「OMNIA」はラテン語で、「全て」、という意味。

今の私の「全て」の敦賀さん。

私は昔からあなたの演技に、もしかしたらそれ以上に、溺れ続けていたのかもしれない。




OMNIA CLISTALIN ―Last Note 麝香―




敦賀さんは私をそっと抱きしめて、また試しに好きだと言った、けれど。
車のミラーに映った敦賀さんの表情は、からかって言われた前の表情とは全然違っていて。見た事もないぐらい穏やかな顔をしていた。

だから。

私の脳が本当に錯覚を起こしたのだと、思ったのだけれど・・・・・。



「あんた、前も言ったけど。どうして、夜に敦賀さんの家へ当たり前のように行くわけ?」

某カラオケ店で、久しぶりに会ったモー子さんに、敦賀さんの香水を貰った話をしたら、
なぜかまた不機嫌そうに怒られた。


「え?だから、前も言ったじゃない。演技の講義を受けに。」

「もー、いい?あぁ、そうね、いいわ。今まであんたの周りにいた男。挙げてみなさいよ。」

「え?・・・・・・捨てられる前は・・・・アイツしか見てなかったから、他の男の子なんて知らないし・・・・今は社長と色々な監督とか、大将とか・・・敦賀さんと社さんとブリッジの3人と、今のドラマの、」

「もういいわ。社長や大将なんて既婚者はどうでもいいのよ。で。その中で、好きになったのは?」

「・・・・・・アイツ・・・・・・・・。」

アイツを数に数えなければならないのが、癪なんだけど・・・・・。

「で、今は誰もいないの?」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「沢山迫られてるんだって?でもその中にだっていないんでしょ?」
「な、なんでモー子さんまでぇぇぇっ・・・・。」
「噂話、飛鷹君に聞いたわよ。」

飛鷹君とモー子さんは本当に仲がいいから。
でもどうして飛鷹君まで私の事知っているんだろう・・・・そんなに有名?

「モー子さん・・・・・隠していてごめんね。」

「でも・・・あんた、今まで一人しか好きになった事が無いのに、そのまま歳とるつもり?」

「えぇっ・・・。でもね・・・・・あの・・・・。」

言いよどんだら、モー子さんは、はぁぁぁぁ、と大げさにため息をついた。

「そりゃね。あんた審美眼、肥え過ぎてるのよ。今まで周りにいた男が、さっき挙げた男だけなんて・・・いい男に恵まれすぎよ。しかも基準が不破でしょ?それよりいい男なんて・・・・いい男ランクでも上位の不破よ?でもいるじゃない。いい男ランクさらに上。どうして、ダメなの?付き合わないの?」

「へ?敦賀さんの事?付き合う?なんで?」

「前も言ったでしょ。敦賀さん、あんたの事、好きなのよ。」

「ち、違うってば・・・。私、顔とかランキングで好きな人を選んでいるわけじゃ・・・。そ、それにっ。敦賀さん、今はそんな事していられない程忙しいんだから。本人もそう言っていたし・・・・。」

「の割りに、あんたの講義とやら、定期的にしてるじゃない。あんた以外に敦賀さんに教わっている人なんて、いる?あんたと同期の私だって、個人的に教わったことないわ。」

「・・・それは、LOVE ME部のお仕事、敦賀さんのご飯の作り溜めも兼ねているから・・・・。冷凍庫が無くなったらまた作りに行かないといけないし。ついでに教えてもらったり。」

「そうね。ええそうね。全くもってそうよ。同じラブミー部の私には、そんな依頼なんて、来ないわね。だからね、そんな理由なんてどうでもいいの。あんたの気持ち、はどうなの?」

「敦賀さんの事・・・・・・」

好きだけど・・・・・「好き」の種類について、最近ずっと悩んでた。

だってアイツを好きだった時は・・・・当たり前のようにそこにいたから・・・・。私が嬉しい時も辛いときもずっとそこにいて、その存在自体、「全て」が好きだったから・・・・。物心ついた頃から、とにかく「好き」で、それがどんなものか疑う事は何も無かった。

今の「全て」は敦賀さんで・・・・その存在自体がとても大事で失くしたくないモノで。それだけ大事で大切だから、アイツと同じような「好き」とは確実に違っていた。

いつも傍にいて話を聞いてくれて。
その手で、頭を撫でてくれる。
心から心配してくれて、褒めてくれて、叱ってくれて。
だから本当のお兄ちゃんのように慕ってきたし、家族にも似てそれよりも近い、大事な人。

嫌われていたと思ったのに、いつの間にか、敦賀さんは私を裏切らないって・・・なぜかそう思うようになった。
何がそう勝手な思い込みをさせるのか、分からないけど・・・・・。

だから。

敦賀さんも、男の人の一人なんだって、気付かなかった。


私、アイツを好きだった時、アイツを一人の男の人として好きだったかな・・・・?



