ちょっと前のお話。

オレの「隠したもの」が少し出てきたときのお話し。

思い出すだけで胸が張り裂けそうなあの頃の記憶は、

今でもオレの胸の中でひっそりと眠っている。


Hide&Seek 7 番外編 前 −優しいS−


あの子が、もうすぐLoveMe部を卒業するらしい、という噂を耳にした。
もうあの子の「相方」はさっさと卒業をして、あの子一人になって随分経つ。

相方の子が卒業したその理由が、その相方が自分でというより半ば強引に「彼」が出来たからだと聞いた。その「彼」はオレよりも一回り近くも若いが日本での芸暦はオレよりも長いし、何度か会ったこともある。最近の彼の人間としても、男としても、役者としても成長は目まぐるしく、それがあの相方を得てからだと言うコトは一目瞭然で。

――羨ましい。

素直にそう思う。守るべきものがある、それだけで、内からほとばしるように出てくるそれが、オレには眩しく見える。その混じりけの無いまっすぐな視線。直情的な行動。全てがオレには皆無のもの。

あの子もついに卒業するらしい。

その理由は聞いていないが、役者を十分こなせる実力も、「ファン」を大事に思うその心も十分見せている。社長がLoveMe部に課していたプロジェクトをどうしたのかは知らないが・・・あの子の事は昔から気に入っていたから形式上卒業として、そのプロジェクトは社長の中では続行のまま、俳優部門に上げるのだろう・・・・。ついに同じ俳優部門。もう何年前に来たっておかしくなかったのだけれど。

今更、卒業という形をとるその社長の真意がよく分からない。彼女が復讐を諦めたと言う事は聞いていなし、それが完了したと言う事も聞いていない。不破は相変わらず業界では目立つ存在らしいし、新曲など3・4ヶ月に一度は耳にする。それとも、彼女も不破もお互いこの業界で名前が売れた分、復讐は知らない所で既に完了されていて、あの子はそれでもう満足したのだろうか。


今目の前であの子は台本を読んで覚えながら、くるくると変わるその表情を見せている。

その横には男。

「ブリッジロック」というメンバーのリーダーで、オレと同じ歳。


この子が卒業する理由は、これなのだろう。食事をしに行っているところをもう一年以上前から週刊誌に撮られ続けている。それについて、二人とも隠しも否定もしないし、一緒に番組に出ても仲のいい様を見せている。業界でもするどく突っ込みはしないが、暗黙の了解となった。この子はついに愛を得てまた愛して欲しいと願った。それが社長に伝わったのだと思う。

ついに、「その日」が来たのだと、そう思った。

この石橋は4つの歳の差など気にせず直接ぶつかったのだろう。その結果が「卒業」。

この子も「好き」になる事自体もいつものごとく・・・・一生懸命で、全身で体当たりなのだろう。不破のごとく・・・・心から愛して、傍にいる・・・・・・。


だからなぜオレがこの子の前に今いなければならないのかが、疑問で。現場から一緒に事務所まで送ってきたはいいが、この子はオレに「そこにいて下さい」と言う。どこからともなく待ち合わせたように石橋がやってきて、当たり前のようにこの子の「右側」に座った。

どう考えても「邪魔者」なオレは一体どうすればいい。仕方なくオレはローテーブルを挟んだ逆側で一人ぼんやりしているだけ。

明らかにおかしなこの組み合わせ。

社さんが事務所で用をしている間はオレも動けない。
早く帰ってきてくれないと・・・・この微妙な組み合わせに、すでに社さんを置いて移動したい衝動にかられている。

「・・・・・・・、幸いな事に・・・。そうだ、敦賀さん、今度オレ達のやってる番組、出ない?・・・・最近はトーク番組と化してて。「坊」が面白いの。ぼけとつっこみがうまくて。」
「ぼう?」
「あぁ、アシスタントしてくれている鳥のこと。」

彼はオレに向かって、にこり、とくったくのない笑顔を向けた。

鳥・・・・・


「石橋さん・・・あの、そろそろ、ご飯行きません?敦賀さん、このあと社さんが帰ってきたらまた次の現場、移動ですから。一人だとつまらないかなと思ったんですけど。私・・・台本に夢中になっちゃって・・・・敦賀さん、つまらなかったですよね。ごめんなさい。」

