【Daydream 1 -Symphony No.5 c-minor “Fate”《運命》-】




――あっ・・・・あの楽譜が・・・・戻ってる!!!


今日の返却物の中に探していた作品の楽譜を見つけて、慌てて駆け寄る。手にしたものはやはり欲しかった楽譜だった。

「これこれっ。これを探していたの〜〜〜〜。」

にっこりと満足げにそれをかかえ、いつものように奥へと進んだ。それ以外の楽譜を物色しようと、クラッシックとジャズのコーナーで約一時間・・・・。気が付いたら遠くから「閉館します」の声。

「あ、今行きます〜〜〜〜!!!」

手にしていた楽譜をそのまま抱えて、カウンターへ急いだ。

「返却は一週間以内です。」
「はーいっ。」

見たかった楽譜に早速目を通しながら、音楽図書館を出た・・・・・ところで顔が大きな身体に思い切りぶつかった。

「ご、ごめんなさいっ・・・・。」
「・・・・ごめん・・・・・。」

大きな身体は屈むと私の落としてしまった楽譜を拾い、先程見ていた楽譜をまじまじと無表情で眺めていた。

「・・・・あの・・・・?」
「あぁ・・・ごめん。コレ・・・君が弾くの?」
「え?えぇ・・・・・・?」
「ふーん・・・・随分と・・・いや何でもないよ。あ、そうだ。君・・・いい所で会った。今から付き合って。」
「は?」
「いいから。君・・・そのカッコ。ラブミー部だろ?オレのお願い聞いてくれるって・・・学長から聞いてない?」
「聞いていません・・・・が?」

――なんなの、この人・・・・さっきから一方的に・・・・・。

ドピンクのパーカーを着ていたのがいけなかった、からかわれたに違いない、また「ラブミー部騙し」の人だと・・・・思った。

「ラブミー部員を騙したいんでしょう?またどうでもいいお願い・・・・突きつけて。」
「・・・・・・失礼だな、君は。コレ。コレでも信じない訳?」

失礼なのはどっちよ!!!!!と心のそこから思ったけれど。ポケットから出てきたのは学長から直接手渡しされなければ持てないラブミー部のハンコ。

「・・・・・ウソだと思う?コレがあれば・・・・ピンクのパーカー着ている子にお願いしていいって聞いたんだけど。」

「・・・・・・む・・・・・いいです。聞きます。」

まるで誰かの印籠のように目の前に見せ付けられ、その背の高い男に否応無く黙らされた。
相変らず無表情のまま「それは助かる」そう言って、彼は前を歩き出した。


ラブミー部。

学長が指定する、「愛を表現できない子」の為の不名誉な部。そして、何でも屋。普通の部活やサークルと「同じ」扱いだけれど…学長の指示なしには入れないし、出る事も出来ない。今は私とモー子さんという同部屋の親友だけが所属。不名誉な事に、学長は私のためにその部を作った。学長が指定する「お仕事」をボランティア形式で遂行する。その具合によって、依頼者から点数がもらえる。お仕事の正式な依頼を証明する学長の持つ、ハンコ。あの派手なハンコケースに派手な彫りは偽物を作ろうと思っても…さすがにお金がかかりすぎて誰にも作れないと…思う。

どんなに技術を練習しても、どんなに曲のレパートリーを増やし、国内のコンクールに入賞しようとも、「愛を表現できなければ音楽者として失格」・・・・なのだという。音に「愛がない」と言われ、即刻ラブミー部行き。モー子さんは私なんかよりも数段技術が上なのに…暗譜力は学内トップだと言うのに…技術先行の愛なし音と…私と同じ烙印を押され、大学進学と共にまるで楽しむように学長に「同部屋ね?」と言われ、今に至る。

この学校は・・・・今国内においてはもちろん、海外と比較しても規模が大きく有力な音楽総合学校だろう。「音楽」と名のつくものであればどんな事でも学べるし、練習できるし、入学できる。それを教える人間もここの卒業生だったり、現役アーティストの皆だったりと、人材だけは入れ替わりたち変わりにはなるものの、豊富に揃っている。

