いつくしむ


四 
 
 
ドラマの放映にあたり、「いつくしむ」シリーズの原作最新作が出た。

キョーコと蓮が演じる、佐保と英嗣が主人公に物語が進む話で、今まで背景だった二人にスポットが当たると、それは深い二人の恋物語だった。

英嗣は佐保に触れない。

佐保が二十三歳を超えるまでは。

英嗣の父親の取り決めの下、そういう約束になっている。

その間の二人の間にも、沢山の事がある。

休憩中、今二人の目の前には蓮が読んだ原作の本が、取り出して置いてある。

「随分と英嗣と佐保は、遠回りな関係だったみたいだね。でも、分かる、気がする。愛しすぎてかえって何もできなくなる男の気持ちも」

とキョーコに言った。

実際、蓮自身もそうだ。キョーコの心を守るため、と、言いながら、今日ここまで、自分がそばで見守るという名の元、付かず離れず手を出さずに我慢し続けてきたのだから。


蓮のふとした言葉を聞いたキョーコは、蓮の恋愛について少し思って、気づかないふりをした。


言うに言えない蓮の気持ちは、今も、そのまま変わらずにあって、今も初恋を続けているのだろうと思えた。


あの時から数年、もうその子はきっともうそろそろ成人を過ぎたに違いないから、そろそろ、あまり知りたくない情報を、世の中又は、LME社長から知る日がくるかもしれない。

そうなったら自分自身はどうなるだろう。

新しい恋をするだろうか。

やはりもういいと思うのだろうか。

あきらめきれず変わらずに蓮を愛し続けるだろうか。

それとも。

「佐保のために英嗣はいて、英嗣のために佐保はそこにいるのに、すごく切ないですね」

キョーコは本当に上手に出来そうな気がした。

蓮の言う、かえって何もできない、というのも、理解できる。

自分だって蓮のためなら何でもしてしまうけれども、最も心の奥深くの大事な部分だけは、どうしても見せられない。

見せてしまったら最後、今までの心地よい距離も関係も時間もすべてが終わってしまう、そんな恐怖が共にある。

別に蓮に真のキョーコの心の中が知られてしまったとしても、多少恥ずかしいだけで、男女としてではないけれども、そばにいる事は出来るのだろう。


けれども、振られて恋を忘れる事、変化する事への恐れもあって、一歩踏み出す事を、キョーコもできずにいる。


恋などしない、その宣言を最もよく知る蓮だからこそ、なお更だ。


蓮なら、キョーコが気持ちを告白したとして、恐らくはありがとう、とでも言って優しく受け流してはくれるだろう。

そうだとしても、キョーコを見る目や距離感が変わるのは確かに違いない。

英嗣も佐保も、互いを代わりがないと心底大事に思う。

蓮とキョーコの二人にも、それらが、とても深く頷ける部分がある。


「これを読むと・・・今の撮影もなんだか、オレ達自身も立体的で奥深くて意味深になっていく気がするね。生まれた時から今日ここまでを考えてはいたんだけど。思っていたよりもっと厚い感じがする」


「そうですね・・・佐保が、ちぎった紙一枚を貼るのも、英嗣への気持ちや、美術や作品への気持ちというか、色々な意味を込めた、深い深い、大きすぎる恋心なんですよね。もはや執念というか、佐保にとっては、もう、作品も、紙をちぎるのも、貼るのも、恋というか、愛というか、生きている事そのものなんですよね」

「うん・・・」

二人はしばらくの間黙った。
 
キョーコも、ただあの紙をちぎって貼っている訳ではないと分かると、途端に、体じゅうに、英嗣への気持ちや、作品への気持ち、誰かへの思いを乗せている感情を、体いっぱいに膨らませている必要があるように思った。

例え、今回のドラマでは卓也の人生のための背景だったとしても。

原作は数冊あるから、監督やスタッフ側は、映画や番外編も含めて、今回の数字さえよければ、今後も撮影を考えているようだ。

だから、キョーコには監督が、出来れば今と同じ位、肩先、できれば腰のあたりまで黒髪のまま髪の毛を切らずに伸ばしていて欲しいと言った。

「もっともっと佐保と英嗣の事が、大好きになってしまって」

ぽつり、と、キョーコがそう言った。

「そうだね」

と蓮があまり表情無く答えた。まるで英嗣のように。
この乏しい表情の中に、とても深い佐保への愛情が詰まっているらしい。
だから、キョーコは、キョーコが思う佐保への気持ちが、蓮にも深く伝わっているのかもしれない、そんな気がしていた。

「きっと、この作品のファンの方も、二人の事がとても好きになってしまったに違いないと思うんです。だから、すごくすごく、私に期待すると思うんです。・・・私は今、ただの背景でも、この本にある佐保の気持ちを乗せてやりたいと思います。英嗣と佐保の結末は知っているけど、今は、その結末にたどり着く前、ですから。気持ちを引き締めて、英嗣や作品への切なる気持ちを込めないと」

「うん」

蓮はキョーコに、目の前のお茶を飲むように促した。

キョーコは佐保を演じると、少しナーバスになる。

そんな風に蓮には見えた。

佐保は元々しとやかで穏やかで、大和撫子の和風美人、心の中がどんな感情であったとしても、ただ穏やかににこやかに笑うだけで、そんなに感情表現をするタイプではない。

だから、キョーコもその感情に引きずられるのか、集中が続いているのか、撮影が休憩に入っても、撮影中は一日あまりテンションをあげる事も無いし、表情も崩さない。

キョーコ自身の元々持っている喜怒哀楽は隠れて、何を考えているのか分からず、まるで他人のような気持がする。

勿論台本の中には佐保の感情は文字で書かれている。

でもそれ以上に恐らく英嗣には佐保の喜怒哀楽の機微はすべて感じ取れているのだろうから、文字以上にそれらをできる限り感じ取りたいとは思っている。


「・・・英嗣なら、きっと、やっぱりカフェラテにハートを描いて、ただ、何も言わずに、どうぞ、って置くと思うんだけど」

「え?」

「元気ないねって事」

「そう、でしょうか?」

「表情が、佐保のままだ」

「きっと、あまりに、佐保と英嗣が好きになりすぎて、感情が分かりすぎて、彼らに感情移入しているのだと、思います。毎日毎日同じ日は無いし、変わらない自分なんてないのに、でも、英嗣との変わらない関係が、背中から愛され見守られる事が、どんなに佐保にとっては嬉しくて愛しい事なのかなって改めて思ってしまって・・・。だって英嗣の前には、沢山のそれはたくさんの綺麗な女の人が会いたくて座るし、待っているし・・・。だから、信じてはいても、それでもいつかそれは終わってしまうかもしれないという、十分過ぎる程英嗣を手にしている事と同時に、ある種の絶対的すぎる存在すぎて、恐怖と共にあるという佐保の気持ちも、すごくよく分かるような気もします」


キョーコは自分の心境に似た佐保の心境に同調して、少し寂しそうな表情をしてそう言った。

佐保の事を言っているのだと分かってはいても、蓮は、佐保に引きずられるキョーコに、英嗣として、蓮としても、触れたくなるような気持ちがした。

きっと英嗣の気持ちも同様なのだろう。

「私・・・佐保にも英嗣にも深く恋をしているんだと思います、気にしないで下さいというのは変かもしれませんが・・・大丈夫です。でも、ありがとうございます」

「そうだね。オレも英嗣になっているから、佐保を心配しているんだろう」

蓮も、そう言うに留めた。






 

 







2019.2.6

(長らくおまたせしてすみません!)