【Daydream 13.5 Ricordanza《回想》--】



<< 13.5のみ作者の希望により、実際の本の原稿となります>>

 

土屋女史の秘書と名乗る女の人からキョーコの携帯に電話があって、土屋女史がお店に直接来る日を伝えた。

「ドレスを持っておいで」と言った蓮のメッセージの通り、ドレスを借りるために土屋女史にアポイントを取ると、渡航日の前々日になった。


一人で、久しぶりにあの煌びやかなショーウィンドウの前に立った。


以前蓮と初めて来た時は、真ピンクのパーカーを着て入った。それを懐かしく思って、一人笑みが漏れた。もちろん今日は土屋女史がくれた服を着ている。試作品ばかりだからいらなければ捨ててちょうだいと言う土屋女史は、キョーコだけではなく、最近は一度会った奏江にも服を送っているらしい。
ちらり、とウィンドウの中を覗くと、一人の女性と目が合った。「あ・・・」とガラス越しながらキョーコの声が漏れる。にこり、と笑ったその女性は、あの時、真ピンクのキョーコを笑顔で出迎え、そして見送ってくれた人の一人らしい。よくキョーコを覚えていた。


「お久しぶりですね。敦賀様はお元気でいらっしゃいますか?」
「あの、はい。でも、今日はお買い物ではなくて・・・土屋さんにお会いしに来ました」
「ええ、伺っております。お待ち申し上げておりました、どうぞお入りください」


土屋女史に勝るとも劣らない上品な物腰のその人は、キョーコの服を見て、「それは土屋がデザインしたものです。実際の商品と生地が多少違うのですけど良くお似合いですね。着て頂けて土屋も喜びます」そう言って店内奥の一室にキョーコを通すと、深々と頭を下げて退室した。


出されたアイスティーを少し口にした所で、土屋女史はいつもの明るい声で入ってきた。


「キョーコちゃん、お久しぶり。ギリギリの日程になってしまってゴメンなさいね」
「いえこちらこそ、お忙しいのに・・・ありがとうございます」

「いつもお洋服着て貰えて嬉しいわ。今新しいプロジェクトで対象年齢をキョーコちゃんぐらいの年齢に設定した服を作っているの。キョーコちゃんを念頭に浮かべてね。だから良かったらまた貰ってね。そうそう、私も生地の買い付けや撮影でヨーロッパを回ったりするの。蓮様とキョーコちゃんに私もお会いしに、後からパリ公演の日に、寄る予定。蓮様からチケットも頂いているの」

「本当ですか?パリにいらっしゃる・・・・?私もパリに行く・・・?」

「多分、ハネムーンのようにヨーロッパ中連れまわされるんじゃなくて?うふふ」

「・・・・!」

「この間のパーティの時・・・噴水まで連れた時、蓮様とキョーコちゃんが、あまりにお似合いだったから・・・私驚いてしまって。まさか蓮様があのような姿を私にも見せてくださるなんて思いも寄りませんでしたの」

「?」

「キョーコちゃんに「べったり」だったでしょう?蓮様・・・向こうにいらした時、そのようなお姿見たことが無いのです。わたくしも何度もヨーロッパには行きますし・・・仕事で数ヶ月に一度は一週間程ご一緒します。もちろん向こうで女の子に不自由はしていなかったご様子でしたけれど、自ら誰かを追う姿は見たことが無かったのですわ。何ていうのかしら・・・・良くも悪くも、誰にでも優しくて穏やかで・・・悪く言えばあまり気を許さなかったと言うのかしら。だから、最初から「本音」で話す蓮様に驚いて、キョーコちゃんは「特別」なのだと申し上げたのです。もちろん私や主人は蓮様がお生まれになった頃からのお付き合いですから・・・身内扱いですし、「彼女」達に比べたら本当の事は色々と知っていますけれど・・・」

「・・・敦賀さんが自由に遊べる面白いオモチャなんです」

「くすくす、キョーコちゃんは、蓮様をお好きなのでしょう?」

「多分・・・・・・・・・」

「多分?あの二十一年思った「彼」とどうなったかはわかりませんけれど・・・。蓮様をお選びになられたのでしょう?」

「優しい、人です。あまりに優しくて、甘えすぎてしまいそうです」

「男の人としては?」

「男の人として・・・・」


比べてみれば?と蓮はキョーコに言った。でも、尚を男として好きだったかは、今でも分からない。無条件に好きだったから・・・・。
「多分、男の人としても好き・・・・ですけど・・・・」
「キョーコちゃんしか目に入ってない蓮様に、私、正直に喜んでいるのです。・・・・キョーコちゃん、あの・・・聞いてもいいのかしら。あの「ネックレス」を出した後・・・蓮様の探している『キョーコちゃん』は見つかって?」


