【Daydream 7 -Fantasie Impromptu op.66《幻想即興曲》-】




彼女のくれたCDをしばらくしたある日、開けてみた。20曲ほど入った恋する女の子の歌。その中でも「Cinderella」が好きだと言った、けれど。彼女が好きなそれは、想像していたような「王子さまと幸せに」という歌詞ではなかった。

「私のガラスの靴はみんな壊れてしまったの」
「王子さまがみつかるのをじっと待ってなんていない」

やっぱり「キョーコちゃん」とは少し違うと、少しほっとしたような、残念なような不思議な気持ちだった。

もし、彼女が「キョーコちゃん」だったら・・・・・?
オレは彼女であってほしい、と望んでいるのか・・・・?
オレは、気に入ったのか、やはり落ちたのか・・・・。

彼女の為に購入した「愛の夢」の楽譜に解釈を書き込み、改めて弾いてみた。でも彼女の泣いた声が、震えた身体の感触が頭から離れなくて、やはり前回同様、集中出来なかった。

――この曲は一生弾けないかもしれないな・・・・。


そんな事を思って、楽譜とピアノを閉じた。


*****


「キョーコちゃん」はシンデレラが大好きで、将来ガラスの靴を持ってショーちゃんが迎えに来ると言った。ショーちゃんが彼女の中の王子さまで、オレが来たらどうする?と冗談で言ったら、「コーンがショーちゃんと同じになったらいいよ」と言って笑っていた。


「じゃあぼく、それになる」
「えーっ・・・コーンもそれになるの?無理だよー!!」
「どうなれば、おなじ、になるの?」
「ショーちゃんのパパがね、この間ね、んっと・・・ラフ・・・なんとかのコンクールっていうので優勝したの。ショーちゃんもね、将来それになるんだって。そうなったら世界一なんだって。だからね、コーンもそうなったら一緒!!」
「うん、わかった。ぼくもそれになるよ」
「私もそれになるのっ。王子さまとね、おんなじぐらい王女さまも頑張らないといけないの。だからね、一緒に頑張ろうね、コーン」
「うん。がんばるよ。キョーコちゃん、じゃあ将来それになったら・・・会いに来るよ」
「じゃあ私がそれになったら、私、コーンに会いに行く!!約束ね???」
「やくそく・・・・」



*****


たったそれだけの口約束。

大きくなった彼女が覚えているかどうかも分からない。彼女のショーちゃんは既に優勝していて・・・もしくはそんな約束など無くても、ガラスの靴を持って行っているかもしれない。

「コーンの声、綺麗!!」と、歌うたびに目を輝かせていた彼女。音楽なんて父の後を追ってやったぐらいで特に楽しいと思ってやっていたわけでは無いのに、「キョーコちゃん」が喜んでくれただけで歌う事の意味が変わった。声変わりをしてからはもう歌は歌わなくなったけれど・・・・その代わり、彼女が一緒に頑張ろうと言ったピアノは辞めなかった。

ラフマニノフの曲ばかりを弾いて、いつのまにかコンクールも毎年出るようにまでになった。その出場者の中に「キョーコ」という名前は一度も無かったし、「ショー」という名前も出てきたことは無い。あの口約束を守ったのはオレだけかもしれない。


ただ、彼女に会ってお礼を・・・・オレに生きる目的をくれた彼女に会いたい・・・・。


いつも会いに来る時は泣いていて、お別れしなければならなくて、またぼろぼろ泣いて・・・・。今でもよく泣いているだろうか?

あの子もそういえばオレに会うたびに泣いているなと、思った。同じ「キョーコちゃん」。シンデレラが好きで、泣いてばかりの彼女。不破・・・の名前は不破ショータローというらしい。ショーちゃん、と呼ばない事も無い・・・。どうしても、あの子が思い出の中の「キョーコちゃん」の断片的な記憶に被っていく。


いい迷惑だと、また怒る彼女の顔が目に浮かんだ。


そういえば・・・「ショーちゃん」のパパはオレと同じコンクールで優勝したと・・・。日本人が一人だけ優勝した記録が残っていたはず・・・。気にした事が無かったから、名前を覚えていなかった。


「学長、オレの隣の不破・・・・の父親って・・・・もしかして、オレと同じコンクール・・・出ていませんでした?」

「あぁ、お前と同じコンクールで優勝してたな。」


・・・・・・。

ほら、と言って渡された資料に、不破の父親の名前が、――オレが「キョーコちゃん」と出会った頃の欄に――優勝者として載っていた。それ以降日本人でオレ以外に優勝者は出ていない。

ショーちゃんは不破で・・・不破の父親は、あのコンクールで優勝・・・・。
あの子は、やはり「キョーコちゃん」なのか・・・・・?