彼女は没頭していた台本をあたふたとバッグにしまい込み、オレの存在を忘れたことを気にしたのだろう、申し訳なさそうにうつむいた。

「いや・・・・。」

本当にオレは彼女にとって「よき先輩」であり「よき理解者」であり「一番身近にいて、何でも受け容れてもらえると思っているモノ」なのだろう・・・・。

男と待ち合わせるときに、傍にいても全く何も感じない存在。
その代わりにいつでも一番傍にいてあげられる存在。

オレが、何でも話せる相手になっているのは、分かっている。

強い信頼関係。

そう望んだのはオレ自身。

「そうだ、敦賀さん。前々から言おうと思っていたのですが、折り入ってお願いがあるんです。」

彼女は、再び申し訳なさそうに上目遣いでオレを見上げた。

「・・・・オレにできる事なら・・・・。」

そう言うと、彼女は小さく優しく微笑した。

最近この子は・・・・まるで大人の女性のように微笑する事が多いなと思う・・・・。

「敦賀さんなら、いつも通り、必ず叶えてくれますよ。絶対に。今日の上がり10時でしたっけ?えと・・・12時くらいに・・・また電話しますね。」

今度は笑顔で、彼女は石橋に「じゃ、行きましょうか」と言って立ち上がった。

向こうからタイミングよく・・・・いやかなり悪く・・・・社さんが早歩きですたすた歩いてきた。

「蓮〜お待たせっ。あれ、キョーコちゃん、もう行くの?石橋君もお疲れ様〜。」
「あ、社さん。お疲れ様です。じゃあ敦賀さん、すみません、お先に失礼します。」

彼女がぺこり、と頭を下げ、彼はじゃあ、と言って手をあげた。

「お疲れ様。明日の台詞、ちゃんと入れて来るんだよ?」

にっこり笑って言ってみたらそのオレの表情に、石橋は「ナゼ?」という顔と、あの子は「出た」という顔をして、「大丈夫ですっ・・・。」とだけ答えて、背を向けた。

「京子ちゃん、今の敦賀さんの笑みの意味は何?」

そう石橋があの子に問いかけている姿が目に入った。

もう姿が見えなくなって、オレは次の現場に向かうために立ち上がると、社さんがぼそぼそ話し始めた。

「蓮、お前・・・・・。あの彼だってお前と同じ歳だろ?キョーコちゃんは別に4つの差なんて、気にしてないみたいじゃないか。気にしているのはお前だけだろ?しかももう、学校だって卒業しているし。子供じゃ、なくなったのに・・・・。」

「いえ、待ってください。・・・・オレの事はともかく、あの子が彼を選んだんですよ?それに彼があの子をLoveMe部から卒業させるんですから。オレには関係ない。」

そういうと、社さんは少し悲しげにオレを見上げた。

「蓮。お前、あの鳥の彼に本心ぶちまけろ。オレじゃ言えないなら、鳥君に聞いてもらえよ。今の石橋君て、あの鳥君が出ている番組の彼だろ?前後で会えるように、あの番組セッティングしてもらおうか?あのさ、ホントにあの彼と付き合ってるって、キョーコちゃんに聞いたの?」


――そんな事、言われなくても・・・・1年以上前にはっきり肯定されている。


「ええ。あの子が率先してご飯を誘ったり飲みに行くなんてこと、オレに対しては一度も無いですから。まぁ、そんな事どうでもいいじゃないですか。それにその番組には、出ませんよ。歌、歌わないし。」

社さんは、不満げに見上げてそれ以上何も言わなかったが、久々に鳥君に会いたくなったのは確かだった。昔、オレに彼女を落とせと迫った彼が、この結末を聞いたらどう思うだろう?