私はその中でもとびきり「愛の音楽」に厳しい大越先生についてもらう事が出来た。もう70近いはずなのにまだまだ現役、校内で最も尊敬される人の一人なのに…ラブミー部に入ると共に、学長は私に先生を紹介してくれた。私の技術では到底師事できるような先生ではない。それは暗に学長が私へ「愛を学べ」と言っているのだと…思う。

けれど・・・・・。

「さ、ついた。今から君、ここでオレが選ぶものを着て。それが仕事。」

そう言って、車のドアを開けてくれた彼は・・・・とあるインポートブランドショップの前に車を横付けした。目の前のウインドウはガラス張り、中が全て見渡せるようなお店。煌びやかで眩しいほどの電光。ものすごくスタイルの良い店員さんが優雅に洋服をアドバイスしているのが見える。こんなお店の前に車を横付けなんて、迷惑極まりないのに、それを堂々とする彼。怒られるから動かした方が・・・・と言う前に、彼を内側から見つけた店員が驚いたように入り口を開けてこちらに寄り、深々と頭を下げた。

「ようこそいらっしゃいました。お待ち申し上げておりました。まぁ・・・・本当にお久しぶりですわ。お元気そうでいらっしゃって何よりでした。」
「お久しぶりですね。」

そう言った彼はにっこりと・・・笑ってその店員に返した。

――笑えるんじゃない・・・・。

会ってから一度も笑わず、余計なおしゃべりは一切せず、息苦しいほど無言のままの車内だった。私に愛想笑いの一つもしなかったのに・・・・。

「彼女をよろしくお願いします。」

そう言った彼は、入って、と言って私をその店内に入れようと背中を押したけれど・・・・。

――ぴ、ピンクのパーカーのまま、このお店に入るの・・・・?

さすがに「場違い」極まりないカッコ。この背の高い男の人はシンプルなカッコなのに、このお店の雰囲気に見劣りしない・・・・・。

「あ、あのっ・・・・。このカッコじゃ・・・・。」
「お嬢様、どうぞお入りくださいませ。カッコなどお気になさらないで下さいな。」


お、お嬢様っ・・・・・と呼ばれた事に私の脳はとっても違う方向へ反応した・・・・けれど・・・・やはり、そんな事を口にするような雰囲気の場でも無かった。その穏やかで上品な女性はにっこりと笑って――誰もが初めて見る時にはバカにするのに――バカにする様子もなく、ピンクのパーカーをするりと自然に脱がしてくれた。

「初めまして、日本支社長兼この店のオーナーの土屋と申します。今日はお世話させていただける事を光栄に思いますわ。」

土屋さん・・・・。ふんわりとした茶色の髪が上品に肩越しに流されて、見るからに「上品」のお手本のような人。歳が分からないわね・・・・若くも見えるしこの圧倒的な雰囲気と社長兼オーナーというからには相当の経験を積んでいるようにも見えるし・・・・・と、ミステリアスだけれど、女性が見ても素敵だと思うような、女の人らしいスタイルの良さに優雅な物腰。彼が「にっこりと笑う」理由も理解できたような気がした。

「土屋さん・・・・コレで。」

その男が選んで私に差し出したのは黒くタイトなロングドレス・・・・・ドレス????

「あ、あのっ・・・・・?????」

再びうろたえた私など気にする様子もなく、土屋さんは「まぁ・・・これは。さすがですわ。」と嬉しそうにそれをフィッティングルームのフックに引っ掛け、中に入るように私を促した。

「私もお嬢様を拝見させていただいた時にすぐにこれが頭に浮かびましたの。」

そう言って共に中に入り、深紅の厚いベロアのフィッティングルームのカーテンを閉めた。「服だけ脱いでくださいますか?」と言って、促されるように脱いだ私をじっと見た土屋さんは、「少々お待ちくださいね」、と言って出て行くと、しばらくして籠を手渡され、「これも着用してくださいね。お着替えが終わりましたらお呼びください。失礼致します」と、再び深紅のカーテンを閉めた。

覆っていた布をとってその籠の中を見ると、ドレスと同じ・・・・

――く、黒の下着の上下・・・・!!!!

