「起きて。」
「・・・・・?」
「着いたよ。」
「ん・・・・・・・・、えと・・・・・。」

目の前が霞んで、彷徨う。
気付くと、敦賀さんのジャケットが私にかけてあって、暖かくてそのまま寝てしまったみたいだった。

「起きられる?」
「一人・・・・寝ちゃったんですね・・・・すみません。」
「疲れているね。大して飲んでなかったと思ったけど・・・・気分は?」
「酔ってはいません、大丈夫です。」

私なんかよりずっと敦賀さんの方が疲れているはずなのに・・・・。
本当に紳士な敦賀さんは、気遣いを忘れない・・・・・。

ジャケットを返して、付け加えておいた。

「敦賀さん、紳士なの、やめてもいいんですよ?私の前ぐらい。『運転してやっているのに勝手に寝るな』って怒ってくれたって。」
「ははっ、怒られたいの?」
「ふふっ・・・・いえ・・・・そんな事は、ないんですけどね。昔の敦賀さんなら、そう言ったかなって。今はあまり私にも・・・・何も言わなくなりましたね・・・・。だから、他の人と同じように気を遣ってくれているのかと、思っただけです。」
「昔のオレはそんなに、ヒドイ男だった?」

大魔王ですから・・・・・とは言わないけれど。
嫌われるような要素ばかりだったから・・・・・。
冷たかったけれど、それでも優しくして欲しい時は必ず紳士・・・・だったかな・・・・。

「・・・・・いえ・・・・、そうじゃなくて。最近のスケジュール的に、相当お疲れだと、思ったので・・・。私への気遣いなんて二の次でいいんですよ、と言いたかったんです。明日だって、ドラマ早朝から入って、お昼は映画でしょう?夜は確か雑誌の取材と撮影。今日は久しぶりに夜空いたのに・・・好きなお酒を飲めもせず、私の相手をして・・・・送って下さった上に・・・寝られたんじゃ、切れそうかなって・・・・。」

「ふっ・・・・くすくすくす、最上さんって、想像力豊かでいいよねぇ・・・・。そんな風には思わないけどね。ご飯は、一人で食べるより誰かと一緒に食べた方が良いって言ってくれたのは君だよ?君が一緒にご飯食べて・・・今オレに・・・魔法をかけてくれたんでしょ?」

優しい笑顔で、笑って、そう言った・・・・・・・・。

「・・・・・なっ・・・なんか、敦賀さんがその台詞を・・・言うと、何というか・・・あの、ものすごく・・・・・変・・・ですね・・・・。らしくないというか・・・・。」

一気に顔が赤くなったのが、分かった。
まさか、敦賀さんからそんな乙女な台詞を聞くとは思わなくて・・・・。

「なんで。君が言った台詞を繰り返しただけだよ?」
「そ、そうですね・・・・。」

敦賀さんのその台詞に他意がない事は分かっているんだけれど・・・・。

私はまた、『動けない魔法』に、かかってしまった・・・・・・・。


私が敦賀さんにかけた魔法は、『食事を美味しく食べる』魔法で。
私の『一番美味しいものを一番好きな人と食べたい魔法』とは違うんだけれど・・・・・。


優しい声で言われたそれが、まっすぐ私の心に、刺さった。

敦賀さんは、昔から私によく、魔法をかけてくれる・・・・・。

今度のは・・・・『動きたい魔法』・・・・・・。


『一歩』を踏み出したいと、初めて、強く思った。


個人的な感情などないと・・・・・・言われても。
やはり大事な人は作れないと・・・・言われても。

それでも・・・・・・・・・・。
一度でいいから・・・・・・・。



――私の事、好きじゃなくてもいいから。



あんな風にキスをして、抱いて欲しい・・・・・・・・・・・と。









「最上さん?」

なっ・・・・・・・なんてこと、私は考えているんだろう・・・・・。
しかも本人を目の前にして・・・・・・。
きっと、あんなシーンをお腹いっぱい見たせいだわ・・・・・。

「ご、ごめんなさい、ちょっと、おかしな妄想が・・・・。」

多分、私の顔は真っ赤になっていたと、思う。

「ふっ、くすくす、大丈夫?やっぱり酔った?」
「そ、そうかもしれません・・・っ・・・。あの、送って頂いて、ありがとうございました。明日は、あの、頑張りますが、怒らないで下さいね。」