こんな調子で最近は一人になると、自嘲気味な笑いが顔によく出てしまう。




*****



「敦賀君、どう?今好きな人、いたりするの?」

――なんて、ビンゴな質問なんだろう。

すぐ次の仕事場での、台本なしのぶっつけトーク番組、「語りの彷徨」。初代は台本があったのに、彼に、二代目に代わってからは、先生たっての希望によって台本は無くなった。二代目移行後100回放映記念の今回の撮りに、先生直々の頼みとあって、断れなかった。

オレよりも一回りほど歳が上の、大人の雰囲気が漂う「大人の上質でいい男NO.1」と称される彼。この男は笑顔で人の心の奥底を言い当てる妙が素晴らしいが・・・人の痛いところまで、すっと入ってくる。だからこそ、この番組は続いているのだろうけれど・・・・。

だがオレはこの駆け引きに負けるつもりは、ない。

「いえ、今はいませんよ。皆、魅力的な人ばっかりで。くすくす。」

いつも通りにっこり笑って、流したが。
やはりこの男は笑顔で食い下がった。

「そう?最近、とても男性的な雰囲気に変わったから、誰か出来たんだと思ってたんだけど。ずっと誰にでも温和で優しい敦賀君もいいけれど、やっぱり二十台後半になるのだから、そろそろ、ねぇ?男としては、考えたい事も、あるでしょ?」

――結婚の事・・・・・。
――そんな旧制度、オレにはどうだっていいことなんだけど。

こんな自虐的な答えが頭をよぎるのは、先ほどのことを引きずっているからに違いない。

――哀しい答え。

にこり、と笑ったその男は、「そうですね」というオレの回答を待っている。そこから「オレの恋愛話」を広げようとしている。

「時が来れば、自然とそういう事になると思いますよ。無理しても・・いい結果には繋がらないし。そう思いません?」

目の前の男は結婚をしてすぐに分かれた過去がある。
笑顔でオレの心を抉る彼に、「オレも」「笑顔」で、厭味を囁いた。

「そうだね。」

オレが待っていた答えを、さすが、彼は表情を変える事もなく、また「笑顔」で呟いた。

「でも、敦賀君ぐらいいい男が、ずっと誰とも付き合うでもなく噂もないと、変な噂、流されちゃうよ?」

にこり、とまた笑った。

「変な?」
「敦賀君ぐらいい男ならそっちからも迫られたりしない?」


――オレの厭味に、無理やり・・・・嫌な方向へ流したな・・・・・・。


この男は・・・オレの恋愛話を拡げるためだけに・・・「無理しても一緒にいたいと思う女性」をオレから探り出す為だけに・・・・この厭味な質問をしたのだと気付いた。

だからオレには、この質問を「笑顔」で否定する選択肢しか・・・・なかった。そして、その次に来る質問も容易に想像がついた。


「ははっ。やめてくださいよ、もちろんオレは女の子が好きですよ?」
「じゃあ、特別な・・・唯一の感情を抱く女の子、本当にいないの?じゃあ、今いなくても、前はいたことぐらいあるでしょ?」

「・・・・そうですね。いた事はもちろんいましたよ。ふられましたけど。」

そう気付いたけれど、軌道修正するために仕方なくこの手の質問に、また乗った。

「敦賀君が?」
「ええ。」
「一体、そんな女の子なんて、どこにいるの?」
「オレ、ふられてばかりですから。くすくす。」
「敦賀君て・・・・一体どんな女の子を好きになっているの・・・皆さんも聞きたいですよね?本気の敦賀君を振って、他の男に行く女の子なんて。本当に女の子?」


――何なんだ、この男は・・・・。


どうしても、オレを負かしてみたいらしい。

「ははっ・・・当たり前じゃないですか。オレなんかよりもずっといい男の傍に行きましたよ。」

「ええっ?芸能界一いい男と言われる君よりいい男の彼って・・・どんな彼?君が知っているんだから、芸能人?」


――この男は本当に人の心でも読んでいるかのように、次々と・・・・・・。

――いくら正直に話はしてはいても、これ以上踏み込まれると・・・・。


正直な所あまりに図星を指されすぎて、負の感情が胃を刺激したのは確かだった。


「くすくす。やめましょうよ、こんな話つまらないでしょう?しかもふられた話なんて。」

「敦賀君がふられる姿なんて、想像がつかないんだよね。そんな恋愛話さえ今まで皆無でしょ?そんな相手の彼も彼女も見てみたいね。前から君、振られてばかり、っていうけれど、「温和で紳士で芸能界一いい男」の君が、そんな振られてばかりなんて・・・・一体何をしたらそうなるわけ?」

