Hide&Seek 4 Aftereffect


全てが極端だった母。どうして、全てのことにつけて、全てか無か、だったのだろう?

全て完璧に・・・全て100点を取らねばならなかった私。あの人はいつでも側に居てくれるわけでもなく、ショータローの家へ預けっぱなしのクセに、たまに帰ってきてはテストの点数だけを気にする。小さい頃から塾へ通わされ、英才教育というものを受けさせられて。

忙しいあの人は、周りの目ばかりを気にして私の事は二の次で、自分の体裁ばかり。それでも私を生んでくれたのだから・・・父がいなくても育ててくれているのだから・・・と子供は、すり込みよろしく疑うことを知らない。母の言うことを聞いて、母の喜ぶようにすれば、一人前の大人になると思っていたし、母が 100点を取ったときに、少しでも笑ってくれればそれで嬉しかった。私はずっと待っていた。

私が童話好きになってしまったのもそのせいだと思う。頑張ったら、努力したらいつか、自分の手の届かなかったものが手に入るだろう、その展開。甘い綿菓子みたいな世界。
現実逃避と言われても仕方がないのかもしれない。でもその時私はその世界に逃げた。
今はそれが当たり前になりすぎて、自分の性格の一つと化してしまったけれど。

母は私の将来なんて考えていなかったと思う。いい成績ね、いい学校行っているのね、いいお嬢さんね、その一言があれば母は満足。
「育ててあげているのよ」という恩着せがましい感情と共に、全てがあの人の思うレールの上だった。


でも実際、母の手が無ければ生きてはいなかったけれど・・・。
一番欲しい「モノ」は一つももらえなかった。


それでもショータローとアイツの家族が居たから、まだ私は未緒のようには暗くならなかった。現実を、全てを忘れたくて、ショータローの家族にも褒められたくて、私は幼いながら、旅館でもでき得る仕事は完璧にこなした。


自分の将来なんて考えたことがない。母のレールの上に乗ったまま、私が頭に描いた将来の夢は「アイツのお嫁さん」だったから。自分で何かをするなんて事もあまり考えなかった。

「お嫁さん」なら家事全般ができればそれでよかった。それでいいと思っていた。

高校受験を前に、私は東京へ来た。あれだけ勉強させられたのにね。
地元には友達もいなかったし、ショータローとその家族と勉強と母だけが全ての私の世界。
多分、童話の世界だけでは足りなくなって、逃げ出したかったんだと思う。

あの母から、この地域に住む同世代の人、全てから逃げたかった。
ショータローのご両親には悪いことをした、とは思う。
ずっと忙しかった母に代わって本当の子供のように・・・育ててくれたから。
でもずっとそばにいたアイツさえいれば、私は良かった。

15歳で実家を捨ててまで芸能界へ行くと、自分の夢を叶えると言い切ったアイツはそれなりの覚悟だったと思う。自信もあったのだろうけれど、私には持ち得なかったその輝きがあった。だから、私もアイツの決断に負けないように、自分の心に従った。

夢を叶える時にそばにいられるのが私でとても嬉しかった。いつかアイツのお嫁さん・・・になれるのだと思っていた。お嫁さんというのが、一体どんなものかも想像できなかったけれど。絵本に出てくるおままごとみたいな世界だったのかもしれない。


ずっと兄妹のように育ったから。

お互いに全てを知ってる。
アイツの好きも嫌いも、私の好きも嫌いも。
アイツがいて、私がいて。夢をお互い叶えて。

「女の子は好きな男の子が帰って来る時にはご飯を作って待っていてあげてね。」
「男の人が満足いくように手を差し伸べてあげること、それが女の幸せというもの。」

どこかの「親切な人」が昔そういっていた。

私もそうだと思っていたし、疑わなかった。

人間が出来た昔から、男の役割女の役割がある。
できる事、得意なことも違う。体力も違う。

そんなこと、知ってる。
理解もできる。

でも。
私って・・・・・何?私は・・・何?
愛してるって何?どういう状態なの?どういう幸せなの?

待って一生懸命働いて、でも帰ってこなくて。
それが愛なの?これが私の幸せ?

家政婦のようなものだとのたまわったアイツ。
私は料理を作って、お掃除するためだけに生まれてきたの?
私ができる事って何?好きなことってなんだろう?

そんな小学生でも当たり前に考えられること、今までしてこなかったから。
お嫁さん以外って何?

愛と自分の将来って・・・何?
それは共存するもの?


すぐ頭に浮かんだのは「アイツへの復讐」。
アイツに挑戦状を叩きつけられたから芸能界。


社長には「愛の心が足りない」・・・・・と言われた。
じゃあ足りてる人って一体どうやって溜めたの・・・・?