さすが、見ただけでおおよそは分かるのね・・・・・なんて驚いて、なのに胸のサイズはいつもより一つだけ上だった。ストラップレスだし余るかな、と思ったものの驚いた事にぴったりとフィットして、しかも「た、谷間が出きるヤツだ・・・・」と・・・・無意味に強調された胸元に恥ずかしくなってどうしたらいいのか分からず、しかも、黒の下着など着た事が無かったから、更にどうしたらいいのか分からず、とりあえずその黒のドレスを着てそれを隠し、自分の火照る頬と気持ちを押さえ込んだ。

ドレスを着て・・・・「だ、誰これ・・・・・?????」と思った事は言うまでも無い。太もものぎりぎりまでスリットが入っていて、歩き方に気をつけなければ…見えてしまいそう。胸元は強調され、背中は下着が見えてしまっているのじゃないかと思うぐらいの開き具合。コンクールの時の衣装でも…お仕事の時でさえ…こんな服を着た事はない。ただの黒のシンプルな服のはずなのに、数段私の歳が増して見えた。


「まぁ・・・やはり。思ったとおりですわ。」

土屋さんは嬉しそうに彼に向かって「如何でしょう?」と促した。彼を見て再び驚いた。彼もまた黒いスーツに既に身を包み、彼もまた年が増して見えたような気がした。

「あぁ、化けたね。あとは化粧と髪型は土屋さんに任せればその服に合わせてくれるから。更に化けられる。」
「ば、化け・・・・」
「まぁ・・・・蓮様がそんな事仰るなんてお珍しい事・・・・。女性に向けて言っていい言葉ではありませんわ。ねぇ?お嬢様こんなにお可愛らしいのに。」


――蓮・・・・ウチの学校にいる「蓮」で知っている人なんてたった一人・・・・・。

「敦賀蓮・・・・・・。」
「何?オレの名前がどうかした?」
「いえ・・・・・・・。」


――興味が無いから気付かなかったわ・・・。何で帰国早々ウチの学校を歩いて・・・・・。あ、学長に会いに行ったのか・・・・・。


敦賀蓮。10年以上イギリスに留学していた・・・・・はず。そして先日の某国際コンクール優勝・・・・・をして帰国したとニュースでやっていて聞いてはいた。そのルックスと確かな技術から既に国内外共々数々のレコード会社がバックについている・・・・。生い立ちプロフィール等は全て謎の学長の秘蔵っ子で、学長が持つレコード会社のクラシック部門の看板アーティスト。出せばクラシックでは考えられないほど売れるという。高校生の頃、周りの子達は・・・・日本に居ない彼のCDを買い漁り音楽雑誌を買い漁っては、きゃいきゃいとはしゃいでいたけれど。私は彼の音など興味が無く、一度も聞いた事が無い。ミーハーな噂だけが勝手に周りで囁かれていた。コンクールの様子を先生が学長と共に見に行った。TVで放映されたものも撮っていたようで「勉強になるよ。聞くかい?」と仰ってくださったけれど・・・もちろん断った。

あぁ・・・・そっかこのお店・・・・確か彼が専属モデルをやっているトコだ・・・・。なんでピアニストがモデルもやるのよ、と・・・・当時音楽雑誌の記事の裏側に突如現われたこのブランドの写真と彼に怒りを覚えた記憶がある。

「あの・・・」と更に彼に詳しく問い詰めようとして、土屋さんに「どうぞ」と・・・このドレスに合う黒い靴を履かされて・・・・そのヒールの高さに一度転びそうになり、敦賀蓮が支えてくれた。

「ヒール、初めてなの?」
「こ、こんな高いの・・・履かないです。」
「ふぅん・・・・。」

まるで今までの見てきた女の人は皆履いていた、と言いたげな疑問系のふぅん・・・。あぁ腹が立つ。やはり、私が思っていた通りの「何なのこの男」、敦賀蓮。どうせ私などが履くような靴ではないです、なんて思って顔が歪んだ気がした。

「蓮様・・・・あまりに可愛いからって、照れてお嬢様で遊ばれてはいけませんわ。」
「遊んでないですよ・・・・くすくすくす・・・・。」

土屋さんは場違いな私をフォローしてくれて、再び優雅に敦賀蓮と会話を続けている。私がフィッティングルームから出て行くと、店内の接客員の皆が見てくれて、まぁお似合いと・・・・お世辞か本音かは分からないけれど・・・・口にしてくれた。