「モー子さん、あのね。この香水もらったときに・・・敦賀さんの載ったあの雑誌、見てたの。」

「あぁ、事務所に平積みしてあったヤツね・・・・。」

「そこにね、「肯定的な言葉を言い続けていれば、自己暗示にかかって、恋がしたくなる」ってあって。脳が錯覚をね、するんだって。だから、もしかしたら私もまた、恋がしたくなるかもしれないと・・・・思って。敦賀さんに試しに「好き」って言ってみたら、敦賀さんにも二回、好きだって試されて、」

そこまで言うと、モー子さんはゴンと勢いよくグラスを置いて叫んでいた。

「もーーーーーーー!!!!!!あんたバカじゃないの〜〜〜〜〜?????」

「な、なんでぇぇぇぇっ。そんな大声で・・・・・モー子さんヒドイ!!!!!!」

モー子さんは「は?」とあんぐり口を開けて、私を見た。

「ひどくないわよ!!!アンタ、自分が言った事分かってる???じゃぁ、わざわざ男の敦賀さんで試した結果、恋がしたくなった訳???」

キーンとつんざく様な声と言葉に、耳が痛かった。モー子さんが言うコトはもっともな事。自分で敦賀さんにそれを口にした時は、何とも無かった。敦賀さんも、無表情だったし・・・・・。やっぱり言われなれているのね、としか思わなかった。


一回目に、敦賀さんに好きだと試された時は、驚いたけど・・・・嘘つき笑顔だったから・・・。それでも動揺して、敦賀さんがいつもと違う男の人のように、見えた。その後はただただ動揺を隠したくて、できるだけ目を合わせないようにしていた・・・・。


「可愛い」と、言われ慣れない事を何度も言われて、脳が錯覚を、起こしそうになった。


それで・・・・・。


「・・・あのね、あのね。二回目に・・・・いわれた時・・・のね、敦賀さんの顔がね・・・見た事がない位、穏やかで・・・あの・・・・。」

かぁぁぁっと自分の顔が火照ったのが分かった。

「あら。好きになりそうな訳?」

上目遣いになってしまった私を見て、「なんだそうなの。早く言いなさいよ。」とあっけらかんと言った。


最後まで聞かなかったのは、モー子さんなのに・・・・。


「・・・・・・脳の、錯覚・・・・だと・・・・思っていたんだけど、でも・・・・。」


「脳の錯覚、結構。どうせ死ぬまで相手のことなんて全部分かる訳無いんだから。いいのよ。それで。あんたにとって今一番重要な事はね。あんたが、恋をしたいと思ったこととね、あの敦賀さんを、ようやく男として認めてあげたことなのよ。あり得ないわ。あんないい男の傍に当たり前のようにいつもいて、家にも普通に行っていて・・・それでも何も思わないなんて。」

モー子さんは、怒っているのか、喜んでいるのか、怒りながら満足げな表情をした。

「でも、どうすれば・・・いいのか、わからなくて。」
「どうすればいいかって?あんたは、どうしたいの。」
「どうしたいって言われても・・・・・・・・・・。」

私だけを見つめてくれる人だけにしなさいと言われて、すごく胸が痛んだ。だから、兄と言ってごまかさなければ、その気持ちを・・・・そのまま敦賀さんに伝えそうになった。敦賀さんの演技に惹かれて・・・・・多分、本気で彼の演技に溺れていた。



だから、相手「自身」に溺れていては女優失格だと言われて、ショックだった。



私は敦賀さんに、演技以外でも溺れているのかもしれないと、その時、気付いてしまったから・・・・・。


どうして、「敦賀さんに」私の香水を選んで欲しかったのか・・・・。
どうして、「敦賀さんの」香水を貰って嬉しかったのか・・・・・。
どうして「敦賀さんに」演技講義も恋愛の講義も、聞いてみたいと思ったのか・・・・。


