打ち上げも一次会だけにした私は、先にスタジオを後にして、無事にあの番組の時間までに帰れた。敦賀さんはまだお仕事があるとかで、打ち上げどころではなく、すぐに移動してしまった。

だから、一人で帰りつつ、歩きながら久しぶりに石橋さんに連絡を取った。

「こんばんは、今、大丈夫ですか?」
「久しぶりだね。元気だった?」

「割と元気ですよ。突然ですけど・・・・明日の夜。空いてます?」
「何?どうしたの?珍しいね。君から誘ってくれるなんて、初めて・・・じゃない?」

「ええ。会っていただきたいんです。」
「まさか敦賀さんと、うまくいかなかったなんてことは・・・ないよね?」

「ふふ、状況は何も変わりませんよっ。でも明後日私、ラブミー部卒業なんです。お祝い、してくれませんか?話をして下さるだけで、いいんです。」

「そういう我侭は可愛くて好きだよ。いいよ、ご飯行こうか。何食べたい?好きなものでいいよ。いつもはオレに付き合って飲むだけだったからさ。」


ハンバーグ・・・・・・・・・は、敦賀さんとだけ、食べたい・・・・・・・。

「いえ、飲みに行きましょう?いつもの所でいいですから。」
「そう?なら、明日の夜、いつもの所で待ってて。時間は追ってメールするよ。」


寂しくて、話を聞いてくれるなら、誰でもよかった。
卒業の事も、敦賀さんの事も、鳥の事も、全部知っているのは石橋さん、ただそれだけ・・・。
振った男と飲みに行くなんて最低と、リコさんが怒る様が目に浮かぶ。リコさんは、男女間に利害関係なしの友情など芽生えないと、思っている人だから・・・・。
私は、振ったというより、友達、親友としてしか接する事が出来なくて。
やっぱり、敦賀さんの言うように、私は子供、なのだろうか・・・・。





石橋さんとの約束を取り付けて、私は安心してTVに向かった。


二代目「語りの彷徨」。相変らず、素敵なセットと、素敵な音楽と、先生ご指名のお気に入りの俳優さんが対談を仕切る。

先生が勇退してからも、この番組は視聴率を落とさないところが、この俳優さんのすごい所で。先生の後釜で、相当なプレッシャーだったに違いない。すごく頭が切れるし、場を仕切る能力も高い。相手の心を読むのが得意なのか、思わず口にさせる誘導力には、目を見張るものがある。初代と違って、台本はもう作るのをやめたのだと、先生がおっしゃっていた。

いつもの優雅なイントロと、敦賀さんが好きそうなバーの雰囲気のセット。背の高い敦賀さんとそう変わらないその俳優さんが並んで座ると圧巻。二人が並んで座り、同時に足を組んだ。


「始めまして、だね。オレはよく、君の演技をTVで見させてもらっていたけど。」
「始めまして、ですね。よろしくお願いします。オレもよく、見させてもらってますよ。」
「敦賀君の多忙ぶりは、業界屈指だからね。寝られてる?」
「もちろんですよ。あなたも・・・・とてもお忙しいとお聞きしていますよ。今映画2本同時じゃないですか。」
「よく、知っているね。君も今ドラマと映画、二本だろ?」
「えぇ、そうですね。」

敦賀さんも、彼も同時にグラスに口をつけて、ふっと笑い合っていた。


なんだか・・・・この二人は似ていると、そう思った。
何がって顔じゃないんだけれど・・・・雰囲気が、仕草が、似ている。
そういえばこの俳優さん・・・・お会いした事ないし、名前だけしか聞いたこと無かったから気付かなかったけれど、先生は昔から、「彼は誰にでも優しく紳士な人で、彼に会うたびに敦賀君を思い出す」と、そうおっしゃっていた。


いつかこの人とも演技をしてみたいと、思った。


「でも、それだけ忙しいと、プライベート、確保できてる?」
「えぇまぁ、見つけようと思えば時間はどこにでも落ちてますから。」

「オレはそれなりに遊んでるけど・・・・・・遊んでる?その間は、仕事の事とか、台詞、思い出したりしない?」

「んー・・・そうですね。のんびりしている時は仕事の事は考えていませんよ。そうする事で逆に、台詞のタイミング変えようかなとか、思いつく事もありますし・・・・。あれ、でもやっぱり仕事の事、切り離せてないですね・・・・。だから・・・・ウチの猫を撫でて・・・・好きなお酒飲んでいるときが、今の一番の楽しみですかね。」

