資生堂 Vocalise  -Middle Note- 

 

 

蓮はとあるホテルの一室で、慣れた俳優と、出された紅茶を飲みながら談笑していた。 社も相手のマネージャーも、仲の良い二人に配慮して部屋からは出ている。 時間になったら迎えに来るだろう。

彼が蓮に聞いた。

「これから君と恋愛談義だね。対談中、どこまで突っ込んで聞いても構わないの?一般的な事だけにしておく?」

蓮は特に気にした様子も無く、

「別に、どこまで聞いて貰っても平気だよ。君にならね。もちろん雑誌の方は聞かれても話せる部分まで話すだけだけど」

蓮は彼を深く信頼していた。同じ頃デビューし、同じ歳で、真面目で、仕事に一途で、蓮に対しても誰に対してもいつも誠実で、蓮はその仕事と人柄が好きだった。だから、雑誌の企画でそのような話の依頼が来たときも、引き受けることにした。

「ありがとう。普段あまり他人の恋愛は興味ないけど、敦賀君の恋愛はあまり聞かないから・・・興味あるかも。練習に、今だけはオレがインタビュアーね。全部率直に正直に聞くけど・・・怒らないで欲しい。・・・じゃあ、まずは。恋愛していますか?」
「うん」
「片思い・・・・なハズは無いか、敦賀君は今の彼女とどれ位?」
「・・・・二年半・・・もうすぐ三年位?かな?」

蓮は脳裏にカレンダーを思い浮かべて、指を折って数えた。

「え、ちょっと意外」
「何が?」
「意外と律儀というか。あまりに忙しいから、その時々もっと自由に時間をすごしているのかと思ってた。ごめん」

蓮は少しの微笑を浮かべて、笑う。

「そう見えるかな」
「いや・・・オレ達が落ち着くには早いのかなと思って。他の子に目はいかないの?」
「全然・・・いかないね」
「あー・・・理想的男子だね、女の子の。かっこいい、優しい、恋に一途で、仕事はできる。男から見ても理想的な優等生な感じだ」

「・・・・優等生では無いよ。全然違う、そんなのじゃない」

「仕事中にその時々最も綺麗な女性・・・モデルやってれば世界で一番に会うこともあるだろ?傾かない?」
「うん」
「何がそうさせるの?彼女でなければならない何かがある訳?」

「うーん・・・どうなんだろうね。・・・・絶対に替えがきかない。多分オレのほうが惚れているし、彼女がいなくなると困るんだろうね。仕事も出来なくなると思う」
「脇目も振らず?」
「そう。他の子は全然目に入ってこない」

蓮は、可笑しそうに笑いながら当然のように言う。
俳優は首を左右に振る

「すごく驚いた。恋愛面も派手なのかなと思っていたけど、意外と普通、というか寧ろものすごく一途だね」
「そう・・・かもね」

蓮は否定もせず笑う。

「いや・・・もちろんオレは普通のある程度一般的な恋愛をしているんだと思うんだけど・・・でも、まだ、かけがえの無い誰か一人を決めるという所まではいかないんだ。何、それが愛とかいうもの?」

「別に・・・一人と決めたわけでも、一途という訳でもないんだ・・・・。ただ・・・一緒にいてくれるだけで、オレが救われているだけ。だから彼女がオレを捨てる事があってもオレはそうしないとは思うけど・・・。それを恋愛において一途とか愛とかいうのなら、そうなのかもしれないけど・・・義務からやっている訳じゃなくて、一人と決めたわけでもなくて、ただ、そばにいて欲しいと願っているだけ・・・・」

「そう・・・。オレも前の彼女だってとても好きだったし、いつも大事にしているけど・・・。仕事に集中している時に、色々言われると、さすがにもういいやってなってしまう時があって」

「わかるよ。それはすごくよく分かる。何度もあった事だから」

「え?そうなんだ?でも・・・・それは、今の子に会って、何か、違うの?」

「そう、だね・・・。多分、とても深くオレの事を理解してくれているから・・・そういう、あれこれ言われて面倒っていうのはあまり無いかな。というかあまりにあれこれ言わないからもっと言って欲しいと思うぐらい。・・・・それに沈黙がいやじゃない相手なんだろうと思う、けど。オレが集中している時彼女は確かにただ横にいるだけで、その間互いに何をやっていても大丈夫、というのはあるかも」

