いつくしむ


3. マダガスカルジャスミン【花言葉 清らかな祈り】

 


 

 

 

数日後、椹から、「最上さんおめでとう。この間のオーディションの件、君でオッケーだって」という連絡が来て、それが先日のオーディションが合格したのだという事を、少ししてから認識した。

「ありがとうございます!」
「やったなあ」
「嬉しいです」
「社内推薦したオレも鼻が高いってもんだ」

椹は自分の事のようにキョーコが選ばれた事を喜んでいる。その声を聞いて、キョーコも更に嬉しい気持ちになった。思わずスキップでもしたい気分だ。

「本全部読みました。佐保ちゃん、やってみたくてうずうずしていたので、なお更嬉しいです」

「あ〜昨日の今日での推薦でオーディションだったからね、悪かったよ。原作読む時間取れ無くて。面子なかっただろ?」

「いえ、正直に伝えました。皆さんも、嫌な顔はなさいませんでしたから」

「そうかそうか。じゃあ、近々色々書類届くだろうから、また事務所来たらオレのとこ寄って」

「はい」

キョーコはルンルンでその電話を切り、すぐに蓮に電話をしようとして、あ、昼間だったと思い、社に連絡を入れた。

「キョーコちゃん!どうしたの〜」

「おはようございます!」

「おはよう〜」

「敦賀さん今お仕事中ですよね?」

「うん、でも今、食事中だから大丈夫だよ。目の前にいるよ。お昼休憩中だからかわれるよ?かわろうか?」

そう言うが早いか、キョーコの返答を待つまでもなく、遠くの方で「はい、蓮に」という声が耳に入った。社は蓮に携帯を手渡したようで、ごそごそ、という音も聞こえた。

「どうしたの?」

「あ!すみません、お仕事中に。嬉しくてつい」

「うん?何?」

「先日の例のオーディション、受かったんです」

「そう!良かったね。おめでとう。久しぶりに一緒に仕事だね」

「はい!よろしくお願いします!」

 

キョーコは浮き浮きとした声で蓮にそう言った。
蓮も一緒に仕事をする事を喜んでくれている。
それが何よりも嬉しい。

「すみません、お忙しい時に。嬉しくてつい。社さんに、お伝えいただこうかと思って電話したんですけど」

「ううん。教えてくれてありがとう。社さんにはもう一度かわらなくていいのかな?」

「あ、はい。敦賀さんにお伝えしたかったので。午後も頑張って下さい」

「うん、ありがとう。また電話するよ」

失礼します、と言ってキョーコは電話を切った。
そして、もう一度本を読みながら嬉しいお昼を食べに行くべく、歩みを早くした。

蓮から携帯を返された社は、会話から大体を察した様子で、何を聞くでもなく、社自身がオーディションに受かったかのように、ニコニコして食事を続けた。
その笑顔を見ながら、蓮も、社の様子に、そっと笑みが零れた。

 

*****

 

『いつくしむ』    卓也

――ここが憧れの。


  白石卓也は、紙を片手にその外観を眺めていた。
上野公園から歩いて程なく、東京の最も有名な大学に囲まれる緑溢れる場所に、そのカフェはあった。

芸術家の卵、著名人、愛好家が集まる、カフェ・アダマンテ、通称アートカフェ。
広い敷地の周囲には花と緑が覆い茂り、この東京の中では、中々に広い個性的な風体の数階建てのマンションだ。

憧れの建物のドアをしばし眺める。一人で扉を開けるには、多少の緊張を感じた。中には沢山の学生や著名人がいるに違いないと思うとなお更だ。新たな世界を見るその緊張感で、卓也は手に汗を握るような気持ちがした。扉についている、「引」、という文字を見落とし、一度押した。当然開かず、誰に見られたわけでも無いのに「あっ」と声が出て、再度引いて扉を開けながら、鼻を数度かいた。

ギィ、と、扉は軋んだ音を立てて開き、扉の上に付いていたドアベルが「カランカラン」と、室内の静寂を壊すようにうるさく鳴った。
いらっしゃいませ、と、女性店員が卓也を見て言い、人数と、禁煙か喫煙か、希望の席の種類はありますか、と聞いてきた。

