【Cross 8】






リューク:敦賀 蓮  1500年以上生きる伝説のバンパイア
イリア :京子    マドレナ神聖国の皇女。
ノア  :不破 尚  プリミア神聖国の皇子。





書かれた配役に目をやって、彼女は、ぶつくさ文句を独りごちていた。
「せっかくの皇女様の役なのに」と。

この話は小説をもとに映画化の話が挙がったため、小説の熱が冷める前に製作が進行する事となった。オレの予定では、この仕事は本当は断るつもりだったのだが、なぜ受けたのかは、監督の配役が気にならなかったと言ったら嘘になる。

オレが断った後は、そのまま不破がリュークの役に上がる予定だった。オレは、どうするか迷って―私情を挟んで―演じる事にした。まだ・・・彼女が不破とそれをやるには・・・早すぎる。いくら彼女が不破を忘れられないとはいえ、「それ」に気付いていない彼女は、不破にまた・・・壊されてしまう・・・・・。そして彼ではまだ彼女を扱い切れない・・・。

あらすじをプロデューサーが、とつとつと語り、ミイラ取りがミイラになる純愛物語だ・・・と、結んだ。

顔合わせのために集まった面子は皆なぜか不満げだった。
彼女は不破に、不破はオレに、オレは不破に、そんな三すくみ状態にプロデューサもおろおろとしていた。
彼女は不破とオレとのベッドシーンがあるとはやはり知らなかったようで、憤慨している。不破は明らかにオレにむかって目で挑発を繰り返していた・・・がオレはそれを無視した。
 
今日は顔合わせと軽い読みあわせで終わり、オレは彼女を車で待っていた。しばらく待っても来なかったので、社を車に残し、彼女の控え室に向かう。

叩こうとしたドアを叩けなかったのは、彼女の控え室に、先に不破が入っていったからだった。オレはしばらく廊下でたたずんでいた。

「お前、あいつん家で毎日・・・・飯つくってるんだってな。」
「はっ?」
「はっ?じゃねーんだよ・・・。出てたぜ・・・ピンクのツナギ。」
「何に?」
「バカか、お前は。写真週刊誌に決まってるだろ?あんなに目立つもん、業界の人間ならすぐ気付く。それにしたって・・・お前・・・・ホントいつでも飯焚き係なんだな・・・。」
「私の大事なお仕事の一つなんです!」
「お前・・・マスコミをよく見たほうがいいぜ・・・いい食い物にされるぞ。」
「何でアンタがそんなことをわざわざ言いにくるのかしら?」
「はんっ・・・・また、オレと同じ理由で捨てられるだろうバカを見に来たに決まってんじゃねーか。学習能力ほんとねーのな。どこかの局の鳥頭程度の脳みそか?」
「捨てられるも何も・・・拾われてないし・・・第一あの敦賀さんには、何を差し置いても大事な人がいるんだから。私は関係ないもの。それに・・さっきから仕事だって言ってるでしょ!」
「お前・・・ホント男知らねーのな。仕事って・・・・男と一つ屋根の下に一緒に居て、それだけが仕事かぁ?一体どんな『オシゴト』してんだよ・・・・。三流ゴシップには高く売れそうなネタだな・・・。」

くっと喉をならして笑う不破に、彼女は何も答えなかった。

「まぁ、あいつと何かあろうと無かろうと俺にとっちゃどーでもいいんだけど。お前、あいつがお前に『いい家政婦だ』と賜ったらお前はあいつにも、オレと同じように復讐だと叫ぶのか?それともあいつは別の女の尻を既に追っているから、自分には関係ないとでも思っているのか。おまえなぁ・・・自分がどんな」
 
オレはもう我慢をしなかった。

ドアを開けて彼女の肩を押さえていた不破を彼女から引き剥がした。
彼女はうつむいて、顔を上げなかった。 

多分オレは他人に見せた事がないほどの怒気を含んだ表情だったのだろう。
不破は一歩下がったが、

「お優しい事。」

と吐き捨ててくるりと背を向けて、

「敦賀サン、映画でも、それくらいの表情見せて下さいね。」

と、ドアを煩く閉めて出て行った。

オレは何も掛ける言葉も無く、彼女に自分の着ていたジャケットをかぶせた。
彼女は、丸くなった小さな身体がすっぽりと入ってしまうそのジャケットに、すがる様にして、顔をうずめた。
その姿にたまらなくなって、オレはいけないと思っているのに、彼女を抱きしめた。
彼女は抵抗する事無く、オレの背中に腕を回し、ジャケットにしたのと同じように、すがるようにオレの胸に顔をうずめて、声を殺して泣いた。

