だから、笑顔で祝福してくれた敦賀さんは、本当に私を思って笑ってくれていると、分かっているんだけれど・・・・・・・・切なくて、苦しくて、卑怯だと分かっているのに、それを黙って聞いてくれる石橋さんと会う日が続いた。

モー子さんは忙しいと言って中々会えないし、リコさんに一度言ったら「絶対石橋さんには断って、敦賀さんにも謝るべき」って怒ってしまったから。


それ以来、ちょこちょこマスコミに撮られては、周りから冷やかされて。にっこり笑うだけの私は、敦賀さん仕込みの似非笑顔の練習の成果が、出てきたと思った。


そんな状況が一年近くそのまま続いて、私たちはずっと嘘というか、友達として、ご飯を食べに行く関係を続けていた。石橋さんは本当に面白いし、同じ年代の友達、特に男友達などショータローのせいで皆無の私には、先輩というより本当に友達のように、徐々に彼との距離は、縮まっていった。

でも石橋さんは、私を好きだと言うのに、他の人のことを言っている私のことを、どうしてこう聞いてくれるのか・・・・・。私が敦賀さんの恋の相談なんかに乗らなければならない日が来たらこんな風に笑って、ずっと聞いていられるのだろうか・・・・?

「石橋さん、あのぅ・・・・その、いつもいつも私の話を聞いてくれますが・・・あの。」

「あぁ、いいんだって。オレに話してくれるんだから。他の誰でもない、ね。敦賀さんのこと、全然忘れられないんでしょ?・・・・・でもオレのこと偽善者だと、思う?」

石橋さんは、敦賀さんのようにくすり、と口元だけが笑った。
それを見て、なぜか私はどきりとして、思わず視線をそらしてしまった。


友達のように接してきたのに・・・・一瞬違う人みたいだったから・・・・。


「・・・・そんなっ・・・・それは、私、です。苦しいから話を・・・・聞いてもらってるなんて・・・・ましてや、そのぅ・・・・。」

「君はLME内で「坊」の事、誰にも言わないように椹さんにお願い、してるんだってね。」

「・・・・・・・・・・・なんで、それを・・・・・・・・・。」

「坊の事、どうして誰にも、言わないのかな?何か、あるんでしょ?普通さ、ゴールデン枠の番組に出てるってだけで、誰か知っていても良さそうなのに、あの事務所で誰もあの坊の中身を知らないなんて、おかしいだろ?しかもそれが「京子ちゃん」だよ?まだ続けてるってだけで、話題騒然、のはずなのにさ。スタッフだって誰もマスコミに言わないし。まぁそれはあのプロデューサーのご機嫌伺いかもしれないけど・・・・・ね。京子ちゃんが売れちゃったから、あの人・・・・・気に食わないみたいだし。ははっ。」

「・・・・・・・・石橋さんこれからも、ご飯、お付き合いしますから。それ、絶対にこれからも、言わないで・・・・・下さいね。」

「ね?オレはずるいんだよ。悩みを聞くふりをして、ね。君の弱みをつつけば、こうしてついて来てはくれるって知ってるんだ。先輩のふりをして、いい人のふりをして・・・・。」

「でも、石橋さんはそれを私に言ってくれている時点で、偽善者でも悪い人でも、ないと、思います・・・・ましてや私の相談にまで・・・・。」

「京子ちゃん?そう言うコト、無防備に言わない方が、いいよ。帰せなくなるから。敦賀さんにも・・・もしかして、そう言うコト、良く言ってるの?」

彼は、苦笑いを浮かべてそう言った。

つい、私も頼りすぎていたのだろうか・・・・・。

「あの人は、異常に口説かれ慣れていますよっ。何度も口説かれてるトコ、見てますから。」
「ははっ。敦賀さん、そうなの。」
「・・・・・・・?」
「なんでも、ないよ。ま、これからも君がご飯を食べに一緒にいく約束・・・・いや、確約が取れたし・・・・・今日のオレの収穫は、あったかな。」

にっこりまた笑って、彼はそこにあったグラスを手に取った。
私も石橋さんに付き合って、飲むことに、した。






敦賀さんについた嘘は、どんどん多くなっていく。

鳥の事、彼のこと、自分の気持ち・・・・・・ショータローのこと。

正直、ショータローを見返す事は目標ではあるけれど、敦賀さんがこんなにも好きになってしまって以来、アイツの事は私の中で半分になった。敦賀さんに追いつく事と、アイツへの復讐・・・・今はどっちが重いかな・・・・・・・。そこに敦賀さんへの個人的な気持ちが乗ると・・・・・どう考えても、敦賀さんの天秤の方が重くなる・・・・。

どうしてこう、アイツで懲りたはずなのに、また、自分の中で「絶対」を作ってしまうんだろう・・・・・。「絶対」は怖いのが、分かっているのに。ショータローのように、16年も愛し尽くした「絶対」が壊れた時・・・・・・私も変わった。


――じゃあ、敦賀さんの「絶対」は・・・・・・?

