蓮の、こんな目を見るたびに、思い出す。

『・・・・視線をそらし口をつぐむ・・・嘘をつく、隠す・・・・。

「そこ」にいられるなら、ずっと、嘘をついていれば、いい。

お願い。少しだけ、あと少しだけ、「そこ」に、いさせて・・・・。』

あの行き場を無くした思いと、全てを偽り続けて逃げ続けた、日々。


Hide&Seek 8 番外編 後 −甘えたがりのN−


気が付いたら朝だった。

身体が重くて、寒くて、目が覚めた。

蓮はまだ横で目を閉じていて、私は身体中についてしまった無数の赤い跡に目を向け、リコさんに怒られる覚悟をしてシャワーを浴びに部屋を後にした。

蓮がこんな風に私を自分本位に抱く時は決まって同じ目をする。年に数回それはあって、最初は驚いた。自分本位なんて蓮、見たことが無かった。普段は・・・・もっと優しく抱いてくれるから・・・・・。今はもう平気だし、そんな蓮を見せてくれるのは嫌いじゃないのだけど・・・・・。だからなお更、どうしてそんな目をするのか疑問で。


――どうして目の前に私がいるのに。
――なにがそんなに貴方を淋しがらせているの・・・?


何度も好きだと愛してると・・・・まるで壊れたレコードのように耳元で切なげに繰り返し囁き、その強い腕と優しい手で私の心と身体ごと全てを奪い去る。そういう時は私がベッドを出ようとすると、彼はそれを許さない。またその腕の中に抱き込まれてしまう。そしてまるで何かに怯えるように、確かめるように「君はオレのものだ」・・・・・・と。


彼が何にそんなに怯えているのか、教えてくれた事はない。昔鳥として、彼の内側をこっそり垣間見てしまった時の、あの深い海の底のような心の闇が、今でもまだ残っているような、そんな目。少しは昔話をするようになったし、聞かせてくれた事もある。でも・・・・。

私じゃ、まだその闇を払ってあげられないのかな・・・・・・・。

男の人がそうなるとき・・・は・・・・大概何か心に思うことがあるときだと。蓮は昨日急に怖い顔をして、・・・・・・昔私が付き合っている「フリ」をしていた彼だとおもうんだけど・・・・・のことを責めたけれど。蓮だって、私と付き合う前・・・・色々、その、色々、あったはずだと・・・・思うんだけど。本当に「恋愛経験が無かった」などとは、到底思えない。

私にだって・・・・たとえ「恋愛経験」ゼロだったとしても、「そういう経験」がゼロじゃないって事がいくらでもあり得るというのは・・・・分かる・・・・。

蓮が私の・・・・数少ない・・・「恋愛経験」らしきものを責める事は別に嫌じゃない。それが嫉妬なのだという事は分かっているから・・・・。そう言ってまた私の気持ちを確かめたいのだとは、分かっているから。

だから、私が蓮にとって「恋愛経験」の中のイチでもニにでもなり得たなら、嬉しいけれど・・・・でも私は、蓮の過去の恋愛経験やそういう経験などこわくて聞けない。

彼は私が鳥として様々聞いてしまったことを笑って許してくれるけれど、あのあんなに傷ついた顔を見てしまったことを、彼は覚えているのだろうか。

高校生だった頃、誰ともそういう経験が無かったから。こんな事、気付きもしなかったけれど。蓮を好きになって、どうしても諦め切れなくて、全てを彼に偽ってまで傍にいた時は、とにかく傍にいられれば良かったから。