「撫でるのは猫だけ?くすくす。・・・ごめん、でもまぁいっか。これについて他の人誰も突っ込まないから、言うけど。敦賀君、どう?今好きな人、いたりするの?」

うわ、この人敦賀さんと違って・・・・ストレート・・・・。
しかも、敦賀さんの防衛の笑顔に、負けてないし・・・・。

「いえ、今はいませんよ。皆、魅力的な人ばっかりで。くすくす。」

「そう?最近、とても男性的な雰囲気に変わったから、誰か出来たんだと思ってたんだけど。ずっと誰にでも温和で優しい敦賀君もいいけれど、やっぱり二十台後半になるのだから、そろそろ、ねぇ?男としては、考えたい事も、あるでしょ?」

あぁ、これが言っていた「結婚のこと」・・・・・。
どちらにしてもあと、5年以内には・・・・きっと・・・私はどうしようも、なくなる。かといっても、仕事上の目標がなくなるわけではないから、昔言った「唯一のわがまま」は、有効だろうけど、でも、今はまだ、諦め切れなくて。


「・・・・・・・・・・・・・・・・、でも、敦賀君ぐらいいい男が、ずっと誰とも付き合うでもなく噂もないと、変な噂、流されちゃうよ?」
「変な?」
「敦賀君ぐらいい男なら、そっちからも迫られたりしないの?」

すごい。初対面なのに・・・・・この人、敦賀さんで遊んでる。
敦賀さんも・・・・・確かに、本気で厭味を言ってる顔だ・・・・。
二人ともすごい笑顔だから、他の人には普通の対談に見えるだろうけど・・・・。

こ、怖い・・・・・。

この場にいた社さんなんかは、相当冷や汗だったに違いない・・・。
私もこの場にいたら社さんに、「やっぱり昔みたいに台本作ったほうがいい」と、思わず口走りそう・・・・。


「ははっ。やめてくださいよ、もちろんオレは女の子が好きですよ?」
「じゃあ、特別な・・・唯一の感情を抱く女の子、本当にいないの?じゃあ、今いなくても、前はいたことぐらいあるでしょ?」
「・・・・そうですね、いた事はもちろんいましたよ。ふられましたけど。」


やっぱり、好きな人、いたんじゃない・・・・。

手が早かったかどうかは・・・・分からないけど・・・・・。


「ええっ?芸能界一いい男と言われる君よりいい男の彼って・・・どんな彼?君が知っているんだから、芸能人?」

あまりに仕事が多忙でプライベートが皆無な敦賀さんにとって、恋愛が出来る場なんて、職場ぐらいしか思い当たらない。今はいないと言っていたから・・・・。

昔仲よさそうにしていた人が、何人か頭をよぎった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・、そんな恋愛話さえ今まで皆無でしょ?そんな相手の彼も彼女も見てみたいね。前から君、振られてばかり、っていうけれど、「温和で紳士で芸能界一いい男」の君が、そんな振られてばかりなんて・・・・一体何をしたらそうなるわけ?」

「さぁ・・・どうなんでしょう、ぜひオレにも教えて欲しいですね、くすくす。」


私も、多分全国の皆が、そう思っていると思う。
まさか彼女にはいつも「大魔王」とかって事も無いだろうし・・・。


「・・・・・・・・・・・このままじゃ、オレが逆に敦賀君に丸め込まれてしまう。」
「くすくす。丸め込んでないですよ。真実しか語ってませんから。」
「・・・・それも本当みたいだね。」
「交代しましょうか?『今好きな人、いたりするんですか?』。」

