Hide&Seek 11  for myself



「おじいさまに、御願いがあるの。」

マリアは蓮に連れられて社長室へ入り、二人でローリィの正面に座ると、そう言った。

「なんだい?出来る事なら叶えてあげよう。」
「本当に?」

珍しく真剣な顔で、マリアはじっとローリィの顔を見つめる。
蓮は、何も言わない。
マリアが何かを言い出すのを誰もが見守っていた。


「私を、おじい様の会社の事務所に入れて欲しいの。」
「何?マリア、それは・・・蓮。お前がマリアにそう勧めたのか。」

孫の事とはいえ、仕事の話になって、ローリィは一瞬鋭い視線を蓮に向けた。蓮も、ローリィの今の心境を理解しなくも無かった。だからその視線を軽く受け流し、微笑む。

「いいえ。オレはマリアちゃんに頼まれた、ただの付き添い、ですよ。」
「ほう。で、マリア。お前が私の事務所に入りたいと言う。何をする?お前に何が出来る。」
「モデルセクションに入れて欲しいの。蓮様にお話は少し聞いたし、お父様にだって相談したわ。」
「お前がそう望んだからと言って…そう簡単になれるものではないよ。」
「分かってる、分かってるわ、おじい様。」
「もしオレが入ることを許したとしよう。そうなれば、「彼女は宝田社長の孫だから入れたのだ」という視線は必ずついて来るだろう。お前はそれでいいのか。」

ちらり、とローリィは蓮を見やる。蓮は無表情でやんわりとローリィの視線を避けた。そして、その言葉に一瞬びくり、と震えたマリアの肩にそっと手を置いた。

「いいわ。言いたい人には言わせて置けばいいのよ。」

ローリィは、ふ・・・・と小さな息を漏らしてその言葉の後、しばらくじっとマリアの目を見ていた。その後「・・・・蓮。お前の意見は?」と再び蓮に鋭い視線を向ける。

「オレはマリアちゃんが望むのであれば、それで。」
「お前はモデルもこなすな?その点から何か言う事は?」
「・・・・ありませんよ。たまたまオレの仕事の一つ、ですから。」
「所詮、他人事か?」
「社長・・・・オレに、マリアちゃんを止める役になって欲しいのでしょう・・・?でも、オレは彼女がそう望むなら、親の七光り、そう言われながら、苦しむ事が分かっていたとしても・・・・やってみるべきだと、思います。最初は嫌な思いもするでしょう…でも、もしマリアちゃんが心からその仕事を欲するなら、いつかそのうち一人のモデルとして、親の七光りなどと言われなくなる日が来ます。それに・・・本当にやりたい事なら、誰が何も言わなくても…それになっていますよ。」
「ふん・・・・。」
「おじい様。御願い。」
「なぜ、お前はモデルになりたい。」
「・・・・・・・・・お母様の写真、沢山見たわ。」
「リーナの写真?」

ローリィは、目を細めた。そしてティーカップを手に、足を組みなおす。合わせるようにして、蓮もティーカップを手に取り、口に含む。そして、同じように足を組みなおした。マリアは蓮の服の裾をぎゅっと掴む。

「だから。」

「だから、なんだ?」

ローリィの鋭い視線を正面から受け止められる人間は数少ないだろう。さすがマリアは、負けじとその視線をそらさず、じっと見つめて、こくり、と、一つ喉を鳴らした。

「私小さい時からこの事務所に出入りしてた。蓮様と一緒にモデルの人も沢山見たわ。でも…写真を見て、ママが、すごいモデルだったのは私にも分かったの。私、何になりたいかってこの間学校の先生に聞かれたわ。その時すぐに思い浮かんだのが、ママみたいになりたいって。だから、「モデルになりたい」ってはっきり言ったのよ。その後、ママの写真、フィルム、あるもの全てをパパに見せてもらったの。パパはね、小さな私を抱えたママの写真を見て、少し寂しそうに懐かしそうに笑っていたの。だから、ママに会いたい?って聞いたわ。そうしたらね、「少しね」ってそう言っていらしたわ。きっと少しじゃないの。すごく会いたいんだわ。だから、私が、パパの娘で、ママの代わりになるの。私、ママの象徴だった、モデルになるわ。パパにそう言ったら、「マリアがそう思うならやってごらん?」って言って下さったの。だから、私がママの分まで、モデルをやりたい。大好きなパパが、笑ってくれるように・・・・。」
「・・・・・・・・。」

マリアは、少し身体を前に倒して、懇願した。
ローリィは鋭く目を細めたまま何も言わない。
しばらくの間、沈黙だけが流れた。


「・・・・・・マリア。親のようになりたい、それはお前ぐらいの年頃なら誰にでもある事だ。それでなくても思いつく職業が少ない。それだけで「モデルにしてくれ、事務所に入れてくれ」では…社長として、オレは何も言えんよ。」
「おじい様・・・・。」

