、私がかけたマフラーを捲きなおしてきちんと付けてくれた。


「正確には今日の夜12時を回ったら・・・・ですけどね。少し早いですけど。明日もし時間が合えば…ケーキ、食べましょう。あっ、お祝い、してくれる彼女いるなら邪魔しませんからっ。また次の機会でいいんですけど・・・。」


そうだ、いくらゴシップなしの敦賀さんだって…そういう人…いるかもしれないもの。
敦賀さんも黙ったまま、何か考えていたようだった。
やっぱり・・・誕生日だから・・・・そうだよね。

「明日は夜・・・予定ないよ・・・お祝いしてくれる?もし時間があったら…明日ウチに寄っていかない?。」

大事な誕生日、一緒にお祝いさせてもらっていいのかな?
一緒にいていいのかな?
そんな事したら・・・どんどん好きになっちゃうと思う・・・・・。
多分止まれなくなる。
二度と恋なんてしない・・・・・・って思った私に素敵な感情をくれた人。
マルグリッドのように一度くらいは・・・素直になってみても、いいのかな。

敦賀さんに彼女も好きな人も、いてもいいから・・・。

「・・・もちろん。学校が終わったら敦賀さんの家に寄ります。ケーキ作りましょう!それからご飯作って。何ケーキがいいですか?普通のでいいですか?うわー私、自分の誕生日じゃないですけど、楽しみ。楽しいこと、大好きです。」


そう、普通に答えるので精一杯だった。
敦賀さんはくすくす笑って楽しみにしとくって言ってくれて、くるりと背を向けた。

「これ、ありがとう。おやすみ。」
そう告げた敦賀さんはまたあっという間に見えなくなってしまった。

はぁぁぁぁぁぁぁ。

一気に気が抜けて、しばらく家に入れなかった。敦賀さんって・・・・素で優しくできちゃう人だから・・・・・。ただ単にタイミングよく私がお祝い、させてもらえるとしても期待しちゃいけない。ただ、側にいられるだけで他の人よりもずっと幸せなのだと。この関係を崩したくない。言わなければずっと敦賀さんは尊敬すべきいい先輩で・・・・でもいつか・・・私の事だから、いつか我慢しきれなくなって暴走するのだろうけれど・・・。



「キョーコちゃん?」
「女将さん・・・・。」
玄関のドアを開けた女将さんは私を見つけて声をかけてくれたみたいだった。
「寒いだろう?そろそろ中、お入り。」
「はい・・・。」
「キョーコちゃんをいつも送ってくれる人、誰なんだい?」
「えっ・・・・。あの・・・・・。」
「いや、いいたくないならいいんだけどさ。いつも送ってくれるから私も会ってみたかったのさ。“いい人”・・・なのかい?」
「いえ、そんなんじゃありませんよ。事務所の先輩です。」
「そうかい?私も芸能人に詳しいわけじゃないから、先輩と言われても誰なのか想像もつかないけれど・・・もうキョーコちゃんももうすぐ大人の仲間入りだし、そういう事には口出しをするつもりはないんだけれどね。まぁ大将が心配しちゃって。」
女将さんはくすりと思い出したように笑った。

「あっ・・・すみません。そうですよね。最近撮影が入ると夜遅かったし・・・。」
「女の子だからね。気をつけてあげないとって思っているみたい。芸能界なんて、きっと鬼の住むところだとでも思ってるのよ、あの人。・・・・キョーコちゃんこんなに綺麗になったのにねぇ。そりゃ、いい人もできるでしょうよ。」
「・・・いえ、先輩ですからっ・・・。」
「まぁまぁまぁ、いいのよ、さぁ、入りましょ。」

女将さんは人の話を全く聞く素振りも無く、送ってくれる人は「いい人」だと思い込んでいるらしかった。でも、私のことを心配してくれる人がいるって思ったら嬉しくて、すっかり私の疲れがどこかに飛んで、その日はぐっすりと眠れた。