「似合ってるって。良かったじゃないか。」
「・・・・・・そうですね。」
「不満?」
「いえ・・・・・。」
「じゃあ車の中で待ってるから化けてきて。土屋さん・・・あとはよろしくお願いします。」
「かしこまりました・・・・出来上がりましたら一度お呼びいたしますわね。」


相変らず化けろと・・・厭味を残して彼はすたすたと店を出た。

「お嬢様。蓮様は普段あんな事は絶対に仰いませんのよ。相当お嬢様にお心を許していらっしゃるご様子・・・。本当に可愛がられていらっしゃるのね。羨ましい事。」
「嫌われている…の間違いじゃないでしょうか…。」

「嫌われている・・・・?あの蓮様に直接エスコートされて・・・お互いすんなり厭味まで言えてしまう仲ですのに?しかもプライベートでお連れ様を連れていらしたのは初めてですのよ。蓮様がエスコートして服を選んだなんて噂…私達の業界でも耳にした事はありませんわ。彼はウチの服だけを着てくださっているんですもの。彼が海外にいようとどこにいようと噂は耳に入りますの。しかも一回で私が選んでいた服を選ぶなんて・・・・プロの私が選んでいたものを見抜かれただけでも驚きでしたのに・・・・・。それにこのドレス・・・」

「敦賀蓮・・・には今日初めて会ったんです。」
「・・・・・まぁまぁ。ウソばかり。驚くほど紳士な蓮様ですのよ。長年御付き合いをしている私やブランド撮影のモデルさんにもあんな事を言った事がありません。」

「モデルさんや敦賀蓮が今まで接してきた人は・・・・きっと厭味を言うコトも無いほど「完璧だから」です。私は普通の庶民です。「いいやすい」だけでしょう・・・・。初めて会ったのはウソじゃないです。」

「くすくす・・・普通はそれを「特別」と・・・言うのですわ。あの蓮様が女の子に厭味を言う・・・・今日は・・・・このドレスを着こなすお嬢様と言い、あの蓮様といい・・・いいものを見させていただきましたわ。今度お嬢様・・・・ウチのブランドの蓮様相手役モデルとして推しておきますわね。ふふ・・・・いいものがまた見られそうですこと。お名前をお聞かせ願えませんか?」

嬉しそうに土屋さんはそう言うと私の短い髪を梳き始めた。

「最上キョーコです。」
「まぁ・・・・まぁまぁ。なんて偶然なのかしら。」
「知っていらっしゃるんですか・・・・?」

私はコンクールで入賞どまり・・・そんな名前の売れるようなことをした覚えが無かった。

「えぇもちろんです。最上さん・・・・キョーコちゃん・・・・って呼んでいる・・・・可愛らしい子が私の夫が経営する店でピアノを弾くお仕事をしてくれているのだと・・・伺っておりますから。」
「つ、土屋さんって・・・・えぇぇっ????」

あの・・・・土屋さんの・・・・・奥様・・・・・!!!!
私のバイト先のオーナーの・・・・・・。同じ苗字・・・・。

あの土屋さんの奥様がこんな素敵な奥様なんて・・・・美男美女カップルとは・・・・こういうコトを言うのだろう・・・・・。どちらも社長・・・・・。完璧な夫婦・・・。

「まぁこれは本当に嬉しい偶然。実は夫が相当可愛がっていると分かっていて・・・・実はこっそりと嫉妬しておりましたの。今度見に行ってしまおうかしらなんていうぐらいには・・・・。蓮様がお相手なのでしたら、安心致しました。」

「敦賀蓮は・・・・だから初めて会って・・・・。」
「くすくす・・・・そうでしたわね。でも今日だけで・・・・きっと「落とされ」ますわ。あの蓮様ですのよ?しかもあれだけキョーコちゃん・・・と呼ばせていただきますけれど・・・・をお気に召していらっしゃるご様子・・・・。」

