いつくしむ


 十
 
 



いつくしむ、の一部を撮り終えて、三週間ほど次の撮影までに時間が空いた。蓮はその間に海外で別の撮影が入っていて、一人で出かけていて日本に居なかった。キョーコも同じようにテレビや雑誌、別のドラマの撮影が入った。空いた時間はずっと、課題の貼り絵を作っていた。

三週間目に入ったとき、蓮が帰ってくる前に、意を決して話を聞いておこうと思った社からキョーコに電話が入った。

「キョーコちゃんに聞きたいことがあって」

社は聞きにくそうに言った。

「はいなんでしょう?」

何とも思っていないキョーコは明るく答えた。

「その・・・さ。どうしても言いたくなかったらいいんだけど・・・社長から、何か電話無かった?俺に、ありのままを話してって」

「・・・・あ」

電話向こうでキョーコは息をのんで言葉を止めた。

少し前に来た電話だったから、仕事が重なりすっかり忘れていた。

「ハイ」

キョーコは、小さく答えた。

「聞いてよければ聞きたいんだけど」

「・・・・・」

電話なのに無言になったのを、社も待った。社自身も、どう伝えたらうまく伝わるだろう、と、考えていた。

「絶対に、言わない。でも、それでも無理ならいいけど・・・マネージャーとして、仕事上何かあったらいけないから知っておきたいだけだから。その相手が誰か」


「・・・何かって、何があるんですか?」


キョーコちゃんも蓮と同じような事を聞くんだな、と思いながら、社は同じ内容を答えた。


「例えばだけど、全く素性を知らずに付き合った相手が何かの犯罪に関わっているという噂があるとか、さ。一応相手の事を知らない場合は調べなければいけないし。付き合った相手によっては自分は何もしていなくても、例えば、違法な事とか一緒にやっているんじゃないか、とか、疑われる。あとは、もしかして、言いにくいのは、相手が既婚者、とか、なの・・・?」


キョーコは全てを言い淀んでいたのに、社はもう、電話の趣旨や社長が話をしろと言った内容が、そもそも恋愛の事についてだと知っているようだった。


「・・・似たようなものです。相手には、とても愛している人がいます。長い間」

「そ、そうなの・・・」


覚悟していても社は少し動揺した。いやいや、ここで負けるわけにはいかない、と、首を振り、キョーコの言葉を待った。

「敦賀さん」

「うん」

「です」

「え?え?は?あの?」

「二度は言いません」

「そうなの?そうだったの・・・」


「社さん、マネージャーさんだから信頼しています」

うわあ、すごいプレッシャー、と、思いながら、社は嬉しくて、ものすごいニヤケ顔で電話向こうの声を聴いていた。

「長く一緒にいても、あまり分からない人です。何か調べる必要があるならお願いします」

「・・・あの、いや、いいけど」

「言うつもりも無いですが、でも、今こういう仕事を一緒にしていて、敦賀さん、英嗣さんとご自分との境目が希薄になっていて・・・。社長さんからは、万が一の事がなければ、ある程度の事なら何があってもいいと許可を頂いています」

「・・・・・万が一って」


「・・・成り行きに流されるのは構わないが子供が出来るとかがなければ何をしてもいいと」


社は電話向こうで口にしていたお茶が変な所に入り、むせてせき込んだ。


「・・・ごめん、ごほっ・・・・あのさ、それは本来男の方が気にすることだから。蓮に言っとく。女の子を夜に部屋に連れ込んでも、責任取れないような事は絶対にするなって」


「・・・万が一、出来たら、どうしますか?」
「は?え?もう?もしかしているの・・・?」
「いえ、いません」
「でも、もしかして、その、もう、蓮の手が早すぎて・・・その。付き合っていなくても男女の関係、とか・・・」


それ以上の言葉を社は切った。


「いえ」
「そう・・・」


「でも、敦賀さん、今、私を見て、佐保との境目が分からない程、英嗣さんにのめり込んで仕事をしていらっしゃるので・・・私が触りたいと言って、私が好きだ、と、ずっと言っています。だから、万が一の事が絶対にないとは思っていませんが、あの人が幻想を見ているとはいえ、私を見て、子どもが出来るようなことができるかどうかはまた別の話なので・・・。でも、いつも、きっと、相手が誰でも、仕事の内容によって、愛する者は愛してしまい、嫌うものは徹底的に嫌い、嫌われるような仕事の仕方をするので、仕方が無い、とも、思っているんです。だから、社長さんに許可がほしいと伝えました。敦賀さんには、触りすぎないで欲しい、と、言いました。でも、仰る通り、万が一、何があるかは、わかりませんけど・・・」