「どうした、蓮が人の事気にするなんて。部屋が隣だからか?」
「いえ・・・。不破自身はどうなんです?コンクール出てない様子ですが・・・。」

あぁ・・・と生返事を返した学長は、勢いよくソファに腰を下ろした。

「反抗期、みたいなもんだろ。まぁピアニストとしても歌手としても相当な実力だからな・・・。特待生としては別に文句は無いよ。ピアニストとしてやるかどうかなんて・・・本人の自由だし。実力はあるんだがなぁ・・・・。どうも本人が芸能活動の方が向いているような感じがするんで止めてないだけなんだが・・・・。高校生で国内コンクール優勝した実力がありながら、だ。留学もするはずだったんだけどなぁ。映像見るか?」

「・・・・・・そうですね。オレの隣、ですからね・・・・。」
「ふん・・・・不破、じゃないだろう?あの子、最上君だろう?不破の幼馴染で婚約者。どうした、仕事で接して・・・「恋人役」やったら逆にお前が落ちたか?まぁ確かにあの子の女っぷりは良かったな。」

全て見透かしたような、当たらずも遠からずな学長の相変らずの洞察力に、苦笑いが浮かんだ。

「なぜあの子が「ラブミー部」なんです?別に・・・愛を表現できていないわけじゃないと思いますが・・・実力としても相当でしょう?コンクールに出ないのがもったいないと思いますが・・・。先生についているのも、ラブミー部だからではなく・・・実力でしょう?さっさと世に出てプロに転向してもいいくらいです。」

「早いな。もう聴いたのか、彼女の音。悪くないだろ?音に厳しいお前がそう言うなら悪くないんだな。だけど・・・どうもまだ精神的に不安定で、な。不破くんの事があるからなのか・・・彼が世間で浮名を流しているからなのか・・・。音が、その日の気分によって変わってしまう時があってね。まぁそれ自体は直そうと思えば暗示療法でもなんでも使えばすぐになおるんだがね。それにもう少し深く音を表現できた方がいい、というのは本音だよ。それが表現できた時、彼女はどこでも優勝するだろ。別に急がなくてもいい、というだけだよ。むやみやたらにコンクールに出て、それなりの成績しか取れなくて潰されるよりは・・・彼女はもう少しゆっくりと育てたいというのが、オレの本音でね。」

「・・・なるほど・・・ラブミー部、というのは表向き「足りない」と見せかけて・・・実は学長のお気に入り、なんですね。大事にされているわけですか。あぁ、そうだ・・・・この間の件で、しばらくオレも彼女を見ることになったんです。」
「ほう?最上君が教えて欲しいと、言ったのか?」
「えぇ・・・。」

「それは珍しい。この間のパーティーで相当お前の音、気に入ったんだな。あの子、この学校ではお前が嫌いで有名な子だぞ。そんな事堂々と言う子がいないだけなんだが・・・。その代わり婚約者や恋人とは公表してないが「不破の幼馴染」として・・・不破好きには相当な目に合っているようだけどな。で、お前が就く、か・・・。ふふ・・・面白い。で、お前も本気で教える気になるぐらいには音・・・気に入ったか?でも手は出すなよ。あの子が潰れる。お前ほど慣れてない。」

「約束はできませんよ、オレはあの子を気に入ってますから。彼女次第です。」
「蓮。お前は「キョーコちゃん」を探すんだろう?」
「えぇ・・・・でも別に見つかったところで、その子と結婚するとかそういうわけでは無いんですから。」

「分かった。お前が誰と付き合おうと結婚しようと構わないが…あの子は潰したくないんだ。お前はもう実績と共にどうにでもなるがな、あの子はこれからだよ。「気に入った」だけで手を出して・・・あの子がさらにラブミー部に残るような事になったら・・・・せっかくのオレが大事に育てている原石が光らなくなるだろ。分かるな?」