土屋女史はじっと見透かすようにキョーコにまっすぐ視線を合わせた。キョーコは、全てを見破られそうで、視線を逸らしたかった。


「いえ・・・。もう五人も・・・はずれているみたいです」
「そう・・・。私ね、「キョーコちゃん」については少しは他の人より詳しいつもり。蓮様がお生まれになった頃からのお付き合いですもの。そして今度合流するパリは懐かしい場所、生まれてすぐ蓮様を見に行ったのも、小さな蓮様と遊んだのもパリでしたわ」



にっこりと笑った土屋女史は、「「キョーコちゃん」と蓮様について、少しだけ、お話しましょうか」と言った。



「蓮様がね、まだ小さな頃は、お母様の影響でピアノよりもよく歌を歌っていらしたの。でもね、いつも私のお仕事場で遊んでいたからなのか、遊びたい盛りに歌やピアノのお稽古でしょう?たった一度だけ私に、歌ではなくてモデルをしてみたいと言ったのですわ。蓮様は小さい頃から器量もそれはよかったですし、たまたまお手伝いをしてもらったらそれが受けてしまって・・・うちの専属のモデルになったのですわ。京都へしばらく仕事をしに行ったある日、「小さな妖精の女の子に会ったんだ」って嬉しそうに夜、わたくしに話に来ましたの。妖精なんているのかしら?と思いましたけれど・・・蓮様が嬉しそうに話すその様子が嬉しかったのです」


出逢った時・・・・・・コーンは、川辺で歌っていた。キョーコには分からない言葉を口にして、歌っていた。だからなお更、妖精さんだと思って疑わなかった。言葉はわからないのに、何か悲しい歌を歌っているのは分かって、日本語で「妖精さん、大丈夫?元気を出して?」と声をかけた。

振り返ったコーンは、「きみ、ないてる・・・なかないで」と、ぎゅっとキョーコを抱きしめて、たどたどしい日本語で泣きにきたキョーコを慰めてくれた。コーンは、いつも背中を撫でては分からない言葉で、でも温かい優しい声で歌を口ずさんでくれた。それを聞くのが大好きで、コーンに「コーンのお歌大好き」と、何度も伝えた。その言葉は通じていたと思う。


「それからというもの、「僕の妖精に会いに行って来る」と・・・・京都にいる間、毎日のようにどこかに出かけていました。ある日「なぜ妖精なの?」と聞くと、「僕をね、妖精さんって呼んだんだ。でもその子の方がちいさな妖精さんだよ。すごく可愛いんだ。でもね、いつも泣いてる。だけど僕が歌うと笑うんだ。だから僕が行って歌ってあげないと。その子ね、キョーコちゃんって言うんだよ」そう言って、嬉しそうに出かける彼を、私は毎日見ていましたよ」


キョーコの中に忘れていた断片的な記憶が徐々に蘇る。目蓋にうっすらと涙が浮かび、目頭が熱くなったのを悟られないように、視線をアイスティーのグラスのレモンに移した。


「そして・・・一週間ほどして、またフランスに帰らなければならなくなった日・・・彼は、大事に持っていた石を、彼女に渡したと言いました。ずっと肌身離さず持っていたそれを・・・。「キョーコちゃん、僕がいなくなるって言ったら泣いたんだ。もう泣いても傍で歌ってあげられないから、僕の代わりにあげたんだ」そう言った蓮様は、まるで小さなナイトのように誇らしげでした。それからしばらく、蓮様はフランスに戻ってから、よく子守歌を口ずさんでいらっしゃいましたよ。「キョーコちゃんが喜ぶ歌」「キョーコちゃんが泣き止む歌」と言って、思い出すように夜、東の窓辺で優しい声で何曲も歌っていらっしゃいました」



――暖かい、優しい声が、今でも耳の奥で聞こえる・・・。


キョーコの目から我慢していた涙が、ぱたり・・・と太ももの上に落ちた。



「蓮様があの石の代わりに、じきに肌身離さずつけるようになったのが、あのネックレスだったのです。新しいお守り代わりに蓮様は、あのネックレスを身につけていました。あの日、キョーコちゃんに、ネックレスをつけて頂きましたけれど・・・蓮様は世間には「キョーコちゃん」の情報と共に、「もし会えたら「キョーコちゃん」にこのネックレスを渡したい」と仰っていたのですわ。ですから、キョーコちゃんに初めてお会いしたあの日、私・・・「キョーコちゃん」「ネックレス」という組み合わせに喜んでしまって・・・蓮様に・・・あんまりです、と申し上げたのですわ・・・・」


