とある収録日の夜、一人でいつもの片づけをしていて。
敦賀さんがよく一人になりに来ている所を通ると、なぜか石橋さんがいた。

「どうしたんですか?帰られたのかと、思っていました。」

彼は、にこりと笑って手をあげて私の前に立った。

「君を、待っていたんだよ。京子ちゃん、オレ、君が好きなんだ。」
「ええっ・・・・?」

いきなりそうはっきり言われて、思わず変な声をあげてしまった。

「何度もご飯に誘ってるのに、ちっとも気付いてくれないんだもん。」
「あ、あのぅ・・・・・。」

私はすっかり困ってしまって、どう返事をしていいやら、顔は真っ赤になるし、そんな事言われたのは初めてで、固まってしまった。

「そ、そんなに・・・・困った?」
「そんな、あの、そういうこと、言われたの初めてで・・・・。」
「うっそだぁ・・・。」
「いえ、本当です。」
「敦賀さんと、付き合っているんじゃないの?」
「へっ・・・・?全然違いますけど・・・・。」

私は、傍にはいられているとは思っているけれど・・・・。
色々良くしてくれる社さんのおかげで。
でもそういうのでは、ない。

「そうなの?すっごい仲、いいでしょ?」

彼は、目を丸くして意外そうな顔を続けている。

「そうですか?そう見えます・・・?」
「うん。まぁ京子ちゃんと敦賀さんが一緒にいるところを見たことがある人は・・・・みんな付き合ってると思ってる・・・・・・・と、思うけど。」

へ・・・・・・・?

「ち、違います!!」
「そんなに頑なに否定しなくたって。あの人と仲がいいっていうのもすごい事だよ。だって誰にでも優しいというか、オーラで近寄る人みんな跳ね返してるでしょ。」
「そう・・・ですか・・・?」
「ホラ、そう思っていないとこが、既に仲が良いって証拠だよ。君にはオーラを作ってないんだからさ。」

きっと、オーラを作るまでもなく、最初から、嫌われていたから。
あの人は、敵になる人には容赦がないから・・・・。
それがそのまま、続いてしまったのだろうとは思うのだけれど・・・・。

「ってオレは敦賀さんの事が言いたいんじゃなくてね。あの人とオレ、見えないと思うけど、同い年なのね。だから君の許容範囲には、入っていると思っているんだけど。」

「・・・・・・ええと・・・・。」

私は敦賀さんが・・・・・その・・・・・・・。

「分かってるよ。君の答えは。だからさ、オレとせめて、敦賀さんと同じように、しない?君は一緒にオレとご飯を食べる。もちろん、それ以上はしないよ。付き合っているとも他の人には絶対言わない。君は敦賀さんが好きなんだろ。でもそれをあの人に、言えない何か理由が・・・ある。先輩後輩関係にすごく礼儀正しい君が・・・・先輩に当たる彼のすぐ横に当たり前のようにいて、あの人と何も無いなんて・・・・・なぜ?敦賀さんだってオンオフ、しっかりしている人でしょ?だから、敦賀さんだって君のこと、嫌いじゃないと、思うけどね。・・・って・・・・オレはまた何を言ってるんだ。」

この人は・・・・本当に良く私のこと、見ていてくれたんだ・・・・と思った。

確かに敦賀さんには、一緒に頑張ろうって言ってもらえたし、私より先にお仕事を辞めないって約束もしてくれた。それが私を勇気付けて、傍にいられるだけで嬉しくて、頑張ってきた。そして、嫌われていないとも、思えるようになった。

日々あの人の傍にいて、コーンに話すように何でも話せるようになって、それを黙って聞いてくれる。それだけで、どれだけ私が救われているか・・・・・・・。

でもあの人はたとえ「大事な人」がいても言えないし、それこそ「大事な人」を作るつもりも、さらさら無くて。

最初から玉砕なら、敦賀さんが私の気持ちなど気付かない方が、気付かせない方が、いい・・・・・・。だから自分の気持ちに気付いて既に2年以上、たってしまった・・・・。


「・・・・・・・ちゃん、オレの話、聞いてる?」
「えっ・・・・・・・?」
「やっぱりね。君、考え込むと人の話聞かないんだから。」
「それ、敦賀さんにも社さんにもよく言われてます・・・・すみません。」
「だから、取引。しようよ。」
「取引?どうするんですか?」
「だからオレは言えない間、君の友達。君が、敦賀さんを忘れられたら、オレと付き合う。だから、取引中は友達として一緒にご飯を食べに行く事。」
「いつまでも・・・・・忘れられなかったら・・・・・?」
「いつまでも、一緒に友達としてご飯を食べに行く。」

