その日の仕事を終えたオレは、すぐにあの子に電話をかけた。

が、出なかった。

出なかったから、事務所に直帰して秘書に連絡を取った。
社長は、今最上さんに会っていると、そう秘書は言った。

社さんが止めるのも聞かず、オレは社長の応接室へ向かった。
ノックをして、返事も待たずにドアを開けると、中で社長と最上さんが立ったまま見つめ合っていた。


社長はこちらを一べつしたから気付いていたようだったが、話を続けていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、じゃあ最後に聞こうか。君の「愛」とは何だ?」

「「破滅と絶望の序曲」ですよ。この世で一番無駄なものです。」

――なんだ「破滅と絶望の序曲」って・・・・?
――でもいくらなんでも・・・大人の女性が・・・・思うことか・・・・?

「・・・・・・・そうか。やはり卒業だ。」

「え、な、なんでですかっ?それで・・・・いいんですか・・・・・・・?」

「よぉ、蓮。」
「敦賀さんっ・・・?!」

ばっと彼女が驚いたように振り返り、社長はまるで今気付いたかのような表情をした。


「社長、急に入ってすみません。彼女にこの場に呼ばれて、いたんです。」
「・・・・・・今、卒業を認めたところだよ。だからお前は必要ない。帰れ。」

社長は、オレを一瞬冷たく見据えると、また彼女に視線を戻した。

「社長さん・・・・敦賀さんは、私が11時まで社長さんからお呼びがかからなかったら、来てくれると、そう約束をしてくれて・・・私と連絡が取れなかったので、来てくださったんだと思うんです。来てくださったから・・・演技、見ていただけませんか?」

「いや、必要ない。オレは最上君に今、卒業を認めただろう。だから蓮も、君の演技も、必要ない。」

社長ははっきりとそう言って、どっかりソファに腰を落とした。

「な、なんでっ・・・・ですか?」

必死に自分の演技を見てもらおうと彼女は立ったまま食い下がったが、社長は「もう二人とも帰れ」と、それだけ言った。

「敦賀さん、卒業、おめでとうございます!!」

彼女は、むりやり、オレに向かって、演技を始めた。
社長が横槍を入れるかと思ったが、じっとこちらを見るだけで止めなかった。

「・・・・・ありがとう・・・・。」

急な演技に、うまく笑えた自信がなかった。

「ついに、大学も卒業、ですね。本当に早かった気がします。」
「そうだね・・・。今まで、ありがとう。おかげで、楽しかったよ・・・。」
「・・・・・そんなこと・・・・私が、言わなければ、いけない事です・・・。」
「おや、どうした、寂しい?」

笑っていったら、彼女は小さく微笑した。

「・・・・・ふふっ。」

――赤くなるわけでも、怒るわけでもなく・・・・。
――・・・・・・彼女らしくないな・・・・・。

「これからは、君が皆を引っ張って・・・いってあげて。オレは、陰ながら応援しているよ。」

「はい、がんばりますっ。『そうだ、敦賀さん。前々から言おうと思っていたのですが、折り入ってお願いがあるんです。』」

――なんだか・・・・どこかで聞いた台詞だな・・・・。

「『・・・・オレにできる事なら・・・・。』」

「『敦賀さんなら、いつも通り、必ず叶えてくれますよ。絶対に。』」

くすくす、と微笑して、彼女は目を伏せ、そして黙ってしまった。



――彼女が好きな「間」・・・・・・。


「・・・・・・・・で、何?」



「いつもの通り」待って、彼女を促した。




「敦賀さん、LMEの、LoveMe部という所に・・・入りませんか?」
「な、なぜっ・・・。」

なんで・・・・・。
そんな「間」まで作っておいて。
あのピンクのつなぎをオレに着ろというのか・・・・?

「私もいるんです。一緒に、やりましょう?」

おねがい、と言う目で見上げられたけれど・・・・。

「・・・・・・・・あのね、最上さん・・・・・・?」

君は今からそれを・・・・・卒業するんだろう?

