ドラマの進行も大詰めで、濃厚な敦賀さんのシーンは、どんどんエスカレートしていく。それを演技の勉強だと、客観的に見ようと思っても、どうしても主観が入る。社さんが横で「キョーコちゃん、蓮のは演技だからね。」とそう言っていた。

深くキスをして、優しく抱きしめて・・・・そっと服に指を入れて脱がせて。敦賀さんも上半身服を脱ぐ。相手女優さんも、演技が出来なくなっているのは分かる。敦賀さんの手に、どうしようもなくなってる。台詞を忘れる、噛む、いい間違える、から、何度も取り直しが入って、私の頭の中はだんだん麻痺していく。敦賀さんの演技がぶれる事は、ない。そしてとにかく撮り上げようと必死な女優さんに、優しい。

だんだん頭の中が麻痺して、場面が全てスローモーションにコマ割りされたように右から左へ流れていく。

演技として敦賀さんのそれを見られるようになった頃、オッケーの声が入った。

気付くと、半裸の敦賀さんがシャツを着なおしながら、目の前で苦笑していた。

「瞬きしないと、目が乾くよ?」
「あ・・・・・・・すみませんっ・・・・・。」
「恥ずかしいでしょ、そんなにじっと見ないでよ。」
「勉強、ですから・・・・。」

敦賀さんはまたお腹を抱えて笑って、「そんな勉強しなくたって・・・・」と吹いた。

「はぁっ・・・そうですね、すみません。あまりに敦賀さんの演技が、何度演ってもぶれないので・・・・感心して・・・見ていました。」
「それはどうも。褒められて嬉しいです。とでも言えばいい?ぶっ・・・くすくす。」
「や、あの・・・・。」

「蓮、はい、水。キョーコちゃんのも持ってきたよっ。」

「あぁ、ありがとうございます。」
「え?すみません・・・。ありがとうございます。」

社さんは、きっと私が動揺していたのに気付いて、助けてくれたのかな。

でもあんな演技を・・・・横で見ていて、普通でいられる人が、いるのだろうか・・・・?


――あんな演技、私にはできるのだろうか・・・・・・?
――敦賀さんとキスするだけで、こんなに動揺しているのに。

「・・・・よね、キョーコちゃんっ。」
「はい?」

社さんの、「あー・・・」という声と、敦賀さんの「ふぅ」、とついたため息が同時に耳に入った。

「また、聞いてなかったの?」
「ご、ごめんなさいっ・・・・・。」
「ご飯、食べに行きませんか?」
「え?・・・・えと。はい。」

そういえば、敦賀さんとご飯・・・・何ヶ月ぶりだろう・・・・石橋さんと会うようになってから・・・・あまり誘われなくなった・・・・。気を遣ってくれているのだと、思っていた。

「蓮、じゃあオレは、事務所寄ってくから。」
「・・・・・・。送りますよ。」
「ん、いいや。近いし。行って来て。」
「えーっ・・・社さん、行かれないんですかっ?」
「うん、まだオレは仕事あるからっ。キョーコちゃん、蓮に思いきり、美味しいものねだってきなよ?いつも蓮のお弁当、作ってくれてるんだからさ。おかげで蓮てば、ドラマに映画抱えてるのに・・・・絶好調なんだからっ。最後まで絶対にものを食べない蓮がね、ちゃんと全部食べてるんだよ。ホント、キョーコちゃんをお嫁さんにもらった方がいいって、蓮。じゃぁねっ。」

社さんて、元気だなぁ・・・・・。
敦賀さんがしゃべらない分、社さんばっかりよくしゃべっていて。
これはこれで釣合がとれているのかもしれないけれど・・・・。

私はこのドラマの間、LoveMe部最後の使命として、敦賀さんの食生活改善担当になっている。

「そうだね、何がいい?やっぱりいつもの?」
「えと・・・・・・・・。」
「姿焼き?」
「・・・・いいですよ。」
「あれ・・・・・・もしかしてお腹、すいてないの?」
「いえ、敦賀さんとご飯食べに行くの久しぶりなので、久しぶりにいつもの会話もしてみました。ふふっ・・・・でも・・・・姿やき、食べに行きますか?一度くらい、付き合いますよ?」
「ごめん・・・・・行かないけど・・・・本当にどうした?元気がない。」
「いえーっ。多分、何度もベッドシーンなんて見せられたので、おなか、いっぱいになったんですよっ。でも連れて行ってくださいね、美味しいトコ。」
「・・・・・・・・・」
「敦賀さん?」
「ん?うん、美味しいトコね。オレは車だし飲めないから、食べるだけだよ?」
「いいですよっ。私、酔ったら、敦賀さんちに行っちゃいますから。」
「子ども扱いに怒ったくせに。」
「・・・・ふふ・・・・。」

