【Cross 5】







最近の私はおかしい。いつもリビングで寝てしまうのか、ベッドまで来て寝た記憶が無い。大体敦賀さんが私を運んでくれたあと、自分で着替えているようなのだけれど、その記憶も無ければ、話している内容の記憶も無い。

やはり、しばらく敦賀さんに付き合って飲んでいるのが原因なのだろう。

でも、その飲んだ日の夢は本当に幸せな夢が多くて、私はそれがやめられない。現実ではあり得ないその幸せな夢が・・・・また見たいと思ってしまう。私がまだ純真無垢で・・・幸せな記憶だったり、コーンに会って遊んだ記憶だったり、はたまた敦賀さんがありえないぐらい優しく・・・・話を聞いてくれる夢だったり・・・。

正直な所、起きてその夢の欠片を思い出すのが最近の楽しみになった。現実逃避だと言うことも分かってる。そして最近の敦賀さんの状況からは、不謹慎極まりない自分の妄想に、本当はいけないと思いつつも、その一瞬の幸せがまた見たくなる。

でも、最近の敦賀さんの様子は傍からみている私でも疲れているのが分かった。朝から捕まえようとするレポーター・報道陣に加え、本命と噂されている礼子さんと今共演ドラマを撮っているから余計に気を遣っているみたい・・・。

あの敦賀さんのことだから、仕事は完璧なのだろうけれど、この忙しさと報道陣の数に怯まない敦賀さんは、周りから見たら異常だと思う。それが故、さらに周りからの噂もたえないのだろう。言っても響かない・・・と。

そんなはずがある訳も無く、部屋に帰ってくる敦賀さんの食欲はどんどん落ちて、日に日にやつれているような気がする。食べやすく栄養価の高いものを選択して、シャワーで済まそうとする彼を何とかお風呂を貯めて入れて、と防衛策は張っているのだけれど、それでもやはりふとした表情に疲れが出ることがある。太れない体質とはいえ、無理やりにでも食事・・してもらっているのだけど。

今までの殺人的な仕事具合の時にはどんなに忙しくても見せなかった表情。何とかその疲れを少しでも取ってあげたいけれど、私では無理。だからやっぱりいつもの鳥を頼った。鳥なら彼と対等に話ができるから。基本的に愛を信じていない年下の私に彼が何を相談できよう。

彼に本当のところを言うことで、彼に怒ってもらって逆に元気になってもらおうと、毒吐きスマイル・本気怒り覚悟で言葉を口にした。しかし、彼は苦笑するのみで、特に引っかかってこなかった。その上、

「こうなる事は分かってたんだ。でもあの時言ってしまいたかったんだよ。君もたまに何もかもさらけ出したい事ぐらいあるだろう・・・?」

と、とても寂しそうな表情で言われて、彼がどれだけ相手のことを思っているのかを知った。彼にこれまでの表情をさせる相手とは、一体どんな人物なのだろう?私はその表情に、何か締め付けられるような気持ちを隠すように、その場から逃げ出した。にっこりと微笑んで、彼は手をあげて私を見送っていた。結局私は彼の相談にすら乗れなかった。

彼が沈んでいると・・・・元気が無いと思ったから、つい私の着ぐるみの撮影と敦賀さんのテレビの撮りが重なる日を選んで、きっと彼の今の状況ならここに来るだろうと、変な確信と共に行ってみたのだけれど。

私にはあまり、詳しく状況を話してくれないから、鳥の・・・姿ならもしかしたら話してくれるかもしれないと思ったものの、結局彼の思いの深さだけが分かったぐらいで、特に状況が変えられそうもなかった。

私は一体ここで、何ができるのだろう?

