【Cross 23】





敦賀さんと会ってからは特に連絡もなく、こちらも事務所で会えなくて、また変わらない日々が続いた。

「キョーコ、さぁ、いこうか。」

今日はグレッグが例の海岸まで連れて行ってくれる。
私は嬉しくて、手にはめていたクロスをネックレスに変え、仕事以外で初めてしっかりとメイクをして、深い緑のキャミソールと、白いレースの重なったふわふわなスカートをちょっぴりお姫様気分で選んだ。あまりこちらでスカートを履かなかったから、久しぶりのスカート。

それを、グレッグも可愛い、と褒めてくれてにっこりと微笑んでくれた。
なんて、あの人に似ているんだろうと、また思ってしまって、固まった。
グレッグの今日の服は、グレッグが、というより敦賀さんが好きそうなシンプルな格好だったから・・・・余計だと思う。それに・・・・・。

「こら、キョーコ。行こう?」

と額を小突かれて、正気に返った。

「ま、いいけどね、今日はオレをレンだと思ってくれていいよ。レンが好きそうでしょ、この服。あ、髪もスタントの時と同じ色に染めておいたんだけど、どう?似合う?」

と冗談めかして笑った。

「な、なんかね、心臓に悪い、それ・・・・」

私も笑って、そう答えた。

プライベートビーチなだけあって、その一箇所だけは、私たち二人以外誰も居ない。日本では考えられない光景。当たる日差しは柔らかくて、海に入るわけでもなく、ただ二人でそこに座っているだけ。でもそれが忙殺の日々と、人々の目の中で生活を送ってきた私にはとてもありがたかった。

白い砂浜に、深い碧がかった青い海。本当に人魚姫でも居そうな風景に、とても満足した。ビーチに点々と存在する木々の木陰で私達は腰を下ろした。大きなタオルを引いた砂浜に座って、日がなのんびりと海を眺めながら二人でずっとすごした。眩しいね、といってグレッグはグラスをかけてしまったから、その表情がうまく読めなくなった。

海風に煽られて舞い上がった彼の髪が日に透けてとても綺麗で。まるで絵本の中に出てくる王子様のようだと思い直して、また見惚れてしまった。それに気づいた彼が私に、にっこりと微笑みかけてくれる。本当に胸が痛くて、グレッグに手を伸ばしたい衝動に駆られた。でもそれはグレッグにあの人を重ねているだけ。だから、私はまた海に視線を戻した。


しばらくぼうっと二人で眺めていたのだけれど、グレッグが、「内緒話も大声でできるよ」といって、笑った。波の音が心地よくて、つい伸びをして、あくびをしてしまう。

「キョーコ、海は?好き?」
「んーーーー。京都に海は無かったし・・・東京に出てきても仕事ばっかりしていたから・・・・お仕事で海へロケに来た事はあっても、こうやってプライベートで遊びに来たの初めて。」
「へぇ、それは良かった。誘った甲斐があるね。」
「ねぇ、グレッグは・・・ここで育ったの?」
「ん?そう。」
「なんでモデルになろうと思ったの?ロスならハリウッドめざしたっていいじゃない?」

「最初はね、運動神経が良くて、ハリウッドで・・・スタントやっていたんだけどね。危ないからって・・・あの子がモデル、やってみてって言ってくれたんだ。オレならきっとできるって。それに乗せられてね・・・受けに行ってみたんだけど。たまたまアメリカに来ていたローリィ社長に廊下で会ったんだ。社長、会うなり「オレんとこ入れ」って、即決。でもさ、入ってすぐに日本から来たレン・・・オレにそっくりだったから。驚いたよ。ローリィ社長、オレの顔が好きだったんだろうね。そのまま、レンはどんどんビッグになっていったけど、オレは・・・まぁ、キャリアが違うから当然なんだけどさ。1年後辞めたいって社長に言ったら、日本でローリィ社長が絶対だめって言って聞かないってね。辞めさせてくれなかった。それで、ずっと続けてきたんだけど。でもさ、3年続いたら5年はあっという間だったよ。慣れもあって、今はとても仕事をするのが楽しいし。だから、あの時辞めなくて良かった。レンのようにはいかないだろうけど、でも、オレは役者よりもモデルの仕事が好きだからね。ショーに出られるよう頑張るよ。」