「うん。期待してるよ、未緒以来の、君の怖い顔。」
「あんまりですっ・・・。みんな私の事、未緒未緒って。まるで代名詞のように。」

「くすくす、仕方ないよ。覚えてもらえたのがそれだったってのが、運のツキだよね。」
「敦賀さんの代名詞は嘉月になったのに・・・っ・・・ズルイです。美味しい役で。」

「美味しい役?どうかな。ドロドロの男だよ?オレがまるでドロドロな男みたいじゃないか。こんなに、「温和で紳士」なのに。」

「くすくすくす、だから、ドロドロになるまでとは言いませんけれど、温和で紳士・・・少しずつやめてみて下さいね。そんな敦賀さんが見られるなら、きっと、トーク番組とか殺到しちゃいますよっ。」

「は、いいよ。トーク番組なんて・・・・。」

うんざり、といった顔を敦賀さんはした。

多分、社さんが言っていた、今週放送だという例の紳士の話をした番組が原因だと、そう思った。本当に、敦賀さんを良く分かっていて、更にここまでうんざりさせる人が・・・・とても気になる・・・・。


「くすくす、今日はごちそうさまでした。えと、もう少しでドラマも終わりなので・・・お弁当最終日は、ハンバーグ、入れますねっ。」
「・・・・・ありがと。楽しみにしておくよ。」
「任せてください。じゃ、おやすみなさい・・・・。」


結局また、『一歩』も、進まなくて。
それどころか毎日、一歩ずつ逆向きに・・・・・進んでいるような気がする・・・・。
逃げて、嘘をついて、気持ちも隠して、それでも傍にいたいと、思ったのに・・・。
自分で自分の首を、絞めていただけ。

石橋さんのことだってもう関係ない。
でも、それを敦賀さんに言わない・・・のは。

もうこれ以上、自分が傷つきたくないから。

男女関係のあれこれなんて、敦賀さんに言えるはずもない。


触れたいと、触れて欲しいと・・・・・思うココロの裏側で、もう、アイツの時のように傷つきたくないから・・・・・・・。

そうして私の心はオセロのように、パタリパタリとココロが表と裏を行ったりきたり。

敦賀さんの優しい笑顔一つで、言葉一つで、白くなって。
現実と共に、黒くなる・・・・・・・・・・・。


そのうちすぐに、またショータローに捨てられた時と同じように、全てが真っ黒に、なる。



切望しなければ絶望はしないと、分かっていたから突き放したのに・・・・。



また同じ結果。
こんなに、敦賀さんに振り向いて欲しいと、切望している。



ただ・・・・ショータローのように気持ちを伝えて、望んで、尽くして、・・・・いるわけではないから、まだ、気持ちを伝えず、望まなければ、『いつものように』背を、向けられる事も、絶望する事もない。

まぁ・・・・背を向けられて・・・泣く・・・・・ような子供じゃあるまいし・・・・もう敦賀さんから卒業なのも、当然のこと。LoveMe部なんていうお膳立てが、守ってくれるものが、あってもなくても、本当はそうすべきだった。


いままでのようにいられない。
いつも一緒に仕事が出来るわけでもない。
付き合っているわけでもない。



傍にいる理由がない。



でもあと少しだけ、もう少しだけ、一番傍にいて、甘えていたかった・・・・・・・。


たったそれしか、望まなかったのに。
それすら取り上げられるなんて・・・・・・・・。


なのに他意もなく、動けない魔法と動きたい魔法、両方かけるなんて・・・敦賀さんは、卑怯。

敦賀さんを諦めもできず、まだ傍にいたくて。
抱きしめて欲しくて。


私の、「全て」で「絶対」が、また・・・・・・すぐ傍から無くなる・・・・・・・。



やっぱり、また、コーンと・・・・・ふたりっきりになっちゃったね・・・・・・・。



こんな・・・・どうしうようもなく押さえようもない激しい気持ちなんて、私、知らない。






*****************



「キョーコ・・・ちゃん・・・・。」

話の途中から小さくなってしまった私を、蓮はそっと腕の中に包んでくれた。

「嘘を、ついたのは、私・・・・隠していたのは、私。自分で自分の首を、絞めていたのは、分かってた。でも、どうしても諦められなくて、傍にいたかったの。ごめんなさい・・・。」

蓮は、何も言わず、ただ、ゆっくりと背中を撫でていてくれた。

「大丈夫・・・・オレは今でも君のかけてくれた、魔法にかかったままだから・・・・。」
「ごめんなさい・・・・・・・・・・・・・・・・。」

その優しい言葉に、私は蓮の腕の中で、さらに、小さくなった。

「・・・・・・・・・・オレの、せいだね。」
「え・・・・・・。」
「昨日・・・ひどくしたから。オレは確か、卒業の事を口にした・・・・・でしょ。勘のいい君が気付かないわけ、ないよね。・・・・・最近ね、なぜかあの頃の、夢をよく見る。君が傍から・・・・・いなくなる、夢。伸ばした手が届かなくて、目が醒める。相手が石橋のこともあれば、不破の事もある。もっと違う相手の事もあるし、いなくなり方も色々とバージョンがあって、」