「希望の席?」

卓也はアートカフェ事を、いいよ、という友人やインターネットの行った人たちの載せた情報で少しだけ見て来たものだから、ルールや勝手を全く知らなかった。

「二階に美術談話専門の席があって、会話が出来ます。一階は、あちらの奥に油絵専門の席があります。一階は他に美術専用席がありまして、皆様の作業やお仕事や絵を描かれていらして殆ど会話をなさいませんので、それで宜しければそちらへお通しいたします。それとも、会話を楽しまれていらっしゃる賑やかなお食事専門のお席が宜しかったでしょうか?」

説明するのに、食事専門席が最後に出てくるカフェ、さすがアートカフェだ、と卓也は思った。

「僕一人なんで・・・一階の美術席でも、食事はできますか?簡単な宿題は持ってきているんで、絵を描いていても構いませんか?」

「もちろんです」

卓也自身は、そもそもただこの場に来たかっただけで、宿題をするつもりは無かった。けれども多少の美術家の卵の卵、はしくれとしての見栄とプライドと、友人達や有名な画家達も座る美術席への興味が重なって、卓也は、美術席を選んだ。

通された席は外の庭が見える中央の席で、各席ボックス型に仕切られて、視線は殆ど合わない作りになっていた。何か作業に集中するような場所にしてあるようだ。

メニュー表には、巨匠と呼ばれる人や有名な人の冠のついたメニューが載っている。挿絵も店の為に描いたのだろう、様々に特徴のある絵がメニュー表の背景に豪華に載っていた。

「ホットのカフェラテと、この・・・東先生の、ブロッコリーとチーズのナポリタンをお願いします」

オーダーを頼むと、卓也はきょろきょろ、と、三百六十度、見回せるだけ見回した。沢山の絵や芸術作品が寄贈と書かれて飾ってある。
美術の教科書で見たような、故人の先生の絵も幾つか飾られていた。
静かな音楽が流れる店内で、何かの作業をする沢山の人たち。シュ、シュ、と、いう何かを描く音。紙を破く音や、カラン、と、鉛筆を落とす音。視線が合わないから、何をしているのかは見えない。ただ、サーブのために歩き回る女性と、受付の女性と、カウンターの向こうで作業をする背の高い男性と、横でちぎり絵をする和装の女性だけが目に入った。


窓の外を見ていたつもりだった。けれども、見られていると感じたのか、和装の女性がちらり、と静かにこちらに視線をよこした。

卓也は思わず軽く会釈をした。

女性も視線を外しながら少しだけ微笑み、軽く会釈をして、視線を手許に戻した。手にしていたちぎり絵の紙の切れ端をそっと紙の上に置いた。調整しているようだった。

後ろ側から背の高い男性が、「お待たせしました」と言いながら、カフェラテをテーブルに置いた。

カフェの中には、ムンクの叫び、の絵を模したものが描かれていて、卓也は「えっ、すごい」と思わず声に出して言いながら、カップを置いた彼を見上げた。

「カップをキャンバスに、色々描いています」

と、涼やかでとても綺麗な面持ちをした白いシャツと黒のエプロンの似合う彼は、あまり表情を変えずにそう言った。

「すごいですね」
「ありがとうございます」

彼は、言われ慣れているのか、一瞬だけにこり、と笑い、静かに戻って行った。

ムンクの叫びを飲むというのも、何だか不思議な気分だ。横に置いてあるコーヒー用の砂糖ビンを手に取り、中に入っている茶色い砂糖をスプーンで少しすくう。ムンクの顔の外側に砂糖でハートマークを描いて、沈まないうちに写真を撮った。インターネット上の自分の日記に、「アートカフェです。カフェラテ頼んだらムンクの叫びが出てきたので、落書きしました」と書いて投稿した。
再度背の高い店員が横に立った気配がして卓也は振り向いた。彼はこちらではなく、横の女性に何を言うでもなくカップを置いて、空になっているのだろう、カップを下げようとした。