「復讐」・・・・。


動機が短絡的だと、敦賀さんは思った。
だから怒った。

でも。

あなたの演技を見て、私はまた違う目的が出来た。

「お嫁さん」と「復讐」以来始めて出来た、ショータローも母も関係無い自分への、自分のためだけの目標。

「一歩」足を踏みいれたら、私はモー子さんという親友が出来た。さらに、私を無条件に慕ってくれるマリアちゃんがいる。いつも見つけては色々と気にかけてくれる社さん。社長は私が高校に行きたがっていたことを暗に察してくれて・・・それなのに私の事をあまり聞かないでくれている。椹さんやその他のスタッフ、全ての人が新しい世界、新しい人たち。

最初の原因はアイツだったけど、結果アイツから離れてできた、どんどん拡がる私の世界。

そして。何にも替えがたい人がいる。

あなたがいなかったら今の私はいなかった。あなたが今の私の全て。全ての目標。アイツのように尽くすわけでもない、ただそこにいて、そこで演技をしてくれるだけで、私は救われる。

最初は顔を見ることさえ・・・いやだったのに。

「尊敬」という関係。

そんな関係知らなかった。
こんなにもいいものなのね。
今まで自分のためだけにわくわくするのって無かったからとても楽しい。嬉しい。
ねぇ、あなたが演技している姿を見られるのが今の私の幸せなの。こんなに夢中になることって他にあるかしら?

芸能界は夢。みんなの夢。夢を与えるのがお仕事。人に慕われて好かれて生きる。
敦賀さんは本当にすごい。人気も実力も華も全てを兼ね備えていると思う。
私だけじゃない、同じ芸能人皆の「尊敬・敬意」の頂点にいると、思う。

だから。
夢のような世界から、ふと我に返った時はイヤになる。

いつか、あなたがこの仕事・・・辞めたら私は・・・どうなるんだろう?
そんな疑問が浮かんで消える。
いつか「追うべき背中」を失ったらどうする?
また私、自分のために生きる目標、なくなっちゃうのかしら?

そうなったら私も辞めたいなんてことは、ないんだけれど。
演技する事は純粋に好き。
自分が創られて行くのが分かるから。
その時私はまた敦賀さんじゃない、新しい背中、探すのかしら?
それともあなたの過去の演技を思い出しては、それを追うのかしら?

「絶対」は怖い。
また私の中にできた「絶対」をいつか失う怖さ。
アイツを失った怖さとはまた別のもの。
今・・・私がこの「絶対」を失ったら・・・・?

ねぇコーン、あなたならなんて答えるかしら?
そうだ、大きなドラマ、何とか出来上がったの。
すごいでしょ、って直接コーンに会って報告したい。
それが出来ないから、また私は石を見つめる。


我に返っちゃったから。
ふと昔を思い出しちゃったから。
ちょっとだけ、今日も頼らせてね。


小さい頃からの後遺症か、私はつい「全てなんとかしなきゃ」って今でも思ってしまう。だから敦賀さんが「全教科100点とらなきゃいけないみたいだ、無理はするな」って言ってくれた時、私は本当に救われた。

人の「言葉」に救われたのは初めてかもしれない。
何かから開放されて「許される」・・・という事が、こんなにも楽になれる事なのかと、初めて知った。


コーン・・・敦賀さんはね、いつも私に新しい「初めて」をくれるんだよ。


いつか私も・・・・母を、ショータローを、笑って「許せる」時がくるの?



「キョーコちゃん、何、それ?綺麗だねぇ。」


社さんが助手席から、後ろを振り返りながら声をかけてくれた。


食事中、敦賀さんが真剣な顔で物思いに耽ってしまって、車の中でも全く口を開かなかったから、私もついつられてしまったみたいで・・・・ヒミツの宝もの・・・を出してしまった。

敦賀さんは前に一度拾ってくれているし・・・・変に思わないよね・・・?

