眠れない夜に見る非現実的な夢








「ご無沙汰しています」
「こんなプライベートの時間まで、私に取材ですか。取材なら、事務所の広報を通して下さい。それが筋というものだ」

鷲津が普段寛ぐバーに由香が入ってきて、当然のように目の前に座る。店員以外誰もいない。大きなグランドピアノが鷲津の背後にそびえるだけ。
鷲津はごく面倒そうに一気に告げて、目の前のグラスに口を付けた。

「取材という訳ではありません。私もプライベートです。一緒に、お酒を飲みに来ました」
「・・・・?」


鷲津は由香の意図が掴めないようだった。本心を探ろうと、由香の視線を正面から受け止める。

由香はその視線を外すと、持っていた手持ちバッグの中から、鷲津の前に雑誌を置く。バサバサ、と。目の前に積まれる雑誌は、すぐに山になった。

表紙には、「ハゲタカ」「鷲津ファンド」「ファンドビジネスの展望-鷲津ファンドの光と影-」などと書かれている。

「もう見ていらっしゃいますか?」

鷲津は目を少々、感情を隠すために細めただけで、一切言葉を発する事は無い。

「どう思われますか?」
「これが取材とどう違うのか、全く理解できませんが。これらをどうとも思いません。私の仕事に対して、評価をするのが彼らの仕事だ。ですから私から彼らの仕事ぶりを評価する事に、何の意味もありません」
「言いたい放題書かれて怒られないのですか」
「これらの記事に怒る事になど、何の意味もありません」
「どうしてですか」


しばらく鷲津は由香の目を見つめ、言葉を頭の中で選んでいるようだった。
由香も、自然と運ばれてきたジンライムに、口を付けた。


「おいしいですね。ようやく、これが美味しいと、思えるようになりました」
「酒は苦手ですか」
「いえ。頭の中が鈍くなるというか・・・少しでも現実を忘れそうな、何か現実から遠くなる感覚が、受け入れがたかっただけです」
「・・・・・・・」


由香は少し、笑った。
鷲津も少々息を吐いた。そして改めて一口含んだ後、


「これら雑誌媒体が言う事はある一面でしか無い。それに・・・彼ら媒体に対して怒る事には、私に何も意味が無い。彼らは私のする決断や仕事に責任は無い。だから自由に書くだけです。まるでそれが全ての意見かのように。私がうまくいっていれば飽きるまでは天才だともてはやし、時代が去れば、冷たい記事が続くだけです」
「名誉毀損だと訴える事も可能なのでは?」
「私は、先程も言ったとおり、怒る事に意味は無いと言いました」
「全てこれらを受け入れると」
「それも仕事のうちです。金に関わる限り、資本主義や金に対して否定的な見方をする方々の批判は続く。最も自分達が欲しいと望んでいるからですが」
「・・・・・・」
「ファンドの人格は確かに代表の私の人格と同じものとして見られることもある。ですが、私がメディアに対して怒る事は全く意味が無い。どうせ怒ったっていつかは受け入れ許さねばならない。それなら最初から受け入れてしまえばその過程も時間も、その煩わしさに割く時間も減らせる」
「貴方の感情まで、効率化、ですか」
「効率化せざるを得ないでしょう。時間はもっとも貴重な資源だ。無限にある訳ではありません。それに怒る事自体、相手に何か期待をしているからでしょう?私はメディアに何も期待をしていない・・・という表現は適切ではないですね。私もメディアを使う事はある。ですから互いに持ちつ持たれつ、話題の提供をしている、というだけでしょう」
「・・・・それは仕事としての話ですよね?」
「もちろんです。私自身の感情は別にどうでもいい事です。私は恨まれるだけの事をしているのかもしれないですし、たまに企業が再生したと喜ばれる事もあります。悪魔だとののしられる事も、救世主だと言われる事もあります。私が少々目を付けたという情報が出るだけで、ついに死神がやって来たと言われることもある。当該企業で自殺者でも出れば、あなた方マスコミは私を殺人犯扱いする。経営者が事業の本質を怠った罪を取り上げる訳でもなく・・・です。ですから、ある一面でしか語られていないと言った。ある方にも『お前はいい死に方はできないな』と言われましたよ。でも、私は、それでいい。この言葉をどこかに書きたいなら、どうぞ」
「・・・私は、プライベートで来ていますから」

由香は、一番上に置かれた雑誌の表紙を、中指でたどった。

――『ハゲタカの功罪』


そう書かれている。

由香は過去の自分の記憶も辿っていた。


『帰れ!人殺し!』


由香自身、鷲津に対してそう罵った事もある。どんなに時間が経とうとも、消せない過去、消せない言葉だ。父の死のショックを受け止めきれず、怒り、とめどもなく泣き、父の死など、新聞の一行にもならなかった。こうして砂に埋もれた、切実な事実は沢山ある。埋もれた記事も平等に報道をして欲しくて、その正義の元、報道の仕事に就いたのではなかったか。