社は、うわーーー蓮、可哀想、と、思った。


好きな子に触れる許可を本人がしているのに、それは仕事。好きだと伝えても、仕事。手を出してさえ仕事。


しかも、キョーコに好きな人がいると言われたら、蓮の性格ではそれ以上何もできない。


蓮がなぜあんなに落ちていたのか、社は男として非常に理解を示した。


そして、キョーコが、蓮が本気で口説いているのを仕事という理由にしなければ、平常心を保って蓮のそばにいられないという事も同時に理解できる。そうでなければ蓮が心底口説いたら、普通の子なら、ホイホイとその腕の中に落ちるだろう。


愛しているから、蓮のためにキョーコはただの共演者を演じ続けているのだろう。そしてキョーコだからこそ、蓮が仕事に妥協が無いことを良く知っていて、それが蓮の恋の本気を仕事の本気と取り違えても仕方が無いのだろう。


「それから、これを社さんに聞くのは、本当はルール違反だとも思うんですけど・・・」
「何?」
「あの人、の、その、沢山の、女の人との噂を、聞くので」
「ああ、うん、それはオレも大体耳には入ってるよ。本当の事からありもしない事までね。聞き次第逐一本人には確認しているから、あまり心配しないで。載るのも噂されるのも仕事のうちだから」


中には本当の事もあるらしい。その言葉だけで、キョーコはもう身動きが取れなくなる程、息が苦しい。


「でもね、キョーコちゃん、マネージャーの一人として仕事として言うけれど、今が、一番大事な時期。でもね、オレは、キョーコちゃんが幸せにもなってほしい。蓮に、好きだと、伝えたら?伝えてはいけないなんて法律、この世に無いのに。うまくいけばうまくいくし、もしかしてうまくいかない事もあるかもしれないけど、それさえも、仕事の糧になるんじゃないかな」

「・・・だから、佐保をしていると、この仕事が永遠に終わらなければいいのに、と、思ってしまうんです」

「・・・なぜ?」

「だって・・・分かりますよね?社さん」


キョーコの涙声の理由も、社には理解できる。

蓮に、英嗣として、佐保は無条件に愛されるからだ。多少強い独占欲と共に、心底無条件に、佐保が佐保であるだけで愛されている。


「こんな、幸せな気持ち、私・・・」

「・・・・よかったね」

「え?」

「そんな体験も、仕事の糧に、なるんじゃないかな。多分、相手が蓮でなかったら、キョーコちゃんは、そこまでの気持ちにならなかったと思うし。幻想でもいいから愛されていたいと願ってしまうのも分かるよ。だから最上キョーコとしても願ってみたらどう?」

「・・・・」

「いい作品にしたいのは理解するけど。京子としての成功だけで、いいの?」

「そうです、ね。少なくとも仕事としての「京子」は、最高の相手だったと、言ってもらいたいですね」

キョーコは鼻をすすりあげて言った。

「俺から言えるのは、蓮にはキョーコちゃんの話は言わないし、蓮が聞いてきても、言わない。それは自分たちで、ね」

「はい」

「でも、蓮に伝えてごらんよ。本当の気持ち」

「嫌です」

「どうして」

「好きな人、います。多分、ですけど」

「蓮ではなくても、これからたくさん恋をするかもしれないのに、相手に好きな人がいたら、これからも、全員諦めるの?」

「・・・え?」

「相手がいたっていいじゃない。振り向かせてみたら?もちろん、その、結婚している相手だったりするとまた話は別だけど・・・。振り向かせようと努力するのもまた、仕事の糧になるんじゃない?誰かのために綺麗になりたいっていうかさ。仕事だったらキョーコちゃん一度ダメって言われたって絶対に諦めないじゃない?恋だったら、どうかな?」