それ気付いたら、なし崩しに、実は昔から・・・ずっとずっと・・・すごく好きだったんだって・・・・思った。


別れ際、軽く抱きしめられた時に同じ香りがして、嬉しかった。

次の日から、貰った香水は少しずつ減っていった。

仕事中でもお休み前でも、どんな時でも傍にいるような錯覚に、陥った・・・・・・。


「モー子さぁぁぁぁん・・・・・本当にどうしよう・・・・。どうしたいって・・・・言われても・・・・。また、ご飯を作りに行かなきゃいけないのぉぉ。その時、もらった香水なんてつけて行ったら、敦賀さんは、気付く・・・・かな・・・・。気付くよね?」

「買ってくれる香水が来るまでのつなぎに使えって言ったんでしょ?あげた物を使ってくれてるって分かって、喜ばない男なんていないわよ。いいじゃない。相思相愛なんだから。」

「違うわよ。あの人、女優には絶対溺れないって、言っていたもの。」

「あんた・・・・本当に恋愛は不器用なのね。手先も演技もえらく器用なのに。」

「えぇぇぇっ・・・・だって私、恋愛なんて・・・そんなに数こなしたこと、ないもの。縫い物や演技なら毎日練習も経験も積めるし・・・終わりもその時々目指すものもあるから・・・・。恋って・・・愛って・・・何を目指したらいいのか・・・・。」

「考えたって仕方ないじゃない。答えも終わりも無ければ目指すものでもないし。答えを出そうなんて・・・・優等生なの、やめてみたら?理屈は何でもいいのよ。あんたが、敦賀さんが好き、それだけで。だからもらった香水、毎日つけてるんでしょ?でも、あんたそーやってややこしく考え込む割に、やる事は単純ね。」

モー子さんは、ぷぷぷ、と笑って、一気にアイスティーを飲み干した。

「ひ、ひどいっ。モー子さん、今幸せだからそういうのよっ・・・・。」
「私だって・・・・色々考えた時期はあったのよ。」
「えぇっ・・・・今度それ、聞かせてよっ。約束ね?」

小指を差し出したけど。
モー子さんは恥ずかしがって、指切りはやっぱりしてくれなかった。

モー子さんとしゃべっている間に、敦賀さんから電話があって「今度の週末の夜空いているならおいで」とそう言われた。

そして「その時に例のものあげるから、何も香水着けないできてね」と言われて、敦賀さんの香水をつけないで向かった。

モー子さんには、「何でもいいから、あんたも自分の気持ち、ちゃんと伝えるのよ」と何度も念を押された。


そしてご飯も食べ終えて紅茶を飲んでいる時に、香水の名前が彩られた白い紙袋を手渡してくれた。

「はい、遅くなったけど。」
「ありがとうございますっ・・・・・。」

白い色の箱に金字で縁取られたそれを開けると、写真と同じ、銀色のオブジェ。

「着けてみて?」

習ったように、また手首につけて、首筋とお腹と膝裏に伸ばした。

「んー・・・・いい香り。どうですか?私じゃ変ですか?やっぱり。」
「いや?いいね、似合う。」
「そう、ですか・・・・?」

また首に顔を近づけてそう言った敦賀さんに、私は多分真っ赤になっているのだろう。
近づいてした敦賀さんの香りと自分の香りが同時にして、まるで香りに酔っているような気さえする。
モー子さんに「伝えなさい」と何度も言われているせいで、もう、心臓はうるさい位にドキドキしっぱなしで、敦賀さんの顔なんて、到底直視も出来ず。
ドキドキなんて久しぶりの状況に、喉がかれて紅茶が減っていく。
今まで普通にここに座って話してご飯を食べていたのが嘘のようで。

TVもついていないし、どうしようもなくて、紅茶を淹れなおそうと立ち上がった。

「敦賀さん・・・・私、あの、紅茶淹れてきます。」
「ん?・・・・どうした?ずっとうつむいたまま、だけど。何か気になることでも?それとも別の用事がこの後あるの?」
「な、無いですっ。あの、だから、紅茶。」