あれ、敦賀さん・・・・が普通に、戻った・・・・。
というより、このお兄さんが引いたみたい。

これ以上突っ込んだら・・・・多分、敦賀さんには大魔王が降りてくる・・・。「坊」の私はそれの加減がうまくいかなくて、よく怒られていたけどね・・・・。

鋭い彼はそれに気付いたのだろう・・・・・。
でも敦賀さん、TVの前ではキュラレストスマイル止まりかな・・・。

「あぁ、君、だから彼女できないんだよ。そんな全て悟った顔して・・・落ち着いた顔をしているから、「私には興味がないのね」なんて、彼女に勘違いされるんだぞ。本当にオレよりもずっと下?早死にするぞ。美人薄命なんだからな。」
「ははっ。それならあなたも、ですよね。「大人の上質でいい男NO.1」でしょう?・・・・・・とりあえずオレはあなたぐらいまでは元気に生きられそうで、良かったです。くすくす。」
「敦賀君、一つ言っておくけれど。その「温和で紳士」な君、やめたほうがいい。絶対その方がいい。本当に早死にするぞ。」
「そんな事、初めて言われましたね。まるでオレは本当のオレじゃないみたいな。」
「・・・・君が早死にしても知らないよ、オレは。じゃあ君が絶対に見せない本音、言い当てようか?」
「はい、どうぞ?」
「・・・・・嘘だよ。丸め込まれた仕返し。じゃ、CMね。」


二人が交わした会話に、驚いた。
本当に、私が言った事と同じだったから・・・。

この彼はわかってる。彼も、「温和で紳士」な人だから。もしかしたら辛い時が、あったのかもしれない。だから彼に似た敦賀さんを、冗談のように言ってはいるけれど、本当は本気で心配、していると思う・・・・・。


早死に・・・・されたら・・・・・いやだ・・・・。


目標が、全てで絶対が、本当にいなくなったら、困る・・・・・。
それこそ、卒業なんてどうでも、いい・・・・・。
敦賀さんが・・・・この世からいなくなったら・・・・いやだ・・・・。

卒業したって、敦賀さんはそこに、いる。

でも、いつか本当に、こんなに殺人的なスケジュールの中で、温和な彼をつづけて、ストレスを溜め込んで、ぱったりと、いなくなったら・・・・・。いつか、精神を壊したら。それを、言える人・・・・他に、いるならいいけど・・・・毎日一緒にいる社さんにすら、愚痴をこぼした事がないと、社さんは残念そうに、悲しそうに言っていた・・・・・。

でも、私・・・・もう、鳥として、敦賀さんを一時的にすら救ってあげられない。
卒業するとき、敦賀さんにそれを言おうと、決めたから・・・・。
敦賀さんから卒業するための、私の決心。

敦賀さんは怒るだろう。
でも、言わないよりは・・・・・・ずっといい。
敦賀さんへの想いを、罪悪感を、全ての嘘を・・・・一生抱え込んだまま笑っていられるほど、私は強くない・・・。だったら、敦賀さんから、怒って罵って嫌いになって・・・・突き放してもらいたい。


好きになるのに、1年・・・・思い続けて3年・・・・なら、忘れるのなんて、5年もあれば、十分。

生きてそこに、いてさえくれれば。
元通り、「あなたは私の目標」、に戻るだけ。
そして私はまた一人で、演技を続けていくだけ。

続けて・・・・

演技は私を創る過程・・・・・。
自分の世界を拡げるためにする演技。
アイデンテンティティの確立。

沢山の役をやって、いろんな人になれて・・・・?
本当の私はえっと・・・・どれだっけ。

物語上では、それはその女の子の気持ちに成り代わっているだけ。
「役作り」の過程で、必ず、設定がまとわりつく。

もし今、「私」の「役作り」をしたら、一体どうなるの・・・・・?
自分の生きてきた設定で自分を演じるよう、台本に書いてあったら。

昔の私なら、一歩を踏み出せずにいる私に多分すごくいらいらして、こんな情けない女いやだと、言うに違いない・・・・。

でも今は、恋をしている女の子の気持ちが、いやというほど、分かる。
言えば全てが壊れてしまう状況に、一歩も踏み出せない気持ち。

だから、本気なのに好きだと言えない、諦めなければならない・・・役は・・・よく分かった・・・・・。


『「もう忘れなきゃいけないのに・・・・!」「助けて、誰か、助けて・・・・!」・・・・・』


ショータローの時は、一気に冷めたから。
一気に冷めすぎて、反動も大きかったけど・・・・・。
今度は、どうやって・・・・諦めよう・・・・・。



『私って何?私は何?「愛」と自分の将来って何?それは共存するもの?』


昔、自分に課した命題・・・・・・。
今なら、少し、答えられる気が、する。

共存はするみたい、と昔の自分に言ってあげたい。

敦賀さんは私にその背中で「敬愛」を、教えてくれた。そして私はそんな敦賀さんに恋をして、しばらくしてから恋よりも深い、何か、気持ちがあるのだと、知った。それが、どの「愛」かは・・・・分からないけれど・・・・敦賀さんが、いつか壊れて、いなくなってしまうぐらいなら、救ってあげたいとは思う。敦賀さんは、そこにいて、そこで演技をしてくれるだけで、からっぽだった私を救ってくれたのに・・・・私は何も、してあげられなかった・・・・・・。