「そうなんだ。一人と決めてしまう事はどう?不自由はない?」

「いいや?むしろ自由だよ。とても自由でいるからこそ、もうそれ以上を考えなくていい。・・・・そういう事について何も考えなくていいからという事じゃなくて・・・恋愛に手を抜いているという訳では無いよ。といっても仕事もあるから出来る限りだけど」

「へえ・・・・どんな子なんだろうね?」

彼はとても不思議そうな顔をした。
俳優陣でそんなに早く一人を決める人というのは多くない。
有名な俳優と女優も世間に知られること無く沢山の恋愛を重ねる方が一般的だ。

年齢的な部分である程度の所で線引きをする人はいるけれど。
年齢的な部分でもなければ、他の子を見るでもなく、一人だけと決めてしまう蓮を、彼は全く理解できない様子だった。

「君は・・・いないの?」
「今は、彼女はいない。でも、惚れた子はいるんだ」
と言って彼は、携帯を取り出し、蓮に画面を見せた。

「ほら、この子」
キョーコだった。
蓮は、「あぁ、そっか、そうなんだ」、とだけ言って笑った。

「知ってる?以前「仮面舞踏会」で一緒に主演で共演したしさ、この間もドラマでしばらく一緒だったんだけど。何度か会う内に気づいたら」

「オレと、同じ事務所だし、すごく親しいよ」

「そっか。ダークムーンでも一緒だったよね。可能ならだけど・・・。一度オレと彼女を改めてつないでくれない?映画の公開までは少し時間があるし・・・ちょっと会いたいんだ」
「・・・・ごめん、その手伝いはできないよ・・・」
「どうして」
「彼女を本当に良く知っているから。正直に言う。君はタイプじゃない」

蓮はそう言った後、少し笑って、「こんな事を言うのはオレらしくないかな」と付け加えた。

「・・・ハッキリ言うね。身も蓋も無い。じゃあ君の知る限り彼女のタイプはどんなヤツなの?」
「オレだよ。会うたびに好きだと愛していると言われる」
「あはは。そうか。まあ彼女の気持ちも分からなくもないけど・・・。じゃあ君はそう言われても、永遠に平行線なんだね・・・かわいそうに・・・。オレも振り向かせる自信はあるんだ。彼女と同じで会うたびに彼女に好きだと言ってみているんだけど」
「そっか・・・。・・・彼女はなんて?」
「驚いて、あの、と言った後、いつも何も言わない。ただ、オレを仕事の相手だから、とだけ言っていた。仕事中だからね、あまりそれ以上は言えないのも分かっているんだけど。だから、これから、かな」

「・・・・じゃあオレが聞いてもいいのかな・・・・。彼女のどこが好きなの」

蓮は目の前のティーカップを口にして、静かに言った。
彼も、うーん、と言いながら、つられて紅茶を手に取り、口にする。

「いや、さぁ・・・最初は、色んな彼女の今までの仕事の役柄は知っていたけど・・・役に入る前の素の彼女はもう天然素材で、清楚で天然で純粋で真面目な子って感じだったから。すごくいい仕事の姿勢の持ち主だとは聞いていたけど、年齢だって下だし、恋愛対象には全く考えていなかったんだよ?相手が誰であろうと、オレもオレの仕事をするまでって。挨拶が丁寧で、仕事に熱心で・・・。ある程度まで仕事として向き合ってた。女の子、というよりは、彼女の仕事に対する姿勢がとても好きだったから、仕事仲間としていつも一緒にいて話をしていたし・・・・。でも・・・途中から、役が進むにしたがってぐいぐい引っ張られる。極めつけは・・・なんていうの。彼女の恋愛の仕方かな。あれで落とされた」
「そうなんだ・・・」
蓮はくすくすと笑う。
「・・・なんていうか・・・びっくりした。オレだって仕事で色んな女優と舞台とか映画とかありとあらゆる仕事したけど・・・。天然素材がまるで妖艶って想像つかないだろ?なんだろう?恋愛をする目、かな。キスとか。恋愛すらまだそうで可愛いねって彼女に言った時にさ。彼女はただそんな事をいうオレにセクハラとばかりに困っているだけだったのに・・・。そのギャップにころっと・・・。一体どんな恋愛してきたんだろうって思ったら、気づいたら好きだったんだ。昼の顔は良く知っているつもりだけど、夜の顔・・・本当に恋愛したらどんな目をするんだろうって。一応オレだって仕事はきっちりやるし、毎回相手をどうこうなんて思っている訳じゃない。プロを自覚しているんだけど・・・。何か引きずり込まれるんだよね・・・」