アメリカから帰ってきた彼の、一切語られない本当の心に触れ、ようやくそれを受け入れた。10年以上かかった。

キャスターを続ける以上、理不尽な事を自分も書かれる事はある。プライベートなど無い。憶測だけで記事を書かれたこともある。先輩には「しょうがない」の一言で済まされ、「画面に感情を出すなよ」とだけ言われる。何とも我慢ならず怒らずにはいられないが、忙しさに紛れて何とかその感情を少しずつ消していく。しかし、鷲津という男はそれを瞬時にこなすのだと言い切る。

由香は、もう一度酒を口にして、前置きもなく話し始めた。

「こうして、お酒を飲むと、少しだけ現実から遠ざかれます。・・・・・・・メディアは怒らなければならない存在です。誰かを否定しながら誰かを英雄にします。分かりやすい構図が好きなんです。広告、CM、それらによって、載せられない記事もあります。仰るとおり、一面性も含んでいます。もし鷲津さんが年間100億のCMを東洋テレビや各社媒体で打ったとしましょう。私たちはあなたを表立って責める事は無くなります。そして私は、平等に事実を報道する立場にいながら、こうして、鷲津さんにお会いしに来ます。きっとそれも不平等なのかもしれません」
「貴女はプライベートとおっしゃった。だから、いいんじゃないんですか」
「・・・・そうですね」
「きっと酒が、全てを非現実にしてくれる」


鷲津は、眼鏡を外した。あげている髪を、手でほぐす。
あえてプライベートらしい雰囲気をまとった鷲津の意図は、どういった意味なのだろうか。自分への気遣いなのかもしれない。
その一連の仕草を、ただじっと由香は見つめていた。


「もう、あまりよく見えません。あなたが怒っているのか、微笑んでいるのかも」


冗談を言ったのか、鷲津はそう言ってほんの少しだけ笑い、目を伏せる。
あまり笑う事の無い鷲津が珍しく笑みを浮かべたのを、妙にどきりとして由香は見ていた。


「貴女はいつも怒っていた」
「・・・・・・・・・・」
「いつまでも怒っていていいですよ。酒がなくても、誰かを責めてさえいれば、現実を忘れられます」
「随分ですね」
「私は一生三島さんの重い十字を背負っています。それに比べれば誰かに否定されようが責められようが、どうという事は無い。でも貴女に責められるのは、さすがにこたえます」
「今日は饒舌ですね」
「・・・プライベートですから。それに貴女はきっと、それを報道する事は無い。貴女のプライベートでもありますから」
「・・・そうですね」


鷲津はウィスキーを一気に飲み干す。
由香もつられて目の前のジンライムを一気に飲み干した。


「明日の父の命日、鷲津さんと一緒にお墓に行きたいと思っています。お付き合いいただけませんか」
「それが今日の用件ですか。・・・・・もう何年になりますか」
「18年です」
「17歳だったあの日から、ずいぶんと経った。三島さんもきっとお喜びだ」
「・・・鷲津さんに、一緒に行って欲しいんです。これも、事務所と広報を通さねばなりませんか」
「プライベートですから」
「どっちなんですか」

イエスともノーとも言わない鷲津に痺れを切らした由香は、少々酔ったのか、ずい、と、鷲津に向かって身を乗り出した。

その様子を面白そうに伺った鷲津は、ごく真面目に言った。

「・・・もちろん、行きますよ。貴女に誘われなくとも、墓前には毎年伺っています。明日の日だけは、私は永久に休日だ。しかし墓の前で待ち合わせ、というのはあまり美しい映像ではありませんね・・・それなら寺の前で待ち合わせですか」

どうやら由香をからかっているのだと気付いたのは、鷲津が面白そうに笑ったからだった。
寺の前で朝から待ち合わせであっても、美しい映像ではないではないか、と、由香は少々頬を膨らます。相当酒に負けているようだ。


鷲津は軽く手を上げて店員を呼び、二言三言告げた。
空いた二つのグラスを店員は持って下がる。
何か新しい飲み物を作るように告げたようだ。
その店員の様子を見守りながら、由香は声を抑えながら言った。

「・・・迎えに来てください。鷲津さんが運転して!」
「プライベートですから、私以外に運転する人間などいません」
「助手席に座りますから」
「・・・・・三島さんの命日ですから、仕方ないですね」
「命日じゃなかったら乗せてもらえないんですか」
「貴女が乗りたいのなら、どうぞ」
「・・・・そういう訳じゃ」


空になっていた鷲津のグラスは、美しい氷の山が再構築されて戻ってきた。

由香のグラスは、違う種類のカクテルが入っている。


「ホワイトレディというジンライムと同じジンベースのお酒です。レモンジュースのようなもので割ってある。きっと明日に残りにくい。普段あまり飲まれないなら、これ以上私に付き合って、二日酔いで三島さんの墓前に行くわけにはいかないでしょう」


鷲津がこんなに楽しそうに話すのは、きっと、プライベートだからだ。
何年ぶりに鷲津が笑った表情を見ただろう。
由香自身も、笑っていた。
きっと背中にいる三島も笑っている。



少しだけとけた氷山が、鷲津のグラスにゆらりと浮かんだ。















2009.7.16


以前ドラマを見たときもはまったのですが、
映画&再放送を見て再度ハゲタカに大ハマリしています。
まだまだ二人で遊んでみたい。

もしうっかり検索でたどり着いた方がいらしたら、ヘンテコ鷲津x由香ですみません・・・と・・・。