「そうですね。もし本気になったら、にしておきますよ。」
「・・・・・そうあって欲しいね。」


最後に渡された不破のビデオテープを持って先生の部屋へ訪ねると、先生が人差し指を口に当てた。先生の部屋から続く隣の部屋を覗くと、あの子がピアノを弾いていた。オレが渡した楽譜を鼻歌交じりで楽しそうに弾く彼女は、一箇所音を飛ばして、「あ〜〜」と呟いた。そして、「もう〜〜〜敦賀蓮のばかー!!!こんな難しい弾き方できない〜〜〜!!!」と独りで叫んで、ぱたん、と楽譜をたたむと、ごそごそ、とまた新しい楽譜を取り出して、置いた。

彼女が弾き出したのは先日オレが弾いた「溜息」。この間それも持って帰ったのは覚えている。オレの解釈が書いてある通りにさらっていき、オレが弾いたとおりのテンポで流れていく。

甘い、と言っていたオレの音の通りに・・・・。

「キョーコちゃんね、最近こればっかり弾くんだよ。敦賀君に楽譜を借りたと言って弾くんだがねぇ・・・・びっくりしてね。こんなに女の子らしく優しく弾くなんて思わなかったから。選曲自体は今までもこういったタイプのものもこなしてきたんだがねぇ。でもこれは僕の解釈法じゃないんだよね。君のかい?甘いね。」

先生は、ふふふ、と笑ってオレを見た。

「オレが弾いたとおりにさらっているみたいですね。オレが試しに弾いたのと同じに聴こえます。オレの音を全部聞いて真似して抜いたあかつきには、先生に追いつくんだそうです。」
「ほほう・・・そんな事を言ったかね。学長のお陰でコンクールにも出られず漠然と課題曲をこなしていたからね。君という目標が出来て・・・相当楽しいんだろうな。君嫌いで有名だったんだけどなぁ。」

この学校の人間は、皆口をそろえて「最上さんは敦賀蓮が嫌いで有名」と、オレに言う・・・全く・・・・。

「いつか本当に、抜かれそうですね。あぁ、これ。不破のビデオを借りてきたんです。先生から見て・・・不破の実力はどうです?」

「もったいないよねぇ・・・・二世としても相当な実力だよ。父を凌ぐだろうに・・・。そのテープは優勝したときのかい?彼もその時にはもう僕に就いてくれていたんだけどね。練習嫌いでプライドが高くて・・・父親へのコンプレックスが相当あったみたいだよ。父親と同じ道が嫌できっと今の仕事に打ち込んでいるんだと思うけどねぇ。そっちでもトップアーティストだからね。本当に音楽の才能は相当なものだよ。見てみるといい。キョーコちゃんの音は完全に彼譲りだし、実力も同等かそれ以上のものがあるんだけどね。ずっと一緒だったからね・・・・彼が居なくなってしまってから・・・目標が見つからなかったんだろう。長い事辞めるかどうか迷っていたよ。でもね、どうしても「約束」があるから辞められないんだと言っていたかな。どんな約束かは知らないんだけどね。」


――父へのコンプレックス・・・。
――約束。
――彼女の音は不破譲り。


今聴こえてくるピアノの音が「オレらしい」なら・・・この間彼女が弾いた「愛の夢」の解釈は「不破の音」か・・・・?

妙に、落ち着かない気分になった。


――「彼女自身」の音は、一体どんな音がするんだろう・・・・。


「そうですか・・・先生がそこまで仰るなら相当なんでしょうね・・・。」

「僕のあとに、と思って育ててきたんだけどねぇ。今はキョーコちゃんがいるから。僕の音を一生懸命伝授中だよ。早く僕に追いついて抜いてほしいものだよねぇ。」

「あ、オレも教える事になったんです。オレも追い抜くと言って・・・それであんな弾き方を始めたんでしょう。」

「ほう・・・敦賀君にも就くか。もしかして初めての教え子かい?でも彼女が君にそう言ったなら相当君の音、気に入ったんだろうねぇ。彼女音には相当耳は辛いよ。なんていったって不破君が基本だから・・・。でもそれは良かった。彼女、任せたよ。不破君とどうも・・・色々あるようだからね。僕じゃ孫みたいなもんだ。同じぐらいの君の方が話せる事もあるだろうから。」

「学長にもまったく同じ事言われました・・・・ただ学長には「手は出すな」と先に言われましたよ・・・。」

再び苦笑いでそう答えると、先生も苦笑いを浮かべた。

「まぁ・・・そうだねぇ・・・。あの子本当に素直だし、可愛いからねぇ・・・・。この学校で密かに人気なのに本人は不破君しか目に入ってないから気付いていないんだよねぇ・・・。音楽もだけど異性も不破君が基本で全てだからね・・・・。全く困ったもんだ。不破君は好きにやっているんだから。」