蓮は、時々頷きながら、少し笑いながら、それを聞いていた。 彼が、
「君は彼女から、どんな感じを受けているの?後輩だからもっと感覚は違う?」
と言うから、蓮は少しの間会話を切って、少し考えてから、言った。

「・・・・そうだね・・・・。彼女はまるで水のようだ、と言った評論家の人がいたよ。水のような繊細さと強さを兼ね備えているって。全てを癒す優しさもあり、他の生命を全て根絶やしにするような激しさを持ってる。脇役なら主演を立てるためのただの流水になると・・・。じゃあきっと君は海のような彼女にでも溺れたんじゃないかな」

「はは、そうかもね。最初から彼女の中で泳がされていたんだきっと」

彼は可笑しそうにそう言った。
蓮は、持っていたティーカップを置くと、「・・・・一つ、聞いていい?」と言った。

「なに?答えられることなら答えるけど」
「彼女でも他の子でもいいけど・・・その誰かを手に入れたとして、どうするの」
「・・・・?恋愛する、以外の何があるの」

「はは、確かに。そうだね。でも彼女がうるさく君にまとわりついたり、他にいいと思う子が出てきたら、別れるんだろ?さっきの君の話からすると」

「まあ・・・ね・・・。でも相手だって同じさ。オレが振られることもあるし。だからその時々は、本気なんだよ?オレは二股は好きじゃない。だから、本気で責任を取りたくなって、ずっと一緒にと思ったら、多分そうするけど。・・・・っていうか、そういう君は、そのたった一人の大事な人とどうしているの?互いに繋ぎ止めている何かがあるわけ?まさかだけどその子が赤い糸だからとか言わないよね?あ、でも・・・ゴメン。・・・・・オレが君の事を勝手に決めつけちゃいけないよね。改めまして。敦賀君は赤い糸を信じるロマンチックな思考の持ち主だったりする?」

蓮はロマンチックでメルヘンチックな思考の持ち主を一人、とてもよく知っている。
彼女は、そういう意味で、赤い糸、とか、言われたいのだろうか。
今度言ってみようか。
そんな事を思って、脳裏にキョーコを浮かべた蓮は、とても可笑しそうに笑った。
その蓮の様子を見た彼が、少し珍しそうな不思議そうな顔をした。

「くすくす・・・。ロマンチックとかメルヘンチックな思考なの、オレは違うと思うけど・・・。・・・特別繋ぎとめるための何かと言われても、何もないし、何もしていないよ。ただ・・・どうしてオレが、彼女がいいかと聞かれたら、敦賀蓮でも何でもないただのオレ、に戻れる場所、だからかな。それでもオレを必要としてくれるから。・・・オレがぼんやりしていて、彼女はただそこにいてくれる。逆もある。その時間も互いに嫌じゃない。だから、特段何もしてないよ」

「長く付き合うから?それとも、最初から?」
「最初からだよ」
「へぇ・・・なんか老後の夫婦みたいだけど」

そう言われて蓮はおかしそうに笑う。

「仕事上の敦賀蓮と、プライベートのオレとの、切り替えと休息の時間だから。彼女との時間も、その時間も、どちらも大事にしているだけ」
「なるほどね。オレは・・・男のさがってヤツ?仕方ないよね、切り替えの時間は、恋愛している方が好きだから、するんだけど」
「オレも、好きだよ」
「そうだろ?おかしいなあ、オレの直感では君はオレと似ていると思ったんだけど・・・・だからこんなに気が合うんだと思ってた」

蓮はくすくす、と笑い、ありがとう、と付け加えて、確かに気は合うはずだよね、と言った。

「ごめん、色々話を聞いて。・・・・彼女はオレのなんだ。他のどんな子を君が落としてもかまわないけど、彼女だけはダメ。気が合うからこそ、いつも同じものを好きになるし、君の気持ちもすごくよく分かるんだけど」

