【Daydream 3 -Libestraume《愛の夢》-】



だいぶ慣れて来たらしいとはいえどうしても上手く歩けないらしく、彼女はオレの腕にしっかりと掴まったまま控え室についた。受付もオレの連れと言うコトで何ら問題なく着いた。

彼女を利用する事は仕方が無いとはいえ、少々気がひけなくも無かった。けれど、これだけはっきりと「貴方が嫌い」と睨む子も初めてで、それなのにこうして「恋人役」としてぴったりとくっつく彼女は相当その彼が好きなのだろう・・・・にっこりとオレに笑顔を向けた。

控え室に着くと、先に社さんがそこにいた。

「蓮、遅い。え、それは・・・・?」

彼は彼女のネックレスを見て指をさした。まだ話をしていなかったと…思って、苦笑いが浮かんだ。

「あぁ・・・すみません。少々化粧に手間取りました・・・・。「キョーコちゃん」ですよ。」
「え?」
「キョーコちゃん・・・彼は社さん。オレのマネージャーをずっとしてくれてる。」
「初めまして。」

彼女には「オレの名前以外は口にしなくていい」としか言っていなかったから…一瞬ちらりとオレを見上げた。

「初めまして。蓮・・・・????」
「あとで話しますよ。お願いがあるんです。少し二人きりにしてくれませんか?」
「いいけど・・・・時間になったら呼びに来るからね。」
「ええ、お願いします。」

そう言って彼は出て行った。

「さて、キョーコちゃん。しばらくの間、二人きりの時は戻っていいよ。」
「・・・・はぁ?」

そう言うと、彼女はまた先程の彼女に戻り、不思議そうな顔をした。

「オレ以外の人間がいるときだけ「京子」になってくれればいい。」
「分かりました・・・・。」
「で・・・さっきの楽譜、貸してくれる?しばらく譜面に篭りたいから・・・そこで待っていて。」
「はい・・・・敦賀さんの譜面のスピードは?」
「ん?気にしないでいいけど…1・2小節前でいい。手早く捲ってくれれば。境目は今から暗譜する。」
「分かりました・・・・・。」

オレが譜面を見ている間、彼女も横でじっと・・・・オレが覚える譜面を眺めて、今にも弾きたそうにうずうずと指が動いていて・・・・譜面を見る彼女は、まるで譜面に恋でもするかのようににこにこと嬉しそうだった。

音楽家としての彼女は音楽が本当に好きなのだろう・・・なのに何故ラブミー部?なぜ大好きな彼がいるにも拘らず、ラブミー部行きなのか・・・・。学長曰くラブミー部は愛を表現できない子の為の部なんだという・・・・。

「譜面見るの、楽しい?」
「だ、だって・・・・その楽譜・・・・3ヶ月待ったんですよ????ようやく今日見つけて今日の夜はコレを弾いて楽しむ予定だったんですから。」
「そっか・・・・・。」
「横で見るの・・・・邪魔しちゃいました?」
「いや・・・楽しそうだから。オレに会ってから初めて笑っただろ?」
「一人で笑ってました?すみません・・・。」
「いや・・・・・。」


結局時間があったからか曲自体は良く知っているからか・・・ほぼ暗譜してしまって、彼女には譜面捲りは断った。

「モー子さん以外で初めてそんなに最速で覚える人を見ました。ちょっと見直しました。」
「・・・ありがと。そのモー子さんが、例の「カナエ」なんだろ?」
「あ、はい。」
「君達二人しかいないんだっけ。ラブミー部員。」
「・・・・・・はい。」
「どうして君は・・・・ラブミー部員なの?」
「さぁ・・・・学長にそう言われたからです。」
「何か相当なミスをしたわけ?」
「いえ・・・。入賞したコンクールも一切ノーミスでしたよ。もちろん。」
「ふぅん・・・・・。そう。入賞どまり、か。」
「し、失礼ですっ・・・・って敦賀さんは・・・・国際コンクール優勝ですもんね・・・私がピアノについて口を聞けるような立場ではないですよね、すみません・・・・。」
「いや・・・君ぐらいだよね。堂々とオレが嫌いなんていう人間。面白いから気に入ったよ。同業でオレの肩書きになんとも思わない人間に初めて会ったな・・・・・。」

