花のワルツ 4.5


「レ、レイノ様?も、もう戻りましょう・・・?こ、こんなにお近くでお話しなくても・・・。だ、ダンスなら、ひ、広間でっ・・・・。」

動かないレイノさんは、すっと、キョーコさんの顔に手をやり、壁にぶつかり逃げ場を失ったキョーコさんの背中を支えたもう片方の腕が下がっていきます。レイノさんの指先が身体を這い、声が出なくなりました。



「わ、私は、敦賀さんと・・・・・・。」


ようやく声が出ます。が、身体は動きません。
すっと太ももを撫でたレイノさんは、咄嗟に身体を離して、言いました。


「なんだこの痛いものは・・・?」
「やっ・・・。だ、ダメです。これはっ・・・。触らないで下さいっ・・・。」

太ももについているのはキョーコさんのお守りです。レイノさんは、何度かその石のある辺りをドレスの上から撫でると、びくり、と身体を硬直させ、動かなくなりました。


「石・・・?いや、なんだ・・・?魔法が掛かっているな・・・?それもまた強力な・・・あぁ・・・・っ・・・・・。キョーコ。手放した方が良い。お前の人生がおかしくなるぞ。」
「コレを持っていておかしくなった事なんてないんですっ・・・・。」
「・・・おかしな記憶ばかりが見える。自分の利益のために・・・利用しようとした過去の人間の・・・・。その膨大な数の魔法を内包した石のせいで・・・それを巡って・・・昔から戦争が絶えなかったようだな・・・。最後お前の国に着いたのは今から300年ほど前・・・妖精が今の王の祖先に預けたようだな・・・・夫・・・からのプレゼントか・・・・?いや・・・?お前それを小さいときから持っているようだな・・・?うん・・・?なんだ、この石も一緒に祝福を受けて一度浄化されているか・・・・?」

レイノさんは、何か分からない事を眉間にしわを寄せて、すらすらすらすら・・・と、口を開き、石について語りました。

「キョーコ・・・この石は・・・今は確かにお前が持つべきだろう。けれど、その石の存在を絶対に外に漏らすなよ。今は夫が傍にいてそれを見守っているからいいけれど・・・。お前が持っている事が他の国に知れたら、その石だけでまた血と混沌の世界が来る。全てが温和な国とは限らん。今のこの平和に辟易している国は少なからずある。お前には本当に関係の無い事だろうがな・・・・。」
「・・・・・・・?」
「その石も本当は厳重に保管すべきもの。国の重要な宝だからだ。その石は持つものの意思に応じて変化する。昔は単なる呪いに使われたのだろう。今はお前の夫の意思が強く見える。お前が先日・・・私の元から急に姿を消したのも・・・その石の意思だろう。」
「先日?石の意思?」
「・・・・・お前に渡したその花・・・一つはお前が知っている通り、幸せの花。もう一つは・・・浮気草。・・・塗られて一番最初に目にしたものを激しく愛する。オレはお前にそれを塗布した。けれど塗布した人間の事は、ダイアナの花の汁を塗られた段階で全て忘れる。一夜の激しい恋の夢は見られるが・・・その代償はその記憶がなくなる事。そうしてお前はオレのことを忘れた。もう一度塗ってみようとは思わないがな・・・。」
「い、いつ・・・でしょうか・・・・?」
「夏に・・・一日記憶の無い日があるだろう。その日にお前に会っている。オレはお前と清めの泉で幸せ鳥のサンドイッチを食べて、お前の家の・・・妖精の国入り口を出て、幸せ鳥を見て、いつか幸せ鳥のツガイをオレにくれると約束した。そして、お前が魔法の練習をしながらオレをビーグルに変えて遊び、そして、お前が眠ったあとにその花の汁を塗り、手を出した。」
「・・・・っ・・・。」
「お前の気持ちには関係なくな・・・・。けれど手を出そうとした瞬間に・・・お前は夫の元まで一瞬にして飛んだ。多分、お前の持っているその石の魔法だろう。お前は目をあけて最初に見た夫を激しく愛したのだ。だからそんなに真っ青にならなくていい。お前はオレを愛してなどいないし、オレはお前に手出しはしていない。・・・が、お前の夫はオレが手を出した事を知っているようだな・・・・。妖精が騒いでいたから聞きでもしたのだろう。よくあの夫が幸せ鳥を持ち出す事を許したものだ・・・。彼は今、オレとお前の姿が共に見えなくて・・・気が気ではないはずだ。」
「も、戻らなくちゃっ・・・れ、レイノ様・・・離してください・・・もう、蓮のところに帰りたいです・・・・。」
「・・・・キョーコ。またこの国に来い。それで今日は離してやる。お前と夫の子供が出来たら・・・それをオレにくれてもいいぞ。」
「・・・・子供・・・・?」
「もしくは・・・・そうだな・・・お前、今からその浮気草の汁をオレに塗ればいい。オレはお前を激しく愛すだろうが・・・お前はすぐにオレにダイアナの花の汁を塗ればいい。オレはお前の事を全て、すっかり忘れられる。今日こうしてあった事すらも、な・・・。」
「わ、忘れちゃいやです。せっかくお知り合いになれたのにっ・・・わたし、ミュスカ様にもまたお会いしたいです。次にお会いした時・・・お前は誰だ・・・って言われるのは・・・・もう、・・・い、いやです・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・」