直視できず、やっぱりうつむいてそういったら、頭を撫でてくれた。

「また何か悩んでいるなら、聞くけど?溜め込んだら、ダメだよ。」


・・・・・・・・・・・・・・・・。


こういう、何気ない手が、言葉が嬉しくて、とても安心する。


それは敦賀さんの性格だからかもしれないけれど、私の周りに、私以上に私の事を心配してくれる人が、今まで周りにいただろうか・・・・。


ずっと・・・・・この手がすごく好きだったなって、改めてそう思った。


「あのぅ・・・お茶、淹れなおしたらお話します・・・・。」
「うん。」

敦賀さんはもう一度頭を撫でてくれて、私は顔の火照りを覚ましに、キッチンの椅子に、腰掛けた。



さっき置いておいた例の雑誌が目に入って、お湯が沸くまでの間、目を通していた。




電撃的恋愛をするためには、感情優先にならなければならないと書いてある。

恋をするには、自分の感情の揺れに気づくかどうか・・・・・。

で、それに気付くと、交感神経が優位に立って、副腎髄質からアドレナリンが出て、それが「ドキドキ」させるらしい・・・。

脳内麻薬のドーパミンによるある種の中毒症状・・・・って・・・・・書いてある、けど。

まぁ、そうなのかもしれない。
脳の錯覚の果て、なのだろうし。

体温も上がるから、香水の香りも、いつもより際立って香るって書いてある。

もしかして今の私は、香水の香り、すごくするのかな・・・・?



雑誌と紅茶を持って戻ってもやっぱり間が持たなくて、雑誌を開いた。


もらった香水と同じ写真の載っているページ。
そのページを開けると、今つけている香りと同じ香りが微かにした。


ソファの上でじっと雑誌を見つめたまま、蓮の花の絵から、目を上げる事が出来なかった。







「ねぇ・・・・ホントに恋愛講義、しようか?」
「わっ・・・・・。」

しびれを切らしたであろう敦賀さんが、また、私の耳元でそう囁いたけど。


え・・・・・?


振り返り目が合って、ふわりと微笑んだ顔は、いつもの似非笑顔じゃなかった。


「その特集好きだね。そんなに恋がしたいの?」
「・・・・・私・・・・・・オキシトシン、沢山、出してみたい・・・・らしいです。」
「オキ?」
「オキシトシン、幸せを感じる物質・・・・で、相手との絆を感じるモノって。その人が「特別」だと思うと・・・出ると・・・。」

「ふふ。恋、したくなったわけ?」

「そう、ですね・・・・。恋をする感情を揺さぶるには、「香り」による作用が一番で・・・いただいた香水は・・・・『恋を引き寄せてくれる魔法のクスリ』って・・・ここに書いてあって・・・・だから・・・敦賀さんに・・・・魔法を、かけてもらおうと・・・・思って・・・・あの。」

顔がお湯が沸きそうなほど熱くて、そこまで言ってちらり、と上を見上げたら、敦賀さんは、さっきの優しい表情とはうって変わって・・・・また無表情だった。

「だから、あの。それで、敦賀さんの魔法にかかってしまったみたいで・・・脳が錯覚を・・・・。」


「最上さんが、好きだよ・・・・。」


「何度も言うと、敦賀さんの脳も、本当に錯覚をしますよ?・・・・って・・・え?」


「だから、最上さんが、好きだよ。」

敦賀さんは、にっこり笑って、頭をまた撫でてくれた。

「「が」・・・・って・・・・あの・・・・。」

「ムスクの香りってね、人の理性壊すんだよ、昔から媚薬なんだって。君のその香りに、オレも壊されたかな?くすくす。」

「私もやっぱり魔法のおクスリに、騙されているんでしょうか?どうも私、敦賀さんが好きみたいです。」

「「みたい」ってなに?」

「錯覚?妄想?魔法のおクスリだから、交感神経がドキドキして・・・ドーパミンで麻薬が中毒なんです・・・?だから答えはなくて、優等生はやめたほうがいいって・・・?」

目の前がぐるぐるしたまま、敦賀さんの手が頭からどかなくて、だんだん頬に下りてきて・・・・あぁぁぁぁ・・・・・・??????