今はこんなに傍にいるのに、まだ切ないなんて。



――本音が、本当の事が、聞きたいの。

――何も隠さないで、何も内緒にしないで。



また切なくなって涙がでて、それをシャワーで押し流した。



******




「おはよ・・・・。」


――しまった・・・・泣いたの見られたかな・・・・・・・。

泣くと蓮は心配するから・・・・・・・・。


「・・・・蓮・・・?」

何でもなかったように振り返ると、上半身服を着ていなかったものの、そのままつかつか入ってきた。

「ちょっ・・・蓮、服のままっ・・・・何してるの・・・?」

そのまま、ぎゅっと強く抱きしめられた。シャワーが蓮の背中に当たっているせいで私の身体には、水滴が当たらなくなった。

蓮の頬が私の頬を確かめるように、すりすり動く。

「蓮?昨日から、本当に・・・どうしたの?」

蓮はずっと黙ったまま、私を抱きしめるばかりで。

「いいけど・・・・朝から、甘えたね。」

まるで母親にすがりつく子供のように動かなくなった蓮を抱きしめ返して、気付かないフリをした。

蓮の目が、またあの目だったから。

「私、もうあがるけど・・・そのまま蓮も入ったら?タオル、外に・・・。」
「キョーコちゃん・・・・」

ようやく蓮が口を開いて、腕を緩めてくれた。

「なぁに?」
「跡、付けすぎた・・・・ごめん・・・。」
「そうよ、今日怒られるの、私なんだから・・・・。」
「リコちゃんにオレから謝っておく・・・。」
「そんな事もっと恥ずかしいから、いいのっ・・・。いいから、蓮がそこどいてくれないと、シャワー当たらなくて冷えちゃう、蓮の腕の中も暖かいけどね、くすくす。」
「ふっ・・・ごめん。つい、抱き心地が良くて・・・・。じゃあ悪いけど外にタオル、置いておいて・・・。」
「うん・・・。」

蓮はやはり、いつものようには「うまく」笑えないようだった。

こうなったら最後。

本当に複雑に出来上がった人なのだと、今更ながら実感した。












******




「キョーコちゃん!!!!!あれだけ言っているのに!!!!!」
「はい・・・・すみませんっ・・・・・。」

リコさんは、私が椅子に座ってスカーフを取るとすぐに、怒った。

年に何度か、こうして蓮が壊れるたびに私は怒られている。

「今回も覚悟はしてきました・・・。」

「んもう・・・・あの人、ちゃんと同じ芸能人って自覚あるのかしら・・・。全くね、こんなになるまで付けるなんて・・・・一度ならずもう何度も!!付き合ってすぐじゃあるまし・・・・それにしても今回は一番最悪ね。本当に・・・・私への嫌がらせかしら。いっつもキョーコちゃんと一緒にいるからって・・・。一体ね、普段あれだけ穏やかな彼がどうしたらこんなになるまで、」

「り、リコさんっ・・・、あの、私も手伝いますからっ・・・・始めましょ?」

怒りながらとんでもないことを口走りそうなリコさんの口を止めて、手を動かしてもらおうと遮った。

「いいわよ、私の仕事だもの。でも・・・今日は衣装替えて貰いなさい?しばらくはこのままスカーフね。メイクで隠したって見えちゃう事もあるんだから。詮索されるわよ。それにしても・・・・今度会ったらあの人に一度文句言わないと・・・・。」

「・・・・・ふふっ・・・・あの人が慌てる様が久々に見られるかもっ・・・。」
「あの人が慌てるのなんて、キョーコちゃんのこと位しかないものねぇ。もう、可哀想に。体調・・・・・大丈夫?」
「え・・・?・・・・大丈夫です、けど。でも蓮って・・・リコさんに怒られると慌てますよ、くすくす。」

まったくもう、という顔をして、リコさんは私の髪の毛をすきはじめた。

「そうだ、今日はウチに来ない?久々に、遊びましょ。」
「あのぅ・・・今はちょっと・・・・あの人、ご飯食べられなくなるほど忙しいから・・・またそれが収まったら、行きます。」
「・・・・・・・・・子供ねぇ。」
「え?」
「ご飯なんて心配される敦賀蓮なんて、子供と同じよ。」

あの人のご飯ぐせは相変わらずで、手負いの獣みたいに忙しければ忙しいほど、他人のご飯を食べない。空腹中枢がいかれているといっても、ひどい。

でもここ最近、私のご飯すら、食べられなくなってる・・・・。


「あら失礼。つい。キョーコちゃんてば、敦賀さんしか目に入ってなくて・・・くやしいんだもの。」
「くすくす、また、お化粧品ツアー行きましょうね。新作まだ見に行ってないですよねっ。私、新しい香水でいいの、見つけたんですよぉ。」