「さぁ・・・どうなんでしょう、ぜひオレにも教えて欲しいですね、くすくす。」

「実は、カメラの前を離れたら全然違う性格、とか言わないよね?」


――本当にこの男はにっこり笑いながら厭味を・・・・。


まるで自分を見ているようで。

――あぁ・・・・。

同属嫌悪というヤツなのだと、気付いた。

「そんなこと、ないですよ?いきなり帰ったら凶暴なオレとか、想像できます?」

「はは、敦賀君が凶暴?それは、あり得ないよね。そんなだったらやっぱり普段も顔に出るよ。一般人はごまかせても同じ役者なら普段だって・・・表情一つしぐさ一つ、で全てわかるからね。あぁ、敦賀君をどうにかトークで攻め落とす自信あったのに、ちっとも落ちてくれないんだな。このままじゃ、オレが逆に敦賀君に丸め込まれてしまう。」


参った、というジェスチャーを彼はした。
もうこの話題が終わったことに、内心ほっとした。

あとはいつも通り適当に流すだけ。

「くすくす。丸め込んでないですよ。真実しか語ってませんから。」
「・・・・それも本当みたいだね。」

「交代しましょうか?『今好きな人、いたりするんですか?』。」

くすくす笑って見上げると、彼は「はぁ」、と一つ大げさにため息をついた。

「あぁ、君、だから彼女できないんだよ。そんな全て悟った顔して・・・落ち着いた顔をしているから、「私には興味がないのね」なんて、彼女に勘違いされるんだぞ。本当にオレよりもずっと下?早死にするぞ。美人薄命なんだからな。」

「ははっ。それならあなたも、ですよね。「大人の上質な男NO.1」でしょう?・・・・・・とりあえずオレはあなたぐらいまでは元気に生きられそうで、良かったです。くすくす。」

「敦賀君、一つ言っておくけれど。その「温和で紳士」な君、やめたほうがいい。絶対その方がいい。本当に早死にするぞ。」

「そんな事、初めて言われましたね。まるでオレは本当のオレじゃないみたいな。」

「・・・・君が早死にしても知らないよ、オレは。じゃあ君が絶対に見せない本音、言い当てようか?」
「はい、どうぞ?」
「・・・・・嘘だよ。丸め込まれた仕返し。じゃ、CMね。」

にこり、と笑った彼は、それ以上何も言わなかった。
本当に、この男の性格は・・・・自分に似ている、そう思った。
彼もそう思っているとは思う。
だからオレの性格も考えている事も分かっているのかもしれない。

だけれど、彼はオレより長く「温和」で「紳士」な態度をとり続けているじゃないか。
やめておけばよかったと、思っているのだろうか。

その後もオレは彼の攻撃をかわし続け、互いに腹の探り合いで収録が終わった。
完敗せずには済んだが、彼から再挑戦状だと言って、飲みに誘われた。
車で来ていたから断ったのに、無理やり後日の日程までセッティングされた。
自分に似た性格のこの男と飲むのは正直嫌だったが、業界の掟。断れなかった。




*****



その日の夜、あの子から電話がきちんと12時に着ていた。
ちょうどすれ違いになって、かけ直すとすぐに出て、すでに家にいるという。

――本当に夕飯だけで帰ったのだろう・・・。

――・・・・こんな事を考えるのは・・・・・・浅ましくて嫌だな・・・・・。

また自嘲気味な笑みが口元を覆った。

挨拶が済んだあとの、彼女の言葉。

「あのぅ、紳士な敦賀さん、やめません?」

まるでさっきの収録を見てきたようなその物言いに驚いて、答えが返せなかった。

「敦賀さん?」

「あ、あぁごめん。ちょっとね、さっきの仕事場でも同じような事言われたから。そんなにみんな、オレが「紳士」だったり「温和」だったりすると、困る?」

「困りませんけど・・・でも・・・疲れませんか?いつでもどこでも、にっこり笑っているの。傍から見ていて、心配しているんです。いつか、敦賀さんが・・・・疲れて壊れてしまいそうで。」

