どちらがどれ程好きかなんて、恋愛に関係ない。
それに、先に好きになった方が負けなんてこともない。

じゃぁ先に好きになったら、何処へどうやって動く?
君は自ら動くわけでも動けるわけでもない。
かといって、彼女から逃げることも出来ない。




君の黒いそれには、逃げるための確かな方法なんて存在しないんだ。



だから早くそれに気づいて、君の中に隠した黒いそれを動かせばいいのに。



Hide&Seek1  Stalemate



目の前にいる長身で砂を吐くほどキザだけど、それが嫌味にならない男。
俺の担当「敦賀 蓮」。


彼は本当に仕事に関して俺を困らせない。その完璧さを保つ精神力には、年下ながら感服するし、尊敬している。他の担当マネージャーと比べても、本当に恵まれている、と思う。

彼を挑発しようと、さらりとかわし、挙句の果てに笑顔まで浮かべる程。売られた喧嘩を買う歳でもないと言っていたが、前は買っていたんだろうか。

いや、そうに違いない。

俺が察するに、まだハタチそこそこの彼が、これだけの落ち着きと余裕さを保ち続けられる秘訣は、彼が俺に会うまで相当な場数と経験を積んで来ていると・・・思う。でなければあそこまで完璧にこの殺人的に忙しいスケジュールの中、仕事をこなせないだろう。きっと向こうの芸能界でも修羅を見てきたのだと思う。

ただ俺は、そんな彼をとても心配している。その余裕さの中に、彼の喜怒哀楽が感じられないから。誰に対しても温和・・・。その温和さは、人に対する優しさにも、拒絶にも感じられる。


その一見笑顔と見えるマスクにいったい何を隠している?


仕事が忙しくなればなるほど彼の感情がその微笑みに消えている気がする。彼はそんなに感情を消して、その消したものは一体どこに吐き出しているのかが不思議だ。


特に、女性に対しても同じような態度だし、その忙しさから恋愛関係は皆無に近いだろう。実際記事も一切無い。仮にあったとしても彼のことだ・・・来るもの拒まず去るもの追わず、だったに違いない。


あの子が現われる一年前までは、そう、思っていた。


彼は良くも悪くも、キョーコちゃん、最上キョーコという女性に反応するようになった。椹さん曰く、彼女は始めて蓮に会った時日本中の女性が「あり得ない」と言うだろう、絶望に打ちひしがれた態度を取ったという。

それが蓮の興味を引いたのか、それとも普通の女の子と見なかった分、ただ人間的に興味を引いたのかもしれない。彼は彼女に対して、彼女と同じくらい本気で対抗・・・というより抵抗するようになった。


俺は互いが嫌いあっているからだと思ったし、もしかしたら、その普通の女の子と違う態度が、蓮の征服欲というか・・・完璧主義の、克服心を掻き立てたのかもしれない。実際他の共演者に対するそれとは全く異なった。仕事にひたむきな彼女に対して、どうしてそんなに厳しいのか。それを問い詰めてもしばらく「動機が不純」としか彼は理由をくれなかった。


その動機も今は聞いた。それはしょうがないことなのだと、一般人のオレなんかは思ってしまうけれど、俳優としての蓮には許せなかったのだろう。


最初から彼女の反応は、傍からみている俺にとっては、実に面白くて好きだった。最初の頃から蓮のあの笑顔に、普通のごく普通の女性なら「敦賀さんっ・・・・///////」となる所が、あの子はオバケでも見たように「で、出たっ、敦賀 蓮!!」という表情をする。
あからさまに逃げていた。俺には挨拶も普通に会話もするのに。


ただ最近彼女は蓮のマスクをかけた笑顔と、本音の笑顔をどうも見分けているようだ・・・・。

彼が不破尚のP.Vと復讐との関係の事で本気で怒って・・・まぁ彼が本気で怒ること、それ自体が天然記念物並みに稀少であるんだけれども・・・謝罪の為に一緒に車に乗った際蓮が彼女に見せた笑顔に、とても安心していたようだった。


蓮の本音の笑顔を俺はほとんど見たことが無い。キョーコちゃんに対してだけの・・・それは・・・微笑は、あるけれども。だから、キョーコちゃんは最近蓮に懐いた。


もともといがみ合っていたのも手伝ったのか、逆に蓮とキョーコちゃんの距離が最近とても近くなった気がする。よくも悪くも彼女が蓮の感情を揺さぶる。マネージャーとして本当はそれを危惧するべきなのだろうが・・・俺はその前に蓮の感情の欠落の方が気になるから、彼にとって逆にいい事だと思っている。


結局、普段の彼とその態度の矛盾。


それは前々から俺が危惧していた彼のマスクを徐々にはがしていっている前兆なのかもしれない。


演技テストにもかかわらず、女優とは経験皆無の彼女に本気で相手をしたし、俺が風邪でダウンしたあとの蓮の彼女に対する表情は異常に柔らかかった。

彼女の初CMが開始してすぐ、わざわざ連絡先とスケジュールを聞き出して、局で仕事前に彼女を待って、あまつさえあの人ごみの中から下にいるのを見つけて連絡するわ、赤面するほど優しい顔で「制服姿が見たかった、よく似合ってるよ」・・・・なんて、言い出す始末。

あれが本当に嫌っている相手に対するそれじゃない。しかも不破の事だって自分の携帯犠牲にしたしね。あの電話の中には・・・と言って言いよどんだところを見ると、相当消したくなかった番号が入っているか、画像なんかが入っているに違いないのに。


最近ではプライベートでも電話をし合っているようだ。しかも、彼女にとってはかなり先輩になるであろう彼に、役作りやプライベートな話まで聞いてもらっているらしい。

それが彼女の彼に対する信頼以外の何ものでもないだろう・・・・。


だから俺はいつものようにけしかける。
「キョーコちゃんと何かあった?」・・・・と。
彼のそのマスクが剥がれる日を期待して。
それを剥がしてくれるであろう、キョーコちゃんにも期待して。


蓮も早くそれを剥がして『楽』になればいいのに・・・・・。


もしその日が来たら俺も随分と『楽』になれるのだろう。彼の隠した感情が・・・・いつか素直に表に出てくるといいなと思う。



「おや・・・・チェック・・・ん?メイトか?・・・・社さんの負けですね。」

蓮が俺の白いキングの十字を指で摘んで振っている・・・・・・・?
そうだ、俺は蓮と局のロビーで先生を待っていて・・・。

「あっ・・・・・・・あぁぁぁっ・・・うそぉぉっ。」
「そんな上の空でどうしたんです?」
「あぁっ・・、これは、蓮のせい・・・いや、将棋じゃないからだよっ、将棋で勝負やり直しっ。」


うっかり、蓮に思いを馳せいていて、すっかり勝負を忘れていた。


「どうしたんですかっ?社さん負けちゃったんですか?」


近くで台本を読んでいたキョーコちゃんが、蓮の顔の横からひょい、とこちらの様子を伺った。俺はその時の蓮の・・・一瞬の表情の油断を見逃さなかった。


やっぱりね。
蓮のマスクを剥がすのはキョーコちゃんなんだ。


「社さん、そんな子供みたいな言い訳・・・なしですよ。勝負は勝負。さぁ、食事。おごってくださいね。」


その表情がまた元の「敦賀 蓮」にもどったのが悔しくて。


「わ、分かったよ。そうだ、キョーコちゃんも一緒に・・・ね?」
「ほ、本当ですかぁ〜。」


蓮の横で素直に喜ぶ彼女を見た彼の表情が、また少し油断した。



だから俺は今日の食事でも、またそのマスクを剥がす努力をしてみようと思う。