【Daydream 7.5 -Aufforderung zum Tanz 《舞踏への勧誘》-】





敦賀さんのお引っ越し祝いをして盛り上がって・・・・他の皆はもう帰っていった。

2週間ぶりに会った土屋さんは、ずっと私を心配してくれていたのだと言っていた。今日は土屋さんのくれた服の中から一つを選んで着て行ったら、とても喜んでくれて、「いつでもお店に来てね?」と最後に言ってくれた。私のピアノも気に入ってくれて、「お店で掛けたいから今度蓮様と一緒にモデルをしてCDも作りましょう!」と意気込んで帰っていった。

オーナーはまだ仕事が残っているからと言って奥様とは別になったけれど、すごく仲が良くて・・・終始付き合いたての恋人のように、笑顔で話していた。

「キョーコちゃんお疲れさま。みんなと一緒にあまり飲めなかったでしょ。コレは俺からのおごり。」
「わ〜。いただきます。」

オーナーからグラスを受け取るとカウンター席で、背の高い椅子に座る。足が疲れてぶらぶらさせてみた。敦賀さんはそこに座って待っていてくれた。そしてその椅子がとても低く見える。敦賀さんは車をここに置いていくと言って、皆とお酒を口にした。私に向かってお疲れ、と言うと、私と一緒に目の前のグラスを口に含んでいた。

「ジャズ・・・いいね。君、そっちの方が向いているかもしれない。」
「えぇぇぇ〜〜〜・・・・。どっちも向いているって言って欲しいです。」
「オレは弾かないから。楽しめたよ。今度弾いてみようかな・・・・。」
「教えて差し上げましょうか?」

試しににっこり笑っていってみたら、敦賀さんはふっと意地悪そうに笑って、グラスをもう一度口に含み、視線を逸らした。

「いや、結構。まぁ・・・君の音、なら聞きたいけど。」
「・・・?私の音って何ですか?」
「そのジャズは・・・不破の音なんじゃないの?」
「彼はジャズ弾かないんです。先生も弾かれないので、完全に耳コピーと独学です。」
「へぇ・・・。」

敦賀さんはじっと私を見て、くすり、と笑った。

「敦賀君、相当キョーコちゃんを気に入っているんだねぇ。」
「えぇ、「かなり気に入って」ますよ。」
「む・・・・嬉しくないです。敦賀さんにとっては面白いオモチャが手に入っただけですから。」

そう言うと、オーナーは声をあげて笑って、「そういえば君は敦賀君を嫌いだった」、と言った。そして、さぁもう閉めるから、と言って私たちはお店を後にした。

歩いて駅まで向かう途中、遅い時間、毎回酔っ払いがひっきりなしにすれ違う。敦賀さんはかばうようにして歩道側に私を入れてくれた。「こんな所いつも一人で歩いているの?」と、珍しく真面目な顔をして心配をしてくれた。「今度から自転車でも何でもいいから一人で歩かないようにしないと」と言って、この明るい光の渦の中でも心配だと、優しく言っていた。普通に女の子として扱ってくれる面もあるのね、なんて、少しだけ嬉しかったのは事実。そして敦賀さんは、電車に乗るとおもむろに口を開いた。

「最上さんさ、オレ・・・会う人会う人皆口々に「最上キョーコは敦賀蓮が嫌い」だと・・・オレに言うんだよね・・・。一体どんな事周りに吹聴していた訳?」

しらっとした顔で横から見下ろされて、私は視線をそらした。


――せっかく褒めてあげようと思ったのに。


「敦賀蓮は顔だけピアニストって・・・ゴメンなさい。今度は「顔だけじゃない偉大なピアニスト」って言っておきます。」
「偉大は要らないけど。随分な言われようだよね。学校中がオレと君が一緒にいるのを不思議がる訳だ。」
「もう・・・おかげで敦賀さんのファンから・・・何でもないです。」
「おかげで・・・何かされた?」
「・・・・・・・・。」

ショータローだけじゃ飽き足りない訳?と・・・それこそショータローと同じぐらい「軽い女」だと、今度は一部の「敦賀蓮ファン」に言われているらしい。そんな事言われたって「仕事」で「お友達」をしているなんて言えないし、それこそ教わる立場からすれば「遊んで」いるわけじゃないのに。

「今日学校で「本物のキョーコちゃん」だと言ってきた子がいてね。今度会うんだよ。」


――え・・・・?


「へぇ・・・良かったじゃないですか・・・。もう見つかりそうなんですね。そうしたら、私のお仕事、解放してもらえますか?」
「そうだね。本物なら、ね。」
「本当の「キョーコちゃん」が出てきたとして・・・・もしそのキョーコちゃんがもう誰かと付き合っていたり…結婚していたりしたら、敦賀さん、どうするんですか?」

意地悪な質問だと、思う。知っているが故に・・・本音を聞いてみたいと、思った。
敦賀さんは無表情でじっと私を見下ろしていた。

「どうしてそんな事を、聞くの?」
「え・・・?どうしてって・・・。あ、踏み込まれるの・・・嫌いでしたね。ゴメンなさい。」
「そうじゃないけど・・・。」

揺れた車内をドアの壁で支えるようにして立っていたけれど。斜め向こう側では、お互いしか見えていない同じぐらいの歳のカップルが優しく囁き合って、支えあって立っていた。

――あんなの、ここでやらなくても。

「羨ましい?」
「え?」
「・・・・不破とやってみたい?」

――ショータローと?

