【Cross 24】






すっかり夕日が落ちてしばらくして彼が、行こうか、というので、そのまま車まで付いていった。彼が運転する姿に見とれていたら、苦笑された。

「綺麗にしてもらっておいで。」

と言って裏口から通されたお店は、彼のお気に入りのブランドだという・・・これ、公表してないお店だ・・・の個室で彼が選んだという服を着せてくれた。あの桜貝色のドレスに似た色の、タイトなワンピースで、スカートには私が好きそうなフリルとレースがセンスよく着いていた。蓮もあのスーツに似た黒を羽織った。店員さんが「蓮がこのお店に誰かを連れてくるなんて、初めてよ」と耳打ちしてくれた。あのマネージャーの女の子すら店に入れた事がないから、安心して、と言っていた。

その後こっそり店員さんと仲良くなって、プライベート話を聞いた。彼はここの服しか着ないと言う。今日の服も彼がデザインとサイズを指定してきたと言っていた。モデルの仕事をしている時に、デザイナーと意気投合して、それ以来ごひいきなの、という。当時そんなに名前も売れていなかったこのブランドのメインモデルを引き受けることも、二つ返事で受けたそうだ。

蓮がプライベート写真を取られた時はかならずここの服をきていてくれるおかげで、どこで調べるのか、最近日本とアメリカの女性の客足が増えたらしい。それが功を奏してか、このブランド名が雑誌で取り上げられる事と彼への他社のモデルの依頼もさらに多くなったと言う。

着替えてでると、微笑んだ蓮が綺麗で。お店に入る前にお嬢様になった気分でエスコートしてくれたのに、「とてもよく似合う」、と言ってくれた傍ら「ハンバーグが美味しいよ?」とくすくす笑う彼に子供扱いされたような気分で素直に喜べなかった。しかもこのお店に「ハンバーグ」なんて置いてあるのだろうか?でも、口惜しい事にメニューに組み込まれていて――多分頼んでくれたに違いない――、本当に美味しかった。上機嫌になった私に、彼は相変わらずだね、と笑うだけだった。

蓮だと気付いた客もいたけれど、ちらりと視線をくれて知り合いのようにお互いにっこり微笑むのみで、誰も私たちの邪魔をせず、にこやかに食事を続けるだけだった。彼はお酒を口にしたが、私はやはりそれを慎んだ。「飲まない宣言をしているの」と言ったら、「帰ったら飲んでもいいよ」と、またくすくす意味深に笑った。

最近の蓮の様子だと、絶対に撮られる。だから、「また記事・・・」と言ったら、「真実だから隠す必要なんてないでしょ」と言って、車から降りてお店に入るときも出る時も車に乗せてくれるときも手をつなぐ事を絶対にやめなかった。

代行の運転手がいたにもかかわらず、彼はお構いなしに車の中で手をつないだまま、私にキスを繰り返して、日本語だったけれど、好きだと囁いてくれた。

私は恥ずかしくて、彼の腕の中からつい逃げようとしたのだけれど、どうにもならなかった。あまりに恥ずかしくなったがあきらめて、彼の身体に寄りかかることで、逃げた。どうも彼はとても外国習慣に慣れている・・・・・ようだ。





夜が深く進んだ頃、二人でまたロッジに戻った。
組んだ腕を一度も離さなかった。

当然だろう、そこには既にグレッグの姿はなく、手紙が一枚置いてあった。

「親愛なる キョーコへ。

誕生日おめでとう。オレからの誕生日プレゼント、気に入ってくれた?オレは一足先に戻ります。ごゆっくり。
 
グレゴリー」

   

「グレッグ・・・・。」

彼は最初からこうしようと・・・決めてくれていたのだろうか?だから焦る私を必死に慰めて止めてくれたのだろうか?わざわざ誕生日まで調べて・・・?自分の事は後にして・・・。蓮のマネージャーを連れて帰ったと言うことは、何かあるかもしれないけれど・・・。

「グレッグは・・・本当に彼は双子かと見まちがえるくらい、オレと似ているね・・・。・・・彼からね、オレの所に連絡して来たんだよ。君の倒れたあとの様子と状況を・・・。それで「今日あけてくれ」ってね・・・・。グレッグと君を思い浮かべていて・・・思い出したんだ。今日が君の誕生日って・・・。だから・・・前にね、作ったまま・・・置いていく事も、渡す事もできなかったものを・・・やっと渡せて・・・良かったよ・・・。」