ずっと・・・かなり長い間、背中をさすり、いつか彼女は泣きつかれたのだろう。寝てしまった。ここの所眠りが浅いと言っていたのが、出たのかもしれなかった。

オレは彼女を両腕で抱えてジャケットを顔にかぶせると、荷物を指に引っ掛け、廊下へと出た。そこに社さんが居た。

「聞こえちゃったよ・・・・」

浮かない顔をした社さんは、オレの手からバッグを取ってくれた。
どこから?とは聞かずに、無言で歩いた。

「お前もずっと帰ってこなかったから・・・呼びに来たら、人でも殺しそうな形相でそのドアを開けてたんで、オレは何かあったらと止めるつもりでいたんだ。そうしたら不破君が出てきて、入ろうとする俺に『今、入ったら殺す・・・』とすごんで帰っていった。お陰でオレは入るに入れなくなってしまった。不破君は・・・キョーコちゃんを、一体どうしたかったの?蓮、お前にも何か罵っていただろ?一体どうなってるんだ???」

オレは何も答えず、車を発車させた。




彼女が目を覚ましたのは、夜中の1時半ぐらいだっただろうか。眠る事ができず、リビングで独りグラスを傾けていた。

「敦賀さん・・・」

おずっと入り口から顔だけが覗いている。

「おいで」
ソファに座らせると、シャワーを浴びたらしい彼女の香気が鼻をくすぐる。
「目、氷のうで・・・冷やしてくれたんですね。」
彼女の泣き腫らした目では明日の仕事に響く・・・と思って、買ってくれた慣れない氷のうをセットしてみたのだけれど。
「すっかり、腫れ、ひいたみたいです。あと、アイツの厭味から助けてくれて、ありがとうございました。」
「厭味って・・・」
「それと、子供みたいに泣いて寝ちゃって・・・さすってくれた上に、ここまで運んでもらっちゃって。ありがとうございます。最近よく眠れてなかったせいですね。本当にすみませんでした。」
笑って照れて俯く彼女の髪に手を差し入れて、後頭部を撫でてやった。

「君は・・・強いね。」
「そんな事・・・ないんですよ。うかつにも泣いちゃったし。アイツの厭味、久々に聞いたから・・かな?」
「あれが日常だったわけ?」
「いえ・・・本当に口が悪いだけです。しかもいつも悔しい事に間違ってないし。言い方が・・・本当に腹立つんですけど。今日のはでも・・・ちょっと堪えたかな。」

「オレは・・・君を「家政婦」とは思ってない。」
ふふっと笑って、敦賀さんは優しいからなぁ・・・と彼女は独りごちた。
「敦賀さんなら・・・そう・・・言ってくれるんじゃないかと・・・思っていました。」
「?」
「私、ショータローに言われて、ちょっとだけ・・・ドキッとしたんです・・。・・・心の中でアイツに反論してたんです。敦賀さんならそう言ってくれると。でも、そんな事分からないじゃないって・・・もう一人が言うんです。じゃぁ、もし、敦賀さんが「そうだね」って言ったら・・・私は敦賀さんに復讐したいとは・・・思わないんです。それは、お仕事なので、当たり前ですけどね・・・・・。」

彼女が復讐をしたくはない・・・ということは、オレの事を直感的に「男」からはずしているというのは、分かった。
「男」を意識していたら、ここには・・・・居ないか。
それ以降黙ってしまった彼女は、ソファの上で膝を抱えて俯いた。