そう言うと、彼女は驚いたように目を見開いて、じっとオレの目を見ていた。

「何?」
「肩書きなんて・・・・。」
「嫌いな言葉?」
「・・・・・いえ。」
「別にいいけどね。まぁ君面白いからしばらくオレの同伴よろしくね。」
「はぁ・・・・。」

彼女の顔が「なんて嫌な仕事だろう」と語っていた。このあとの彼女の対応を考えるといささか可哀想でもなかったけれど・・・・彼女もオレを利用すればいいこと・・・・。


「蓮、時間だよ。」
「はい。じゃあ行こうか・・・・キョーコちゃん・・・・・。」
「はい・・・蓮・・・・・。」

再び腕を組んだ。



彼女を連れて、正面から入ると・・・・もう会場に集まっていた人々の一斉の拍手を受けた。彼女も驚いてオレの腕に顔をつけてそらした。彼女を用意してもらっていた椅子に座らせ、オレは壇上へ上がった。視線を下ろすと、オレへの視線と彼女への視線は行ったり来たり・・・・そして、彼女に着けたネックレスを指差す者が出始め、報道陣は彼女の顔とネックレスを撮り始めた。


――さて・・・・どう転ぶかな。

お礼の挨拶を済ませ、ピアノを弾き始める・・・・・。ここからはもう譜面と指先が流れるように頭を過ぎ去り、会場の事など気にならなかった。自分の事も何もかもを忘れ、一番リラックスする時間・・・。

本題の曲が終わって、一度退いたところに、彼女がいた。裏手の臨時控え室に連れて歩き、真っ青な顔の彼女の表情に驚いて、座らせた。

「どうした?顔色が悪いな。何かキツイ酒でも飲まされた?譜面めくりは覚えたからいいのに・・・・。」
「貴方の次の演奏を見たら私・・・・・すぐに帰ります。」
「・・・・・?誰かに何かネックレスについて・・・・聞かれた?聞かされた?」
「いえ・・・・・・。」
「オレの恋人役最後までやらなければ・・・・ハンコは押せないよ?」
「ハンコは今日はもう要りません・・・・・もう演技できない。ただ、帰らせてください。」

「分かった。送るから・・・待ってて。一人で帰るなんてダメだよ。もし一人で出たら…君は針のむしろだよ。オレがついてないと・・・・。」
「じゃあ・・・・終わったらすぐに帰らせてください・・・・。」

「分かった・・・・君はもう控え室に下がっていい。さすがにオレのパーティなのにすぐに帰るわけには行かないだろう。社さんに付き添ってもらうように伝えておくから。」

「・・・・・・・・・。」
「どうした?さっきまでのオレを嫌いと言っていた元気はどこにいった?」
「・・・・・・敦賀さんなんて、大嫌いです。本当に嫌い。敦賀さんの演奏・・・・今日初めて聴きました・・・・・。貴方の性格とは思えない繊細な音・・・それは好きです。」
「それはどうも。・・・音楽には素直だね。」
「音楽はウソつきませんから。」
「まぁ・・・だから君はラブミー部行きか・・・・・。」

そこまで厭味を言うと、彼女は大粒の涙を溜めてうつむいた。そっと頬に手をやると、振り払われた。当然だろう・・・・。

「ごめん・・・・言い過ぎた。ラブミー部をバカにしているわけじゃない。」
「・・・・・違うんです、ゴメンなさい。」

視線を下に向けると、彼女は右足を庇うようにして立っている気がした。少し腫れているような気もする。

「・・・・ん・・・・?足どうした、腫れてる。いや、靴は?」
「さっきこけて脱げちゃったから・・・・もう面倒で脱いじゃいました・・・・。」

そう言った彼女は、うつむいたまま、部屋の入り口の靴を指差した。

「そう・・・冷やしておいたほうがいいな・・・・。もう表に出たくなければ・・・次は舞台袖で・・・見ているといい。」
「はい・・・・その代わり終わったらすぐに来て下さいね。帰りたいです。」