「キョーコちゃん。聞きたい事が・・・・あるんだけど。」
リコさんはおもむろに、私に切り出した。

リコさんは、私のメイクをしてくれている人で、ずっと私の気持ちを理解してくれている大事な人。何でも話せるし、何でも聞いてくれる。
私の3つ上とは思えないほどしっかりしていて、色んなことを知っている。
今日の仕事が終わって、メイクを落とす作業が終わって、衣装も着替え終わったから、二人きりになっていた。

「どうぞ?」
「今は誰もこの部屋にいないから言うけど。」
「はい?」
「敦賀さんの事、まだ好き?」
「・・・・・・はい・・・・・。やっぱり諦められなくて・・・・。」

「そう。いいのよ、責めているわけじゃ、ないの。でもね、一人だけの人に・・・そこまで思いつめて・・・・絞らなくたって。前回もそれでアイツに泣かされたんでしょ?沢山男の人、いるじゃない?もっと遊べる年齢なんだから。色々付き合ってみたりとかして、色んな人見たっていいと思うの。それにあのヒトじゃなくて、もっと優しくて・・・ずっと傍にいてくれて大事にしてくれる人、いるんじゃない?」

「なんだかリコさんらしくない・・・・言い方ですね。私・・・そんな大人みたいに割り切ったり・・・器用に恋愛なんて・・・できませんもん。敦賀さん・・・大事にしてくれてますから。それに出会った頃に比べたら・・・・・十分過ぎるほど・・・・優しいし。あの人の演技は私の目標を沢山くれるんです。だから・・・今は・・・あの人だけ・・・見て、追いかけていられれば・・・。それですら、いつも精一杯なんですから。他の男の人なんて・・・どうでも。」

むっとして答えたら、リコさんは苦笑した。

「くすくす。ごめんね。うそよ。昔から聞かされて・・・よっく・・・分かってるわ・・・。でももう一度聞いてみたかったの・・・・。あなたが本当にあの人のこと、どれだけ好きなのか。私の大事なキョーコちゃんをたぶらかすなんて、本当にひどい男。顔がいいだけに許せないわ。しかも性格も・・・本業の演技は更にいいと来てる・・・。」

なんだ・・・・良かった。心配してしまった・・・・・。

「くすくすくす・・・実はもしかしてリコさん、敦賀さんに焼きもちですか?」

「そうよぅ。・・・・もう、どうにかならないか、思索中よ。あの男、本当に曲者だわ。」

腕組みをして、悔しそうにリコさんは言った。
リコさんは本当に、私の事を分かって心配くれているから。

「敦賀さん・・・今日、誕生日なんです。家にお祝い・・・この後・・・行ってきます。」
「家に・・・・?」
「えぇ。」
「そ、そう・・・・気をつけてね・・・・。」

なんで?

「大丈夫ですよ、まだ明るいから危なくないし。」
「・・・・・・・・・・・・。」

あれ・・・?

「リコさん?」
「あなたは本当に、可愛くて大好きよ。その、素直な所がね。きっと敦賀さんもそんな素直なあなたを分かって・・・優しくしてくれるようになったんじゃないかしら。」

くすくす笑って、「じゃぁ、少しだけメイク・・・しなおしてあげましょうか」と言って、椅子に座らされた。
いつもの女優メイクではなく・・・うっすらお粉とベビーピンクのリップ。

やっぱり・・・・素はオコサマってコトなのかしら・・・リコさんにとっても・・・・。



「敦賀さん、お誕生日、おめでとうございますっ。」

作ったケーキに蝋燭を灯して、敦賀さんの前に差し出した。
ふっと吹いて一気にかき消した敦賀さんは、にっこりと、ありがとうって言ってくれて。
それだけで嬉しくなってしまう。
だから、どこともなくつい視線が彷徨って、TVに頼ってしまう。
本当は目を合わせたいんだけれど。

「これ、食べていい?」

いただきます、と言った彼は無表情のまま料理を食べ続けていた。
本当に・・・・・敦賀さんらしいけどね。
私にもそんな無表情の作り方、教えて欲しい。


・・・・敦賀さん対策用に。



そのまま私たちはいつものようにたわいない話を続けて、敦賀さんが主演するドラマを見た。

敦賀さんの演技はやっぱりすごく素敵で、どんなシーンでもうまく見せてしまうその技術は尊敬すべきものがあると思う。
このドラマ自体が、敦賀さんを際立たせるように作られている気がするから、演出家さんや脚本家さんもきっと、敦賀さんの特徴を良く分かった人なのだろう。敦賀さんのドラマを見続けてきた私がそう思うのだから、ある意味確信に近い。