「うちの社長が引き止めたのなら、大丈夫よ。あの人見た目も・・・いや、言動も面白い人だけど、人を見る目は絶対だから。」

そう言って、二人で笑った。

「じゃぁ、キョーコは何で・・・?女優になろうと?」

「最初はね、本当に足を踏み入れた動機は不純。16年尽くして尽くした男に振られて。見たでしょう?あの最後の映画。敦賀さんの他にもう一人、いたでしょう、相手役。彼が芸能人だったから、負かしてやろうと思って。LMEなら、彼の事務所に対抗できると思ってね。そこで初めて行った日に敦賀さんに会ったの。それはすごい勢いで睨まれたわ・・・前にも言ったと思うけれど「そんな理由で業界に入るな」ってね。でも何とか私もね、ローリィ社長に拾ってもらえたの。ひょんな事で敦賀さんと共演する機会があって、私本当に彼の演技に翻弄されてしまって・・・彼に追いつきたいと思った。私がね、芸能界で自分の演技を作ろうと思ったのは彼のその演技からだった。それまではただ、TVにさえ写れれば何でもよかったの。それを見抜いていたからこそ、敦賀さんは怒ったんだと・・・思う。それからはね、いっぱい勉強して・・・いっぱい敦賀さんとも共演したよ。・・・懐かしい思い出。でも、彼がそこで怒ってくれなかったら、本気の演技をみせてくれなかったら私、今の女優である自分はなかったと思うから。だからすごく感謝・・・してる。」

「レン、本当に仕事には厳しいって聞くからね・・・。」

「そうね・・・。でもね、私・・・その捨てられた男の事を思っていたら、「愛される心」がよく分からなくなってしまった。それと同時に「傷付くぐらいなら、もう愛すのも愛されるのもいや」ってね。この間・・・見てもらったあの敦賀さんの日本での最後の映画の撮影の時にね、私敦賀さんと最後の2ヵ月半一緒に暮らしていたの。彼ね、私の心がずっとそういう状態なの知ってた。だから、一生懸命に私の心を開こうとしてくれていたのね。でもね、一生懸命、彼に対して膨らんでくるそういう気持ち、否定してた・・・。だって、彼「好きな人がいます」宣言してたんだもの・・・。私ね、酔うと記憶をなくして、本音しか言わないんだって。撮影最後の日、打ち上げで酔ってね、最後、私敦賀さんを呼んでた。ひたすら呼んでたの。いなくなっちゃってからは、もう、死に物狂いで彼に追いつきたいばっかりに仕事と、習い事をこなして・・・。やっと、英語もこなせるようなったし、演技も人並みには、なれたと思った・・・。だからアメリカに来たの。はやく会って、彼にね、「復讐しに来た」って言わないと。」

「えっ「復讐」?「好き」、とかじゃなくて?」


私は苦笑だけして、大きく伸びをした。
そう、といった彼は、夕焼け前まで一度ロッジに休みに帰ろうと言って、立ち上がった。

私はもったいなくて、そのまま居るといって断った。
グレッグは、「すぐに帰ってくるからゆっくりしてて」と言ってくれた。

去った彼の背中を目で追って、また水面に目を戻す。
打ち寄せて返す波と、海鳥の声と、潮騒が気持ちよくて、横になってしばらくして、そのまま寝てしまった。









目が覚めると、グレッグが片膝を抱えて横で本を読んでいた。
見渡すともう既に西陽がかっていた。
この場所で二・三時間ほど寝てしまったみたいで。
私には大きなタオルが掛けてあって、そのままのそり、と身体を起こした。
その、社長が気に入ったという夕日は、本当に綺麗だった。

こんなところを独占できるなんて、なんて素敵なのだろうと思った。
海鳥が啼いて寄せた波の白い泡が、大きな夕日のオレンジ色で、そのあと引いた砂浜もまたオレンジ色で、どこまでも赤とオレンジで染まっていて。
しばらくその様子をぼぅっと眺めて、これ以上に綺麗な風景はないだろうと思ったら、不意に気が緩んだのか、5年過ぎた今になって初めて、今までの事が思い出されて、少し感傷に浸った。

しばらく無心で夕日を眺めていたら元気になって、明日も頑張ろうかな、と思った。

「また、頑張ろうね」

そう見上げたら、グレッグはにっこりと笑顔を浮かべた。

髪がまた潮風に煽られてふわふわと舞って、それがまた夕日のオレンジに染まり、反射して、とてもきれいだった。

「グレッグの髪、綺麗ね。」

髪が日に透けるのもとてもきれいだったけれど、全てがオレンジ色の彼もとても綺麗だった。
そう言った私も同じように、身体も潮風にあおられて舞った髪もオレンジ色に染まっていた。

彼は結局寝てしまった私の横にずっといてくれたのだろう。
本を横において大きく伸びをした。

「ごめんね、ずっと寝ちゃって。」

そう言って、また波の音に聞き入った。彼もその風景に見入っていて。
私と同じように黙っている彼は何を考えているのだろう・・・・。

二度とここには来られないかもしれない・・・。
もったいなくて、ずっと何もかも忘れて見ていたい気分だった。
なぜか暖かいはずのこの風景がとても寂しく感じられて、独り言のようにつぶやいた。

「夕日ってとっても綺麗だけど、寂しいね。」

相変わらず無言のまま、グレッグは私をじっと見ていた。

「グレッグ?」
「夕日は・・・割と好きだよ。あぁごめん・・・君のグレッグじゃぁ・・・ないんだけど。」

と言われた。

「へ?ひゃぁぁぁ・・・・・っ・・・。グレッグだと思って・・・・。ごめんなさいっ・・・・・。」

と一気にのんびりした頭が冴え渡り、背中に冷や汗が流れて、かさかさと後ろ手に下がって離れて謝った。

え?
でもグレッグと同じ服だし、同じカッコ・・・・・・・?