「・・・ありがとう」
「気分転換したら?」
「・・・うん」

そんな声が聞こえてくる。いつも来るのだろうか。とても親しい関係のように、卓也には聞こえた。

気づくと手元のカップは、ムンクの叫びが少しだけ崩れ、冷めるとまずいよ、と言っているようで、卓也はティースプーンで一気にカップを混ぜた。文句を言ったように聞こえた、哀愁を帯びた絶望的な顔は、一瞬にして消えた。

卓也も、少しはこの雰囲気に馴染もうと、宿題の、デッサンの絵を描くためのノートと鉛筆を取り出し、題材を探そうとまた左右を見回していた。

程なくして頼んだスパゲティが届いて、これが東先生の、と、後でインターネットにでも投稿しようと写真を撮った。

今日の題材はこのスパゲティにしよう、と、決めて、フォークでくるくる、と、数度巻いて、食べかけのように置いた。

さささ、と描いて、十五分ほどで全体を大体描く。仕上げは先程撮った写真からすることにして、ようやく、スパゲティを口にした。

「美味しい・・・」

思わず、独り言が出た。少し冷めたスパゲティも、とても美味しかった。もし出来たてを食べたなら、どんなに美味しかっただろう。

次回は、頼んだものを題材にするのはやめようと卓也は思った。

 

*****

 

オッケーが出ると、主演の卓也役の俳優が、「これすごい美味しい!全部食べたい」と言った。休憩中にどうぞとスタッフに言われて、満面の笑みで皿を持って立ち上がった。


横に座っていたキョーコは、蓮が置いたコーヒーを、飲みたいな、と、思って、思わず蓮を振り返る。

無表情の蓮は、キョーコの視線に気づき、少し目を大きくして「ん?」という表情をした。キョーコが何を言うでもなくただ蓮を見るから、蓮は、にこり、と、少し微笑んだ。

蓮は白シャツに黒色のエプロン姿で、髪は自然に流すように整えられている。キョーコは思わず蓮を見てしまったことに気づいて、意味無く少し笑って(恐らく蓮には不可思議な笑みに見えたに違いないと思いながら)、すぐに視線をカップに戻した。


蓮の、少し開いた襟元から見える喉仏や鎖骨が妙に男性らしくて、表情も、いつもよりも、何となく、とても冷たく、大人っぽく見えた。キョーコも、何となく、一他人として、静かに見とれてしまう時間が多かった。

キョーコは、黒髪のおかっぱ程度の長さの黒髪で、和装だ。蓮は蓮で、そんな和装のキョーコも綺麗だな、と、思って背中を見つめる演技を続けていた。
蓮がキョーコのそばに寄り、お疲れ様、と言った。

「何か?オレの演技変だった?」
「いえそんな。あの、敦賀さん」
「うん?」
「これ、敦賀さんが描いたんですか?」
「うん、後ろで、ゆらゆら揺らして描いたよ」
「すごいですね!綺麗で可愛いです。でも私、敦賀さんが作業している姿、一切見えないんですよね、後ろ向いていて」
「そうだよね。オレはオレで佐保の背中をずっと見ているのが仕事みたいなものだからね」

そこへ、卓也役の彼がキョーコの席を覗き、話しかけてきた。先程のナポリタンは、マネージャーが彼の控え室へ運んだようだった。

「あ、見せてください!」
「可愛いですよね。せっかくだから飲みたいです」

キョーコが彼にそれを見せると、

「すごい上手ですね、ハート、なんですね」

そう言って、彼は蓮を見た。

「英嗣は佐保にハートしか描かないと決めている、らしいよ、監督いわく」

「へ〜一途ですね〜。オレのムンクは?敦賀さんが描かれたんですか?」

「うん。このドラマ、どれも、オレたち自身がやる事に意味があるらしいよ。オレの手許アップとか後ろ側とか、使うかどうか分からないけど・・・カメラがあるらしいんだよね、どこに隠してあるんだろうね?」

「え、私の横のどこかにもあるのでしょうか?」

キョーコがきょろきょろ、と、していると、そして、次のシーンを撮るべく、遠くから卓也役が呼ばれた。

「はーい!」


彼は振り向くと、呼ばれた方へ小走りに出て行った。
それに続くように、キョーコと蓮も一度壁に寄りかかる。

飲んでいいとスタッフが言ったから、キョーコは蓮がいれたカフェラテを静かに飲んだ。蓮が描いたハートの先が少し伸びた。美味しい、と、とても小さな声で、一言、呟いた。唇に付いたミルクヒゲを、ぺろり、と、舌先で舐めた。