でも役者を続けている限り、あの人は私の前に立ち続けてくれると、そう約束してくれたから。だから、この距離を壊さないように、するだけ・・・・。

――そうすれば、私も壊れない・・・・・・。
――そうすれば、ずっと私の前で演ってくれる・・・・・・・。
――そうすれば、私の目標は無くならない・・・・・・。


だんだん意識が、目の前が・・・・・ぼんやりする。
そのくせ自分の一番考えたくない事ばかりが、頭をよぎる・・・・・・。
敦賀さんにも、石橋さんにも、モー子さんにも・・・・誰にも言えないことばかり・・・。


――鳥の事、もう、敦賀さんに言わないと・・・・・いけないのかな。


「京子ちゃん。大丈夫?」
「はい・・・・・・?」
「すごく・・・酔ってるね。そろそろ、帰ろうか。」
「そうですか・・・・?・・・・あれ・・・すみません、電話・・・。」
「オッケ。先に出てて。」

私は促されて立ち、ふらりと入り口にあった椅子に腰掛けた。

「もしもし・・・・?」
「こんばんは。」

聞きなれた優しい声が、耳に響いた。

「敦賀さん・・・?こんばんは・・・・。」
「大丈夫?ちょっと知らせたい事があって。」
「大丈夫です・・・・・。」

「今度ドラマ、また一緒にやることになったよ?」
「え、ほ、本当ですかっ・・・・・?」

のんびりしていた頭が、少し冴えた。

「うん。さっきオレも聞いたトコでね。明日あたり椹さんが教えてくれるんじゃないかな。ウチからは、オレと君がって聞いたからね。一応ドラマが決まって・・・・喜ぶかと思って、電話したんだ。」

「わざわざありがとうございますっ・・・・よろしくお願いします。」

「うん。よろしくね。なんか、声がいつもと違うけど・・・どうしたの?」

心配してくれているらしい、穏やかな声が・・・・耳に心地よかった。

「あ・・・・すみません、敦賀さん・・・・さすがですね・・・少し、気分が悪くて。」
「大丈夫・・・?送るよ?今、どこにいるの。」

「いえ、いいんですっ・・・・あの・・・・。」

「あぁ・・・・「彼」と一緒にいるのか。ごめん、それなら電話なんてして、邪魔したね。じゃあ、夜も遅いし・・・・・ちゃんと送ってもらってね。おやすみ。」

私を気遣った優しい声に、一気に胸が掴まれたように痛くなった。

「・・・・・・おやすみなさい。」



――手放した「背中」は・・・・・・・大きくて。
――大きすぎて・・・・・・・・・・・・・。


その、どうしようもない、行き場のない気持ちに・・・・・胸が痛くて、その場で涙が溢れた。

出てきた石橋さんは、私がただ、泣き上戸になったのだと勘違いしてくれた。


石橋さんと別れた私はそのまま、私は敦賀さんのおうちへ向かった。
どうしてそうしたのか・・・・・・・・・・その時はただ、夢中で。

彼と飲んでいた言い訳をしたいわけじゃ、ないのに。

全てを言えるはずも、ないのに。

切なくて。ただ、苦しくて。


*****************

「蓮・・・・・覚えてる?私が、そうして行った日のこと。私、あんまりよく覚えていなくて。ただ、会いに行った記憶だけ・・・ある。」

「・・・・・・・・またか、と思った日。思い知らされた・・・・日。あのとき電話したの、確かもう夜11時を過ぎていて・・・・。そんなに遅くまで君と飲んだりした事も、無かっただろ・・・?」

「私は・・・・とにかく、蓮に会いに行かなきゃって・・・・そう、それだけひどく酔った頭の片隅で思っていて・・・・・。会って、直接会って顔が見たいって・・・・せっかく一緒にドラマをやれることになったって・・・・・わざわざ電話までしてきてくれて。とにかくすごく喜んでいて、それなのに蓮に突き放されて・・・・・私は怖かったのかも・・・・しれない。どんどん蓮が・・・離れていくのが・・・・嘘までついて・・・・離してしまったのは私だったのに・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・あの時の君には、本当に困ったよ・・・。玄関先で泣いて泣いて、「敦賀さん、敦賀さん」って名前だけしかいえなくて。石橋と何かあったのかと・・・訊ねても、聞いてくれなくて・・・・・。ワンフロアで、良かったよ・・・ここが・・・・。」