「落とされるって・・・・あの・・・・私・・・好きな人・・・・いるんです。」
「くすくす・・・今日蓮様に落ちなかったら・・・・それは本当にそのお相手がお好きですのね、お付き合いは?」
「・・・・・いえ・・・・・。」
「そうなの・・・・まさか私の夫なんて・・・・事は・・・・・ないと嬉しいのだけど・・・・。」
「ち、違いますっ!!!尊敬はしています。好きなのは幼馴染なんです。もう20年以上ずっと好きで・・・・・でも・・・・・・。」

「まぁまぁ・・・・。そうですの・・・・・。羨ましいわ。一途な恋・・・・本当に羨ましい事。じゃあ今夜は・・・「蓮様に落ちて頂く」ように・・・・私が変えてみせますわね。そうなったら・・・なお更・・・次のお仕事は楽しい事になりそうですもの・・・・・くすくす・・・・。久々に腕がなること・・・・。今日の出会えた記念にあとで夫に出来上がりを携帯で写真撮らせて下さいね。きっと驚きますわ。」

そう言うと土屋さんは本当に嬉しそうに私の顔と髪をまるで魔法をかけるように・・・・くるくると変えた。

――土屋さんの魔法だ・・・・・・。

そう思うほど自分が自分じゃなかった。

「蓮様・・・・如何ですか?本当にお可愛らしい事。お肌がどこもかしこもキメ細やかで本当に羨ましいわ。蓮様がお選びになられた理由、よく分かります。」
「くすくす・・・・化けたね。」

――初めて・・・・私に笑ったわ・・・・この人・・・・・。

どうせ男の人なんて・・・・「見た目」が全てなのね、なんて・・・・・化けないと笑顔ももらえないのかと、再び私は心の中でへそを曲げた。

大巻きの巻き毛のウイッグをつけてアップにしてくれて、長い長い髪。お嬢様風のくるくる。胸元を隠すようにそれを前にしてみる。メイクも別人のようなつくり。自分でも別人だと思う。本当に自分がお嬢様になったような気分になった。

「土屋さん、こんなに綺麗にしてもらったの、初めてで本当に嬉しいです!!!」
「本当に?初めて綺麗に変えたのが私なんて、光栄ですわ。頑張った甲斐がありました。」
「あぁ・・・土屋さん。預けてあるアレまだ置いてあります?あるなら出してくれませんか?あれをこの子に。」
「え・・・・・よろしいのですか・・・・・?もちろん大事に保管させていただいておりますけれど・・・・・。」
「今日はね・・・・。」
「まあまあまあ・・・・やっぱり・・・・くすくす。まぁなんて素敵な日ですこと。私・・・・今日立ち会えたこと本当に嬉しく思いますわ。」

土屋さんはそう言って小箱を抱えて戻ってきた。

「お待たせいたしました。蓮様…これは私からのプレゼントですの。今日は本当に楽しい一日でした。キョーコちゃんにはこちらのネックレスチェーンの方が細くて似合いますわ。」

小箱を開けてそのチェーンにペンダントヘッドを通して、敦賀蓮に渡していた。

「付けてあげるから後ろ向いて。」

そう言って私が素直に後ろを向くと首筋と胸元が冷やりとして、そのペンダントをつけてくれた。円形のペンダントヘッドの外側に、石が一つ。

「キョーコちゃん・・・・私・・・・いえ・・・蓮様がそれをつけてくれる様子を見られて本当に嬉しくて。蓮様が帰ってきたんだななんて・・・・。そしてまさかそれをキョーコちゃんにつけるなんて・・・・・。」
「土屋さん・・・・どうされたんですか?」

私が土屋さんの感激振りがよく分からなくて、そう口にすると、首を振った。

「蓮様に直接お聞きになられて下さいな。蓮様とのお約束ですから・・・・・。」
「さっきからキョーコって・・・・?」

敦賀蓮がきょとんと、私の顔を見た。

「カナエ・・・・じゃないんだ。」


――・・・・・・・・!!!!!!