本当は、「愛」の全てを、敦賀さんから、教わってみたかった。
本当は、あなたの全ての「愛」も、欲しかった。


貴方に、私がちょっとずつ育ててきた「愛」をあげたかった・・・・・。


でも、あなたの傍にいられないぐらいなら、もう諦める、から。
鳥のことで怒ると思うけど、いつか、また、話ぐらいは、させてもらえるといい。
それでも友人「愛」、隣人「愛」ぐらいには、なるでしょう・・・・・?


ねぇ、コーン・・・・・帰ってきて・・・・。
昔、私に優しくしてくれたように、もう一度、優しくして。
今一番、あなたに、会いたい・・・・・。

このあと敦賀さんをね、今度は完全に私から突き放さなければいけないの。

だから、会って、もう石だけじゃなくて、その腕で抱きしめて、欲しい。
だから、あの場所で、毎日泣いていたら、また、来てくれる?


もう泣かないでって、言ってくれる?


もう一度、魔法かけてくれる?



でもね、私、知ってる。




魔法をかけて欲しいなんて他力本願なこと思うのは。


どうにもならない現実に直面した時の、現実逃避に過ぎないんだって・・・・・・・。



――私が、また、壊れそう・・・・・・。



TVで繰り返されるありきたりな質問は、もう一切耳には届かなかった。



*****************


あの時の気持ちがとても切なくて、蓮にすがったら、今度はぎゅっときつく抱きしめられた。

蓮の頬が私のそれを確かめて、一言「ごめん」、とそう言った。
長い間背中をずっと撫でてくれていた。


「・・・・・・コーンの身代わり、してくれてるの?」


蓮は頭を振るだけで何も答えなくて、私はそのままの体勢で、話を続けた。


「もう、後半のインタビューはね、全然覚えていなかった。蓮が死ぬって訳でも何でもなかったのに、あの時蓮が本当に早死にしたらって・・・・思って、思い出したら止まらなくて。コーンを握り締めたまま、泣いて寝ちゃった。ドラマもちょうど終わって次の日は久しぶりのお休みで。どんなに泣いても、目を腫らしても大丈夫だったから・・・・。

次の日の夜、石橋さんに会ってね。あの人は分かったように「寂しくてしょうがなくて、俺を呼んだね」と言ってくれて。彼が「語りの彷徨を見たよ」と言うから、「昨日は辛かったと・・・・蓮が壊れる前に救ってあげたいけれど、坊のこと、明日本人に言うつもりだから、出来そうにない」と、告げて。そうしたら石橋さんは、「敦賀さんは驚きはするだろうけど、そんなに怒らないよ、多分。京子ちゃんだと分かったら、多分喜ぶんじゃないかな。」って言ってた。

その言葉に、少し次の日卒業する勇気が出た。気休めだと・・・・分かっていたけど。明日になったら、蓮の坊への反応と、蓮からの卒業に、また泣かねばならないと分かっていて・・・・・。沢山甘えてきてたから、きっとこれが・・・私の成人式代わりなんだと、そう思った。

そのあとはもう、忘れたくてあの時は最悪に酔ったかな。・・・・なぜか酔えば蓮のおうちにいたから、今回もそうだろうと、思ってた。朝になってやっぱり蓮のおうちの天井が目に入って。お泊りできるのも最後かな、もうお酒も控えないとなんて、思った。

今はあの時より随分飲めるけど・・・・酔って記憶飛ばすなんて、あの時以降ないわね。今は、蓮が止めてくれるからかもしれない。本当に、たくさんお泊りさせてくれて、ありがと。

次の日の事は、もう、良いわよね・・・?次の日は、アイツと別れてから、私の中で、一番哀しくて、一番幸せな日だった。11時までお呼びがかからなくて、もうこのまま忘れられてしまえばいいのになんて思ったりしたっけな。でも呼ばれてしまったから・・・・一生懸命卒業できないように社長に言い訳したりして。蓮がね、仕事が押して来てくれなければいいと、そう思ってたのに・・・・・律儀に来てくれるんだもの。
「一緒にラブミー部やリましょう?」なんて無理やりな演技までしてね。