そう言って私の左手を取って薬指を優しくその長い指の腹で撫でてくれた。

「蓮・・・・・。」

私はまたキスをねだった。

蓮は「ん?」と優しく微笑んで、その大きな身体をかがめて優しくキスをくれる。

「随分と・・・甘えただね。」

優しい言葉だったけれど。
とても恥ずかしくなって、彼の身体にしがみついて。
一分でも離れていたくなくて、すりすりとその腕に頬を寄せた。


「あっち・・・・・いく?」

彼が指差した方向は寝室で。


私はこくり、と真っ赤になって・・・うなずいた。





*****




誕生日の夜本当に寝かせてもらえなかった私は、次の日がオフで本当に良かったと思った。彼はそのまま仕事に行くといって、私を家まで送り届けてくれた後別れた。

当然写真はどこからともなく撮られていたようで記事になった。私がわからなくて日本女性とだけ報道された。彼は取材に来たというその記者に、にっこりと「真実ですよ」とあの似非ではない優しい笑顔で記者に答えたと言う。その見た事がない優しい笑顔と強い目に記者は驚いたと言う。最後に「紳士なレンがさらに化けた」と結ばれていた。

日本で、その様子が報道されたようで、そのはっきりしない写真に日本ではまだ相手が私だと分からなかったようだった。

でも見てすぐに分かったよ、と社さんをはじめとして、モー子さんやリコさん、はたまたマリアちゃんや社長までお祝いメールが届いていて驚いた。


誕生日から少しして、グレッグから電話が入った。誕生日のお礼を告げると、しばらくマネージャーができないと言う。理由は教えてもらえなかったのだけれど、彼が緊急だという事は分かった。

それを了承して、私は仕事もプライベートも一人寂しい日々を送った。グレッグが食事を一緒にしてくれていた存在がどれだけ大きかったかを、今度会ったら感謝しようと思った。

結局その間敦賀さんにも会えず、久しぶりに…敦賀さんのドラマをひとりで見て、なんでもないシーンに涙が止まらなくて、困ってしまった。

しばらくして、敦賀さんから「もし時間があったらロス内だけでいいからマネージャーをしてほしい」という連絡があって、引き受けた。
彼は今まだN.Yにいるようで、来月帰るから、という事だった。

そして同じように1ヶ月間グレッグは帰ってこなかった。
久々に家に寄ってくれた彼は憔悴しきっていて、驚いた。

「ハイ、グレッグ…大丈夫?顔色悪いわ…。」
「ん?大丈夫。ちょっと…寝不足…なんだ。」
苦笑しながら、ソファにどさりと座った。
「良かったら・・・・ご飯作るから。そのまま少しここで休んでいけば?このあと運転して帰るなんて、危険だわ。」
「・・・・・。そう・・・だね。君に聞いて欲しい事もあるし・・・ね。」

そう言って、グレッグはごめん、といってソファに身体を埋めた。
そのまますぐに、寝てしまったようだった。

毛布を上にかけた後、野菜スープを作ったけれど。
そのまま彼は、朝まで起きなかった。


次の日仕事があった私は、彼をそのまま残して、現場へ出かけた。夜またグレッグが顔を出してくれた。

「昨日は・・・ありがとう。君の家で寝てしまって…ごめん。レンに顔向けできないな。」
「元気になったみたいね・・・良かった。あのね、この一ヶ月間ずっと一人だったから・・・やっぱりグレッグがずっとこっちに来てから居てくれて本当に良かったと・・・思っていたの。だから、もし、グレッグが大変な事があったら、相談に乗るから。一人で抱え込まないでね。」
「…キョーコは優しいね。」
「んーん。・・・昔ね、私敦賀さんに言われたの。自分の中に閉じ込めるなって・・・。受け売り。」
「キョーコが・・・・幸せそうで良かった・・・・。」
「グレッグ、幸せになれそう・・・?」
「うん・・・・取り戻したよ・・・この一ヶ月で。でも・・・・」

珍しくとても歯切れの悪い彼に、続きを聞けなかった。

しばらく考え込んで、彼は「そこ、座って?」といって、ソファーを指差した。
座ると、隣にグレッグが座った。

「その子、壊れちゃった。」
「?」
「すごく真面目で・・・真面目すぎて追い詰められて・・・今、自分の中にね、入っちゃった。ずっとオレの名前・・・呼んでる。」

苦しそうに…自嘲気味に話すグレッグに、何もいえなかった。

「君に…言っていなかった事があるんだけどね。その、取り戻したかった子。レンのマネージャーだったんだ。」
「えっ・・・・・。」

あの気の強い・・・・?

