次の日の朝目が覚めると敦賀さんのおうちのゲストルームで。
私はパジャマを着ていて、驚いた。

――な、なんでこれを着ていて・・・・どうしたんだっけ・・・・??????

まだ朝の5時過ぎで、パニックと共にどうしようもなくなり、キッチンで朝食でも作ろうかと冷蔵庫を開けると、物音に気付いた敦賀さんが水を取りに来た。

また泊めてもらった事と、何も覚えていない事をあわてて謝罪した。

「いいけど・・・・・。起きて大丈夫?」

「あ、はいもう大丈夫です。今日は・・・・椹さんのトコに行かないと・・・ですよね。台本ももらわないと・・・ですし。」

「そう・・・だね。行くなら朝、送ろうか。オレも朝事務所に寄って行くから。」
「えっ・・・・朝から・・・・乗って平気・・・・ですか・・・・?」
「何。何を心配しているのかな?何度もこうして酔っては泊まりに来る、最上さんが。」
「はっ・・・・す、すみません・・・・。」
「くすくす、いいけどね。オレも台本取りに行かないといけないし。まさか、疑う人はいないだろ。」
「敦賀さんに疑う人など・・・・いないかと・・・・。」
「何?何か言った・・・・?」
「いえ。何も。」

そのまま朝、一緒に車に乗った。
途中で社さんを拾うと、多分勘違いをしたのだろう、驚いて助手席で汗をかいていた。

「キョ、キョーコちゃん、おはよ。朝からどうしたの?」

「あのぅ・・・・昨日も・・・また気分が悪くなって・・・・泊めていただいちゃいました・・・・・。ドラマ、次のが敦賀さんと一緒で・・・・台本を取りに。」
「蓮・・・?」
「ええ。」
「そう・・・。いいんだけどさっ・・・、キョーコちゃんの着ているシャツ、蓮の?」
「あ、やっぱり少し大きいですよね。貸してもらったんですけど・・・・。」

「あの「彼」だっけ・・・・?は、大丈夫・・・なの?事務所で・・・・会わないと、いいね。」

社さんが言う「彼」とはやはり石橋さんのこと・・・・かな。
皆、そうやって勘違いを・・・・・してくれているんだな、と思った。

「・・・・あ、大丈夫・・・・ですよ。別に。」
「それならいいけど・・・・。あ、蓮・・・・」

それだけ言うと、社さんは敦賀さんの今日のスケジュールについて語りだした。

ぼんやりと事務所まで流れていく風景を眺めて、私は敦賀さんを目の前にした後の、思い出せない昨日の自分に対して、溜息をついた。





*****




しばらくした日の夜、収録後石橋さんに、例の隠れ場所に呼び出されて。

「この間の次の日・・・・敦賀さんと朝から一緒だったって聞いたけど・・・・。」

やはり事務所内で噂になったのだろうか・・・・。

世間では私は石橋さんと、と思われているのだろうから、誰かがそれを彼に教えたのだと、思った。

「あの日は・・・気分が悪くて。帰れそうに無かったので・・・・。」
「えっ・・・・泊まったの?」
「いつも勝手に行ってしまうんですけど。」
「敦賀さんはいつも泊めて、くれるの・・・?」
「弱り目にはとても優しい人ですから。」

珍しく不機嫌そうな彼が、目に入った。

「石橋さん?どうしたんですか・・・?」
「いや、友達だと言っていても・・・嫉妬も何もね、しない訳じゃないんだよ?」
「・・・・・・あの・・・・・・。」
「夜中に男の一人暮らしの部屋へ行くことが、どう言うコトか・・・・分かってるよね・・・?それとも敦賀さんだから、どうなっても平気、なのかな。オレの部屋だったら、来る?来ない?」
「石橋さんのおうち・・・・・・?」


――石橋さんのおうちに・・・・酔ったら・・・・行くかな・・・・・?


石橋さんはそう言うと、私はぐいと引き寄せられて、口付けられた。びっくりして、ただ、固まったまま、スローモーションで流れるその場面を他人事のように見ていた。とても冷たい唇が離れて、彼は身体を離してくれた。

「こういう、コト。もっと更に進んでもいいけど。」
「あの・・・・・・・・・。」

こう言うコトが初めてで、一体どうしたものか・・・・・ただ、私はどうするでもなく、勝手に目が泣いていたようだった。

「え・・・・もしかして、初めて、だったの・・・?本当に誰とも付き合ったこと、ないんだ。しかも敦賀さんとも・・・何もしてないの?」

「い、石橋さん!!!!!!何をするんです!!!!!!!!!!」

「何もしないと、言っていたんだけど・・・さすがに・・・・。・・・・・ねぇ敦賀さんは本当に君が泊まりに行っても何も、しないの?」

「しませんっ!!!!!!!」
「・・・・・・・・・・。」
「敦賀さんと私はそういうコトは、一切ありませんから!!」
「そう・・・・・。オレは嬉しかったけど・・・・・・・。」
「・・・・・・・いいんです。」