「最上さん?」
「あっ・・・いえ、・・・あのすみません、何でも無いんです。」
「オレには・・・オレにも話せないこと?」

彼女はじっと何か言葉を言いよどむようにオレを見つめた。

この子はいつも心に感情を閉じ込める癖があるから・・・。
この子が感情を素直に出すのは、結局不破がらみばかり・・・だし。
まぁ・・・いいけど・・・。

「敦賀さん・・・」
彼女は意を決したようにオレを見つめていた。
「今度の映画の撮影で、きっと私はまた泣いてしまう・・・アイツを前に、アイツに何か言われると・・・隠そうと思ってもどんどんと自分の心のもろい部分が出てきてしまうんです。もし・・・・私が、暴走しそうになったら・・・止めてくれますか?また泣いたら、隠してくれますか?・・・アイツを心から尊敬して、好きだという役を演じている間、きっと私はどんどん醜い感情が生まれてしまう・・・もしそれが敦賀さんを前に・・・・演技に出てしまったらと思うと、自分が・・・怖いんです。」
「オレを前に?」
「だって・・・敦賀さんは私がアイツへの復讐のために演技する事・・・嫌っていたじゃないですか・・・。仕事は仕事・・・と割り切っても、アイツを好きな役・・・なんて・・・ましてやベッドシーンなんて・・・。敦賀さんはするどいから・・・・きっと私の考えている事なんてお見通しで・・・苛立ちを覚えるかもしれない。もしかしたら・・・・」

彼女の口を手で覆ってストップさせた。

「大丈夫だよ・・・最上さん。オレは君が暴走しそうになったら止めてあげるし、また泣けばいい。もしオレの前で君の醜いという感情が出てきていたら、休憩を取ろう。あまり思いつめないほうがいい・・・。無理をしないで・・・自然に任せて・・・ね?」

俯いたままの彼女の頬を指でさすると、彼女はすこし安心したように、それを素直に受けていた。

でも、彼女がオレに向けた笑顔は、とても哀しげだった。







*****





オレは、本当に腹が立っていた。キョーコが「敦賀 蓮」に向ける目が、イリアがリュークに見せるそれと同じように、段々と変わっていっているようだったから。

オレにも見せた事がない、「女」の目だったから。

そんな折、スタッフが持っていた週刊誌にキョーコがすっぱ抜かれていたのを見かけた。
ぼかしがかかっているとはいえ、敦賀蓮に関係あるピンクのツナギといえば、この業界ならすぐに見当が付く。関係者コメントとして、「多忙な敦賀の身の回りの世話をしてもらっています」という事だった。

オレはバカなキョーコをどやそうと・・・立ち上がった。

キョーコは鈍いから、はっきり言ってやるぐらいがちょうどいい。
アイツへの気持ちに気付いていないうちに、キョーコを奴から離しておくほうが良かった。

どうせ・・・アイツは・・・キョーコを捨てる。

あんなに派手なインタビューをTVでかまして、家で一つ屋根の下にいるにもかかわらず、まだ手を出しても告げてもいない様子。

敦賀蓮は、「彼女に入り込む隙間がない」といったが、入り込む隙間が無いのはオレとキョーコの間だろう。あいつは分かっている。オレとキョーコがどこまでいっても繋がっている事を。キョーコが復讐だと言っている間は少なくともオレ以上にはならない事も。
オレとキョーコが繋がっている間は告げるつもりが無いなら、引き剥がすだけ。キョーコが気付いたときにはもうアイツは別の女を追っているか、そこに居ないだろう。だったら最初から気付かなければいい。そうすれば、あんな目でアイツを見ることも無くなる・・・・。

オレはノックもせず、キョーコの控え室へ入った。
怒ったようにキョーコが俺をにらみ上げる。
そしてオレはキョーコにいつものように、きつく当たる。


肩を掴んで・・・固まった。

普段は髪に隠れてみえないうなじから見えた赤い印に・・・・。


オレのキョーコを蔑む言葉は止まらなくなった。


だんだんとキョーコの肩が震えて小さくなる。

「――――――・・・自分がどんな」目をしてあいつを見ているのか分かっているのか、と言う前に、アイツが・・・・敦賀蓮が割り込んできた。

来るだろうとは予想していたから、別に驚きもしなかった。キョーコからオレを引き剥がしたときに、オレをにらみ上げたヤツの目は、俳優敦賀蓮ではない・・・「男」の目だった。


心底オレを軽蔑したその目と、キョーコを大事そうに抱えるその目は、ヤツの本心だろう。


キョーコは・・・どうせ気付いてないんだろうから、いいが・・・。

もしあの目を見たら・・・まるでリュークがノアを殺しかねないその目を見たら。
キョーコは自分の気持ちに、アイツを「男」として見ている自分に気付くのだろうか?
そうなればキョーコは幸せになるのだろうか?

アイツの本性を垣間見てほだされたのか、部屋を出た後、外にいたヤツのマネージャーに「入るな」とすごんで、そこを後にした。

どうせタイムリミットはあと一ヶ月・・・。