「あれ、香水なんて好きだったっけ?」
「好きですよ〜。ボトルみんな可愛くって。」

「でも、今まで敦賀さんと同じのを少し付けるぐらいでしょ?」
「それは・・・・・っ・・・・。」

「あらあら、真っ赤・・・・。敦賀さんに見せてあげたいわね・・・。」
「リコさん、香水ツアー、すぐに行きましょうね。」

「あら、新作ツアーじゃ、無かったの?」
「あっ・・・・・。」

リコさんは、あせって下を向いた私の顔をぐいと持ち上げて、「前向いてて」と言った。

「ふふっ・・・・可愛い。あぁ、敦賀さんだけがキョーコちゃん独占かぁ。ずるいわ。今日の「コレ」の仕返しに、キョーコちゃんと石橋さん引き連れて敦賀さんに当てつけてやろうかしら・・・・。」

「い、いやですっ・・・リコさん、それはっ・・・確実に私はあの人に目で瞬殺されます。」

一気に固まった私を見て、リコさんはその様子が目に浮かんだのか、お腹を抱えた。

「あははっ、そーでしょーねー・・・・。あの人、友達だったって言ってもまだ信じてくれてないんでしょ?」
「そうなんです・・・・。」

「あの人を騙した罰よ。あんなに止めたのに・・・・。いいじゃない。騙しても騙してもそれでもあなたを好きでいてくれたんだから。私は敦賀さんもあなたも可哀想で・・・気が気じゃなかったけど。」

リコさんは、全て気付いていたらしい。私の事も蓮の事も。「なら、言ってくれたらよかったのに」と昔言ってみたら、「キョーコちゃんが決めてそう行動しているのに、他人の恋愛に首突っ込んでひっかきまわせないわよ」、とそう言っていた。

「さっ、顔、やるから。笑顔で。メイクも笑顔じゃなきゃ映えないわ。」
「・・・・はいっ。」

それっきりリコさんは真剣な目でメイクをし始めて、黙ってしまった。




確か蓮は昨日の夜・・・・「卒業してあげない」って、そうなる直前に言っていた・・・・・。
そして、あの男とどういう話をして、どうされたのかと・・・・・・。
もしかして・・・・・昔の事を思い出していたのだろうか?あのLoveMe部卒業試験の前後の事を・・・。じゃああの男とは・・・やっぱり石橋さんのことだ・・・・。



それで、あんな目を、したのだろうか・・・・?



――蓮は私に・・・・・・怯えていたのだろうか・・・・・・。








*****



蓮はぼんやりとした表情でスープをすくったまま、動かなかった。

今日は珍しく夕方には帰ってきて、嬉しくてせっかく沢山作ったのに、全然食べていなかった。

「蓮、ご飯。ちゃんと・・・食べて?お願い・・・・。」
「・・・・ん?あぁ、ごめん。」
「疲れてるのは・・・・分かってる。スープだけでもいいから・・・ちゃんとお野菜、食べてね。痩せちゃったら・・・・ダメ。」
「うん。食べるよ。」
「・・・・何か、考え事・・・?」

核心をついたかな、とは思った。
それなら、蓮はきっとくすくす笑うか苦笑する。

「あぁ、うん・・・・。」
「どうしたの・・・・?昨日から蓮らしくない。」
「オレらしくない・・・・って変・・・・?」
「違うけど・・・ごめんなさい、私こそ変だわ・・・。」

あまりに素直に言われたからびっくりして・・・・ついうっかりまた責めてしまった。
いつもの自分を保てないほど、疲れているのだと、そう思った。

「温和な紳士でいつも笑顔」でない蓮は嫌いじゃないし、無理はしないで欲しいと望んでいた。付き合うようになってから、蓮が実は「普通の」男らしい男の人だってことも良く分かったけれど。そして紳士だけど、さらに根は本当に優しい人なんだと、知った。彼を知れば知るほど、更に好きになっていってる・・・・。

でも、たまにこうして壊れる。もしかして「優しい」蓮というのすら、無理をしているのだろうか。それとも私に全てを見せてもいいと思うほど・・・・心を許してくれているのだろうか。それなら、嬉しいんだけど・・・・・。