「モ、モー子さんがあなたのお相手だったんですね・・・・・・!!!!!!私じゃない!!!!!」
「い、いやいや・・・ごめんっ・・・・ぷっ・・・・そう言われればそうだね、君、長い髪じゃないよね・・・。ピンクのパーカーってだけで呼び止めたんだから・・・・。」
「わたし、か、帰りますっ・・・・・・。モー子さん呼んできます。」
「いや、いいんだ君でも・・・・・。学長が口にしたのがそっちだっただけで。」
「蓮様・・・・・?如何されたんです・・・・・?」

「いや、ただ人を取り違えただけですよ…。このネックレスを出すことに今日の意味があるだけだから…くすくす…。そのもう一人の彼女だろうと君だろうと・・・これからの仕事を遂行してくれればハンコおすんだから。今日付き合ってくれるのはどっちでもいいんだ。」


――敦賀蓮なんて、やっぱり大嫌い・・・・・・・。


「蓮様・・・・それこそ口にされてはいけませんわ・・・・。あんまりです。私・・・・喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなくなりました。キョーコちゃんをキョーコちゃんとして見ないのであればコレをお出ししない方が・・・・・。キョーコちゃんが可哀想すぎます・・・・・。」

土屋さんは初めて当惑した顔で敦賀蓮を見上げた。

「くすくす、そうですね・・・。でも出さない訳にはいかないんですよ・・・。」
「・・・・・そんな事のために私、頑張った訳では・・・・・。」
「土屋さん・・・・すみません・・・・。」
「キョーコちゃんは長年思ってきた好きな人がいるんですよ・・・・・?」
「・・・・・そんな話までもうしたんですか・・・・。」
「えぇ・・・・。あんまりですわ・・・・・。これからどこにいらっしゃるんです?」
「ウチの業界のパーティーですよ。」
「・・・・・虫除け・・・・。」
「そうですね。」

――な、何を言っているのこの人たち・・・・・・??

「キョーコちゃん・・・・お名刺お渡ししておきますわ・・・プライベートは裏に・・・・・はい・・・・・・これが私直通の連絡先ですの。お仕事先で夫に会うなら話をしておきます・・・・直接頼んでもいいわ・・・・。このお店には、お洋服やバッグに困ったら・・・・いつでもいらしてね。いつでもキョーコちゃんに似合う服を差し上げるわ。販売前の試用のものならいつでも作れるから。さすがにブランド名は入れられないのだけれど・・・・生地だけは確かなものが使えるから・・・。今度本当に蓮様と共にモデルもやっていただきたいわ・・・・・。」

どうも土屋さんの様子がおかしい。疲れきった表情、当惑した表情・・・・・。

「え、あの・・・はい・・・・?ありがとうございます・・・・。大丈夫ですか?」
「え、えぇ・・・キョーコちゃん・・・本当に・・・・どうか、気を確かに頑張って・・・・。蓮様・・・・どうか、キョーコちゃんを護ってあげて下さいね・・・・・これがお約束いただけないのであれば・・・・やはり今日はこれをお出しする訳には・・・・。」

「大丈夫ですよ・・・・悪いようにはしません。」

苦笑いをした敦賀蓮は、土屋さんの持っていた名刺をオレにも、といって手を伸ばした。

「・・・・・・・お約束いただけましたわね。もし今後・・・・キョーコちゃんが泣いて私に電話するような事がありましたら・・・・私・・・・蓮様を恨みますわ・・・・。」

「まるで彼女と長年の親友のようですね・・・・どうされたんです?そこまで人に感情移入されるなんて土屋さんにしては珍しいですね。旦那さま以来じゃないですか?」

「・・・・・蓮様が厭味を平気で言う子・・・・なんて・・・・私初めてで・・・・喜んでいましたの・・・貴方様は私の息子も同じ・・・・幸せになって欲しいのです・・・。キョーコちゃんは・・・素直で・・・こんな可愛い娘がいたらなんて・・・想像して今日は私・・・本当に楽しかったのです。あぁ・・・蓮様・・・どうか、キョーコちゃんを・・・・。」
「分かっていますよ。大丈夫です。」

――何を・・・・何のドラマがここで繰り広げられているのだろう・・・・???

私は全く状況がつかめず、当惑した土屋さんと、苦笑いを続ける敦賀蓮を見守るばかり。

「あ、あのぅ・・・・????」
「あぁゴメン。なんでもないよ。行こうか・・・・・。」

そう言って、敦賀蓮はよたよたと歩きにくそうにした私の腕を取るとそのままドアを開け、土屋さんに「またすぐに連絡しますよ。」と言ってその部屋をあとにした。











     

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2006.02.20