あとで、スタッフの名前、チェック入れないと・・・・・。

ただどうも・・・・ドラマが最終回に近いせいで、見慣れているとはいえ・・・そういう「絡み」のシーンばかりだったのは微妙な気分だったけれど・・・・・・。

敦賀さんは冷静にそのシーンを見ながらご飯を食べあげてしまうし。
きっとどうしようもなく困っていたのは私だけに違いない。

片付けがてら、キッチンでケーキ作りの時に余ったクリームをコーヒーに落としていた。

「はい、お口直しにどうぞ。ブラックじゃないですけどいいですか?余っちゃったから。」

「・・・・・・・。」
じっと私を見つめた彼は、手を伸ばして私の頬を親指でぬぐってぺろりとその指をなめた。

「クリームついてた。」

コーヒーに落とす時スプーンから飛んだのがついてたっていうのは分かってたんだけど。
にっこり笑って、この人は笑顔のまま本当に平気で人を翻弄する。

「あ・・・・あぁぁ・・・・。」

こんなありきたりな事本当にしていい訳?
これは何も関係ない男女がしてもいい事?

恥ずかしさにうろたえた私は、敦賀さんを見上げたまま口を開けて固まってしまった。
敦賀さんはしばらく私をじっとみていて、ぶっと吹いた。
この人よく吹くから・・・意外と笑い上戸なのかもしれない・・・・。

「最上さんってホント、面白い。見てて飽きないよね。」
「動物園の・・・見世物じゃないんですけど。」
「いや・・・・それは君の特技だって。そういないよ?」

この人は・・・・人をバカにするのが特技みたい。
そう思ったけど、口には出さなかった。
固まっていた私はすっかり元の冷静な自分に戻った。

「敦賀さん、こっちはもうちょっと後日渡す予定だったんですけど、しばらく会えそうにないんで。はい、これ。あ、こっちは・・・社さんに明日にでも渡してくださいね。」

そう言って、チョコの包みを渡した。
ケーキを作る間にチョコも溶かして一緒にこっそり作らせてもらった。
社さんにもちゃんと渡したかったんだけどな。

「?」
「あぁ、バレンタインです。今日はケーキ食べてるから、また後日あけてください。日々お世話になってるお礼です。でも敦賀さん・・・また部屋中チョコだらけになりそうですねっ・・・・・。」

事務所に届く敦賀さんあてのチョコダンボールの山を思い出して吹いた。
毎年まぁ私も・・・おすそ分けをもらっているのだけれど。
そろそろ周りの共演者も敦賀さん目当てに渡している頃だろう。
だいぶ食傷気味になっているか、・・・・優しい敦賀さんは捨ててはいないだろう。
けれど、誰かにあげているんだろうな。

「食べ過ぎると敦賀さんの美容には悪いんですけど、でも、敦賀さん用に・・・甘くはしてませんから。ビターです。ダメならコーヒーかホットミルクに落としてもいいし。」

何とか苦しい言い訳を繕ってみたけど・・・・。
敦賀さんは私の話を聞いていたのかいなかったのか、その包みを開けてくれた。

「ありがとう・・・嬉しいよ。・・・ん?これ・・・も作ったの?」

端に入れて入れておいた砂糖菓子を指差して敦賀さんはつぶやいた。
嬉しいって言ってくれたから、作ってよかった。

でも私、気付いてる。
敦賀さんは優しいから、渡したものにはいつも「嬉しい」とお世辞でも言ってくれてる事。


「え?はい。昔・・砂糖細工も面白くて手習ったことがあって。見よう見まねですけどね。」

アイツのウチの厨房には色々な職人がいたから。
こんな時に役立つのが少し腹立たしいんだけど。

「薔薇、じゃないよね?椿?」
「あ、はい、ちょうど話題的にタイムリーなお花だったので。」

白いのと赤いのを一つづつ。
これもマフラーと一緒。
こっそり入れた私の思いの印。
気付いてくれてるかしら?

