「キョーコちゃん」

懐かしい名前。

胸の奥で眠る、懐かしい名前。

グラスをじっと見つめたまま、固まる彼女。そして一気にそれを含む。

オレはそれをいつも止めない・・・・。





Night Cross 1 ―Childhood?―






「あたしね、ショーちゃんのお嫁さんになるのぉ。」

彼女はうれしそうに、唐突にそう言った。

「何?」

もう酔っているのか?
それはしょうがないにしても、あまりに普段の言動とはかけ離れているけれど・・・?

「だってわたし、ショーちゃんが一番すき。この世で一番すき。」
「・・・君・・・酔ってるね・・・?」

彼女はニコニコと本当に彼のことが好きだと体中で表現している。

「今日、学校でねぇ、ショーちゃんとかくれんぼしたんだ。」
「・・・?君は・・・何を・・・言ってる?一緒に撮影だっただろう?」

「さつえい・・・・ってなぁに?写真なんて撮ってないよぉ。今日はねぇ、テストとぉ、かくれんぼとぉ・・・・。またお母さんに怒られてぇ・・・コーンに会いに行ってね。コーンとまた一緒に遊んだのぉ。」

コーンに会った?

オレはロレツが回っていない彼女の口から次々と出てくる子供言葉に少し・・・いや、かなりげんなりとした。それは不破のコトを好きで好きで仕方がないと、昔オレに言ったその時の記憶に残る表情と同じ・・・・・。

正直言葉をなくした。

「・・・・君は・・・今・・・いくつなんだ・・・?」
「私?もうすぐねぇ、7歳になるんだ。ねぇ・・・ところで・・・あなた誰?んー・・・誰かに・・・あぁ!えっとねぇ、コーン、あなたに似てる!でもね、コーンは妖精さんみたいでもっと小さい。だから、お兄さん、コーンの親戚・・?」
「いや・・・・。」

どうして、彼女は素ではオレとコーンが似ているとは思っていないはずなのに、子供返りしたら気づくのだろう・・?
それにしても、なぜ飲んで酔ったら子供返りする?
抑圧されていたものが出てきたとでも言うのだろうか。
確かに彼女はコーンとしてオレが始めてあった頃、よく泣いていたけれど・・・。

「そうなんだ、残念。お兄さん、お名前は?」

何が残念なんだ?

「蓮・・・・・。」
「れん?」
「そう。」

「私ね、キョーコ、最上キョーコっていうの。みんな私のことキョーコちゃんって呼ぶよ。ショーちゃんはね、特別だから私のことキョーコって呼ぶの。だから、れんはキョーコちゃんって呼んでね?私もれんってよぶから。」

結局そのまま彼女はニコニコと不破とどうしただのこうしただのと、コーンにしたのと同じように、自慢話を続けながら食事を続けた。
さすがに疲れたのか、途中で子供のように目をこすって「眠くなっちゃった。」と言って、食器を流しに運ぶと、ソファにくたりと横になった。

一人取り残されたオレは、何もすることがなくなったが、食事を残すと明日の朝起きた彼女が「プロ失格」というだろう様子が目に浮かんで、半分脅迫というか、すり込みのもとに、食事を胃に入れた。

「最上さん・・・そこで寝ると風邪を引くよ。起きて。」

気持ちよさそうに寝息を立てていた彼女の横に座って、頬を撫でた。

「・・・・んぅ?れん・・・?どうしたの?」

まだ酔っている・・・か?甘えたように見上げる目とぶつかる。

「風邪を引くよ、キョーコちゃん。」
「んーっ。れん、本当にコーンと知り合いじゃないの?」

大きく伸びをした彼女は、身体を起こして言った。

「いや・・・。何でオレがそのコーンと知り合いじゃないとそんな顔するんだ。」

彼女の表情は暗く、また子供のように泣きそうになっている。

「だってぇ・・・コーン・・・お別れ・・・なんだもん。会いに行くには・・・きっとすっごく遠いんだよね・・・?だから、もしれんがコーンと知り合いだったら、また会えるかもしれないでしょ?」

―――あぁ・・・・。

「またあたし、一人であそこに行っても誰もいないんだもん・・・。お話・・・聞いてくれる人・・・だれもいないんだもん。ショーちゃん、あたしが泣くとね、困るの。だからね、またあの場所には行くの。なのにもうコーンがいなくなっちゃう・・・。えっ・・・えっ・・・・。コーン、私にできた初めてのお友達なのに・・・・・・。」

ほ、本気で泣いている・・・?

オレはうろたえて、確か彼女と別れたときも「やだ」と泣かれた記憶を思い返していた。

「キョーコちゃん・・・・。」

彼女は子供・・・と頭に言い聞かせて、彼女を抱き寄せた。
彼女はためらいもなくその小さな体を丸めてオレの腕の中で肩を震わせている。
まだひくひくと泣いているので、その背中を撫でてやって落ちるかせる。
しばらくして、彼女は顔を上げた。

「れん、ごめんね、泣いちゃって。もう泣かないってコーンと約束したばっかりだったのにね。・・・ん?なんでれんも悲しそうなの?れんも泣きたいの?泣いていいよ?一緒に泣く?」

心配そうに手を伸ばした彼女の手がオレの顔を包み、目を覗き込んでくる。
こんなに至近距離だと・・・オレは子供と思っても、見た目は19歳なんだからとても困る。苦笑して、「大丈夫」、といったのに、彼女はオレの顔を引き寄せて、頬に挨拶程度に軽く口付けた。

「コーンがね、教えてくれたの。泣き止む魔法。こうするとね、涙が止まるんだよ。」

確かにオレはあの時泣いている彼女に、向こうのクセが出ていたと思う。
日本ではそうしないらしいと知ったのは随分後。

だからといって・・・今のオレにしなくても・・・・いいんだけど・・・・。


「ありがとう・・・。大丈夫だから、さぁ、もう寝ないと・・・。明日起きれなくなってしまうよ?」


そう促して、彼女は「うん、そうする」と言って勢いよく立ったものの、ぐるり、と目を回してその場に倒れそうになった。危うく倒れそうになった彼女の首と腰を支えて抱きかかえる。彼女は都合よくまた寝てしまったようだ。


しょうがなく彼女のベッドに横たわらせて、希望を込めて「キョーコちゃん、着替えて」と耳元で言ってみた。彼女はぱちり、とまた目を開けて、「ショーちゃんのお母さんに怒られちゃう」といそいそと着替え始めようとするので、すぐに部屋を後にした。全くすべてが「ショーちゃん」で出来上がっている彼女の世界に嫉妬しつつ・・・。





次の日朝、オレは彼女が飲んだ後のことを全く覚えてないと言うその一言に愕然とするのだった。