【Daydream 22-3 ≪Sonate fur Klavier Nr.26 ' Lebewohl, ' op.8la ピアノソナタ第26番 第三楽章「再会」≫】





「・・・・・本物っ・・・・・???」





――バタン!!!!





勢いよくドアが閉まる。入り口で立っていた「彼」は、一瞬あっけに取られ、そして、くすくすくす・・・と可笑しそうに笑った。



「キョーコちゃん。」
「な、なんで帰ってくるんですかっ・・・・まだ半年しかっ・・・・・。」
「レオと同じ事を言うんだな。オレの帰る場所があるから帰って来るんだよ。・・・・そろそろ・・・・開けてくれないかな?」
「お、お土産っ・・・レオさんが持ってきてくれるって・・・・お土産は自ら歩きません。」
「・・・・・・・ヘリクツコネ子さん・・・・開けてくれませんか・・・・?」
「・・・・・・・・・・。」



――キィ・・・・・・・・・


「ただいま・・・久しぶりだね。」


シフォン風の柔らかそうなキャミソールドレスの部屋着を纏ったキョーコが俯き加減で出てきた。細い肩に目が行く。健康的でしなかやな肢体が、すらりとその部屋着から覗いている。少しだけ、大人びた表情を浮かべるキョーコに、蓮は内心驚いた。


真っ暗闇の中で、蓮が、そっと笑った気配がしたのをキョーコは感じ取っていた。
キョーコは、ドアノブを強く握り締めたまま、まだ俯き加減でいる。


「なんでっ・・・・・どうして・・・・・・・・会いたいと思ったときに・・・・帰って来てくれるんです・・・・・・。」
「君のCDを聞いていたら会いたくなったんだ。部屋に・・・・入れてくれない?」
「イヤです・・・・。」
「どうして・・・。」
「だって入れてしまったら・・・っ・・・」



強く握り締めているドアノブにあるキョーコの手に、蓮は手を触れた。その瞬間再びキョーコがドアを閉めようとしたのを、蓮のもう片方の手が玄関の端を掴んで止めて、身体を割り込ませた。



「じゃあね・・・・・割り切りに来た・・・・・それなら、いい?またすぐに出て行くから。」
「ばか・・・・っ・・・・・」


キョーコが泣きながら蓮に抱きついたのと、玄関のドアが閉められたのは、ほぼ同時だった。





********




「君らしい部屋だね・・・・・・」



そう蓮が笑う。キョーコが、「そうでしょうか。ずっと相部屋だったから・・・・モノなんてないんです。」と、居場所が無いように、視線を外に逸らす。ふわりと靡く柔らかいカーテン。あまりモノがなく、綺麗に整理されたリビング。ソファは無く、柔らかなカーペット。クッションを手にして蓮は床に腰を下ろした。



見渡して、また目の前のキョーコに視線を戻す。キョーコは目を逸らした。恥ずかしい、どうしてそんな気持ちになるのか。久しぶりに会う蓮に、どきどきどき・・・とまるで恋したての少女のように、キョーコの体中の血液が、とくとくと早く巡る。



「・・・・・・ちょっと失礼、お嬢さん・・・・・。」


蓮がキョーコの腕を取る。びくり、と身体を震わせてキョーコが目をつぶる。
そのすきに、キョーコの手をグーの形に握らせると、軽く外側にひねった。



「・・・・・っ・・・・・・・・。」
「少し痛む・・・・・・んだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・。」


ふぅ・・・と蓮はひとつ息を吐いた。男性よりも力のない女性がアレだけ練習すれば、一日に少なくとも10時間は超える。腕に相当負担が掛かっているのは目に見えていた。



「君の弾く姿勢は綺麗なのに・・・それでも痛むのなら・・・弾きすぎだ。オレがいる間はオレが許さない限りピアノ禁止。少し休めなさい。」
「えぇぇぇっ・・・・・・・。」
「いい?オレは君の歳に、コンクールの賞は取っていたけど、一番目指したコンクールには出てない。急がないことだ・・・・自然に任せるべきだね・・・・。」
「だって・・・・・・・!!!」
「オレだってね・・・・・早く会いたい・・・『キョーコちゃん』に・・・・。」