「そう・・・・・本当に器用だね・・・・。」
そう言った敦賀さんは白いのをつまんで口に入れた。

「甘い・・・・・。」
「そりゃあ・・・・砂糖ですから。」

私も敦賀さんも笑って、傍にあったコーヒーに口をつけた。
敦賀さんは、それはそうだね、って言って、箱に蓋をした。

「こっちは社さんに渡しておけばいいんだね?明日渡しておくよ。よろこぶんじゃないかな。電話、入るんじゃない?・・・そうだ、昨日のと今日のお礼。手を出して。」

そう言って敦賀さんは、とてもとても小さな白い椿の付いた指先程度の大きさのピンを胸のポケットから取り出して、差し出した手に入れてくれた。

「これさ、たまたま・・・あるブランド立ち上げの時モデルやってね。プレスで見かけて・・・譲ってもらったんだ。・・・まだ試作段階なんだけど、椿・・好きだって言っていたから気に入ると思って。何か買いに行こうとも思ったんだけどね。昨日の今日で・・・行けなかったから。こんなので、悪いんだけど。」

可愛い・・・・この世に一個しかないモノ。
私が椿が好きだってつぶやいたの・・・・覚えていてくれてわざわざ貰ってくれたの?

「ありがとうございます。可愛い。・・・本当に嬉しいです。大事にしますね。」

そういって、いつものバッグに早速つけた。

「あぁ小さいし引っ掛けて取れるかもしれないから・・・内側の方がいいかもしれない。」
「あ、そうですね。嬉しくてつい見せたくって。確かに外側じゃ、すぐとれちゃいますよね。」

私は付け直して、この世に一個しかないそれに見惚れた。
私の誕生日じゃないのに、こんなに嬉しくなってしまっていいのかしら。
敦賀さんは、良かったって笑って言ってくれて。
私は敦賀さんの家を後にした。

送ってくれた敦賀さんは、「またしばらく東京に戻らないから」って言って、去っていった。

「キョーコちゃん・・・・。あの人。有名な人じゃないの。」
「ひゃぁぁっ・・・あっ・・・女将さん。」
背を見送っていた私に後ろから声がかかって、驚いた。

「いくらなんでも・・・私だって知ってるよ。まぁびっくりした。実物があんなに大きいなんて。いい・・・男だねぇ。まぁ大将にはかなわないけどね。あぁびっくりした。キョーコちゃんの行っている事務所はすごい所なんだねぇ。でも送ってくれるなんて、意外と・・・大物なのに・・・・偉ぶる様子もなく・・・感心感心。」

「お、女将さん・・・。」

大将にはかなわないって言う女将さんもすてきですけどね。
そんなに冷静に見ている女将さんもすごいです。
あの人に初めて会ったとは思えない感想。

「そりゃぁ、キョーコちゃんも急いで綺麗になるわよね。あんな彼がいたんじゃ。大将にはだまっておいてあげるから、安心おしよ。あの人が知ったら目くじら立てる様子が目に浮かぶからね。」

「だから・・・あの、彼とかじゃなく先輩なんです・・・。たまたま入った時に一番最初に会ったのがあの人で・・・それ以来たまたま縁が重なって・・・お世話していただいてるだけなんです。送ってもらえるのもたまにですから。」

「そうなのかい?まぁそう言うならそれでもいいけれど・・・・。そんなに暇な人じゃないだろうに、たまにだって送ってくれるなんて・・・尚更偉いねぇ。あの人がTVに出てたら応援して見てみるよ。」

女将さんやっと納得してくれたみたいだった。
中に入ってコタツで丸くなりながら、CMに写った敦賀さんをまじまじと見ていた。
私はそんな女将さんを横目で見て、部屋でコーンを取り出した。

そんな・・・・私のものだったらどんなによかったか。
あの人はそう、全ての人のもの。
椿姫のように、人魚姫のように、どんなに思っても最後には手が届かない人。
だから、これは教訓なの。
人魚姫は王子様の傍にいたくて声を失った。マグリッドは命と引き換えに一瞬の愛を得た。
私はアイツを失って今、敦賀さんの横にいる。
これ以上望めば、マグリッドのように死ぬか・・・人魚姫のように泡になる。