「蓮・・・?私、ここにいる。」

「・・・・分かってる、けど。あの頃のキツかった記憶がそのまま反映されるのか・・・その夢があまりにリアルで。確かめても確かめても・・・消えてなくなってしまいそうで。あんなに君を抱いて確かめたのに・・・・今日の朝、またその夢を見て・・・・・起きたら君が横にいなかった。お願いだから・・・・朝のように・・・・一人でいなくなって、一人で泣かないで。君に泣かれると・・・・昔から・・・本当に辛い・・・・。昨日、ひどくしたのが原因なら、謝る、から・・・・・。もし君がいなくならないなら、オレはどんな事でもするよ・・・。だから、そこにいて。オレも、それだけで、いいから。」

耳元で、独り言のように囁かれる蓮の珍しく素直で直情的な言葉に胸が痛くて、私はただ、黙って抱きしめる事しか、できなかった。私が、やはり蓮を、不安に・・・・させていたから。

付き合いだした当初、蓮は一人でいる時によく昨日のような目を、していた。それは彼から奪ったという罪悪感と・・・だから傍からいなくなるかもしれないと、そういう不安だったの・・・・?確か卒業も、今頃だった・・・・。だからそんな夢を、見るの・・・・・・・?

「・・・・・・つかなきゃならない嘘や隠し事は・・・・誰にでも、ある。・・・・オレが鳥の君に何でも話していたからね・・・・。キツイ時の記憶なんて・・・思い出すの、辛いよね。でも、それが全部オレへの気持ちで出来ているなら、オレは、聞きたい・・・。そうだね・・・・全部聞いたあとで・・・・オレの話も、少しだけ、しようか。オレもね、頭がおかしくなるぐらい、君が好きだよ。だからね・・・。」

「ありがと・・・。朝ね、涙が出たのは・・・昨日蓮が、とても辛そうな目をしたから・・・・。蓮、愛してる。蓮が私に背を向けたら、あたし、もうきっと、ダメになる・・・・・。」



蓮の優しい腕の中で、指が、心が・・・・・強く、絡んだ。













*****


今日でクランクアップ。もう、卒業の日も明後日で。

今は、敦賀さんと主演女優さんは最後の甘ったるいシーンを撮っていて、他の人などは、とろけて壊れている。私と社さんは、少し離れて、一緒にその様子を見守っていた

「相変わらず敦賀さんて、魔性・・・ですよね。」
「キョーコちゃんだって、魔性だよ。こないだだって、本気で可愛かったし、本気で怖かったし、本気で可哀想だったよっ・・・・。それを蓮とキョーコちゃんがやるなんて・・・・二人ともよく知っている分・・・・見てられなかったよ・・・・。オレは、主人公の親友の子よりもキョーコちゃんに感情移入したんだから。」


嬉しいですけど・・・・それじゃダメじゃないでしょうか・・・・。
でも・・・・・本気だったんだもの。


やりすぎたかな・・・・。



敦賀さんに、別れを切り出されて、ヒドイ言葉を投げかけた日は、すっきりした。
言いたい言葉が沢山、詰まっていたから。

あまりにシンクロしすぎて、最後は、もう演技ではなく、本気で、泣いた。憑いていると思っている敦賀さんなどは、カットが入ったのに、さらに泣き出した私の背中をずっと撫でていてくれたものの、「さすがだね」と笑うばかりで、全く気付いていなかったけれど・・・・・。



『・・・・・「私を抱きながら、一体誰のこと、考えていたの?」「キライ、大嫌い。」「どうせ最初から、遊びだもの。途中から気付いてたわ。どうせならもっと上手に、だましてよね。」「あの子、私の親友なの。私と同じように大事に出来ないなら、付き合わないで。」』


『「あなたが、本気で誰かを好きになれるなんて・・・・思ってなかったわ。それが、私の親友なんて・・・・。あなたも私もあの子に救われた・・・・同じモノだったのね・・・・。」「もう、行かないと。最後に一度だけ・・・・抱きしめさせて。」「あなたに愛がない事知っていたけど、好きだった。大好きだった。」「お幸せに。式には、絶対呼んでよね。」・・・・・』



『「もう忘れなきゃいけないのに・・・・!」「助けて、誰か、助けて・・・・!」・・・・・』



「自分では大げさにしたつもりでも・・・・チェック入れると意外と普通だったりして。社さん、横で見ているからですよっ。TVで流れる時なんて、もっと普通なんじゃないですか?敦賀さんのベッドシーンだってTVだと随分あっさり見られましたけど。」
「いやいやいや・・・・それはもう。キョーコちゃんは蓮に張りますから。」