「なに、それ。最上さん化学も得意だったの?くすくすくす・・・・。じゃあ、ずっと・・・錯覚してて?ふふ、ホントに好きだってば。だからさ、マリアちゃんを通さず、直接香りのおすそわけ、してよ。」


なんだっけ、マリアちゃんの香りのおすそわけって、なんだっけ?


「えーっと・・・・『蓮様、だっこ』?????」


一瞬目を丸くした敦賀さんは、すぐに吹き出した。


「ぶっ・・・・・くっくっくくくっ・・・・・いいけど、それでも・・・・くくっ・・・。」


敦賀さんはひとしきり笑うと、ぎゅっと私を抱えて私の首筋にすりついた。


「ねぇ、おすそわけ、して?」


「な、あぁぁぁぁぁっ・・・・・・す、すごいドーパミンがドキドキして、心臓壊れそう、です。」


そう言うと、敦賀さんは腕の中で私が大人しくなるまで、ずっと背中を撫でていてくれた。


「好きだよ、最上さん。」
「敦賀さんが、好きです・・・・。」


また、ドーパミンがドキドキで麻薬が中毒になった私は、しばらく納まらないだろうドキドキと敦賀さんの香りに、目を回した。

「あぁっ・・・だ、大丈夫?」

ソファでぐったりしてしまった私を、敦賀さんはもう一度抱き留めなおしてくれた。

「な、なんだか香水に酔ったみたいです・・・。」

「くすくす、オレの恋愛講義も、これからゆっくりしてあげるね。」

そう言った敦賀さんの顔が近づいて、そっと重なった唇と香りに、私はまた、目を回した。





私にも、自分だけの香り、見つけられたみたい・・・・・。








「可愛い、可愛い・・・。おすそわけ、もっとして・・・?ダメ、もっと・・・・・。」







































OMNIA CLISTALIN ―Extra Note クリスタル―




シャツのお日様の香り、石鹸とシャンプー、シーツ・・・・・お部屋のにおい。



あれから徐々に、私たちの香りは、ほとんどが同じになっていった。
今、私たちを分けるのはお互いの香水の香り、だけで・・・・。


その香水すら、互いが互いのモノを使い合うから、ほとんど一緒。



「キョーコちゃん、ただいま。」
「蓮っ・・・・おかえりなさいっ。」

ロスからやっと帰ってきて、私を見つけるとすぐにハグ、してくれたのだけど。蓮からはいつもの香りと違う香りが少しだけ、した。

「また他の人の香りが移ってるぅ・・・・。」

「くすくす、そうだね。でも今日のは、マリアちゃんだよ。空港まで迎えに来てくれた車に、乗ってたんだ。」

「えぇっ・・・・マリアちゃん、そんな残るほど大人っぽい香り、つけているの?この間までチョコレートのお菓子みたいな軽い香りだったのに・・・・。」

「ははっ。さっき社長にそれを言ったら、目の色変えて心配してた。」


もうマリアちゃんも、大人の恋をする歳。


私と蓮がと話した時、「でもお姉さまが幸せならいいの。お姉さまは幸せになるべきなのよ。」と、また子供とは思えない言葉と共に、半泣きで抱きつかれた。


その時の、チョコレート菓子のような甘い香りを、私は忘れない。
その時の、嬉しそうな、哀しそうな顔は、今でも忘れない。



私は以来ずっと、錯覚に陥ったまま、蓮の傍にいる。


あの香水のキャッチフレーズの通り「魔法のクスリ」になってしまったみたいだった。


「またその雑誌読んでいたの?まさかオレがいない間に・・・・・新たに恋がしたくなったとか、言うわけじゃ・・・・ないよね・・・?」



「恋に落ちる事」を知った、雑誌。
初めて香水をもらった時の、雑誌。



付き合い始めた頃の・・・幸せな『香り』のする、モノ。



「ふふ、まさか。あの頃の事、思い出していたの。あれ以来香水は必ず蓮に選んでもらって・・・もう、随分数が増えちゃった。」

「それはいいけど・・・・。他に欲しいもの、ないの?もっと、わがまま言ってもいいのに・・・・。」

「んー・・・・じゃあ、ずっと香りのおすそわけ、させて?」

「それだけ?」

「じゃあ・・・・・『蓮様、だっこ』・・・・。」

「ふ・・・おいで・・・。」





キラキラした夜景の中、ハグよりもきつく、私たちはお互いの香りを分け合った。