愛なんて、恋なんて、望むだけ無駄。

分かってる、分かってる!!!
分かってるんだけれど。頭がおかしくなりそう。
どうして・・・・こんなに・・・・優しくしてくれるの?
優しくされればされるほど、頭が溶けて・・・・どろどろになる。
今日一緒にいられた事がどんなに嬉しかったか。
昨日だって今日だって、敦賀さんにとっては、ほんの人生の一部。

いつも私たちがするのは、どうやたって仕事上の会話。
仕事の話をしているときの敦賀さんは本当に楽しそう。本当に好きなんだなと思う。
でも。

どうしたら・・・気づいてくれるの?
何をすれば・・・子ども扱いしない?


マグリッドが沢山の男の人に愛されて囲まれて心が麻痺したように、敦賀さんも沢山の女の人に愛されて囲まれて・・・・。

私もその内の一人なんだって・・・勘違いをしているだけなんだと・・・思っても、思っても・・・・心が止まらなくて。

久々に・・・涙が出た。
貰った椿のピンをながめてコーンを握り締めた。

切なくて切なくて。

アイツに捨てられた時に流した涙とは全く違う種類のそれだった。









卒業式には、大将と女将さんがお店を午前中お休みにしてまで見に来てくれた。
式が終わった後、大将は、心から大事に育てていた椿の枝を「朝切ってきた、祝いだ」と言って、卒業式らしく赤と白とを一つずつくれた。

私はその気持ちが嬉しくて、式が終わって即刻泣いてしまった。

来賓列席でウチの社長もいて。賞状を受け取って、来賓側に挨拶をしたときに、社長は嬉しそうに微笑んでくれた。さすが社長、芸能課があるから…業界に知られているからいいけれど…相変わらずの衣装で登場し、来賓挨拶でも芸能人として生きて行く私たちに「愛」を説いていた。本当に社長らしかった。

七倉さんが最後まで、「ショーちゃんには手を出さないでよね」って言って声をかけてきた。
「出したくもないから、遠慮なくどうぞ。」って言ったら、少し照れたように、「・・・・またどっかの現場で会ったら声、かけてよね」って言ってくれた。

この子、子供だけど意外と根は素直な子なんだろう・・・・そう思って、手を差し出すと彼女も素直に出してくれて、握手を交わした。モー子さん以外にできたこれでも・・・友達・・・悪友?なんだろう・・・。高校生らしく学校の友達が出来て、嬉しかった。

そう思ったらもっと学校にいたくなってしまった・・・・。思い出といえる思い出もないまま来てしまった事に気付いて、皆が帰った教室で一人懐かしく・・・物思いに耽った。


敦賀さんにも・・・・会いたかったな。
昔・・・入学を社長に許してもらったときに、受験にがちがちになった私に、魔法の言葉をくれたから。
制服が似合ってるって・・・そう・・・言ってくれたから。


あれから1ヶ月近く敦賀さんには会えていない。
敦賀さんは映画の撮影のために京都の撮影所に行っていると言っていた。
ちょうど、椿も緋寒桜も綺麗だろうなと・・・思った。
敦賀さんも周りを見回しているだろうか?
もうすぐ白木蓮も枝垂桜も八重桜も花水木もチューリップも鈴蘭も・・咲いて咲いて咲いて・・・・春が来る。


春が来ればきっとこんな重たい気分も終わる。
きっと・・・・。

しばらく眠れていなかったから、暖かい教室が心地よくて。
机につっぷしたままうたた寝をしてしまった。
私を教室に見つけた先生に、早く帰れと声をかけられた。
私はそれを横耳で聞いて、返事をして。
無視をして、また寝た。

だってもう、入れないんだもん・・・・。
制服っていうパスカード、持ってないと入れないんだもん。
制服を脱いだらもう・・・私は・・・大人の仲間入りをしなきゃいけない。
子供気分はもうおしまい。