「敦賀さん、自分の欲求が少なすぎます。だから、LoveMe部に、入るべきだとそう思ったんです。敦賀さんに、「誰かを愛して愛されたい」って欲求、ありますか?」


――・・・君にだけは、言われたくないよね・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・君よりは・・・・・・・ね。」

「そうですか?くすくす。必ず叶えてくれると、思ったんですけど。今まで私が望む事は全て叶えてくれましたよね?でも・・・こればかりは、さすがの敦賀さんにも、叶えてもらえないみたいですね。」

「サークル活動のようには入れないよ。ちゃんとした仕事、だろ?」

彼女はがっかりしたように薄く笑顔を浮かべた。


「それと・・・・敦賀さんがもう卒業なので・・・・一つ、敦賀さんに謝らなければ。」
「何を?」

再び目を伏せた彼女に、好きな間を作らせずに返答した。


「鳥。」
「?」
「「坊」は私ですよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なっ・・・・・・・・・。」

一瞬にして、走馬灯のようにあの鳥と話した場面場面が、脳裏をよぎった。

「色々と、生意気言わせてもらって、すみませんでした。でも。敦賀さんには「顔のない人間」・・・・・・必要、だったでしょう?本音で語れる人、必要だったでしょう?私や・・・鳥に見せてくれたように・・・・「温和で紳士」な敦賀さんはやめたほうが、本当に身のためだと、そう、思います。やっぱり・・・・早死に、されたらいやです。卒業を機にぜひ・・・それも卒業してみて下さい。私は「鳥」としてあなたの傍であなたの話を、本音を、もう聞く事もできませんから。私も・・・もう・・・「敦賀さんから卒業」・・・ですから。」



彼女は目を伏せて、自嘲気味に小さく微笑した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



――結局、どこまで行っても、どんなに逃げても・・・・君との関係は・・・・ずっとつながっていたんだな・・・・・。

――ねぇ、キョーコちゃん・・・・・・・。

――もう・・・・君を・・・・彼から奪い取ってしまうよ・・・・・・?



「分かった。「温和で紳士」なオレはもう卒業しよう。でも、やっぱり君の前だけでいい。君から・・・・卒業なんて、してあげない。・・・・・・・・社長、もう、いいですよね?この子、連れて帰りますよ。」

「敦賀さん・・・?」

急に演技をやめてしまったオレを、彼女は不思議そうに見上げた。

「お前はLoveMe部になんて、入れてやらん。」


社長は口元だけにやりと笑い、帰れ、と目がそう言った。


「入れませんよ。とても入れる資格がない、くすくす。」


この子がもう、どうしようもなく愛しくて。

愛して欲しいのはオレの方で。


「知ってるさ。彼女の「卒業」の事は、俺にとっても「賭け」だった。だから、しばらく前に卒業を告げた時、最上君がお前を卒業試験の相手に選ぶと即答した時点で、卒業はさせてもいいとは思ったんだが・・・・。でもどんなに待っても今日、お前を連れてこなかった。まぁ、お前のスケジュールは知っていたんだがね。だから・・・・今日のギリギリまで待って待って、やっと呼んだら・・・彼女は試験は受けず「LoveMe部に残る」と言った。だからすぐに「卒業」を許した。というより、許してやらなければ、最上君が可哀想でね。・・・・最上君、君は蓮を連れて来るつもりがなかった・・・いや、連れてくるつもりだったが、ずっと追いかけて甘えてきた蓮からも・・・・卒業するのが怖くて辛くて、卒業するのはいやだったのだろう?オレが「賭け」に勝つために・・・先に「蓮からも離れろ」と、そう釘を刺したからね。すまんね。君を追い込んでしまった。でもまさかここまで引きずって、オレが負けそうになるとは、思わなかったな。全ては蓮のせいだよ。怒るなら・・・のらりくらりしている蓮を、怒れ。」

彼女は大きく目を見開いて黙ったまま、社長を見つめていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

一人で、演技をすると朝言っていたのに。
もう、卒業だと言った理由は・・・・。
昨日の抱きしめられた理由は・・・・。
『一度だけ・・・・・』と言った理由は・・・。


――彼から、奪ってもいいのか・・・・・・・・・・・・・?