「リンディといってね、僕の幼馴染だった。ずっと一緒にいて、当然結婚すると思ってた。5年前までは・・・。だけどね、もともと、僕の父と彼女の父親が決めた結婚だったから。でもね、そんな事は関係なくて・・・お互い愛し合ってた。でも・・・彼女の父親の仕事がうまくいかなくなって…うちの父が結婚を破棄だと言い出したんだ。そんな事、オレにはどうでもよかった。リンディさえいればそれでよかった。父はあきらめ切れないオレを見て、彼女の父の会社を最後、手を回してね潰したみたいなんだ。オレはそれを知らなかった。そして…彼女に・・・・そうしたのはオレだと、言ったんだろうな・・・オレは怨まれた。でも実際父のせいだからね、オレの責任でもある。そんな苦しんでいた彼女を、心から助けたのがレンだった。だから、彼女は徐々にレンに恋心をいだくようになった。でもね、オレも最近知った事なんだけれど。彼女はずっとええと、なんだっけ、向こうのキョーコとレンのマネージャーだった人。あぁ、そう、ヤシロさんからの手紙と荷物の一部を抜いていたみたいなんだ。レンがもしかしたら日本へ帰ってしまうかもしれないと・・帰したくない一心で…。だから、レンも君がこっちに来ていることも知らなかったし、ヤシロさんが送った君のDVDなんか、全然知らなかった。君とフワ?といったか・・?がずっと本当に付き合っていたんだと思っていたらしい。オレがそれを誕生日前に否定したら・・・・・驚いていたな。だから君とフワとの仲を裂くつもりが無かったから、連絡を取らなかったんだと言っていた。でもね、彼は君に会ってしまった。そして思いを遂げてしまった。あの日のあとしばらくして、オレはリンディにもう一度やり直してほしいと告げたんだ。」

言葉を切って彼はうつむいて眉根をキツク寄せた。

「そうしたら、何て言ったと思う?「私、人としてもう生きていられないから」と、言ったんだ・・・。彼女の部屋へ連れて行かれて、真実を見た。君のDVDとヤシロさんのメモと手紙が入った箱…渡されて、彼女は涙を流したまま・・・・壊れちゃった。昔オレに裏切られ、レンももう頼れない、自分はもうどこにも行く所が無い・・・と思いつめてしまっていると、医者は言う。レンが初め仕事を休んで付き添ったんだけどね、さすがに多忙な彼がそれ以上できなくて、オレに連絡を取ってきた。君の名前を呼んでいるから、付き添ってほしいとね・・・。僕は君の仕事と全ての仕事を休んで、いま彼女の元へ通っているよ。だいぶ…オレが側にいて、撫でてやっている時は落ち着くようになって、少しだけ笑えるようになったから…もう少し、ゆっくり時間をかけてやってみる。オレは彼女を助けたい。やっと取り戻したからね・・・。もう少し・・・なんだ。オレは父がしたことを償わなければいけないし…ね。」

グレッグは、「でも、今オレ自分の手元に彼女が戻ってきたから幸せ。ちゃんと生きているしね。ずっとオレの名前を呼んでくれているから・・・だから、キョーコが心を痛めることもないし、レンが責任を感じる事もないんだ、だから・・・彼女の事を許してやって欲しい」と苦しそうに、そう言った。


私は彼の辛そうな様子に勝手に泣いていて、そして彼女を責める気もしなかった。
私がもし同じ立場なら、そうするかもしれなかったから・・・・・。


しばらくして、敦賀さんが帰って来た。その日N.Yから帰ったのだという。
事の真相を既に聞いていた私は、「あまり…思いつめないで…」とだけ伝えた。

蓮は優しいから、きっと気付いてあげられなかった事を悩んだと思う。
ただ一言、「リンディがオレに…そういう感情を持っていることを見ないフリをね、していたんだ。」と言った。

「彼女を見れば見るほど…君を思い出して、苦しかった。彼女を君の代わりにするわけにはいかなかった。だから、逆に彼女がオレを彼の代わりだと思っても不思議じゃない・・・・・。オレは彼女が彼に言って欲しかった言葉をあげていたんだと思う・・・。だって彼女が最初に呼んだ名前は「グレッグ」だったんだから・・・・。」

敦賀さんは、手にしたグラスを机に置いて、ぐいと私を引き寄せて、吐き出すように私に言った。

「彼女が・・・・オレのスケジュールを記者にリークしていたそうだよ・・・・。君が一年で帰ることも全て知っていた。だから、諦めさせようと・・・していたみたいなんだ。ごめん。」

と言った。私は頭を横に振って、彼の胸に顔をうずめた。

「ねぇ、蓮・・?私、この5年ね、本当に死に物狂いであなたに近づこうと努力して努力して、寝る間も惜しんで・・・ここまで来たの。あなたがずっと・・・・最初から今まで一歩前で私の目標になってくれていたから、ずっとここまでやってこれたの。それに蓮に・・・会えたし・・・。私ね、もうずっと長い間・・・・辛い結果を頭に思い浮かべてはコーンに消してもらってきたから、もうコーンに哀しい報告しなくて済むから・・だから、いいの・・・・。もし私が彼女だったらグレッグに復讐していたかもしれないけれどね。結局はみんな・・・・愛し合っていたのに・・・・すれ違ってしまっただけなんだから。・・・・・やっと元に戻ったね・・・・。」

そう苦笑して言って、彼の手を取った。
彼は私の手を握り返してくれて、「そうだね・・・」とだけ言った。


その夜は…辛い哀しい気持ちを抑えるように…きつく抱き合った。