あぁ、どうしてこう暗い気分になってしまうんだろう。
早く春が来て欲しい・・・・・。

コーンを握り締めたまま、意識を手放した。


とても心地がよくて・・・・・・いい夢を見た。

暖かい春の夢。

制服の私は埋もれるほど沢山の花々に囲まれて・・・・・。
敦賀さんが会いに来てくれた夢。
私は「今日で制服最後なんです、見納めですよ」って敦賀さんに言うと、笑われて。

こんな夢ならずっと見ていたい・・・・。
もう醒めたくない。
すごく久しぶりに見た・・・いい夢。
敦賀さんの香りがして・・・・安心する。


「・・・・・?・・・??夢?」

飛び起きて外を見たらもう夕方だった。
校庭には、もうほとんど卒業生の姿は見当たらない。


「・・・・おはよう。」
背中から落ちた・・・大きなロングコート・・・・を拾って、後ろを振り返ると敦賀さんが・・・・・・いた。

えっ?夢じゃなかったの?

「・・・・・敦賀さん?」
「間に合ってよかった。最後の・・・君の制服姿、見ておきたかったんだ。」

そう言って、敦賀さんは身体をこちらに向けた。
私は・・・あまりに嬉しくて・・・・。
敦賀さんの無表情を真似たつもりだったけれど・・・。

「なんで・・・教室に?」
「さっき東京に帰ってきたんだよ。社長が今日君の学校の卒業式に出てるって、社さんが教えてくれたんだ。ここに君がいる事は親切な人が教えてくれたよ?」

そりゃー敦賀さんだと知ったら親切にもなるだろう・・・・。
だけど、誰だろ。
もし敦賀さんだとばれていたら・・・教室に人が群がっていてもおかしくないだろうに。

そう状況判断したが、だれも教室の外には見えない。
だからまた感情を消そうと努力して・・・・続けた。

「お久しぶり・・・ですね。京都、きれいだったでしょう?」

「うん、沢山花が咲いて…寺も時間が少しあったから・・・見られたよ。そんなに有名な所へはいけなかったけれど、逆に誰も来ない寺はゆっくりと時間を過ごすには良かった。セリフを覚えるのにはもってこいだな、あの場所は・・・・。」

敦賀さんは立ち上がると、教壇につかつかと立った。

「昔、君と共演した時オレは教師役で・・・君を生徒役に演じた事があったけれど・・・本当に君はもう卒業するんだな・・・・。」

あの頃を懐かしむように感慨深げに私を遠くから見つめて・・・教壇を降りて私の目の前に立った。

「その白い椿、オレにくれない?」
「えっ・・・これは・・・・」

大将が大事にしていたのを一つくれたもの。
あげたら・・・帰る時持って無かったら・・・何かいわれるんじゃないかと思って首を振った。

「これは・・・大将から貰った・・・・卒業のお祝いで・・・・。」
「あぁ・・ごめん、言ってみただけだから。」

敦賀さんは微笑して、「でもこれはあげるね」って言って、教壇の下に隠してあった、大きな花束をくれた。真っ赤な薔薇が沢山寄せ集まっていた。

「ありがとうございます。・・・・いいにおい。女の子なら・・・薔薇って一度は沢山もらってみたいものですから。嬉しい。・・・・やっぱりこの椿あげます。来てくれて嬉しかったから。敦賀さんなら・・・この椿も・・大事にしてくれると思うし。今度・・・見に行かせてくださいね。」

でも・・・敦賀さんって薔薇がとても似合うだろうな、と思った。
持っていても本当に様になる。
あ・・・あげたマフラー・・・・してくれてたんだ・・・・を捲くと敦賀さんは、私の差し出した椿をひょいとうけとって、コートのボタン穴にさした。

「「椿姫」、オペラも見て・・・原作も読んだんじゃ・・・ないの?」
「ええ。」

「これ。白い椿。意味分かる?」

「・・・・いえ?」

敦賀さんは苦笑して、「そうだろうね、そうだよね」ってつぶやいて、「口を開けて」、といわれたから、多分私はまぬけに・・・ぱかりと開けた。
吹いた敦賀さんはひとしきり笑うと、口の中に飴を一つくれた。