にこっと石橋さんはくったくの無い笑顔で、私に言った。


そして、彼は敦賀さんと同い年・・・・だけど彼と付き合ったら、こんな簡単な、年相応の会話も普通にできるんだと、そう・・・・思った。


敦賀さんは私にとって「最も尊敬すべき先輩」で、「全て」で、「絶対」だから。
こんな会話なんて、した事はない。

普通の会話・・・・・・を敦賀さんとしてみたい・・・・・。

って、私、結局全てが敦賀さんに向いてる。
それで石橋さんにご飯を付き合うなんて、できるの・・・・・?

「だーかーらっ、聞いてる?いいんだって、君は何も考えず、先輩とご飯に付き合うこと。それで、いいでしょ?先輩命令、聞けない?」
「は、はいっ・・・すみません、行きます。」

結局、仕事となれば行かなければならくなって。

彼との取引は開始された。




*****



そうしてある時に、週刊誌に写真を撮られて、社長に呼ばれた。一生懸命「先輩」として食事に行っている事を正直に告げて、「そういう関係」では無い事を理解してもらった。社長には「やましい事がないなら笑顔でやり過ごせ」と、それだけ言われてそれっきり、私達の事を他人に口外する事は無かった。


だから敦賀さんに向けた「嘘」は、そのまま敦賀さんの中で、「本当」になった。


「最上さん、見たよ。すごいね。オレよりも先にそういう記事で賑わすなんて。」
「厭味やあの人のファンからの誹謗中傷罵詈雑言なら、もう他で十分言われました。」
「・・・・彼とはこの記事にあるように、そうなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「その沈黙は、何?オレにもホントの事、言えないの?」


――もし、ここで肯定をしたら、この人は、一体どうするのだろう・・・・・。



この人は、誰も寄せ付けるつもりが・・・・ないのだと・・・・・。

だから、また好きになってと・・・・切望すれば・・・・・絶望する。

だから。

最初から絶望しておけば、さらに落ちる事は、ない。

「いえ、そのまま、です。」
「そう。それは、良かったね。幸せに、してもらうといい。」


敦賀さんは優しくにっこり笑って、そう、言った。
似非の笑顔でも、毒吐きの笑顔でも、なかった。


多分、そうしてくれると、予想はついていたのに。
どうして、こんなに絶望感を味わっているのだろう。


その言葉と笑顔に、私はどういう顔が出来たのか・・・・・覚えていない。
必死に笑顔で取り繕ろおうとしたのは頭の片隅に・・・・ある。
そのあと何を話したのか、どう対応したのか、よく覚えていなくて。


敦賀さんは、しばらく後から来た社さんと行ってしまった。


どこまで行っても、「先輩」と「後輩」の距離は・・・・そのまま。


縮こまるのは私の心。
拡がるのは敦賀さんとの心の距離。


切望してはいけないと思えば思うほど・・・・・・・・。


禁断という名の果実は齧ると・・・・・とても甘いらしくて。


さらに忘れられなくなった。













*****



私が思い出しながら、掻摘んではぽつぽつ話す昔語りを、蓮は黙って聞いていた。

「蓮・・・・・・・ごめんね。最初から・・・・全部嘘だったの・・・・。」

「キョーコちゃん・・・・オレは・・・・君が赤くなって否定をするだろうと、思っていたのに、あっさり肯定されて・・・・ついにそういう時期が来たのだと、思った。返事をしたときに笑顔だったかなんて、オレも覚えてないな・・・・・。」

蓮は、ぽつりとそう言ったものの、私に視線は合わせなかった。

「ちょっと背中・・・・貸して・・・・・。まだ続きあるから・・・・背中、貸してね。」


蓮は黙ったまま私に背を向けてくれた。
顔をあわせないで済むのが、少し救いになった。
私が隠した嘘はこんなすぐには終わらないんだもの。


――蓮はどんな気持ちで・・・・聞いているのかな・・・・。


その背を撫でながら、私はまた続けた。