はぁ、と溜息をついて、先生は「コーヒー淹れるけど飲むかい?」と言って立ち上がった。「やりますよ」と言って止めて、オレはマグとポットの前に立って、相変らず続いている彼女の音を横耳で聞いていた。


彼女は今度は、例のCDの中の曲らしき英語の歌を弾いて、ご機嫌に歌っていた。勧められた曲では無かった。

「学長もそんな事を言っていましたけど・・・不破・・・そんなに遊んでいる事で有名なんです?」

「まぁねぇ・・・週刊誌の常連だよ。キョーコちゃんがそれを知らないわけがない。だから余計に不安なんだろう。彼女とはしっかり付き合ってないみたいだし・・・なのに結婚の約束だろう?ただ・・・この間の彼の様子からしたら・・・・キョーコちゃんの事は大事にしているんだろう・・・。君の同伴だと分かった時の彼の顔は、見た事が無いぐらいにきつかったよ。そんな顔するならどうして彼女をほったらかしているのか・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」

彼女が大泣きする理由が、何となく分かったような気がした。

そうして毎週のように自分以外の女と名が連なる彼。大事にしているとはいえ、毎週のように心の中にもやもやしたものを溜め込んで来たに違いない・・・・。

それがたまたまこの間の事で箍が外れてしまっただけ。
泣きたくても、ずっと泣けなかったんだろうな・・・・。

「約束」という一言に彼女がすがり続けるのは、オレがキョーコちゃんとした約束を守ったのと、全く同じなんだろう・・・・。彼女の中の生きる目的が「彼」との「約束」。だから、「約束」が無くなったと思っただけで、全てがなくなった気がした、のか・・・。

オレとした約束も守ってくれているのだろうか・・・・。


――彼との「約束」など破ってしまえば楽になれるのに・・・・。


「あぁぁぁ〜〜〜〜〜敦賀さんっ。何しているんです!!!」

隣の部屋から顔を覗かせた彼女はコーヒーを落としていたオレに向かってそう言った。

「コーヒー淹れてるだけだよ。」
「見れば分かりますよっ。違いますっ!!!なんでここに居るんです?」
「え・・・・?」

不破のビデオは、先生がそっとオレのカバンの中にしまってくれたみたいだった。
先生は何もいわずに、にっこり笑っていた。

「先生に挨拶しにね。」
「ピアノ、聞きましたね・・・?」
「君の歌う声と、『敦賀蓮のばか〜〜〜〜!!!』も聞いたな。」
「やっ・・・歌聴いたんですか?もう〜〜〜〜〜。先生しか居ないと思っていたから、いつも通り歌っちゃいました。でもごめんなさい・・・「幻想即興曲」・・・敦賀さんのCDも聞きました。でも敦賀さんのように弾けなくて・・・八つ当たりしました・・・・。」
「で、弾けるようになった?」
「えぇぇ????今日は呼ばれて無いじゃないですかっ。」
「ダメ。いつ会ってもいいようにやっておいて。もしかしたら今日の夜、部屋に呼ぶかもしれないじゃないか。」

彼女はむぅ、と口をへの字に曲げていた。そしてそれを見た先生が、まぁまぁ、と言って彼女に助け舟を出した。

「ふっふっ・・・敦賀君、その辺にしといてあげなさい。即興曲は僕がさっき見たトコだよ。大丈夫、しっかりできているから。」
「くすくす・・・先生に免じて、許してあげるよ。じゃあこのあと弾きに来る?」

そう言うと彼女は「私この後、例のお仕事なんです。敦賀さんよかったら遊びに来ませんか?」と言った。

「ん・・・そうだね。行っていいなら。」
「でも・・・敦賀さん一応モデルさんもしているんですよね????もし敦賀さんだって分かったら・・・お客さんびっくりしちゃうかな?」
「じゃあ僕も一緒にいくよ。キョーコちゃんのお仕事の音、僕も聞きたい。」
「えぇぇっ先生もいらっしゃるんですか??うー・・・二重に緊張します。先生には特等席オーナーに用意してもらわないと・・・・。そうだ、せっかくです。土屋さんにも連絡して・・・社さんにも来てもらいませんか?モー子さんも呼んで・・・・みんなで敦賀さんの引っ越し祝い、一緒にしませんか?」