と言った。

「はぁ?」と驚いた彼は、しばらく言葉を失ったまま蓮を見て、そして、おなかをかかえて笑った。「そりゃあたしかに、毎度好きだと言われるよね」、と言いながら・・・。

「あ〜おかしかった。わかった、わかったよ。彼女がどうしてあんなに内側に激しく情熱的な恋愛を知っていて隠しているのか。・・・やっぱり君は猫をかぶっているね。それに確かに、オレはタイプじゃない。・・・・でも世界の敦賀蓮の恋愛がこんなにも激しく情熱的で、でもこんなに穏やかで悟ったものだと知ったら、世の女性は、それでもますます君が好きになるんだろうな。何か悔しいよ」

彼はおかしそうに笑う。

「悟ってなんてないよ。オレはオレの形があって、君は君の形がある。それでいいと、思うけど。でも、彼女との恋愛は、オレにとっては丁度良くて、とても心地いいものなんだよ?」

「まあね。オレはまだ、落ち着く気は、ないけど、ね。あーあ、そうかあ・・・・。この話をそのまま雑誌に載せる訳には、いかないからなあ。・・・・彼女の事、君が相当可愛がっているんだろうね。あんなに恋愛なんて知りませんというような雰囲気なのに。一体どうしたら、あんな風に・・・恋愛をしているのに、あんなに純粋というかきれいと言うか・・・そんな感じでいられるんだろう。あの子の性格かな?でも、あの目は、良かったと思うけど」
「でも、言わなかっただけで、オレは最初から君に嘘は言ってなかっただろう?」
「君の彼女か・・・・あれは君を思っての仕事なのかな」
「色々と、仕事だと思って忘れてくれると、嬉しいけどね」
「はは、君が彼女を選ぶ理由、確かに分かるよ」
と彼は笑った。

 

彼は大きく伸びをした。

「残念だな〜まさかこんな所で失恋するとは思わなかった」

と彼は笑った。だから蓮は、
「オレのだと言われて諦めがつくんだから、譲れない」
と笑った。
彼も、深く椅子に腰掛けなおして、窓の外に目を向ける。

「確かに・・・・オレも誰にも譲れない恋愛、そろそろしないとね・・・」

彼は、窓の外を見たまま、呟くように蓮に言った。

 

蓮と彼は、しばらく談笑を続けた。
呼びに来た社に連れられて、撮影と対談用の部屋へ行くと、テーブルを囲み、まずは写真撮影をして、それから、じゃあよろしくおねがいします、という声と共に、記事のインタビューに入った。

蓮は映画の宣伝から、主人公に重ねて、「振られたことはありますか?」と聞かれて、「もちろん、たくさんありますよ」と答えた。

そして、恋愛について聞かれて、「なぜ好きか、と、考える前に好きだったから、今、なぜと聞かれてもあまりよく分かりません。ただその存在が大事で、替えがきかないと思うことはありますけど」と、先ほど彼と話していた事に似たような事を答えた。

彼はそれを聞いて、
「敦賀蓮の恋愛、本当に羨ましい程かっこいいんですよね、オレが知る限り。彼の一般的なイメージと逆で、めっちゃ穏やかだし、相手をとても大事にしているし。いい恋愛をしているってこんな感じ」と蓮を指差して茶化した。

だから、「全然かっこよくなんてないんです。ただ、穏やかに時間が進むのは、馴れ合いになっているからじゃないんです。ただただ、大事にしたいと思うだけで・・・。どんなに大事にしていても、人はいつ目の前から消えてなくなってしまうか分からないから、毎日大切にしてきたら、今ただ年月が積み重なっただけなんです」と言った。

彼が更に、「敦賀蓮という男がどうしてそんなに輝いているのか、人は不思議に思うかもしれないけど、本当に彼は飾るわけでもなく、そのまま、なんですよね。でも以前の彼よりオレはもっといいと思っていて。きっと、いい恋愛をしているから、いつも自然体で、余計いい歳の重ね方をしているんだと思うんです。羨ましいです」と言った。

蓮は笑いながら、「オレは彼自身も彼の仕事も好きで、このお話をお引き受けしたんです。仕事も恋愛もどんな人にも、とても丁寧で誠実でスマートで、嘘をつかない、かっこいい男なんです」と返した。

 

 







2015.1.17