彼女は相変らず暗い顔でそう言うと、腫れた足を気遣うようにひょこひょこ歩き、部屋を出ると無意識に「京子」になったのか、オレの腕を取った。

「大丈夫?社さん・・・・彼女の足、よろしく・・・・。」
「ん?あぁ・・・少し腫れているね。挫いた?」
「はい・・・・・。」

彼女を舞台袖に座らせて・・・・アンコールを弾きに出た。アンコール曲の紹介と共に、「愛する彼女の為に」と一言付けて・・・・・。

ざわざわと・・・会場が揺れたけれど。そうなる事は元々承知・・・・。

彼女が選んだ曲。「愛の夢」・・・・・。

愛を表現できない彼女が弾きたいと目を輝かせて喜んで見る楽譜・・・・。何故彼女は大好きな彼が両思いの彼がいてラブミー部にいるのだろう・・・・。

弾き始めたら、彼女の事ばかりが頭に浮かび、結局初めて自分の事を忘れる事も無く終わった。最低な仕事。彼女が見せた涙がいけなかったのか・・・女性に対して厭味を言いすぎたという罪悪感からか・・・・・。

それでもミスはなかったからオレの集中力の欠如は分からなかっただろうけれど。自分で納得が出来ない演奏だったというだけ・・・・・。

幸いな事に盛大な拍手をいただけたものの・・・・彼女は舞台袖でぼろぼろに泣いていた。

「・・・・・どうした?」
「・・・・・・・・もう、帰りたいです。」
「いいけど・・・・その顔じゃ・・・・。」
「やっぱり控え室にいます。敦賀さんが帰れるまで待ってますから。」
「社さんはオレについてないといけないから・・・・一人でいられる?」
「・・・・・・大丈夫です。」

彼女を控え室に置き、会場へ戻った。

戻った所に・・・・学長と先生が居た。

「蓮・・・・お前が考え事するなんて珍しいじゃないか。」
「え?」
「ばれないとでも思うか?俺にはばれてる。」
「くすくす・・・・すみません・・・・。」
「しかも相手・・・・琴南くんじゃないんだな。まぁ同じ「キョーコ」だから・・・いいのか。」
「敦賀君・・・「キョーコちゃん」なんだがねぇ。さっきそこで会った不破君に連れられて行って何やら言われていてねぇ。僕が心配で見に行った時にはもうキョーコちゃん一人だったからよく分からないけど・・・・。」
「先生、フワって誰です?」
「キョーコちゃんの・・・・21年来の思い人だよ。来ているとは思っていなかったんだろう。会ってお互い驚いていたよ・・・・。まさか「仕事」で来ているなんて言えなかったんだろうな・・・・フォローしておいてあげた方が・・・・。」
「・・・・・・なるほど、分かりました。」


――それが帰りたいという理由、あの大粒の涙の理由、か・・・・・。

「それは悪いことしましたね。フォローしておきますよ。そのフワというのはどこにいるんです?」
「いや、彼もすぐに帰ったよ。」
「そうですか・・・・どんな人間なんです?」
「ウチの学校の生徒でキョーコちゃんと同い年なんだけどねぇ・・・・芸能活動がことの外忙しくて殆ど学校には来ないよ。僕のところにも数ヶ月に一回程度でね。ただまぁ・・・実力だけは相当あるし、プロの職業としての両立も認めているから・・・仕方がないんだけれどね。確か今度君が住む部屋のすぐ隣だよ。」

――特待生中の特待生・・・・・。相当な実力なんだろう・・・・・。

「なるほど・・・・まぁ待っていれば必ず会えるわけですね。分かりました。」


それだけ告げて、他のあいさつ回りを済まして彼女の元へと帰った。彼女は・・・・相当ショックだったのだろう・・・泣きつかれたのか目を腫らしてそこで寝ていた。

「蓮・・・・お前、ヒドイな・・・・。」
「仕方ないじゃないですか。あとで話しますと言ったでしょう。明日にでも二人きりになった時に話しますよ。」
「彼女どうするの?」
「連れて帰りますよ。オレが抱えていくんで、車開けてください。」


――仕事だと・・・・彼ぐらいは言えば良かったのに・・・・。


そう思ったけれど。彼女は真面目なんだろうな・・・・嫌いなオレとの「約束」でも、頑なに守ったのだろう・・・・。

「ん・・・・あ・・・・?」

ぼんやりと、腕に抱えられた彼女は振動で目を覚ました。

「「キョーコちゃん」。」
「・・・・・蓮・・・・・。」

真面目なのだろう・・・・この状況下でもオレが「条件」を突きつければ・・・彼女は従ったようだ・・・・。

「大丈夫・・・?」

やはり蓮としか言ってはいけないという約束をまた守ったのだろう・・・こくりと首だけが頷いた。

「車まで連れて行ってあげるから・・・・そのまま目を閉じていて。」


また一つこくり、と頷くと、彼女は目を閉じた。







    

←top
   


2006.02.22