「あぁ・・・ありがと。土屋さんと君と君の相方が一緒か・・・オレは祝われるのか針のむしろか・・・分からないな。」
「ふふっ、大丈夫ですよ。敦賀さんが先生になってくれるので、ちゃら、なんですから。」
「おや、敦賀君・・・実はキョーコちゃんに脅されて見ることにしたのかい?」
「押し倒されましたよね・・・。まったく・・・・。」
「倒してないです!!!押し通したんです!!」
「おなじようなもんだろ?くすくす・・・・」

彼女は、「もう!!」とまた怒って、オレのコーヒーを取上げると、ぐいっと勢いよく飲み干して、「ブラック〜〜〜にが〜〜〜〜」と顔をしかめた。

「人のを飲むからだよ。淹れてあげるのに。」
「いいんです。私、敦賀さんが嫌いなんですから。」

この調子で学校中で敦賀蓮が嫌い、とずっと言っていたんだろう。
今のは本気で言っている訳ではないのは、分かるけれど。
ただ、遊ばれて悔しいだけだろう・・・・。

まったく負けず嫌いと言うか・・・意地っ張りと言うか・・・・。
本当にからかうと面白くて、飽きない・・・・。

「最上さん。」
「・・・・・???え??苗字???」

何で知っているんですか?と言いたげな表情で、怒っていた顔からきょとん、とした顔に変わって、先生に視線を移した。

「あぁ、学長に聞いたんだよ。来週、また例の仕事頼むから。今度こそ「スタンプ」押させて欲しいよね。」
「・・・・・・・・・頑張ります。」
「僕もその仕事の日、聞きに行くからね。頑張って、敦賀君。練習は出来てる?」
「えぇ・・・大丈夫ですよ。今度先生に最終チェックしてもらいに来ます。」
「そうだね。」

彼女にミルクたっぷりのコーヒーを渡すと、「子ども扱い!!」とまた怒った。

「大人はそんなに泣かないよ?」

そう口にすると、彼女は目を伏せて大人しくなった。先生は「キョーコちゃん、クッキーが棚に入っているよ」と再び助け舟を出していた。


彼女はピアノを弾いて感情移入して・・・先生の前では泣かないのだろうか?
泣く事は・・・・オレ以外の人間に知られたくないのだろうか?
もしかしてオレを「コーン」だと覚えていて、分かっているんだろうか?
だから、オレの前では素直に感情を出すのだろうか?


不破の前では、もっともっと女の子らしく可愛らしくなるのだろうか・・・・。
不破の前でも、素直に泣くのだろうか・・・。
不破の腕の中でも、ああして大人しく撫でられたり共に寝たりするんだろうか・・・。


「キョーコちゃん」だからだとかではなく・・・彼女自身が「気になる」。
「気に入る」とは少し違う。
もし手を出すなら、距離を保ったまま付き合いたいとは思わない。
別れを予定して付き合おうとは思わない。
深く知りたい。オレを深く知って欲しい・・・。

彼女のピアノの音も、彼女自身も・・・・・。
オレのピアノの音も、オレ自身も・・・・・。

これが恋、なのだろうか・・・・・。それとも彼女が「キョーコちゃん」だと分かってしまったが為の、オレの弱さの現われなのだろうか・・・・。

彼女を仕事場まで送っていく車の中で。
オレは自分の気持ちを確かめようと、彼女に誘いをかけた。


「最上さん、今日の夜、終わったらオレの部屋に来て。」
「え?お仕事、夜11時すぎますよ・・・・?」
「いいから。君の宿題の成果、聞きたい・・・・。」
「えぇ・・・いいですけど・・・・。」


これ以上不破を、彼女の全ての目標にしておきたくないと、教え子として以上の感情が芽生えたのは確か。

今度はオレを、オレだけを目標にして欲しい、と。
完全なる独占欲。

昔から不破の次に置かれているオレの存在。それをひっくり返したいという意地なのか、彼女の中の「キョーコちゃん」に会いたいのか。彼女自身の全てを知りたいのか。


彼女がオレ以外の男の前でああして泣いたら、と想像して・・・きつく心臓が掴まれた気がした。


・・・・割り切れなくなったのは、オレかもしれない・・・・・。











    

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2006.3.6