ふふ・・・おかげで・・・・幸せに、なれたけど・・・・・。あの日、試験を受けた後出て行った時の社さんの顔は、忘れられそうにないかも、ふふふっ・・・・・。本当に幸せ、だったな・・・・。私の昔話、おしまい。付き合ってくれて、ありがと。」


私は蓮の手を取って無理やり握手をした。


「いや・・・・・。でも、あの前の日の夜の事も・・・・本当に覚えていないんだね、やっぱり。

・・・・・酔ってね、君にきつく抱きしめられながら、オレからも卒業だと、泣いてそう言われた。そのとき、オレは寂しくて仕方がなかった。何で、この子はこうして抱きしめてくれるのに、オレから離れようとしているのかと、疑問符ばかりが浮かんだ。石橋の事があるから?ラブミー部卒業だから?オレからも卒業?だから何?って。俳優部に来ればそこにいるはずなのに、どうして、って・・・・。

社長が、オレからも離れろと・・・・そう、君に釘を刺したのを知らなかったからね。でもね、君が一度でいいから抱きしめさせてとそう言って、オレの背中を撫でた時、君があの時やっていたあの役と同じような台詞で・・・・同じモノに見えた。・・・・・・酔ってオレを前にして、あの役が憑いて、演技をしているのだと思ってたけど。

君が泣きながら抱きしめてくれた腕は、すごく強くて・・・・あれはオレへの言葉に出来ない、君の最後の告白だったんだね・・・・。オレも口に出してしまえば、君との関係が壊れると・・・そう思っていたから・・・・口に出す事の怖さは、よく分かる。けれどそんなに、オレのことで何度も泣いていたなんて・・・・・。長い間気付いてあげられなくて、ごめん。・・・もっと、早く気付きたかったな・・・。」


「ふふ。ね?私は蓮だけがずっと好きだったって言ってるのは、ホントなのよ?大好きよ、蓮。でも私・・・・それだけ酔っても蓮が好きだとは言わなかったのね。えらいわ、私。酔って壊れる割に、最後の最後は言わなかったのね・・・・。」

「負けず嫌いだからね、キョーコちゃんは・・・・・・。壊れてくれて、良かったのに・・・・・くすくす・・」

私の喉元で蓮がくすくす笑って、唇を寄せて軽く舐め始めたのに気付いた。まだ言えていなかった事を思い出して「待って・・・・」と止め伝えた。

「そうね・・・・。意地っ張りよ。だから、やっぱり、言うのやめようと、思ってたけど・・・・言っていい?本音。聞いてくれる?」

黙って頷いてくれた蓮に目を合わせて、逸らさないように頬に手を置いて撫でた。

「・・・・蓮、私、あなたの哀しそうな目、見たくないの。辛い時は一緒にいて、救ってあげたいの。だから、できれば、・・・色々、何でもいいから、教えて欲しいの。別にね、今までの私と一緒にいない時の事を色々教えて欲しいって言うわけじゃなくて。私と一緒にいる時は・・・その時の気持ちを、色々教えて欲しい。気持ちをさらけ出す事が、子供だとは思わないわ。せっかく一緒にいるんだもの。せっかく口がせっかく心があるなら。隠さないで。内緒にしないで。いい事ばかりじゃないのは分かってる。辛いなら苦しいなら教えて。いつか私を嫌いになったら、そう言って。嫌いじゃないなら、そう言って。」

「じゃあ・・・・君のも、教えて・・・・・?」

「うん・・・・。私ね、ずっと「コーン」と二人きりだったから、「コーン」が石をくれたから、壊れなかったの。コーンとの事は、大事な思い出よ。でもね、それは私が負けないための・・・・・・心の中の自己肯定。二人っきりも何も、会えるわけじゃない・・・本当は一人だったの。だから、蓮が目の前にいて、二人でいて・・・・こうやって強く抱きしめてくれるなら、私は何があっても負けない。