蓮もそれっきりまた黙々とご飯を食べるばかりで、私も黙って様子を見ていた。
片付けて、のんびりとリビングで過ごしていたのだけれど、どうしても昨日の蓮の様子が気になって、落ち着かなくなってしまった。


昨日は・・・・・確か私はアリーと遊んでいて、蓮は台本を読んでいた。卒業から連想される事なんて、蓮があんな顔をする事なんて、私の高校卒業のことじゃ、ない。やっぱりあの時の事しか思い当たらなくて。やっぱり私のLoveMe部卒業の事・・・・を思い出していたのだろうか。でもどうして今更そんな事を思い出すのかな・・・・。私最近・・・・そんなに蓮に冷たくしてたつもりは、なかったんだけど・・・・。

やっぱり疲れているのか・・・それとも・・・私の蓮への「隠し事」を今日までずっと黙ってきたから、それが蓮を不安にさせているのか・・・・・。蓮だって沢山「隠し事」あるけれど・・・・・。

でもそれをお互いにいちいち突付いていたら、恋愛関係は、終わる。

それでも・・・・少しでもいいから相手のことを知りたいと思うのは・・・誰でも・・・思う事・・・・・。

本音を聞かせて欲しいのは・・・・私。

だから。


「ねぇ、蓮・・・。」
「ん・・・・?」
「ちょっと、こっちを向いて・・・・。」
「・・・・改まって・・・・何。」
「いいから。」

ソファーで台本を読んでいた蓮に、こっちを向いてもらった。

「キョーコちゃん・・・・オレに・・・言いたい事、あるの・・・・?」
「うん。」
「そんなに改まった顔で・・・?」
「そう。」
「やだ、聞かない。」

ぷいと横を向いた顔が、拗ねた子供のように可愛くて。

髪に手を入れて、撫でながらこちらを向いてもらった。

「蓮・・・・・?そんなに嫌な事じゃないと、思うけど・・・。」

「そう?「一緒にいるのに寂しい」とか「好きの重さが違う」とか、言いたいんじゃないの?」
「・・・・・・・やだ、蓮も妄想癖あったの?」

笑いながら言うと、蓮はまたぷいと横を向いてしまった。

「妄想じゃ、ないよ。」

昔、誰かに言われたのかしら・・・・それこそ「そういう経験」の人にでも・・・。

「ふふっ。いいから、立って。」
「・・・・・・・?」
「・・・・・仕事の事忘れて・・・少し一緒に、ゆっくりしましょ。」

ぐいっと腕を無理やりひっぱって、不思議そうな顔をした彼を立たせた。

「な、何・・・・?」

そういう蓮をそのまま寝室へひっぱり、無理やり横にさせて。
私はベッドサイドに腰掛けて、蓮の頬に手をやった。

「最近、なんだか蓮が疲れているように・・・見えたから。いつも気を張りすぎてる・・・たまには人間休みが必要なのよ?早く帰ってこられたときぐらい・・・・ね?私は蓮をアリーの代わりに遊ぶから。台本は、どうせもう完璧に入ってるんでしょう?」

一度撫でて、額にかかった髪を指ですいてどけてあげる。

「本当に・・・どうした?」
「それは私のセリフ・・・でもあるし、リコさんのセリフ。また今日も散々怒られちゃった。しばらく襟モノとスカーフ外せないのよ?」
「あぁ、ごめん・・・・。」
「リコさんが今度蓮に会ったら、叩きのめすって。」

少し大げさに言ったら、蓮は視線を逸らして身体を横に向けた。

「それは・・・困ったな・・・・。リコちゃんに怒られると・・・・何も言えない。逃げようにもあの子も君と同じで・・・笑顔なんて通用しないんだから・・・・・。」
「ふふっ・・・・私の傍にいつもいるから・・・慣れちゃったみたい。跡を見て、「いやがらせなのかしら」って、言っていたわよ・・・・くすくす・・・・。」


蓮は、ふぅ、とため息を一つついて、「今度素直に謝っておくよ」、と言った。


「・・・・蓮・・・・ねぇ、昔話を・・・・しましょ。」
「何の?」
「蓮と付き合う、ちょっと前の話。」
「・・・・なんで・・・・・・・?」
「いいから・・・。」

私は蓮の手を握りながら、思い出話を始めた。