キョーコをそっと抱きしめて、そう、吐き出した蓮の言葉に、キョーコはもう、いい訳をするのをやめた。

そっと上を見あげると、蓮と目が合う。そっと蓮の唇がキョーコの頬に下りてくる。唇は頬を過ぎ、首もとの紅い印にたどり着く。


「敦賀さん・・・のDVDを見て・・・・会いたくなってしまって・・・・・・いつも思い出さないように、甘え心なんて封印しているのにって・・・・・今、一生懸命・・・・・封印を元に戻していたんです・・・・・・なのに・・・・・・・・。」
「・・・・封印したい?」
「・・・・だって・・・またすぐに雲の上の人です・・・・。」
「・・・・・・・今は、ここにいる。」


首筋で話していた唇がせり上がり、キョーコの唇にたどり着き、愛しげに食み始めた。抱きしめあった身体は、いつの間にか、敷かれた柔らかなカーペットの上で一つに重なっていた。蓮は自分の体の上のキョーコを抱きしめ、後頭部に指を通し、柔らかな髪を撫でながら、首を引き寄せる。


「会ったら・・・割り切ったキスをって・・・・・・・・・言ってたね・・・・・・。」
「・・・・・・そうですね・・・・・・。」
「コレが・・・・君のそれ・・・・なのかな・・・・・・・。」
「敦賀さんのそれ・・・は違いますか・・・・・?・・・・・割り切るって・・・・・・すごく・・・・・どきどきして・・・・」
「・・・・・キョーコ・・・・・。」


再び引き寄せた唇の中から舌を忍ばせそっと吸い上げた蓮に、キョーコの指が、蓮の肩を弱々しく掴む。シフォンドレスの肩ヒモに、蓮の指が入り込む。


「・・・・・・・・どきどきして・・・・・・?」
「・・・・・・。」
「言って・・・・・・。」
「・・・すごく・・・・・・・・・・になってしまって・・・・・・。・・・・おねがい・・・・・・・・・い・・・・。」


蓮の耳元で、蓮の耳奥だけが聞こえるだけの小さな声で、キョーコは、そっと、蓮に囁いた。囁かれたその耳元に、唇の感触がする。蓮の首筋に顔を埋めたキョーコに、

「よくできました・・・・。」


そう言って、キョーコの部屋着の肩ヒモをゆっくりと下ろしながら、腕に手を這わせていく。くすくす・・・と笑った蓮の笑い声も、また、キョーコの耳奥だけが、聞いていた。


触れ合った身体のぬくもりがいとおしくて、少しのほんとうの心が囁く言葉は切なく、身体の奥が欲する互いの熱が、その時世界の全てだった。



真っ暗闇の中で、輝く真っ白な同じ白昼夢を、二人の目の奥が同時に見届けた。



「明日・・・・コンクールがあったら、一番いい演奏が出来そうです・・・。」
「そう・・・・?」
「どきどきして・・・切なくて・・・・・愛しくて、優しい・・・・作曲家の恋愛している時の気持ち・・・・・・よく分かるから・・・・今、弾きたい・・・・・。」
「今はダメ・・・・頭の中で弾いてごらん・・・・・・。」
「はい・・・・・・。」
「曲のイマジネーションを育てるのもいいんじゃないかな・・・・そういうのって女の子の方が得意だろう・・・?」


返事をすることなく、すぅ・・・・・と深く意識を手放したキョーコを、大事に抱えた蓮もまた、「明日公演があったら・・・・きっと世界で一番いい音を出せる自信がある」と・・・思った。



この日を境に、二人のピアノの音は、また少しだけ優しく、深く、変わっていった。












2007.06.07