「・・・・敦賀さんは、世界で最も綺麗な人たちをご存知ですから。今のドラマの台本で、卓也くんが、才能に悩むとか、嫉妬とか、評価とか、そういうので悩むの、すごく理解できます。持って生まれたもの、とか」

「その世界で一番綺麗だと言われる人たちが、何も努力していない訳ではないと、キョーコちゃんなら知っているよね?それは、失恋しないための、甘えか言い訳だと、オレは思うよ」

「・・・・」

蓮に最も近い社に、失恋、と、はっきり言われると、キョーコは全身に強い衝撃を受けた気がした。


「失恋したくないので永遠に片思いでいいです」

「・・・・じゃあさ、俺が今、キョーコちゃんが好きだ、付き合ってほしい、って、告白したら、どうする?」

「え?」


全く理解できない。

でも。

しばらくの間、無言で色々考えた。

「今まで全く俺を男として意識していなくても、今、すごく、オレの事を、考えてくれただろ?」

「・・・でも、ごめんなさい・・・って言います」

「でさ、俺とはもう仕事できません、って、言う?」

「いいえ?でも社長さんに、相談はすると思いますけど・・・」

「・・・キョーコちゃんにとって今、俺には一切恋愛のような気持ちはないじゃない?蓮がどう思っているかは知らないけど、もしそうだったとしても、そのあとは同じなんじゃない?蓮の性格からいっても、ごめんね、と、言うだけで、仕事も変わらずしてくれると、思うけど」

確かにそれは思っていた。蓮はいつでも人の告白を断っても、そんなに態度は変わらないのもよく知っている。相手も傷つけず、仕事にも響かせず。もっと強く言えば相手だってすぐに忘れられそうなのに。よくも悪くも優しくて残酷でとてもスマートだった。それでも、自分だけは、あの美しい人たちと同じ態度と返事なんてありえない、とも、思ってしまう。


「そう、ですね。でも、多分、恋はもういらないと決めたから、だから、恋をしていても、それを達成しようとは思っていないんだろうとも、思います。でも、今、敦賀さんは、英嗣さんになっているので、それで、私を見ると、その」

「・・・蓮てさ、プライベートと役柄を混同して切り替えができない程、下手な役者だった?」

「・・・・え?」

下手?およそキョーコが思う蓮の姿からは想像がつかないワードに、一瞬思考が停止した。

「うちの商品としての敦賀蓮てさ、キョーコちゃんから見て、そんな程度?好きになった相手をこんな言い方して本当に申し訳ないけど・・・」

「いえ・・・商品としての敦賀さんは、最高です。私なんて、足元にも及びません。でも・・・」

そんな面をとても尊敬してやまないけれど。

「プライベートの蓮様、特段、恋愛に関しては、なんだね?」

「役柄を混同されているかどうかは別として、その、先ほども、お噂など、社さんにお伺いした通り、誰にでも、お優しく手も早いようだとお伺いするので・・・私だけではないといいますか・・・」


キョーコに好きだと言っても、手を出してさえ何をしても本気が伝わらない理由はやっぱりそこだよね、と、社も頷けてしまう。

蓮ごめん、俺からのフォローはこれ位しかできなかったよ、と、社は心の中で思った。


「まあ、あの、だから。オレは、二人がその後どうなっても一緒に仕事する事に問題は無いから、いつものキョーコちゃんらしく、思い切りぶつかってごらんよ。きっと、蓮なら大きく胸を貸してくれると、思うよ。あんな日本人離れしたガタイしているんだからさ。ちょっとやそっとぶつかってみても倒れないよ」