「あ、はいっ、大事な・・・石なんです。お守り。」
「へぇ・・いいなぁ・・・今度良く見せてね。あ、蓮、ここでいいよ。ありがとう。明日は朝8時に集合ね。じゃっ、キョーコちゃん気をつけて帰るんだよ。おやすみっ。」
「おやすみなさい。今日はごちそう様でした。」

社さんを下ろすと、また車は動き出した。
敦賀さんも私もやっぱり口を開かなかった。


そのままいつもの・・・だるまや近くまで着いてしまった。

エンジンを切った敦賀さんは、「危ないから、近くまで少し歩こうか」と久しぶりに口を開いて言った。

「いえ、敦賀さんが普通に歩かれたら・・・騒動になりますから。」
「何言ってるの。君だって同じじゃないか。ドラマ準主役さん?」
「・・・レベルが・・・・。」
「たまには夜の公園歩くのもいいかなって。一人じゃ確実に来ないしね。それにここ暗いからオレだって気付かないし・・・それにこの暗さ・・・女の子一人じゃ危ないよ、本当に。」
「そうですか?」

敦賀さんは私の家の方へ向かって何の気なしに足を向けた。
そしてまた黙ってしまった。

「敦賀さん・・・どうされたんですか?やっぱり・・・さっきの食事中に考え事されていたのって・・・何か・・・?」

「ん?あぁ・・・たいした事じゃないよ。それよりも君だって・・・お守りの石、ずっと車中で眺めていたけれど。何か・・・あったんじゃ・・・・ないの?」

くすり、と微笑してぴたりと止まった敦賀さんは、まっすぐ私を見下ろした。

敦賀さんだって・・・たいしたこと無い、顔じゃなかったけれど。
敦賀さんが話さないなら、私が聞けることではない。

昔のこと、思い出したんです。
今とっても幸せだから・・・ふと我に返っちゃって。
あなたが・・・仕事を辞めるなんて事、想像もつかないんですけどね、でもいつかお仕事を辞めて私の側からいなくなるかもしれないって思ったら、少し気弱になったんです・・・・・。


そう心の中でつぶやいた。
口に出来るわけも無い。

「どうした・・・・?」

敦賀さんは、敦賀さんを見上げて固まったたままの私に、真剣に心配をしてくれたみたいだった。少し屈んで、顔を覗き込んでくれた。

「いえっ・・・・。ちょっと・・・・・・最近敦賀さんが、とても」

優しいから我に返ったんです、と言い切る前に腕を強く引かれた。
頬が彼の広い胸にぶつかって、優しく抱きしめられた。

「敦賀・・・・さん?」
「本当に・・・・・・どうした?」

泣きそうな顔しちゃってたかな・・・・。
女優失格だわ・・・・・。

「すみません・・・・・大丈夫です。ちょっと昔を思い出して・・・我に返っていただけですから。」
「・・・・いいから・・・・黙って。男は女の子が泣きそうな時は・・・こうしてあげる為にあるものなんだから。」

優しい紳士な敦賀さん。
最近は前と違って・・・他の女優さんにするのと同じように私にも優しくしてくれるようになった。

「・・・・それに頼ると・・・マイナス10点・・・・なんですよね、今日の私のお仕事。」
「・・・・全く君は・・・。」

少し、あきれた様な怒ったような声が耳に滑り込んだ。

「・・・どうせマイナス10点なら・・・わがまま一つだけ・・・もうこれから先も一生敦賀さんに・・・わがまま言いません。聞き流してもらっていいですから。聞くだけ聞いて・・・欲しいんです。マイナス100点で・・・いいですから。」

身体をはずして敦賀さんの目を見た。
敦賀さんは私の目の中からじっと何かを探るように、無表情のまま私をみつめてくれていた。

それを私は、話だけでも聞いてくれると・・・前向きな肯定・・・・と受け取って続けた。

「・・・・いつか私がこのお仕事を辞める時が来るかもしれない・・・辞めさせられるかもしれない。・・・・でもそれよりも前に敦賀さんがこのお仕事を・・・自ら・・辞めないでって・・・いう・・・・わがまま・・・なんですけど・・・。私なんかが言える言葉じゃないって分かっています、でもっ・・・。・・・ごめんなさい・・・・。」

敦賀さんは無表情のまま私を見つめて・・・じっと固まっていた。
それは固まるだろう・・・。
私なんかが、敦賀さんの進退なんて左右できるはずもない。
私の勝手な押し付けなのだから。

「確かにマイナス100点だね。」

しばらくして口を開いた敦賀さんはそう言った。
それは・・・・そうだろう。

苦笑して謝った。

「聞いてもらってすみません・・・。私なんかが言える立場じゃ、ないんですけど。」

「いや、そうじゃない・・・その事じゃない。君は辞めることなんて考えちゃ・・・ダメだよ。まだ辞める事を考えるなんて・・・早いだろう?オレが辞めたいといつか思ったら君に一番初めに相談する。だから、君が辞めたくなったらオレに一番に相談すること。それなら、そのわがまま・・・聞いてあげる。でもオレは全力でそれを阻止するけどね。」