「よかった」

と蓮は言った。そして、蓮は、あまり表情を変えず、黙って、カメラチェックを続ける画面を、見つめていた。

キョーコも、見つめる蓮を一瞬見てから、同じように画面に視線を動かした。画面に映る自分を、蓮はどう見ているのだろうか。

「あ、ムンクの叫び?だったんですね?卓也君」

キョーコはパッと写った卓也のカップを見て蓮に言った。

「英嗣はね、さっき卓也が座った席に座る人には、必ずムンクを描くんだそうだよ」

蓮が可笑しそうに笑う。

「え?」

「佐保の横の席だからだと思うけど。その席に座る男にさすがにハートは描かないみたいだよ・・・・。嫉妬、かな。邪魔しているんだろうね。佐保に寄るな、見るな、触るな?って?」

「ふふっ。そうなんですね?じゃあ、女の子が座ったら何を描くんですか?」

「やっぱり、ムンクなんだけど」

「あはは」

キョーコは可笑しそうに笑う。

「女の子でもですか?」

「その席に座る人にはどんな人にもムンクなんだって。女の子にだって嫉妬するのかな。英嗣は。それとも、あの席はムンク、この席はハート、この席は葉っぱ、とか、決めているのかな。原作では英嗣についてまだそこまで踏み込んで描かれていないから。言われるとおり描いているんだけど。監督に今度聞いてみる。オレは、英嗣は佐保が全てだからだと思っているんだけど」

「他の席の人にムンクは描くのですか?」

「いや?適当みたい。やっぱり、佐保の横だから、じゃないかな。仕事の依頼で佐保の前に座る人たちには、葉っぱのようなシンプルな絵しか描かないし。どんな人も佐保に触って欲しくないのを絵で表現しているらしい」

「英嗣って、無表情だし、このアートカフェの中では全然話さないって書いてありましたけど、本当は何だか一途でチャーミングで可愛いですね」

「言葉で表現するのがあまり得意ではないんだろうね。でもきっと、佐保は全てを分かっているから」


英嗣と佐保は、今、このドラマの中では単なる背景に過ぎないものの、小説の中では、今後メインで描かれるそうだ。

「今度出る原作の本を読んだら、私たちの事もっとわかるでしょうか?」

「そうだね。オレと君は、卓也から見た目線では、夫婦、って事になっているけど。本は、夫婦になるまでの話なのかな、その後の話なのかな」


蓮は薬指にはまるシンプルな指輪を、ひとさし指で撫でる。
キョーコも、同じように、蓮とお揃いの指輪を、同じように、ひとさし指で撫でた。

キョーコは、夫婦、という、架空の設定でも、「勝手に」少しくすぐったく感じた。
なぜなら、蓮と同じデザインの指輪が、薬指にはまっている。架空の設定でよくもまあ、と、思わなくも無いが、勝手に一人で楽しんでみたって、誰にも迷惑はかけない。

しかしキョーコは、まだいまいち佐保の事が理解できていなかった。佐保はこのカフェの中に居る間は、英嗣に対しても誰に対しても殆ど感情を動かさない、見せないまま、ただひたすら紙をちぎり、ただ貼り続ける。

英嗣が一途に思っていてくれる事を知りながら、そこに胡坐をかいているようにさえ思える。いつもにこやかに笑うのに、それはただの仮面を被っているだけで、心の中は冷たく冷徹でわがままにさえ思えた。

でも、それは佐保にとって当たり前だからか、何か、そうしてしまう、そうしている、理由があるのに違いない。恐らく次の小説が出ればもう少し、佐保のことも、英嗣の事も理解できるに違いない。

 