ぱたぱたぱた・・・と一度落ちた涙は、キョーコの目から止まらなかった。

「キョーコちゃん?」

「違うんです。あ、あまりにっ・・・素敵な思い出でっ・・・やっぱり、私は「キョーコちゃん」に敵いません・・・」

「なぜ、泣くの?」

「え・・・?」



土屋女史は、じっと・・・キョーコの様子を見て取って、「女の第六感かもしれないけれど」、と言った。


「正直に答えてね。蓮様に、ウソをついて・・・傍にいるんじゃなくて?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「キョーコちゃんは自分がそうである事を言っていないのじゃなくて?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「いいの、蓮様が気づいていてもいなくても・・・キョーコちゃんが・・・泣いているのは私にも辛い・・・」

「土屋さん・・・・」

「キョーコちゃんが・・・・主人の店でも、この間のパーティの時も・・・蓮様の傍にいるとき、心から信頼しているのが分かって、そして蓮様もキョーコちゃんに「べったり」。きっと素敵な恋愛をし始めているのだわ・・・と思ったの。わたくし・・・不謹慎にもキョーコちゃんが「ホンモノさん」だったらいいのにって思ってしまって・・・・」



土屋女史は、苦笑した。
キョーコも、同じように苦笑した。
キョーコはアイスティーを一口含んで、カバンから「コーン」を取り出して土屋女史に渡した。



「ま、まさか・・・・本当に?」


土屋女史は、予想していた結果が正しかったのに、動揺を隠せない様子だった。
そして、懐かしそうにその石を眺めた。



「コーンは・・・・泣いた私に、分からない言葉で歌を歌ってくれて、私が好きだった彼、不破尚・・・・と「同じになる。やくそく」と言いました。コーンが、ピアノを続けると・・・歌を続けると言ったのも、多分私のためでした。でも・・・私にとって、不破尚がピアノを続けていく大きな理由でした。私が、「キョーコちゃん」を探す「コーン」に名乗れないのは、まだ「やくそく」を何もかも果たしてないからなんです。なのに・・・敦賀さんは、私を「キョーコちゃん」でもなんでもなく、そのまま好きでいてくれて、傍にいてくれます。敦賀さんが好きなんです。でも辛い・・・ウソが重なるのが・・・」


「えぇ・・・愛しているなら、余計に辛いわ・・・・」


「これを愛と言うのかどうかはわかりません・・・・だって、私は、敦賀さんが大好きだったコーンだって先に知ってしまったんですから・・・懐かしさと恋愛を勘違いしているのかもしれないんです。でも、今は傍にいたい」

「いいんじゃないかしら?」

「・・・・・・・」

「だって、蓮様、キョーコちゃんを「キョーコちゃん」だと知らなくても溺愛して下さっているでしょう?キョーコちゃんは、蓮様を愛しているのでしょう?その「約束」があってもなくても・・・出会う運命だったと思うけれど・・・。そうね・・・・・・蓮様に、わたくしが「これはもう預かれない」と言っていたと伝えて渡してね。だって私、「ホンモノ」さんよりも、キョーコちゃんと蓮様が一緒にいるのを見ていたくなってしまったのだもの。少しは悩んだのよ?でもきっと今の蓮様なら、キョーコちゃんにつけて下さるわ・・・。ふふ・・・コレは私の愛かしらね?」


そう言って、土屋女史は黒のドレスを入れた袋と、あの「ネックレス」の小箱をキョーコに手渡した。ためらったキョーコに、それと・・・と言って、もう一つ小さな小箱を手渡してくれた。


「コレはね、私が蓮様のお母様から頂いたモノなの。あの石と同じ、キョーコちゃんの持っている石と同じ石でできたイヤリング。貴女に差し上げるわ。貴女が持っているのが相応しい。このイヤリングをつけてドレスを着ていたら、どこでも恥かしい事はないわ。それはクラシカルで綺麗よ、きっと。・・・・そして久々に会う蓮様に大人びて可愛いキョーコちゃんを見せ付けて、うんと可愛がってもらってね、うふふ・・・。今日のここでのお話は女のナイショ話にしましょう?聞かなかった事にするわ。泣かせてしまってごめんなさいね」


ぎゅっとキョーコの手を一度握った土屋女史は、「教えてくださってありがとう、ようやく私も肩の荷が降りたわ」と言って、ほっとした笑顔を浮かべた。


帰り道、大事なドレスとイヤリングとネックレスを抱えて、無くしては大変と、キョーコは足早に部屋に帰った。

全ての用意を終えてベッドに横になった。

石を取り出し、眺める。

コーンの歌ってくれた歌詞の分からない歌が、頭の中で何度もリフレインした。


優しい音色・・・温かい歌声。



うとうとうと・・・とベッドに吸い込まれるように、眠りについた。



昔懐かしい、コーンの優しい魔法が蘇ったようだった。

 







2006.09.26


2015.2.16 同人誌より抜粋。作者希望により改稿版へ変更しています。