昔ね・・・何も知らなかった私は・・・演技をすることで「私」が創られていくのが一番「大切」だと思ってたし、実際「最も大事な事」だった。蓮を好きだったけれど、私が蓮が好きで、私が演技をしたい。だから、「私」が何をおいても一番だった。だけどね、蓮とこうして一緒にいるようになってからは、徐々に・・・・私自身の事よりも、蓮が・・・「蓮と一緒にいる事」が、「最も大事な事」になった。

男の人なんて・・・信じられなかったのに。男の人どころか、誰からも「本当の愛」なんてもらえないと、思っていたのに・・・。蓮が、「愛」と名のつく全てを、こうやって抱きしめて、教えてくれたのよ?ショータローには持ちえなかった感情。無かった事になんて、出来ないわ。」


蓮の目をまっすぐ見て、今まで言いたかった「本音」を口にした。


やっと言いたい事を言えて、ふぅ、と息をついて手をとると、蓮はしばらく私の目をじっと目を見て、ふっと、笑った。

「なんで、そこで笑うのよ〜・・・・・。私の過去の話まで持ち出して・・・・一大告白を・・・・頑張ったのに〜・・・・。」

「いや、オレも君に本音を聞かせて欲しかったから、嬉しかったよ?しかも、過去の話、オレのこと何度好きって言ったか、覚えてる?君がオレのこと、そんなに好き好き言うの、珍しいよね。嬉しいからもっと言わない?普段からもっと、好きって言って?オレももっと普段から、気持ち、さらけだしてあげようか?でもオレに本音だけで愛されたら・・・大変だよ・・・・?」

「ふふっ・・・。覚悟しとく。蓮が、好きよ。好き好き好き。だから、抱きしめて「愛」を教えてね。これは私のお願い。『いつも通り、必ず叶えてくれるでしょ?絶対に。』くすくす・・・・。」


笑ってそう言うと、身体を起こした蓮は、耳元で何か囁いた、けど。


「『*************************』」

「何、その英語。」

「『オレがこの世に生きてきて誇りに思うのはね、君が幸せなこと。オレの心の空白を君に打ち明けなかったのは、一番大切な君を傷つけたくなかったから』。ジョンの台詞。前、一緒に見たでしょ。」

「見たけど・・・・字幕あったのに・・・・何で、英語で覚えてるの・・・?台本、もらったの?英語字幕で見直したの?」

「台本なんてもらってないよ。オレ、字幕見てないもん。台詞そのまま聞いてるから。だって・・・字幕の訳じゃ、本当の台詞と微妙にニュアンスが違ったりするから・・・・。」

「・・・・・・?だって、映画、ネイティブでしょ・・・?そんなに英語が得意だったとは知らなかったわ・・・・。でも、そんな他人の映画の台詞まで・・・しかも随分前に見たのに・・・・それを英語のまま、覚えてるの?」

「くすくす、覚えるというよりは頭に残る。あれは面白かったからね・・・。さっき、話を聞いていて、思い出した。」

「・・・・・・・・・?」
「くすくす、オレの『一歩目』、聞く?」
「・・・・・・蓮の『一歩目』?うん、聞く。」


蓮は、私に向き合い、よしよし、と頭を撫でてくれた。


「じゃあね、オレの君への、一番の隠し事、教えてあげるね。あぁついでにオレの、初めて好きなった子の話もしてあげようか。・・・・・オレ、長い事海外にいたのね。」

「・・・?だから、日本語感覚、変なの・・・?だから坊に色々聞いてきたの・・・・?だから、いっぱい辞書、調べるの・・・・?」


「ははっ・・・そう。でも、日本語、変?それは困ったな・・・。平気だと、思っていたんだけど・・・・。でもね、日本の芸能界に入る前・・・・日本には来た事がある。それでね・・・・・。」









「ね、ねぇ・・・・誰の話を・・・・・しているの・・・・?私の「とある」思い出に、そっくり、なんだけど・・・・・。」

背中を、焦燥感に似た期待と共に、ぞくりとした冷や汗が流れた。


「その子が、本当に泣き虫でね。最後別れるとき・・・泣いて泣いて。たった数日間しか会えなかったけど・・・・可愛くて仕方がなくて、オレは、別れるのが辛くなった。だから、その子にオレの持っていた「石」を渡して魔法をね、かけたんだよ。オレがいなくても、少しでも涙が減るように・・・・。その子ね、自分の事、キョーコちゃんって言ってた。くすくす。