「「早死にするぞ」って、さっき言われたところだよ。くすくす。」

「そうですよ、早死にしますよっ。いつもの「いじわる」なぐらいの敦賀さんの方が、私、自然でいいと思います。長い事一緒にいさせてもらえてるせいで・・・・私にしか見せてないみたいだから。初めて会った時から敦賀さんと私、いがみ合ってきたから見せやすいのは分かります。でも、もし出来たら他の人にも見せてあげられたらいいなって思って。」

「そうだね・・・・・。ありがとう、心配してくれて。」


――最初から君の前だけは、なぜか何も隠せなかったから・・・・・・。


「いえ・・・・・・。あのぅ、私、今度LoveMe部を卒業するんです。やっと、俳優部門に上げてもらえる事になったのですが・・・。そこで、お願いがあるんですけど。」

「あれ、紳士なオレをやめるのがお願いなんじゃ、ないの?」

「えっ・・・違いまして・・・。それはふと思ったことだったので、忘れないうちに言ってみましたっ。紳士な敦賀さんだって敦賀さんですから。やめるも何も本当はないんですけど・・・・。もう少しだけ、「楽」にしていてもいいかなって。そういうことです。じゃ、なくて。お願いなんですけど。」

――「楽」・・・ねぇ。

君の前でオレは楽な顔をしているという事なのだろうか?
確かに・・・・彼女の前では素の自分が出ることが多いかもしれない・・・・・・そんな事も、あったかもしれないけれど・・・・・・もう、それも出来ないんだなと、思った。

「何?」

「卒業時に社長の前で演技しなければいけないんです。だから、相手役を敦賀さんにぜひお願いしたいんです。台本は作りません。いつも練習の相手役やってもらっていたから、息は合うと思うんですよね。素の敦賀さんで、いいですから。」

「・・・・・いいけど・・・・・でも素といっても、何か設定、くれないと。」

「そうですね・・・・。「卒業」なので、ちょっと苦しいですけど、敦賀さんの大学の卒業式の一部って感じでどうですか?イメージは・・・敦賀さんが、サークルか、ゼミの先輩・・・かな?大学院なら、敦賀さんぐらいの人も卒業年齢ですよね。」

「なんで。君の卒業だろう?オレの卒業なんて、いいよ。」
「ダメですか?」
「オレが卒業して、どうするの。」
「ええ。私は後輩として、先輩の敦賀さんを卒業させてみたいんです。面白いでしょ?」
「面白いって・・・。」
「現実じゃ、絶対出来ませんもん。敦賀さんを卒業させるなんて。ふふふっ・・・・。」
「君が楽しがってるだけだね、さては。」
「ええ、楽しがっていますよ?折角ですから。いけませんか?」
「はいはい、いいよ。でもさ、相手役ならあの彼、石橋にすればいいのに。」
「あの人、タレントですから。俳優じゃないし。それに私の好きな「間」を分かってくれるの、やっぱり敦賀さんが一番ですもん。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「了解。じゃあ、社長の前に行く日、決まったら教えてね。明日の撮影も、寝坊したらダメだよ?」

「分かってまーす。じゃあ、お願いしますね。遅くにありがとうございました。おやすみなさい。」

「おやすみ・・・。」

携帯を切り、どさりとソファーに身を沈めた。

そして、お気に入りの場所からアリーが移動して、オレの膝の上で「撫でてくれ」とばかりに、丸まった。

彼女の押しに弱い事は重々理解している・・・・。

昔、失いたくないと言った彼女のオレに対する信頼は日々積み上がり、それがこんなにもオレを縛る。

彼女が好きな「間」。それは、よく分かっている。他の男にそれを分かられたら、それはまたひどく悔しいはずで。

ラブミー部を卒業して俳優部門に上がり、あっという間にオレを抜いて、恋をして素敵な女性に変わっていく。その度にオレは彼女の恋の相談役にさえのり、聞く事になるはずで。

そうしてどんどんオレから離れていく。

それでも、オレはここから『一歩』も、動けない。

忘れてしまいたい。

気持ちも、昔の思い出も。
もう、何もかも。
いっそ出会わなければ、こんな気持ちを知らずに済んだのに・・・・・。

こんな苦しさを知らないまま死んだ方が幸せなのか、不幸なのか。



急に殺気立ったオレにアリーが反応して、膝の上でぶるり、と毛を逆立てた。