また失恋決定みたいな言い方をする社の言葉。

キョーコの頭は更に鈍い痛みを覚えた。

「・・・考えておきます、けど」

「がんばろうね。俺はいつでも百パーセントキョーコちゃんの味方だよ?誰が何を言ったって、キョーコちゃんを応援しているから」


社がそう言った。

蓮もそう言った。

「ありがとうございます。私、社さんを好きだったら良かったなあ・・・。なんであんなに良くも悪くも難易度の高い方が好きなんでしょう」

「さっきのは、例え、だから、ね?」

かえって社の方が慌てて言った。

「いえ、あの。大丈夫です。少しどきっとしましたけど」

キョーコは笑って答えた。

「でもキョーコちゃん、もし蓮と万が一の事があって怖かったら、オレに電話してもいいから」

「大丈夫です。分かっていますから。私自身が誰一人として望んでもらえないで生まれた子供なので・・・私があの人を愛していて、あの人がそんなつもりもなくても子どもが出来てもいいと流されてしまったら、将来私自身があの人の足かせになってしまいます。例え子供が出来てしまっても、誰にも言わないで私は喜んで未婚の母親を望んでしまうかもしれません。私の思いがあの人を不幸にするかもしれない・・・。それに私の苦しみをまた子どもに繰り返させる訳には・・・。私は、いつまでもあの人の味方でいたいんです。そのためには、どんなに愛していても、あの人が本当に望まない限りは超えてはいけない一線もあります」


キョーコはぽつぽつと話した後、「すみません、万が一の事があったらという場合の話ですけど」、と、少し力なく笑って謝罪した。


社がキョーコの出生を詳しく知っている訳ではないけれど、何か抱えている気持ちを思ったら、一切言葉を発する事もできなかった。どれだけ蓮の事を思っているのだろうという事、もう蓮が蓮である限り全てを捧げてしまうだろう自分の事もよく分かっていて、だからこそ、蓮が状況に酔ってしまい軽い気持ちやちょっと遊ぶつもりでキョーコに手を出すなら、それを拒もうとしている事も。


蓮がそんな軽い気持ちでキョーコに言っているとは思えないし、蓮が例え手を出すとして、万が一の事を考えもせずに行為を行うとも思えないし、蓮にとって、どんなことがあってもキョーコ自身が足かせになるようなことなど無いと、言ってあげたいのに、他人の恋愛に下手に口出しをして混乱させるわけにもいかず、社は何を伝えたらいいのだろうと考え続けた。


「色々教えてくれてありがとう。でも、本当に、蓮から、望んでないのに困るようなことされたらすぐに言ってね。具体的な対処も含めて・・・キョーコちゃんがきちんと笑っていられるようにしなさいと蓮に言っとかないと」

「え!わわわ」

「そこは男の仕事だから、そっちも気にしないで」

キョーコは笑って、「そうですか?」と返事をして続けた。

「ふふ、社さんの恋愛、今度聞かせてくださいね?私の、聞いたんですから!」

「ああ・・・うん、そうだね。キョーコちゃんが、頑張って勇気を出してみたご褒美に、ね?」

少し言い淀んだ社の返答を聞いて、キョーコは、それはズルいですね、一生聞けないかもしれないのに、と、笑った。

「ありがとうございました、その、ご心配頂いて。お仕事、頑張りますので、また、お願いします」

「うん、蓮はね、明日帰ってくるから。また、一緒に絵を描くって言っていたね」

「はい、一緒に描こうって」

「言っとくからね、女の子触りすぎてはいけません、って」

「・・・もう本当に恥ずかしいです・・・」

「男だから仕方ないんじゃないかなあ。ごめん、あの、俺がとかいう訳ではなくて、男はもうただただ女の子って柔らかくてすべすべしてて気持ちよくて触りたくなるものなんだもん。女の子は、そうはならないの?男はゴツゴツしているから別?あ、ごめん、これは一般的な話であって、誰も彼も触りたいという意味ではないからね?」

「・・・・・あの」

英嗣である蓮も、確かそんな事を言っていたな、と、思った。もちろん、佐保だって、英嗣の事を触りたくなると言っている。


「じゃあ、遅くまでごめんね、ありがとう。教えてくれて」

「ありがとうございました、お疲れ様です」
 

電話を切った社は、ニヤニヤした顔が、目の前の電源の切れたテレビの黒色に鏡のように映りこんだのを見て、ニヤけるのをどう止めるかの練習をしておかねばならないと思った。


それから、嬉しくて、妙にウキウキした気持ちになったのは、どうしてだろう。


蓮がもしキョーコを得たなら、きっと、最強の武器を手に入れたにも等しいのではないかと、思った。


だから。

安心したのは社で、そして、早く二人からそんな報告が聞きたいな〜と、また、にんまり、と、顔を歪ませた。



 



 







 







2019.3.9




時々おしらせしますが、これはパラレルです。