「蓮、分かるな?それだけで、「卒業の理由」は十分だろ?まぁ、演技も見たかったがな。だから、お前には「帰れ」と言ったんだ。お前に応える気がなければ、いつまでたっても彼女は一人で「破滅と絶望の序曲」を歩むんだからな・・・・・。」

「「・・・・・・すみません・・・・・・。」」

オレと彼女の声が、全く同じタイミングで重なった。

ふっと笑った社長は、行った行った、と手をふった。

「謝る事じゃない。だから、最上君は「卒業」だよ。もう夜も遅い。蓮、さっさと彼女を連れて帰れ。オレに足向けて寝るなよ。」

「くすくす、はい。」

「あぁ、それから最上君、本当にLoveMe部、辞めたくなければ、続けてもいいぞ。俳優部には上げてやるから。あの部はまだ潰すつもりがないんだ。プロジェクトはまだ続行したいしな。」

「・・・・はいっ・・・・。」

やっと顔を上げた彼女は、嬉しそうにそう答えていた。


「行こう、最上さん・・・・。」

手を取ってにこっと笑って言ってみたら、かっと一気に真っ赤になって、うつむいた。

「じゃ、社長・・・・・失礼します。」

「お前もお前から「卒業」するんだな。じゃな、オレはまだここにいるから。きっと、社君が外でやきもきしてるぞ。」

「ははっ、そうですね。じゃ、おやすみなさい。」




彼女の柔らかい小さな手が、優しくオレの手を握り返した。










*****





「キョーコちゃん、君・・・昔オレに鳥として・・・・随分ひどい事、言ってくれたよね。」

オレは持っていた台本から顔を上げると、そう切り出した。
ソファの上で、アリーとじゃれあっていた彼女は、ぴきっと固まった。

「な、何?急にっ・・・・・・だからあやまったもんっ・・・・・。」

「オレなんか好きじゃなかったって事だよね。ねぇ、いつ、オレのこと好きになったの?」

「内緒っ・・・・・。」
「・・・・・ん?」

にっこり笑ったら、彼女は「その笑顔はずるい」とそう言った。

「そういえば・・・あの頃・・・随分他の男と・・・・潰れるまで仲よく飲んだり、オレのこと一度も君から・・・夕飯なんか誘ってくれなかったのに・・・・・そいつとはいつも一緒に行ってなかったか・・・・・?」
「れ、蓮、怖いから、その顔やめてっ・・・・。」
「怯えて・・・・ごまかす、つもり・・・?」
「いつもの蓮に・・・・戻って・・・・?」

彼女は背中を引いて引きつった顔でオレに距離をとり、迫ったオレの身体を両手で押した。

「ふぅん・・・・?「温和で紳士じゃないのがいい」って言っていたのに・・・・ねぇ?キョーコちゃん・・・・ってホント素直じゃないね。今でもあの男の事庇うんだ・・・・?」


顔を極限まで近づけて目を覗き込んで、彷徨った目に、冷たい目を作って離れた。


「ち、違うっ、あ・・・あの人・・だって、鳥の中身が私だって知ってたんだもの!蓮に、鳥のお仕事の事言えなかったんだもの!!」

一生懸命、オレの目を見上げてそう言ってくれたけれど・・・・・・・・。

「そう・・・・・。」
「・・・・・蓮・・・?・・・・やだ・・・・・怒ったの・・・・?」
「オレは君の前でだけは・・・・「温和で紳士じゃなくていい」んだったよね・・・?」

久しぶりにまた過去を思い出したせいで、あの苦しくも切ない気持ちが蘇ってどうしようもなくなって・・・・逃げた彼女の細い身体を、両腕で強く掻き抱いた。

「蓮・・・・?く、苦しいっ・・・。」
「頼まれたって君からなんて、卒業してあげない・・・・。」

耳元で囁いて、うなじに舌を這わせて、荒く赤い印を落としていく。

「やっ、跡つけないでっ・・・・。」
「聞いた事なかったけど・・・・・あの男に何を話した?どう触られてどう抱かれた?」

彼女の弱い所ばかりを責めて、耳元で囁いて耳朶を甘く噛んだ。

「ぁんっ・・・・やっ・・・・蓮・・・・?本当にど、どうしたの・・・?」
「またごまかすの・・・・?」
「蓮・・・?・・んっ・・・っ・・蓮だけがずっと好きなの・・・・お願いだからそんな目をしないで・・・・・っ・・・。」


舐め奪った吐息が、オレの唇をくすぐって、消えた。

確かめても確かめても、不安で、この手から消えてしまいそうで。



――君の願いなら『いつも通り、必ず叶えてあげるから。絶対に。』


――だから、オレの傍からいなくならないで。
――なにも、隠さないで。



「温和で紳士でない」オレは、その夜彼女を壊れるほどキツク抱いた。