「それ、その悲鳴・・・久しぶりに・・・聞いたよ。」

苦笑する声が聞こえて。

「久しぶり。元気そうだね、最上さん・・・。」

グラスを外した目を見て・・・・・。
その黒い目は。
この5年会いたくて会いたくて・・・・・。

「・・・・な・・んでっ???あれ?グレッグ・・?なんで同じ服着ているんです・・・?」
「やぁ。」
「・・・・・・・・っ・・・・・っえっ・・・えっ・・・・」

声も出ずさらに動けなくなってしまって、先に嗚咽が出た。

「相変わらず泣き虫だね・・・・おいで・・・。」

そう言って、ずっと見たかったふわふわした優しい笑顔で彼は腕を広げてくれた。
また彼の引力に従うようにするすると近寄って、その胸に飛び込んだ。
懐かしい彼の匂いに、ひどく安心を覚えて、嗚咽が止まらない。

「敦賀さんっ・・・・敦賀さんっ・・・・・。」

ただひたすら名前を呼んだ。

彼は私を抱きとめて、そのまま私の髪に手を入れて、引き寄せた。
彼の大きな腕の中で子供のように泣く私の長い髪をゆるりゆるりと弄びながら、苦笑した。

「会いたかったよ・・・・。」

彼は私の耳元で吐き出すように・・・そう言ってくれた。
だから・・・・。

「私っ・・・・会いたくて会いたくて、・・・・・もうどうしたらいいか分からないぐらい・・・・本当に・・・・会いたかったんです・・・。」

そして。

「えっっっえっ・・・・敦賀さん、敦賀さんが・・・どうしようもないくらい・・・好き・・・。」

昔から言いたくてずっと言えなかった言葉をやっと口にできた。

「オレは一度・・・不破に譲ったからね・・・もう譲らないよ・・・・?」

彼は泣きじゃくる私の顔をくぃ、と指で上げて、「あーあ」と苦笑して、涙をぬぐってくれた。

そして。

ぐいっとその大きな両腕で引き寄せられて、唇を重ねられた。

信じられないくらい、優しく優しく触れるキスを、何度も繰り返す。

5年分を確かめるように、私の身体を優しく撫で上げて確かめる。
力が入らなくなって、彼に身体を預けて両腕を彼の首に巻きつけた。

「んぅっ・・・・・んっ・・・・っ。」

貪るように深く舌を絡めとられて、吸われる。
舌の間から音が漏れる事などおかまいなしに、その零れる呼吸も唾液も絡め取るかのようにその舌が深く深く進入してくる。

「やっ・・・・・・・・。」

彼の手がするりと服の間から差し入れられて、私の身体のあちらこちらを微細に撫で上げられた。
彼が私の唇から彼のそれを離すと、耳朶をその舌で撫であげて甘噛みし、その低く艶のある声が耳にすべりこんできて。

「5年も待ったんだ・・・もう待てない。好きだよ・・・。」

そう言って、また深く口付けられて、抱きしめられた。
お互いの熱い吐息が混ざって消えた。


そしてしばらくして・・・・身体を離すと、私はくたりと彼にもたれかかった。
彼はそこに置いてあった箱から、あのティアラを出して乗せてくれた。
私は思い出して、慌てて首につけていたあのネックレスを外して、彼の手首に通した。
目を合わせて二人微笑んで、またキスをした。

5年前私が忘れてしまったあの儀式。
まるで誓いの口付けのようだった。

私がすっかり彼に甘えたになってしまって、敦賀さんの体のあちらこちらを撫で回していたら、両腕で身体を捕まえられて、声がまた耳に滑り込んだ。

「誕生日おめでとう、キョーコちゃん・・・・。」

なんで・・・・?

そして、イリアがしていたもう一つのもの。

銀色の指輪を・・・左手の薬指に・・・つけて・・・くれた。

これもあの時作ってくれていたの・・・?

「敦賀さんっ・・・・・?」
「蓮でいい・・・・。見違えるくらい・・・綺麗になったね。」

低い声が身体中に響いてくすぐったかった。

「好き・・・・蓮・・・・好き・・・・。」

そうして私はまた泣いてしまって、止まらなくなった。
彼はとても優しい笑顔で、優しくずっと私を抱えていてくれた・・・・・。
本当に幸せだった。


そのまま、夕日が水平線に消えかかり、オレンジ色から紫色に変わり、月明かりに変わって、その砂浜の白がいっそう輝いて見えた。

波の音と抱き合った二人の鼓動が混ざり合って一つになった。