ふるふるふる、と強く首を振ったキョーコさんに、レイノさんは身体を一度強く抱きしめ、名前を呼びました。

「キョーコ・・・。」
「・・・・・。」


『あぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜レイノ!!!!!!!』
『何やっているのさ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!』
『キョーコちゃん!!!!!!!!!!!!!!』



「・・・・そろそろ来ると思ったが・・・・まったくこのタイミングで来ずとも・・・・。」


レイノさんはキョーコさんを離しましたが、大量の妖精がレイノさんの身体を取り囲みます。キョーコさんの国の妖精さんと、レイノさんの国の妖精さんが入り混じり、数百もの数がありました。


「よ、妖精さん????」


『『『『『『キョーコちゃん!!大丈夫????蓮様が探しているよ????』』』』』』』


「だ、大丈夫ですっ・・・・ありがとう・・・・でもなぜこんなに沢山・・・?」
「お前の夫が探させていたのだろう。お前は世界で一番妖精に好かれている人間だったな・・・・。おい、妖精たちよ・・キョーコは今夫に返してやる。」

キョーコさんとレイノさんがそう言うと、妖精たちは皆ぴたり、と立ち止まりました。けれど、その中から一人、前に出てくるものがありました。

『レイノ、オレ様をよくも人形に閉じ込めたな?』
「あぁ・・・お前は木こりの斧の妖精・・・か。すまなかったな。キョーコとキョーコの夫への手紙代わりだ。もう使わん・・・詫びは望む通り十分しよう。」
『す、素直に謝られると・・・怒るに怒れないな・・・・。蓮様に一体誰が一番にキョーコちゃんを見つけたのか報告しないといけないのに・・・誰だかわからないし・・・・。』

木こりの斧の妖精はブツブツ・・・と言いながら下がりました。
そして、レイノさんはキョーコさんに言いました。

「・・・・キョーコ、強く念じてみろ・・・今、夫の傍に戻りたいと・・・。きっと、その石が助けてくれるだろう。オレはこの妖精たちにこの国に一箇所だけある妖精の木の実のありかを教えてから帰る。では、また会おう・・・キョーコ姫・・・・。」


レイノさんは跪いて、再度キョーコさんの手に口付けると、レイノさんは魔法を使い、コウモリの姿に化けました。


――ぽん☆


「こ、コウモリさん?」
「またな、キョーコ。妖精たちよ。案内する。国で一箇所だけある妖精の木の実の場所にな・・・騙しはしない。」
『キョーコちゃん、皆でそこに寄ってから帰るからね!!蓮様に伝えてね?』
「はい☆」


キョーコさんは強く強く、念じました。


――蓮・・・・



――ぽん・・・☆



――どさり。



目を開くと、キョーコさんはお姫様抱っこの体制で、蓮様の腕の中にいました。
大きく息を吐いた蓮様と目が合いました。

「やっと帰ってきた・・・心配をしたんだよ・・・?飛んで帰ってきたって事は・・・・まさか・・・。」
「敦賀さん・・・ゴメンなさい、一人でいなくなって・・・・。」


ぎゅう、と蓮様の頭を身体で抱えて抱きつきます。
しばらく、キョーコさんは甘えたまま抱きついて離れませんでした。


ようやくキョーコさんが離れたあと、大広間の片隅で蓮様とキョーコさんは、ソファに座り、見つめ合います。蓮様がここに来てからというもの、怖い様子であった事を、思い出したキョーコさんは、恐る恐る口を開きます。


「妖精さんが沢山来てくれました。」
「レイノ王子は・・・?」
「妖精さん達にこの国の妖精の木の実のありかを教えてから帰ると・・・・。」
「そう・・・。」
「つ、敦賀さんっ・・・わ、私・・・う、浮気はしていませんっ・・・けど・・・・ヒツジさんを見て、祝福の精霊の長のミュスカ様にお会いして・・・・・・コレ・・・浮気草と・・・幸せの花・・・・夏の・・・記憶が無い一日の事を少し、聞きました・・・・。それから・・・レイノ様に・・・その・・・抱きしめられました・・・・。でも、け、決して私、う、浮気なんてっ・・・・。」



ふるふる、と首を振りながら今あったことを必死で話そうとするキョーコさんを蓮様はそっと抱きしめて、



「いつも一人にしてゴメンね・・・寂しい思いをさせたね・・・。」



とだけ、言いました。










2007.05.14