ベッドシーンを頭が麻痺するほど見せられて、胃はとても縮こまっていたのだけど。

敦賀さんとの食事なんて、本当に久しぶりで・・・・・。
誘ってくれたのが、嬉しかった。


石橋さんのように、敦賀さんなんて、絶対に誘えないから。









******




「キョーコちゃん・・・・ちょっと待った。なんで、彼のようにオレは誘えなかったわけ・・・・・?だからオレは、君が石橋と付き合っているって思っていたし、疑わなかったんだけど。」

「えっ・・・・?何でって・・・蓮、信じられないぐらい忙しかったでしょ、仕事。今もだけど・・・・。私からなんてとても誘えないじゃない・・・・。いちいち社さんにスケジュール聞くわけにも・・・・いかなかったし。しかもおかしいでしょ、「私」が「敦賀さん」を誘うなんて。」

「そんなの・・・・・よかったのに。「君」が「石橋さん」は誘えて、「オレ」を誘えないなんて、おかしいじゃないか。彼だって忙しいヤツだし・・・・。あぁ今度、姿焼き、食べにいこうね?先生なら、きっといい所知ってるよ。紹介してもらおう・・・・。」

「い、いいわよ・・・嘘ついていた・・・・お詫びなんて・・・いくらでもするわよ・・・。」
「・・・・・・ゲテモノオンリー・・・・・・・どう?」
「いーーーーーーわよっ。のぞむ所よ・・・・・。」
「くすくす・・・・素直じゃ、ないよね・・・・・・・くすくす・・・・・。」














*****






目の前には、ハンバーグと私の赤ワイン。敦賀さんは同じものと水が、置いてある。

「美味しい・・・・久々にハンバーグ食べましたっ・・・・。」
「良かったね・・・・・。」
「はいっ・・・・。」

やっぱり、ハンバーグを前にすると顔が綻ぶ。敦賀さんが好きそうな、飲むためのお店なのに、敦賀さんはわざわざお願いして頼んでくれたみたいで。単純にも、久しぶりにテンションが上がってしまう。

敦賀さんお気に入りのお店らしくて、敦賀さん用の離れと仕切りに、敦賀さんのおうちにあったような、ソファが置いてある。

「これ、敦賀さんのおうちのみたいですね。」
「頼んで置いてもらったの。たまに来るから。」
「へぇ・・・・。敦賀さんのおうちにだって沢山お酒、並んでいるのに・・・・。」
「ん?あぁ、気分転換したりする時にね、来るよ。」
「敦賀さんも、飲むの好きなんですもんね。酔ったりしないんですか?」
「・・・・・・記憶を飛ばすまでなんて・・・飲めないよ、くすくす・・・。」
「あ・・・・墓穴を掘りました・・・・・。」

敦賀さんは笑って一度水を口に含むと、ハンバーグを一欠片、口に運んだ。

「でもハンバーグ好きだね、本当に。」
「ええっ。おいしいです。でもいつもハンバーグで・・・・ごめんなさい。」
「・・・・・・良かった、なんだか元気が・・・無かったから。」
「そんなこと、ないですよっ。」
「やっぱり、彼がいるのに・・・・誘ったの、ダメだった?」
「いえ、あの・・・・。」
「そうだよね・・・・。でもさ、ハンバーグ・・・彼とあまり食べに行かないの?」
「あれ?そういえば、食べに行ったこと、ないですね。あ・・・・食べに行くというより飲みに行くことの方が多いですから。ハンバーグ自体置いてないんです。」
「あぁ、だからよく酔うの・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

私がハンバーグが好きなんて事を知っているのは、ショータローと敦賀さん、だけだもの。
石橋さんに、わざわざ言ってまで連れて行ってもらおうなんて、そういえば・・・思ったことが無かった気がする・・・・・。


そういえば・・・・・・・昔、モー子さんに言ったことがある。

「一緒にいる人が大好きな人ほど、美味しいものをもっと美味しくさせちゃう魔法」って・・・。

逆も然りなのかもしれない・・・・。
好きなものを好きな人と、食べたいのかも・・・・・。

一番好きな食べ物だから、なお更なのかな・・・・・・。


「敦賀さん。誰かと一緒に食べるご飯は、美味しいですよね?」
「ん?・・・・うん。そうだね。」
「ですよねっ。うん。」
「一人で何を、納得したの?」
「え?魔法に、かかってるんですよ、私。」

『一番美味しいものを一番好きな人と食べたい魔法』

敦賀さんとだけ、食べられれば・・・・いい・・・・・。

そう言ったら、敦賀さんは苦笑したものの、バカにはしなかった。

「それは何の魔法なの?」
「美味しくご飯を食べる魔法です。」
「誰かと一緒に食べるって事?」

それも当たりと言えば当たり、だけれど・・・・・・。

「ご飯は、一人で食べるとダメですよっ。つまらないし、美味しいものも美味しくならないですよ?だから、敦賀さんも出来るだけ誰かと食べた方が、いいです。そうしたらもっと、ご飯食べられるようになると思います。」

「じゃあ最上さんが、一緒に食べてくれる?」

はい・・・・・・・・・・?