「いえ?」
「・・・・そう?オレとじゃ背の差がありすぎてあれはできないな・・・。」

敦賀さんはくすくす笑っていた。恋人役を続けていったら、場合によっては敦賀さんとあんな事もしなければならないのだろうか?

こうして傍から見れば、ふぅん・・・と思う事も、実際恋人になったらお互いしか目に入らないなんてことがあるんだろうか?でもショータローとあれをやりたいかと言われると・・・・うまく想像は出来なかった。

「敦賀さん・・・話を逸らしましたね?」
「あぁ・・・さっきのこと?まぁね、もし「キョーコちゃん」に誰かいるなら別にオレはどうもしないよ。無理強いは主義じゃない。結婚している女の子に手を出すのも主義じゃないよ。」
「すき、なんですよね?」
「そうだね、こうして会いたいと思うぐらいには。」
「へぇ・・・・。」

私が・・・探しているそれだと分かったら、敦賀さんは「そうなんだ」で終わりそうな気がする。


――じゃあ、私がキョーコだって、言ってもいいのかしら・・・・。


「でもね。その子がもし・・・フリーなら。どうするかな。無理やりにでもオレのものにするかもね・・・。十年以上「気に入って」いるんだから。」


――私は、一応フリー・・・になるの?でも・・・・。

またくすくす、と意味深げに笑った敦賀さんは、とても機嫌が良さそうだった。そして「君も気に入った一人だよ?」と言った。

「私と「恋人」を、本当にしたい訳じゃないんですよね?」
「いや別に君だっていいよ。でもさ、どうしてくれる?オレの目の前に「キョーコちゃん」が出てきたら。オレは日本に来て、まだ君だけしか気に入ってないんだから。比較するかもよ?まぁ・・・学長に君には手を出すな、と先に今日言われたよ。だから安心していいよ。」

かっと一気に頬が熱くなったのが分かった。そんな直接的なこと言われたのなんて初めてで。敦賀さんは女の人に慣れている人と思っても、自分を少しでもそういう対象に、女の子として見てくれていたのかな?なんて少しうぬぼれてしまう。私を女の子扱いしてくれる人なんて初めてで・・・少し嬉しかった。

「何言っているんですかっ。先生が生徒に手を出したらダメです。」
「ふふ。そうだね。でも生徒が先生に手を出すのはありだよ?」
「は?私が、敦賀さんに?」
「まぁ・・・君とは一度一緒に仲良く寝た仲だからね?」
「もう!!あれは子供の添い寝と同じでしょう!!もう泣きません!!」
「泣いてもいいけどね・・・・君は会ってから泣かなかった日が無い。愛の夢、今夜このあとまた弾こうか?」
「ぬ・・・・。弾けば泣くと思っていますね?あわっ・・・。」

終電間際のターミナル駅で一気に混んだ車内に、私の身体は勢いよく敦賀さんにぶつかった。私の身体を他の人からかばう様に一度後ろを振り返った敦賀さんは、私を腕で抱え込んで、「さっきのってこんな感じ?」と笑って言った。逃げ出すにも人が一杯で逃げられない。顔があげられなかった。前泣いた時も抱えてくれていたけれど。コーンと分かっているからなのか…「割り切る」とはっきり言われているからなのか。妙に意識をして、心臓がうるさい気がした。でもすぐ横には酔っ払いの会社員たちがご機嫌に会社の話をしながら立っていて、酒気を漂わせている。だからそんな勝手な妄想はすぐに現実にかき消され、冷静さを取り戻した。

「じゃあ・・・こんな感じですか?」

ふざけて敦賀さんの身体に腕を回して抱き寄せると、敦賀さんはさらに力を強めて引き寄せてきた。

「もう、負けず嫌いな敦賀さん。」

そう言って、冷静さを取り戻したしと、初めて上を見上げると、すぐそこに顔があって…紳士な「蓮」の顔の敦賀さんがいた。

「キョーコちゃん・・・?」

こんな時にその名前で呼ぶなんて仕事外なのにズルイです、と言いたかったけれど。身体を張って守ってくれているのは敦賀さん・・・。


――私自身じゃなく・・・「役」でなければ貴方は優しく出来ないのかしら・・・。


「蓮・・・?」
「ん・・・。そのままで。」

――そのままって・・・このまま?

抱き寄せたまま・・・・。


冷静さを取り戻したはずなのに。
急に敦賀さんをまるで男の人のように思った。

「キョーコちゃん・・・・。」

再びその名前で呼ばれた。敦賀さんは私が「キョーコ」だと気付いていないはずなのに。耳元で私を呼ぶ声は本当の恋人を呼ぶように穏やかで優しい。「役」なのに、まるで本当に私が呼ばれているような気がしてしまう。



やはり何だかんだいっても敦賀さんにとって、思い出の中の「キョーコちゃん」はこうして演技が出来てしまうぐらい、絶対なんだと思う。


――今度会うという「偽」の「キョーコちゃん」には、すぐにこんなに優しい表情を向けて会うの?

――割り切って傍にいても、こんなに優しいの・・・?


敦賀さんの・・・コーンの・・・腕の中で、満員電車のように、自分の心もいっぱいのまま、ひどく揺れていた。


――コーンは約束を守ったんだから・・・私は名乗るべき?名乗ったら、何か変わる?

――こんなに簡単に、心は揺れていいの?


ショータローとは感じた事が無い、
直接感じられる温もりと、目に見える優しさ。


――「キョーコちゃん」を続けていったら。私はおかしくなるかもしれない。



たった残り一駅なのに。



敦賀さんの腕の中にいたのは、妙に長い時間だった気がした。











   

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2006.3.08