社さんは、ふるふると手を振った。

「あ、それ最高に嬉しい褒め言葉。それならよかったです、今回のお仕事引き受けて・・・・。」

「もう、今日で終わっちゃうよね。あっという間だったねぇ・・・。お弁当も今日で最後だし。蓮の仕事量が落ちたら、困るなぁ・・・・。」

「あはは、それはないですよ。あの人の仕事ぶりはお弁当なんかに左右されませんから。大丈夫ですよ。でも、体調が落ちる前に呼んで下さいね。夕飯ぐらい作りに行きますから。あ、そうだ。私、明後日LoveMe部、卒業、なんです。」

そういうと、社さんはじっと私を見た後、珍しく難しい顔をした。

「えっ・・・・・・知らなかったよ・・・・。蓮は知ってるの?」

「はい。でも敦賀さんには、明後日だと、言わないで下さいね。卒業試験っていうのがですね、私にはあって。そこで、演技をしなければいけないんですけど・・・・。その演技の相手、敦賀さんにお願いしているんです。でも・・・明後日のスケジュールも相当な量じゃないですか・・・。だから、明後日だと、まだ言ってないんです。」

何か考えるようにじっと私を見ていた社さんは、「そうだ」、と思い出したように口を開いた。

「キョーコちゃん。今日ね、例の番組放送だから。絶対に、見てね。蓮はね・・・・・・・・・・・・・・いや、うん。なんでもない。とにかく、見てね。蓮てばね、珍しくトークで本気出しているから。」

「ええ、なんだか相当内面抉られたみたいですね・・・・。たまに独り言のように彼の話が出てきて・・・・・・。くすくす。ちょうど収録の日に電話をする用事があってその時「温和で紳士」を少しだけやめてみてはどうですか、と言ってみたんです。その方が、敦賀さんも『楽』になれますよって。そうしたら、その対談された方が同じようなことを敦賀さんにおっしゃったと聞いたので・・・・敦賀さんのことすごく良く分かった人なのかと、思っていました。」

「キョーコちゃん・・・・それ、蓮に、言ったの?『楽』になれるよって?」

社さんはびっくりしたように目を丸くして、食入るように私の目を覗きこんだ。

「え?ええ・・・・。」

それに驚いて、それだけ返事をすると、社さんはにっこりと笑って、また、いつもの顔に戻った。

「そう、そうそう。うん。なんでもないよっ。終わった後、彼に一緒に飲みに行くよう誘われていたから・・・・なぜかとても気に入られているみたいだったけどね。初対面なのに蓮の内側にさらりと入っていける人だから、それはそれで、珍しいよねぇ・・・・。」

「へぇ・・・・それは、珍しいですね。」
「いや、キョーコちゃんも珍しい人の一人、だから。」
「「温和で紳士」な敦賀さんに初対面から嫌われうる事が出来るのは、私ぐらいですから。それは自慢できますよね・・・・ふふっ・・・・。」
「もっと・・・・違う所で自慢、してほしいのにな・・・・・。」
「え?」
「いや、何でもないよ。あ、終わったみたいだね。水、渡してくるね。」

社さんは水を取りに横を離れた。

敦賀さんは中央から私に向かって手をひらひら振っている。向かうと、オーケーの声と共に上がった拍手と花束を受けた。監督とスタッフさんと共演者さんと次々握手をしてはお礼を述べて、挨拶をずっと受けていた敦賀さんに、最後お礼を述べた。

「今度は、同じ部で一緒に出来る時が・・・・あるのを楽しみに、しています。ありがとうございましたっ。」
「うん、そうだね。仕事、またハードになると思うけど。がんばろうね。」
「はいっ・・・。」

差し出してくれた手を握り返すと、「頑張ったね」、と言って、空いた手で背中を撫でてくれた。その手があまりに優しかったから、楽しかった撮影中の事が急に思い出されて、また泣きそうになった。主演女優さんなどはもう、色々な人と握手をするたびにずるずる泣いている。

我慢をしたつもりだった・・・・けれど。
鋭い敦賀さんには、すぐにばれてしまった。

「泣けば?終わってほっとしたんでしょ?」
「え・・・・?」
「泣きそうな顔、してる。」
「ふふ、敦賀さんには・・・・いつまでたっても勝てそうに、ないですね・・・。」


握ったままだった手を離して、「ウソです、ごめんなさい」、と言うと、敦賀さんは苦笑した。


私は・・・・・終わってほっとしたの・・・・?

ううん・・・・ちがう・・・・。


「オレに勝とうなんて・・・・同じ部になったら言ってね。」
「ふふ・・・・そうですね・・・・。」





離した手が淋しくて・・・・・しかたがなかった・・・・・。