「バレンタインのおかえし。オレはさすがに飴細工なんてできないから、既製品だけどね。」

・・・・・ミルク飴。お子様の味。
ぬぅ・・・・・・・・。
高校卒業しただけじゃ、まだ「オコサマ」。
どうやったらあなたまで近づけるの?
4つの年齢差はまだまだぜんぜん埋まらない。
きっと役者の経験・・・人生経験なんてさらに埋まらないんだわ。

そう思ったらことさら悔しくなって、もらった飴をガリガリと噛んで食べてしまった。

あ、味わうの忘れた。

ふと頭の片隅でもったいなかったかな?って思った。
ホワイトデーなんてまともに楽しみにしたこと無かったし、まさかお返しなんてもらえるなんて思ってなかったから。

でも・・・・怒りに任せて・・つい・・・・・。
このへんがきっと・・・まだまだコドモなのだろう・・・。


「最上さん、卒業おめでとう。もう・・・・大人だね。」
「・・・・まだまだオコサマ・・・・ですから、いいんです。」

「何を怒ってるの?」
「怒っていません・・・・・。」

「そう?まぁ・・・じゃぁ大人になるついでに・・・教えてあげようか?」

「何をです?いい事ならききますけど。」

せっかく敦賀さんに会えたのに、可愛くないのは分かっているけれど。
オコサマ扱いにどうしても正直になれなくて膨れてしまう。

「本当の実物の「椿姫」・・・マルグリッド・・・は夜、男遊びに出るとき・・・赤と白の椿を両方好んで付けてた。でもね、1ヶ月のうち白い椿は1日だけしか付けなかった。その椿をね、その夜一緒になりたい人に渡したんだよ。だから、白い椿は特別の証。誘いの印。あなたのものになるっていう意味で使ったんだよ・・・オレが君に「その白い椿くれない?」と言った意味、分かる?」

私はそんな事知らなくて。
前々から赤い椿を渡したり・・・マフラーの裏につけたり・・・・チョコに入れたり。
無意識に私は敦賀さんを誘っていたの?
私の思いの印は意外な所で気付かれていたの?

でも敦賀さんは・・・・「その白い椿が欲しい」って・・・・・・・。

かぁぁぁぁっと顔が火照るのが分かって、うつむいた私を敦賀さんはその大きな手で上を向かせられた。
目を合わせられなくて、あらぬ方向へ向いてしまう。

敦賀さんは・・・身体を折って首を傾けると・・・・その綺麗な顔が近づいて、優しくキスを・・・・された。

敦賀さんの優しいやわらかい唇の感触がして、何度もついばむようにキスをくりかえす。
どこで息をすればいいのかわからず、引き寄せられた時に一気に息を吐いて吸うと、その間から舌を差し入れられて吸われた。
優しく絡め取られた舌が熱くて・・・・抱き寄せられて触れた腕が熱くて。
どうしたらいいかわからなくて、敦賀さんがするようにされていた。
夢なら醒めたくないと・・・・・思った。

「甘い・・・・・。」
気が付くと上から声が降ってきて。

「・・・・・・・?」
「ミルク飴・・・・じゃないのにしとけばよかった。」

ぺろり、と舌で自分の唇を舐めた敦賀さんは、にっこりと笑った。
かぁぁぁぁっと体中が火照ってまた現実に引き戻される。

「っ・・・・っ・・。」
「最上さんも・・・・・違う味がよかった?」
「ち、違います!!!!そうじゃない・・・・です・・・・けど・・・あの・・・」

最後は声がフェードアウトしてしまって、敦賀さんはまた吹いた。

「卒業・・・おめでとう。もう大人の仲間入り、少し・・・したでしょ?」

くすくす笑って、私が怒ろうとしたのを見透かしたように、その長い足で教室の外へ逃げた。

「さぁ帰ろう・・・・白い椿ももらった事だし?夜は・・・長いよね、まだ春前だし。大人の仲間入り、本格指導してあげようか?」

な、何なのこの人・・・・・。
やっぱりオコサマ扱いじゃない。
いつかこの人に勝てる日がくるのだろうか?


でも、私の春は・・・すぐそこ。


・・・・・暖かくて幸せな春が・・・すぐそこに来るのかな・・・・・・・