二人で薬指にはまる指輪を撫で、話しこんでいる様子を見ていた社は、水を持ったまま少し離れた場所に居た。二人に割り込む事はしなかった。

しばらくぼんやり、と、していた社に、声をかけそこねて待っているように思った卓也役の彼が、

「英嗣と佐保は、本当にラブラブですよね」

と、社に近寄り、そう言った。

「そうですねえ」

と、社はあえて、にっこり、と笑い、彼の助け舟を受け流した。

社は蓮とキョーコが、英嗣と佐保だとしても、ごく自然に寄り添い、指にはまる指輪を、微笑みあいながら指で撫でている様子を、ただただ見ていたかっただけだった。社にとっては、英嗣と佐保よりも、その場面の方が、カメラに収めておきたい位だ。


蓮もキョーコも、もういい加減いい大人だし、長い事、互いのそばにいるのが自然な状態にある。蓮に仕事の時は全て傍にいる社の目から見ていても、蓮が自分の体から半径十センチ以内のスペースに入れて、長く自然に話せる女性など、普段皆無だ。

蓮にとって、キョーコといる姿は、社から見ても、普段の『敦賀蓮』らしくはない。なのに、とても自然なのだ。恐らく社には見せない、蓮の、『本当』の姿の一つ、なのだろう。

蓮の心は、恐らく、誰よりも深くキョーコに寄り添っているに違いないとさえ思うのに。

キョーコが蓮の事をどうとも思っていないとしても、蓮が本気でキョーコを口説き落とそうとしさえすれば、いくらでも出来る気がする。蓮の気持ちに揺らぎはなさそうなのだから・・・。

だから、心も体も互いにもうあと十センチなのにな、と、社は思う。

「英嗣と佐保、うまくいきそうですね」

「そうですね。蓮とキョーコちゃんなので、息は合いやすいと思います。今まで幾つも一緒に仕事した事がありますから」


社はにっこり、と、あくまで他人事のように、そう言った。蓮とキョーコを守るためなら、まるで自分も役者のようだと時々思う。蓮のような役者には当然なれそうには無いけれども、家族のように、兄のようにはなれそうだ。

卓也役の彼は数度うんうん、と、頷きながら、蓮とキョーコに向かって歩いて行き、

「ラブラブですね」

と茶化すように声をかけた。

「え、あの、すみません・・・・!敦賀さんとは長いので、現場なのに、つい和んでしまって」

とキョーコが言った。「勝手に」蓮と同じ指輪である事を嬉しく思っていたことを、彼に見透かされたような気持ちがして、キョーコは一瞬で顔を紅くして、そして、申し訳無さそうに、手の平を左右に振った。


蓮が、綺麗に、にっこり、と微笑み、

「そんな風に見えた?」

と、彼に逆に問いかけた。

社の目からは、いつもの蓮だなあと思うのに、キョーコとの様子を見た後は、かえって、その笑顔は不自然に思えた。からかった彼を牽制したのだろう、と、思った。

「完全に夫婦でしたよ〜。隣に居るだけで落ち着ける、みたいな感じに見えました」

「ありがとう。じゃあ、今の感じのまま、英嗣と佐保の関係はやれば良さそうだね」

蓮は、にっこり、と、きらきらしい、それは綺麗な笑みを卓也役の彼に向けた。

彼は、その笑みを受けて、一瞬不思議な気持ちがした。何か余計な一言でも言っただろうかと、拒絶されたような、そんな気持ちがした。

そして、やはり英嗣は、ラテアートなり態度なりで佐保のためにバリアを張る感じなのだな、と、そう思った。

もしかしたら、優しいと噂の敦賀さんは、照れて困った京子さんのために、からかったような自分の話を切ったのかも、そうとも思った。

 

蓮は、キョーコが隣で静かに飲んでいる姿を、ただ、横目で静かに、見守った。英嗣ならば、佐保が、ただそこにいて、自分の作ったものを飲んでくれるだけで何かしらの幸せを感じているのだろう。そんな事を思い、キョーコの飲む姿を見ながら、英嗣の感情を重ねてキョーコを見つめていた。


じわり、と、心の奥をくすぐるような繊細な感覚がする。愛おしいような恋しいような触れたら壊れてしまうような微細なもの。

 

――いつくしむ、とは、こんな感覚がするものなのだろう

 

静かに、蓮は、そう思った。

 

 







2015.6.27