今日でこのおかしな生活も終わる。

最後、本音の彼女に別れを告げるため、お互い琥珀色の液体を口にした。

彼女は最後、泣いて「いやだ」と叫んだ。

あの時のように。





Night Cross 5 ―Break―







明日でオレと彼女との映画撮影が終わる。彼女とは最後、例の別れのシーンが残っているくらいで、あとはひたすら不破やらほかのエキストラと戦わなければならず、毎日ボロボロになった衣装で対峙した。

不破はオレに本気で向かっているようだったから、それに応えた。
それなりに演技を勉強すればまぁ、演技もできるんだろうと思った。
周りのスタッフもそう思ったのか、期待以上に不破が演じられているので良かったという声を耳にする。

結局不破はこの撮影中、ほとんど彼女とじゃれあっているようにしか見えなかった。
それが彼流の彼女への接し方なのだろう。
彼女はそれを鬱陶しそうに邪険に扱っているのだがそれがまた周りの失笑を買って、すっかり二人がじゃれあう姿がムードメーカーと化してしまった。

そんな二人の様子をオレは遠くから眺めるだけで、横から社さんがたまに「いいの?」と気遣って声をかけてくれる。

が、別にいいと思っていた。オレはもう、いなくなるから。彼女が実際誰と付き合い結婚しようと、仕方が無い。オレはいない、手を差し伸べてやれない。
オレは最初からそれを放棄した。
だから彼女を幸せにしてあげられる権利もないし、不破にこれ以上とやかく言われる筋合いも、言い返す権利も無い。

ただ。
それは彼女の意識と無意識がこれだけシンクロしなければ、の話だった。

イリアを演じ続ける彼女の表情は日に日に変わってくるし、毎日のように無意識の彼女には好きだと口説かれ続け、オレは否が応にも、彼女の身体の好きなところを知り尽くしてしまった。酔った彼女はキスがうまくなった。そして次第に慣れてきた彼女の目がオレを誘うようになった。彼女は口にはださなかったけれど。

しかし、最後の日の前夜「ハンバーグパーティ」だといって楽しそうに飲んでいた彼女が最後、ベッドにもぐりこんできた時にはさすがに困った。

「だいて」

そう言った彼女の目は19歳の彼女ではなくて一人の女性だった。
オレはいつものようにして離すつもりだったのだが、彼女は食い下がった。

「れん、あたしのこと、きらい?いつもそうやってはぐらかす・・・。」

正直なところをつつかれて、答えが出てこなかった。

「嫌いじゃ、ないけど…。」
「あたしのこと、ちいさいときから会ってるから・・・女として見られない・・・?こんな鬱陶しい女、嫌い?・・・わかった、ごめんなさい・・・・もう・・・・言わない。」

彼女の無意識の4・5歳ぐらいから会っていたから、どうもずっと会っていると思い込んでいるようだ・・・。そう言った表情が切なくて、オレは意に反してまた彼女の手を引き戻してしまう。

「いや・・・。そうじゃ・・・ないんだけど・・・ごめん。でも抱けない。」
「じゃぁどうして?」
「それは…。」
「れんは、あたしのことすきなのに・・・?あたしはこの気持ちどうすればいい?どこへやったらいい?」

オレはそれに答えずに、彼女を抱き寄せた。
そのまま唇を塞ごうとして、彼女の手がオレの口に宛がわれて、止められた。

「どうして・・・・きす・・・・するの?どうして・・・優しく・・・触るの?もう・・・・つらい、つらいから・・・しないで。ほんとうはすきじゃないなら・・・もう・・・しないで・・・・。明日最後、イリアになったときだけは・・・・がまんする・・・・・から。」

そう言って彼女はオレから逃げようとした。

無意識の彼女は・・・・もしかして、意識があるときはそれを傍目で見ているのだろうか?
だから彼女はどんどん変わっていったのだろうか?

オレは動けずに、彼女の手をまた引いた。
彼女のやめて、という表情に攻め立てられて、ずっと言わなければならなかったことを口にした。

「キョーコちゃん、明日でオレと君はお別れだよ。実際は今日で最後かもしれない。」

「・・・・・・・れん・・・・・?」

「オレはまた別の国に行くんだ。だから、もう君に会えない。」
「どう・・・・して・・・・・・。えっ・・・・っ・・・どうして・・・。れんも・・・・・コーンみたいにあたしとは「すむ世界がちがう」って言うんでしょ?!どうして・・・・おかあさんも、ショータローも、コーンもれんもみんなまたあたしから去っていくの?どうして?何かいけないこと、した?ねぇ、れん!!」

目を見開いて見つめたまま、涙をこぼし、叫ぶように彼女はオレの身体にしがみついた。
彼女との別れをしなければならないのも、こう泣かれるのも2度目。

「ごめん・・・・・。君とのこともはぐらかしたままで・・・・。」

「ずるい…ずるいよ、れん。あたしははぐらかされたまま、れんは遠くへ行ってしまう・・・・ずるい・・・っ・・・・。」

もう涙でぐしゃぐしゃになった彼女の涙をぬぐってやっても、止まらなかった。

「そうだね・・・・でも、しょうがないんだ。君はオレなんか忘れてまた「すきな人」を見つければいい。見つけたら、またお酒を飲んでもいいよ。不破以外にも見つけられたんだから、すぐ見つかるよ・・・・。」

昔の不破が「オレの前以外では飲むな」と言ったのを思い出していた。
彼もきっと幼いながらも彼女に口説かれ続けたのだろう…。

「そんなの・・・・忘れられるわけ・・・・ないじゃない、れん、ずっとあたしが小さい時から横にいたんだよ?どう・・・したら・・・・わすれられるの・・・?イリアだったらいい?あたしイリアになってたらいい?そうしたられんに愛されるの?だったら一生イリアでいい。れんが・・・いなくなるなんて・・・・いやぁっ・・・・・。」

彼女はオレの腕の中で泣き崩れた。

こうなることが分かっていたから、オレはずっと言えなかった。
彼女は泣いたまま、意識を失った。

オレは彼女の涙の跡をぬぐって、その唇に一つ口付けた。
そのあたたかくてやわらかな感触を忘れたくない。
でももうタイムリミット。
オレと彼女の本音の時間は終わる。

彼女を部屋に抱き連れて寝かせ、目に濡れたタオルを宛がって、部屋に戻った。


次の日起きて、彼女はすぐにオレを探しに来た。
無意識だった部分が相当彼女に影響したのだろう。
どこか不安げに見上げる彼女に、オレは普段どおりの挨拶を返した。
それに彼女は安心したのか、彼女もいつも通りの彼女に戻ったようだった。


そして、その最後の日の夜、オレも彼女も全てを得て、全てを失った。