あんまりにあっさりした最初、で。
どういうものか考える暇も無かった。
彼は「君が好きだよ」それだけぽつりと言うと、「離せなくなるから一人で帰って」と言われて。
私はどうウチまで帰ったのか・・・・気が付いたら、コーンを握り締めて、部屋にいた。

社さんが心配した理由が分かって。
あんまりの最初の普通さに、もう涙も出ずに、ただ、ぼんやりと朝を迎えた。




*****



その後は・・・・短いスケジュール間でドラマの撮影が始まり、石橋さんと会う機会が減り、今度はまた敦賀さんと一緒になる機会が増えた。しばらく石橋さんには会いにくくて、それは幸いな事で。

最近石橋さんや敦賀さんの一挙手一投足に・・・・自分の気持ちがブレて・・・・振り回されていることに気付いた。

けれど、敦賀さんの演技をまた真近で見られるようになって、沈んだ気持ちが随分と浮き上がるのが分かった。やっぱり、敦賀さんの演技を見れば見るほど勉強になって、好きだと言う気持ちを差し引いても、やっぱり自分の最も尊敬すべき人には変わりなくて。ただの、仕事上の役なんかのたわいない会話でも、本当に嬉しかった。

ただ、仕事だとは分かっているけれど・・・・敦賀さんと二度ほど・・・・ドラマ内でキスをしなければならなくなってしまって。

初回放送分は、別れ際の、軽いキス。リアルに描く必要が無かったから、ただただ、やりすごすだけ。また景色がスローモーションで流れて、敦賀さんの乾いた冷たい唇が軽く触れた気がした。敦賀さんの甘い香りがして、息がかかって・・・・極限まで近づいた顔に演技が出来たかどうか、わからない。

私の役は、敦賀さんと最初付き合ってはいるが、親友の主人公の邪魔役だし、初回から主人公の女の子の前でしなければならないこのキスで、「また」視聴者に恨まれる役で。

またあんまりの普通さとオーケーが出て離れた後の敦賀さんの無表情と無感情さに、その日もどうやって帰ったのか・・・・敦賀さんは何事も無かったかのように「送るけど」と言ったのを、石橋さんと約束があると、嘘の理由をついて断り、一人で帰った。


仕事は仕事、そう思ってまたコーンを取り出して、朝までうつらとしていた。出来た事と言えば、明日撮り分の台詞を反芻できたぐらい。ドラマ慣れ映画慣れしている敦賀さんには、全くもって当たり前のことで。「執着していては、上に上がれないぞ。女々しい。」と、昔・・・・鳥として言われた事を、なぜか思い出していた。






*****



「・・・蓮が、初めてだったの。良かった。最初が、蓮で。覚えていないのが悔しいけど・・・・。ちゃんと私の感情も、蓮の感情も、あったのね。・・・・・酔って蓮にキスするなんて相当思いつめてたのかな、私。くすくす。でもね、ちゃんと覚えているキスは・・・・全部私にとって何の感情も無いモノで。それが立て続けに続いていて・・・・確か、キスなんてちっともいいものじゃない、もうするもんかと、あの時固く誓った気がしたけどね、ふふっ。なんでもよく固く誓ってたな・・・・私。」

軽く蓮に一度キスを落として、私は少し満足した。

「・・・・・・君、オレが演技で何の感情も無くキスをしたと、思ってる・・・・?」

「・・・・ふふっ・・・・・どうかな。あの時はあまりに、蓮てばいつもの通り・・・無表情でね。初めて蓮とキスしたのが嬉しかったのか恥ずかしかったのか哀しかったのか・・・ただもうパニックだった気がするけど。」

「君、固まったまま大きな目でじっとオレを見てた。そんなに見なくても・・・と思って、離れた気がするけど。まぁ、『驚いた表情で』と書かれていたし、離れた後一瞬赤くなって・・・・あれはあれであの役の性格らしくて、いい顔だと、思ったけれどね・・・くすくす。それにオレは『感情などなく冷たく』って書かれていたもん。確か君とは軽い付き合いで、オレも軽い男・・・だったのが一人だけを好きになり始めて・・・・・・最後は君と別れる役だったと、思ったけど。」

「うん、そうね・・・。私は軽い付き合いだと知っていたのに蓮を本気で好きで、最後は諦める役だった・・・。でもあのドラマで、私があの演技をしたから・・・社長は、卒業をね、言ってくれたんだと、思うんだけど。」

「・・・・・・・・?」

「あとで社長が教えてくれたけど・・・・私が繋ぎとめようとか諦めるなんていう演技が、うまくできるとは思わなかったんだって。どちらかというと、卒業前に試しに使ってやろうって思ったみたい。ダメなら、違う人ちゃんと用意していたんだわ・・・多分ね。だから、蓮を前にして演って、本当の気持ちも・・・・蓮についていた嘘も、社長にはすぐに見抜かれちゃったみたい。どうしてあんなに鋭いのかしら、社長って。だからこそ、ウチの事務所の社長なのかもしれないけど・・・ね、ふふっ。・・・・・そういえば蓮て・・・・私の事、いつ好きになってくれたの・・・?くすくす・・・。」