マリアにとって、祖父にそこまで自らの意思を突き通した事など、ただの一度も無い。それなのに、それを一言も受け入れてもらえない事に、少し肩を落とした。マリアは、掴んでいた蓮の服の裾を離した。それに気づいた蓮は、じっと・・・社長を見つめた。

「社長。オレにマリアちゃんがついて歩くのはいいですね?送りますから。マリアちゃん、仕事場で良かったら、オレとデート、しよう?」
「蓮様?」
「ふん、甘いな、お前は・・・・・。マリアはしっかり学校に行かせてやりたいんだがね。」
「もちろんですよ。それ以外のときに。彼女が本当にやりたいなら、現場から引っ張られれば、いい。宝田ブランドとリーナブランドをただのマリアちゃん、というノーブランドに落としてやればいいなら、それでいいでしょう。マリアちゃんの中にリーナさんの血が流れているなら、きっと、そのうち母を超えますよ。それに社長の血だって流れているんですから。」
「・・・・・好きにしろ。その代わり、マリアが弱音を吐いたら、すぐにでもこの話は無かった事にすると、約束が出来るなら、な。オレからは何もしない。もし、本当にマリアが誰かに引き抜かれて、所属事務所に迷った時に初めて手を貸そう。他の会社の目の届かないヤツにやすやすとマリアを預けられないからな・・・・。蓮なら、まだいい。お前はオレの望まない事はしないからな。」
「はは・・・・。オレは誇りを持って仕事する人間が好きなだけですよ。彼女はその一人になると思いますよ。しかも社長の血が流れている。中途半端なことをするとは思いませんけどね。」
「オレは、何も言わないし、手を貸さないよ。それがオレの意思だよ。それが、孫であっても、だ。お前が本当にやる気があるなら、オレがレールなんぞ敷かなくても、勝手にお前の為のレッドカーペットは出来る。蓮や、お前が大好きな最上君なんぞは・・・その良い例だろう?」
「はい、おじい様。まずは蓮様に社会勉強からさせてもらう事にするわ。うふふ。」

にっこり嬉しそうに笑ったマリアに、ローリィも微笑む。

「だがなー、モデルになるなら少しだけ、養成所を使っても良いぞ。クラシックバレエでも習うといい。それならオレから口を利いておいてやろう。オレの孫だとはいえ、端っこで身体をほぐすぐらい、誰も文句は言うまい。それぐらいなら、手を貸してやる。後はお前が選べ。」
「おじい様、ありがとう!蓮様とのデートがない時は私、そこに通うわ。蓮様、帰りましょう!!送って?」
「くすくす、お送りしましょう、お姫様?」
「うふふ、蓮様と沢山デートできるなんて楽しみ〜。お姉さま、怒らないかしら?」
「どちらかというと、社さんとのデートになると、思うけどね・・・はは・・。」
「おじいさま、またね!!」
「おう。またな。」

蓮に、少しだけ大人びた笑顔を向けたマリアを見たローリィは、「オレも、甘いな…」と一言誰もいない部屋で呟いた。そして、今度は祖父として、目を細めて、その成長を喜んでいた。



そして10年後、マリアが、「マリア」として、とある映画のジャパンプレミアムのレッドカーペットを踏む日、手を取ってエスコートしたのは、他でもない蓮だった。歩きながら、たかれるフラッシュの間を談笑しながら二人は進む。


「私ね、早く大人になって、蓮様の横にね、子供だって馬鹿にされずに堂々と立てる日を夢見てたの。」
「もう、十分すぎるぐらい、綺麗だよ。」
「ふふ、蓮様が本当に誰にでもお上手なのも、社会勉強で学んだわ。今日お姉さまに、一日中蓮様をお借りしてゴメンなさいってあとで一言メール入れておかないと。」
「マリアちゃんが活躍するのをね、彼女が一番喜んでる。」
「うふふ、久しぶりにお姉さまに会いたいわ・・・・。お姉さまに、近いうちにおデートする時間を作って下さらないかしら、とぜひ御願いしておいてね、蓮様。」


一人ひとり、誰にでも煌びやかなレッドカーペットは敷かれている。
マリアも、蓮も、そしてキョーコも。
それを探すのは、自分自身。

マリアがあの日自分自身に誓った、「母に近づきたい」という目標を、今でも毎日母の写真を前に、願いをこめている。


レッドカーペットの上で、たかれた眩しいフラッシュに、綺麗に微笑むマリアは、ただの「マリア」として、内側からほとばしる様に最高に美しい輝きを放っていた。




2006.12.21