私はまた苦笑して、ありがとうございます、とだけ言った。
敦賀さんは本当に大人だ。

「元気になった?さ、もう夜も遅い。ここから先は気をつけて帰るんだよ。あぁ、そうだスタンプカード・・・。」

そう言って敦賀さんは私が差し出したカードに何やら押して書き込んでくれた。

「はい。」
手渡されたそれはマイナス100点だと思って、恐る恐る目を開いた。
「えっ・・・・?」

『100点/おつかれさま、最上さん。』とあった。

いつもの敦賀さんらしくない・・・・?
いつもなら、絶対80点か90点だもの・・・・・・。
ましてやマイナス100点なら、相殺で0点のはず。

「どうして・・・・ですか?」

「仕事は仕事。なぐさめたのはオレ自身。それとこれとは関係ない。マイナス100点なのは、さっきの君の発言。・・・オレはね、君が楽しそうに演じているの、見るのが好きなんだ。役作りに悩んでも・・ちゃんと自分のものに出来ている。セリフもいつも完璧。同じ役者として、同じ時に演じる事が出来て良かったと・・・思ってる。いつか君が言う・・・・そういう日が来るのかもしれない。でもオレは辞めろといわれない限り・・・辞めるつもり、ないから。だから、最上さんも・・・辞めるなんて事考えないで欲しい。これはオレのわがまま。君のを聞いてあげるから、オレのも聞いてくれる?」

「・・・・はい。分かりました・・・もう言いません。敦賀さんが一生辞めないなら・・・・私も辞めません・・・・。」

今度は嬉しくて、違う涙が出た。
敦賀さんはくすくす苦笑して、そのままさっきよりも強く抱きしめられて。
耳元で「一緒に頑張ろう」って言ってくれた。

尊敬して止まない人から、そんな言葉が聞けるなんて。
私が敦賀さんに「同じ役者」として認めてもらえていたなんて。
私より先に辞めない。いなくならない。
ずっと追って・・・追い続けていいのね・・・?

今度は嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなくなって、私は敦賀さんを困らせた。
敦賀さんは何も言わずに抱きしめてくれていて、ずっと背中を撫でてくれていた。


泣き止んだ私は敦賀さんにお礼を言って、離れた。

「元気になって良かった・・・・。また、相談くらいいつでも乗ってあげるから・・・石に頼る前に言って。君は溜め込みすぎる。・・・マイナス100点は、出さないから。」

そう神々しくも優しく微笑んで言ってくれて。

敦賀さんは、私が石にいろんな相談をしていることを気付いてくれていた。
また敦賀さんは何気ない「言葉」で私を救ってくれる。
どうしてこの人は私が望む言葉を簡単にくれるのだろう。
そんな簡単に、私が欲しい言葉をもらってしまっていいのだろうか?


肩をぽんぽんと軽く叩かれて、また私たちは歩き出した。
そしてだるまやの・・・・ほんの近くまで送ってくれて。
敦賀さんは「ゆっくり休んで。また明日から頑張ろう」と言って背を向けた。
私は敦賀さんが見えなくなるまでずっとその後姿を見送った。


見えなくなってほっとしたのと同時に。
どこか寂しい気持ちが占拠した。

なんで?寂しいって?何?何?何?・・・・・・・。


そして私はだるまやの大将と女将さんに挨拶だけするとすぐに、部屋に駆け込んだ。



一人になって、ふと気付いてしまったから。
そうしたらどんどん・・・どきどきが止まらなくなってしまって。
顔がほてるのが分かった。


そして今日二度目のコーンを取り出してしまった。

ねぇ、コーン・・・・・・。

敦賀さんは本当にいつも新しい「初めて」をくれるの。
二回目に抱きしめられて耳元で優しく囁かれた時、気付いてしまった。
あなたの腕の中がどんなに安心なのかって。
なんて甘い・・・・甘い・・・・・甘美な・・・・・「初めて」。
私、敦賀さんの事・・・・・・・・。
優しい声を・・・笑顔を・・・腕を・・・・・。
独り占めしたくなってしまった。

敦賀さんがくれた優しくて甘い後遺症・・・・どうしよう。
違う意味でまた敦賀さんを追いかけなきゃいけなくなっちゃう・・・・。
あぁ・・・困ったな。
敦賀さんは日本全国の人のもの。
敦賀さんね、他に大事な人いるんだよ・・・・言えないみたいだけど・・・・。
最初から玉砕決定。

・・・・・切ない気持ち思い出すなんて・・・・。
・・・・愛されたいなんて望んではいけないのだと・・・アイツの許を去った時に・・・知ったはずなのに・・・・・・。

ねぇコーン・・・これはやっぱり・・敦賀さんには相談・・・できない・・・よね?