「ご、ごめんね・・・・あんまり覚えていなくて・・・・・。」

そんなこと・・・・知らなかった・・・。
ただ、苦しくて哀しくて、それが出てしまったのかな、とは思うけど・・・・。

「そのまま君は、オレにすがって泣き崩れてしまって・・・・・。オレはまた・・・・仕方なく君を運んで着替えさせて。覚えてないとおもうけど・・・・その時君、ゲストルームに運んで横にさせた後、一度起きてオレの首・・・に腕を回して・・・キス、したんだよ?そうして体重をかけられて引き寄せられて、オレは君に覆いかぶさらなければならなくなった・・・。」

「う、うそ・・・・・。」

そ、そんな・・・・・・・・・覚えは・・・・ない・・・んだけど・・・・・・。

「うそじゃ、ないよ。オレは君が・・・・酔ったまま彼と勘違いして、そうしたのだと思った。なのに・・・・更に深く求められたキスを避けなかった・・・・・というよりむしろ、それに便乗した。さっき着替えさせたと言ったけれど。ごめん、正確には脱がせた。君とキスをしたまま・・・ね。途中で君が・・・気分悪そうにしなかったら・・・・多分、オレは君を最後まで抱いていただろうね。・・・・・・・・・・そしてオレはまた一つ、嫌な記憶を持たねばならなくなった。君は・・・・あんなに可愛く彼を見上げているのかと・・・・彼とあんなキスをしているのかと・・・・。おかげで・・・それ以来・・・ウチに泊まりに来ても手を出せなくなって、助かったけどね。」

蓮は私の側に身体を向けなおすと小さく、「でも・・・ごめん・・・・」と呟いた。

「う・・・・嬉しかったの・・・・・私ね、最初のキス、そうしたら蓮なの。」
「・・・・・・?」
「蓮・・・・・・キスしていい?」

いいよと言った彼の整った唇が私の唇を何度も確かめてくれて、しばらくずっと唇を離せなかった。それ以上すると、話が続けられなくなりそうで、私から先に離れた。

「私・・・ずっと・・・最初は・・・・あの人なんだと思っていたから・・・・・。お、怒らないでねっ・・・・・?この後・・・・話するけど・・・・・。」

蓮は無表情で・・・・・くるり、と背を向けてしまった。
私も横になって、その背中を撫でながら、そっと額をくっ付けた。

顔がとんでもなく火照るのが分かったけれど・・・・・・。

「蓮?・・・・ごめんね。あの、・・・・・そういう「コト」をしたのも・・・蓮が初めてだったって・・・気付いてくれてるよね・・・・?・・・・・あの・・・・。」

「え・・・・・・・・・・?あぁ・・・・・・・・・。」

しばらく蓮は黙ったまま考え込んでいて、しばらくすると、こちらに身体を向けなおして、
私を軽く抱きしめてくれた。

「・・・・・・・・・・君がね、あんなに受け容れるのに時間がかかった理由が、分からなくて。石橋から奪ったんだと、思っていたから。もしかして、うまくしてあげられなかったのかと・・・思った。どうして・・・・・言ってくれなかった・・・・・?そうしたら、もっと・・・優しく・・・・したのに・・・・・。」

「・・・・ふふっ・・・十分、優しかった・・・・。だって蓮・・・キスしてくれた時・・・・唇が少し震えたもの。「あの敦賀さん」が・・・・もしかして緊張をしているのかなと・・・・・私が緊張しすぎて・・・・どうしようもなかったあの時、そう思った。大事に大事に・・・・本当に優しくて。少し身体はきつかったけど、とにかく幸せで。蓮がね、私がそういうコトをするのが、初めてじゃないと・・・・・思っているかなとは、思ってた。でも・・・・あの時本当に幸せで、こんな事話せないと思っていたから・・・・・。ごめん・・・ね。」

「それなら・・・・・良かった、けど・・・・。もうおしまい?」

「ふふっ・・・・残念ながら、もうちょっと。「卒業」の話してないし・・・。その後あの人とどうなったか・・・言わなくて、いい?」
「あぁ・・・・。」
「くすくす・・・・全部もう話しておきたいの。蓮には・・・・。」
「・・・・・・ん・・・・・・・。」

そう言うと、拗ねていた蓮の声は、優しい笑顔と共に、とても優しくなった。