あぁ、似非笑顔・・・。
なんだ、やっぱりバカに・・・しているんじゃない・・・。

「敦賀さん、その笑顔だけじゃ・・・・・私はバカになんて、できませんよ?」
「ウソウソ。君のお弁当だけで、十分、魔法は効いているから。仕事、本当に順調だよ。ありがとう。」

え・・・・・・?

「そ、それは良かったです。作っている甲斐があります・・・・・。」

目が合って、私は固まった。
そう言って微笑んだ敦賀さんの目は、とても穏やかで、似非じゃなかったから・・・・。

夢を、見させてくれているのか・・・・・。
それとも・・・・本当に魔法にかかってしまったのか・・・・・。


今度は『動けない魔法』にでも・・・・・・・。

この魔法は・・・・いけない・・・・・禁断の魔法だわ・・・・・・。
私の気持ちも、動かせなくなってしまう・・・・・。



「卒業の事でも・・・・考えているの?」

ぼんやり赤ワインのグラスで遊んでしまった私の頭上から声が降ってきた。

「あっ・・・・・・・そうでした・・・・。」

そ、そうだった・・・・・卒業・・・・・・・・・・・・・・・。
すっかり忘れていて・・・・・・。

「ごめん・・・・・・違ったのか。思い出させて、しまった?」

一気に沈んでしまった私に敦賀さんは、ごめんね、ともう一度言った。

「ち、違うんです・・・卒業は嬉しいです。やっと、俳優として少し認めていただける訳ですからっ・・・・。」
「・・・・・・・そう、だね。でも、どうして今、卒業なの?」
「さぁ・・・・社長さんは、ただ卒業だとしか言って下さいませんでした・・・。」

『今度ラブミー部から卒業して、俳優部の一員として蓮にも誰にも頼らず、一人でがんばりなさい』と・・・・・・・。

それは、暗に敦賀さんに頼りっぱなしの私の情けなさを指しているに違いなくて。敦賀さんに追いつくどころか・・・甘えっぱなしで・・・・。社長は、それを見抜いてる。だから、モー子さんの時にはなかった卒業試験なんて、私には設けられていて。だからもしかしたら、相手を敦賀さんにしてしまったこと自体・・・・ダメだったかもしれない・・・・・。

特に愛を欲しいと願ったわけでも、口にしたわけでもないのに、卒業。
なぜなのか、私が知りたい・・・・・・。

「大丈夫・・・・?君が意識を飛ばす前にそれ、飲んだら帰ろう?」

どうして、飲むと考えたくないことばかり頭をよぎるのだろう。目の前に敦賀さんもいるのに・・・・。こうして、いつも一人考え込んでしまうから、気遣わせてしまう・・・・。

「すみません・・・また黙ってしまって。酔ったわけではないんです。明日も早いんでしたね・・・敦賀さん明日撮りの分、もう入れてあるんですか?」
「ん?もちろん。もしかして、入ってないの?」
「いえ・・・・大丈夫、ですけど。」
「怪しいな・・・・・。」
「なんなら、ここでお相手、しましょうか?」
「いや、いいよ。君と別れるシーンなんだから。こんなトコでやったら騒ぎになるよ。くすくす・・・・。」
「そ、そうですねっ・・・・・。お互いすごい台詞のオンパレードで。明日ももちろん本気で演技しますよ?敦賀さんに本気でヒドイ台詞、投げかけますから。先に謝っておきます・・・すみません・・・・。」
「そうだよねぇ・・・ヒドイセリフバカリデ、キズツクヨネ。」
「なんです、その素人台詞口調・・・・・。言わなければならない後輩の私はもっと、緊張するんですよ?」
「え、緊張なんてしているの?いつも素晴らしく憑いてるのに、くすくす・・・・。」

敦賀さんは笑うばかりで、そのあと仕事の事は何も言わなかった。



私を送ってくれた車内で、敦賀さんは試験の日はいつかと聞いてきた。

実はもう一週間後・・・・・。

最近の敦賀さんのスケジュールなんて、お弁当作りが決まった時点で1か月分、社さんに手帳をコピーさせてもらっている。

来られる日じゃない事は分かっていた。だから、まだ決まっていないと、また嘘をついた。来て欲しいなどという我侭が、とうてい言えるような日じゃなくて。相変わらずの多忙ぶり。夜も11時にならないと空かない状態。


――もう、あと一週間で、全てから・・・・卒業・・・・・・。


私はこうして二人でご飯を食べに行こうと、『一歩』なんて・・・とうてい踏み出せない・・・。


このまま、今のままが、一番心地いいのに・・・・・・・。