結局着替えた後しばらくボーっと考え事をしたままで、敦賀さんが帰る前に帰らなきゃと思ったのは、彼の仕事が終わっているはずの夜8時を過ぎていた。局をとぼとぼと歩いて行く。今は目立つのがいやでピンクのつなぎも控えていた。

しばらくして事務所の先輩が通りかかったので、会釈をして・・・・番組のスタッフに会ったので、また会釈をしてまた呼び止められたので、また会釈をして背を向けた。

「キョ、キョーコちゃん?どうしたのっ?」
「へっ・・・?」

考え事をしていたせいで、それが社さんと敦賀さんだと気付いていなかった。彼がまた大魔王のごとく、「先輩を無視?」と目で訴えてくるだろうと思ったけれど、そんな事はどうでも良く、「すみません・・・」と俯いた。


「キョーコちゃん、元気ないね・・・?どうしたの?」
「そんな事ないんですよ・・・ちょっと・・・だけ疲れて・・・ここの所眠りが浅いみたいで。今日帰って眠ったら、すぐ・・・直りますから。」
「蓮・・・・俺の送りはいいから、キョーコちゃんと先に帰って。」

社さんは「決していじめちゃだめだよ」と念を押して、「じゃあね」と局の入り口へ向かった。


ほどなくして、車の助手席を開けてもらい、私は少し躊躇ってから乗り込んだ。

「さ、出るよ。・・・・?・・・最上さんどうした?」
「あのぅ・・・敦賀さんに送り迎えしてもらうと・・・マスコミが・・・・変に書きたてますよ?」
「言いたいやつには言わせておくからいいんだよ。」
「マスコミのいい方向へとられるんだと・・。」
「勝手にとればいい。それよりオレは、君がそんなに精神的に参っているとは聞いてなかったんだけど。帰ったらまた『コーン』相手に独り言・・・言うんだろう?」
「本当に・・・眠いだけですから・・・。」
「君が最近リビングで寝てしまう事を・・・知ってるんだけどな。熟睡・・・しているみたいだけど?」
「電気をつけたまま寝ているから、どうでしょう。すみません、今度からうたた寝しないようにします。」
「そんな事を言っているんじゃない・・・。」

いつになく声を荒げて彼はその感情の通り荒々しくエンジンをふかした。私は何故か怒りのツボを刺激したようで、押し黙った。そのままずっと黙って今日の夕飯のメニューをどうしようか鈍い動きの頭で考えていて、気付いたときには知らない場所だった。

彼に案内されたところは、TVで言っていた行きつけだという店で、よく来るためか、彼のために仕切られた個室と、ソファがあった。そのソファは敦賀さんが好きそうな大きさと柔らかさで、マンションにあるものと似ていた。私はそんな状況判断をぼぅっとしていて、敦賀さんは何事か店員に告げると、また押し黙った。

「君が・・・元気がない理由は・・・オレに、あるか?」

びくりと身体が震えて、私はどう答えようかとまた鈍い頭がゆるりと動き出す。

「ここの所、マンションの外はマスコミ、関係のない君まで記事に挙がって・・・。仕事とオレの世話で、参っているんじゃないの?」

ん?と彼はその大きな手で、私の頬に触れた。
そんな手馴れた動作に私は完全に照れてしまった。

「それは・・・私が選んだ事ですから・・・いいんです。せめて・・・毎日同じ質問と現場での冷やかしばかりで疲れている・・・敦賀さんが・・・それを忘れてくれれば・・・いいんです。」

そこまで言って、私は言葉を飲みこんで、無理やり作った笑顔を向けた。

彼も・・・疲れている。

私は、彼を元気に仕事場に送り出すのが使命で、私に構っている場合ではない、と結論付けた。

そのまま敦賀さんは私の頬から手をすっと引いて、そのまま、身体をテーブル側に向けて、足を組んだ。

そう、何も自分の事など口に出さなければ、事は済む。

彼の連れということで私は年齢も聞かれる事もなく、そのまま店員は琥珀色の液体を私に差し出した。そして、何故か・・・ハンバーグが出てきて、私は苦笑した。それが彼なりの、私への元気付けの印だと理解して、ちょっと嬉しかった。でも、私は人生で初めて・・・ハンバーグを・・・残した。