オレが初めて女の子を、好きだなって思った、これがオレの『一歩目』。それが恋愛の『一歩目』だったかどうかはわからないけど、すごく別れたくなくて、温かくて優しい気持ち、だったよ。

だからね・・・・日本の女の子は「キョーコちゃん」が全てで、「キョーコちゃん」が全ての基準になっちゃった・・・・くすくす。そうしたら、オレは、日本で恋愛すらさせてもらえなくなっちゃったよ。・・・・・おかげで君を「京子ちゃん」とは呼べなくて、苗字で呼んでたでしょ?逆に今度は、今でもキョーコとは呼べないんだよね。

だから・・・・・昔から君の涙には弱いんだって。大好きだよ「キョーコちゃん」・・・・・。もう、お別れは、二度としたくないな・・・。あぁ、泣かないで・・・・。よしよし。」


苦笑しながら、蓮は、私の頭をまた撫でてくれた。



本当に久しぶりに、目が勝手に泣いていた。


「蓮の、ばかぁっ・・・・・・どうして、どうして、そんな大事な事・・・・私は、ずっと一人きりだと、思ってたのに・・・・コーン!!!!!目の前にいたなら、どうして、どうして、あの石を拾ってくれた時にすぐ、教えてくれなかったの・・・・・・!!!どれだけ、私があの石に、コーンに・・・・助けてもらったか・・・・えっ・・・・えっ・・・・・。コーン・・・そんなに日本語、上手じゃなかったものっ・・・・そんなに背、大きくなかったものっ・・・・・分かるわけ、ないじゃないっ!!!!!えっ・・・・蓮のばかあっ・・・・・会いたかった・・・・のにっ・・・・・。え・・・・・っ・・。」


どこまで、私は、蓮に助けられて、甘えていたのだろう・・・・。
信じられないぐらいの、偶然・・・・・。
神様が、私にくれた、魔法なの・・・・?


「くすくす、相変らず、泣き虫だね。オレのかけた魔法は、もう切れちゃった?オレは君のかけてくれた魔法にかかったままだけどね・・・・。

でも、君が・・・ずっとあの石に頼ってるのを傍から見ているぐらいならと思って昔、「石に頼るぐらいなら、オレに話をして」、と言った事あったでしょ?あれは・・・・いつでも本音の君の傍にいられる「石」に思わず嫉妬をしたんだよ、多分ね・・・・。

だから、君も、オレに辛い事があったら話して。隠さないで。コーンの前で一人泣かれる位ならね。『君のお願いならいつも通り、必ず叶えてあげるから、絶対に』。だから、オレのも、叶えて?」

「うん・・・・。もう、コーンと約束したから・・・泣かない。ねぇ・・・・・もし、私が・・・・ただの最上さんで、「キョーコちゃん」じゃなかったら・・・・好きに、ならなかった・・・・・?」

「さぁ・・・・どうかな・・・・くすくす・・・・それ、未だに答え、出ないんだよね。」

「ヒドイ。う、嘘でも・・・・好きになったって・・・言ってくれても・・・・・。」

「キョーコちゃん・・・もう、黙って。オレの本音、今夜はずっと見せてあげるから。」


蓮は私を抱きかかえると、そっと涙の跡を舐め取ってくれた。

そのままゆっくりとベッドに沈められて、腰に腕を回して、空いた腕を私に重ねて指を絡めてくれた。


近づいた顔がそっと唇を絡めとって、優しく笑った。

「*************************************」

「なぁに?また内緒話・・・?」

「ボリーナの台詞、だよ・・・。『何も言わないで、何も考えないで。感じたままに動いて・・・・・。』」


私の上唇をゆっくり吸った蓮の唇は本当に優しくて愛しくて、私も蓮の首にそっと腕を絡めて彼の身体を引き寄せた。


「蓮、お願い・・・今日は・・・・・思い切り優しくして・・・・・。」


「ふ・・・君の願いならいつも通り、必ず叶えてあげるから、絶対に・・・ね。じゃあ・・・お嬢様、お誘いしましょうか・・・?『Shall we dance?』」


「ふふ・・・。私ずっと蓮の腕の中だけがいい・・・・。でも、跡はもう増やさないでね・・・・・くすくすくす・・・・。」




『一歩』を踏み出した私たちは、その夜とてもとても、幸せだった。



そして蓮は再び壊れたレコードのように、ずっとずっと甘い言葉を囁き続けて、指も腕も声も何もかもが異常に優しくて、その腕の中で、私はすぐに壊れた・・・・・。







*****







ほのかに日が昇り始めた頃、私は目が醒めた。
隣では、貴方がまだ穏やかに寝息を立てて、まぶたを閉じている。


一番、幸せな時間。


貴方が夜明け前の最後の月明かりに照らされて、星々がまどろみ、日に迎えられ、私の横には貴方がいる。


私はその手に触れて、貴方がそこに『在る』事を確かめてみる。


こうして寝ているのに、貴方の手は触れると必ず確かめるように握り返してくれる。


貴方は、昔からいつでも、どこまでも、私を幸せなトコロヘ、導いてくれる。


私も、貴方の「引力」であったらいいと、そう思う。


そこにただ『在る』ということ。
当たり前のように『目の前にいる』こと。


貴方がそこにただいてくれてるだけで、私がここまで来れたように。


そこに『在る』だけで永遠に引き合う、そんな関係でいたいなと、私は月に願った。





*****





数日後。



「あら、今日は一個しか、増えてないわね・・・・・。」

「リコさん・・・・そんな数・・・・数えないで下さいっ・・・・。」

「だって「消すのが」私の仕事なんだもの。いいじゃない、本当に愛されてるわね。」

「・・・・!!!」

事務所のロビーで蓮の帰りを待っていて、リコさんは私のタートルをくいとひっぱると、そう口にした。真っ赤になった私は、愛ある厭味に何も言えなくなった。


「あっら、願ってもない人が、来たわ・・・・うふふ。」

「?」

「久しぶり。元気?」

振り向くと、ブリッジロックの他の二人が遠くに立っていて、リーダーは近寄って声をかけてくれた。


「わーっ・・・・お久しぶりですねっ。元気でした?」

「お、元気そうだね。よかったよかった。また今度飲みに行こうね。君の彼とのその後とか、戦況報告とか色々、全て聞かせてもらわないとね、というか、俺には聞く権利があるよね。」

でもさ、と言って、彼はリコさんがしたように、くいと、首筋のタートルを引っ張った。



「相変らず、仲いいんだね。」

「あ、あの・・・・・まぁ。」


苦笑した声に、私は多分、耳まで真っ赤だったに違いない・・・・・。


「確かに敦賀さんって、『温和で紳士』じゃないかもね。・・・おや、噂をすれば。」


石橋さんがタートルを離してくれて顔を上げると、微妙に引きつった笑顔の社さんと共に、蓮がにっこり笑って立っていた。

「キョーコちゃん、おまたせっ。あっれー石橋君。久しぶりだねぇ。」

社さんは、何とかこの場を仕切ろうとしてくれたのだろう、努めて明るい声でそう切り出した。

「どーも。」

「・・・帰ろう?」

蓮の優しい声に、私の背中に隠したモノが、何か嫌な空気を読み取っていたけれど。


それはきっと蓮の、優しい嫉妬、なのだと知っているから。


「くすくす、はいはい。じゃ、石橋さんお先です、また連絡しますねっ。リコさん、じゃーまた明日っ・・・・・。あー〜〜〜待って、蓮〜〜・・・・・・」















「敦賀さんの・・・・いやがらせのお返しはできたけど・・・・。石橋さん。近くまで敦賀さんが歩いてきてるって・・・・分かっていて、やりすぎですよ。また明日の私の「仕事」が増えるわ・・・・。」

リコはげんなりした表情で、そう漏らした。

「ははっ。頑張って、リコちゃん。オレにはこれぐらいさせてもらわないとさ。」

「あぁ、そうだ。あれが、敦賀さんの「極上の笑顔で大魔王」ですから。私も久しぶりに見ましたよ・・・・・。」


「なるほどね。笑顔で大魔王・・・って昔・・・キョーコちゃんが言っていた意味、少し分かった気がするよ、怖い怖い。ははっ。でも、まぁ・・・あれだけ互いに愛し合ってるってのも、羨ましいよねぇ・・・・。俺が割って入るトコなんか最初から無かったんだからさ。」


二人のもらした会話と、ため息に似た笑いは、キョーコの耳には届かなかった。




























長いものに御付き合いくださいまして、ありがとうございました&お疲れさまでした。
本誌の動向により、Hide&Seekは変更しないとですね。