【Cross 2】





朝、目が覚めると見慣れない天井に一瞬飛び起きた。
時計を見ると、朝の五時半だった。

昨日から敦賀さんのトコに泊まってるんだった・・・。
気付いたら朝だった・・・・。
このパジャマ・・いつ着たんだっけ?


冷や汗が背中を伝った気がした。一つ息を吐いて、パジャマ姿のままシャワーを浴びに行く。キッチンには、すでに先に起きていた敦賀さんの姿があって、驚いた。

「おはよう・・・ございます、敦賀さん。」

「ん?」と言ってこちらを向いた敦賀さんの表情は、とても優しかった。

「おはよう、早いね。」

「敦賀さんこそ・・・。と言うか・・・あの・・・私、昨日いつ、寝て、いつこれ着たんでしょうか?食事をし始めてしばらくした後の記憶が・・・・その・・・。」

上目遣いに彼を見やると、きゅらきゅらとしたスマイルを浮かべた。

「覚えてないの?ご飯食べてすぐ寝てたよ。着替えたのは自分だよ?オレは君を部屋まで連れて行って、寝かせただけだから。」

記憶をなくした私を責めるような笑顔に、がくりと肩が落ちた。

「ご迷惑を・・・おかけして申しわけ・・・ございません・・・。」
「迷惑だなんて・・・ちょっと暴れたくらいで・・・」

きゅらりとしたスマイルがいっそう眩しかった。


やっぱり・・・。もう平気だと思ったんだけどな・・・。


昔から、ショータローに、「お前は絶対人前で酒を飲むな」と釘を刺されていたのを思い出した。お客様から貰っても未成年だからと言い通して、絶対に口にするなと。飲みたきゃオレの前だけにしろと。お前が飲むと暴れるから・・・と言っていた。やっぱり、少し大人になったとはいえ、体質は変わらなかったらしい。


「どうしたの?最上さん、別にオレは怒ってないよ。いいんじゃない?飲んで・・・普段溜め込んでるストレス、吐き出したほうが君のためだろ。」

あやすような眼差しにいっそう傷つく。

「昔・・・ショータローに釘刺されてたのを忘れていました・・・。」
「不破が?君に?「飲むな」と言ったの?」
「はい、お前は飲むと暴れるから、飲むならオレの前だけにしろ・・と。」

それを聞いた彼は、いっそうきゅらきゅらを連発し、怖くなった私は、シャワーにいそいそと向かった。相当暴れて迷惑をかけたみたい・・・。



敦賀さんは、事務所の先輩で、私の役者としての目標。私がショータローへの復讐の為に芸能界に入った事を怒り、役者としての本質と楽しさを私に教えてくれた人。彼の演技に追いつこうと思っても、演じるという事を知れば知るほど、彼の演技が何処まで奥深いかを目の当たりにして、遠くに行ってしまう気がする。それは社さんや新開監督に言わせると、蓮のすごさが分かるようなら、少しは成長したのだと言う事らしいけれど、少し成長するとまた遠くへ行ってしまい、底なし沼にはまったような気分になる。ぶくぶくぶく・・・と朝から、湯船に浸かって、暗い気分で湯船で気泡をつくってしまう。今ここに『コーン』が欲しくなって、ざばり、と勢いよく湯船を後にした。


勢いよくドアを開けて、また閉めた。

「つーるーがーさーんっ!!!」

彼が洗面台で顔を洗っていたから。幸いにも彼はこちらを向かなかった。

「あぁ・・・ごめん、今どくよ。」

ドアの向こうから何にも無かったかのように、彼が出て行く音がした。

女のニオイがしないからここに置いてもらえるのね・・・。

赤面しながらぶつくさと独り言が出て、それでも、ドアの外に『入浴中』の札を掲げようと固く決心した。数日後、『入浴中』『着替え中』『睡眠中』数々の札を作り、扉のフックに勝手に引っ掛けた。彼の生活感のしない家にはいささか不釣合いな気もしなくも無かったけれど、彼に報告すると、「君が作ったの?」と失笑していた。でも、それに対して何も文句は言わなかった。



そんな何事も無い一週間が過ぎて、能天気な日々に終止符が打たれる日がやってきた。


夜11時を回り、キッチンにいた私は時計を見た。その日は敦賀さんのインタビューのOA で、「確かあの番組はインタビュアの大越さんが知的で素敵なのよね」などと気楽に考えていて、料理を作り終えた私はリビングへ向かい、TVをつけて録画用のDVDをセットした。


「語りの彷徨」というタイトルの番組。その時々の旬の人を取り上げて、その人々の「今」を語らう30分番組。すでに15年以上継続していて、夜の番組としては脅威のロングヒット番組だろう。相手を務めるのは、業界でも唯一無二の知的で落ち着いた雰囲気の大越氏。氏は、自ら俳優をこなす傍ら、こうしたインタビュアーや雑誌のコラム、小説を書くなど、その活動の幅は広く、実年齢より20歳は若いのではないかというその姿に驚嘆を隠せない。何といっても氏の優しく品のある物腰と語り口が、ゲストを饒舌にさせ、毎回ゲストから今まで何処にも話さなかった話を意とも簡単に引き出す。ゲストのファンならずとも、年配の女性は氏を見ているだけでも十分目の保養になる上、若年層はその旬のタレントの裏話を楽しみにしている。

TVから品のいいクラッシックと、海外の風景画とがマッチしたイントロが流れ出した。番組では毎回出演者に合う素敵なセットが組まれ、それもまた視聴者の心を掴んでいる。


今日のセットは少し薄暗いバーカウンターのような造りで、バックにはジャズピアノが流れている。インタビュアーの大越氏に促されるように敦賀さんはカウンターに氏と向かい合うように椅子に腰掛けると、その長い足を組んだ。白いシャツを第二ボタンまであけ、いつものネックレスはそのままに、黒いパンツのシンプルさがまたその高い背に映える。

「お久しぶりですね。」

そう敦賀さんが切り出して、一度立ち、大越氏と握手をした。

「1年ぶり・・・かな?君は・・・年々磨きがかかっていくね。それはドラマや映画で見る演技でもあり、人間的にも・・・だけれど、毎回別れた後、次に会うのが楽しみで仕方がないんだよ。今日はどこまで君に近づけるか、わくわくしていてね。初めてだろう?TVで対面するのは・・・。」
「先生にそこまで言って頂けるなら、僕はもう、この業界安定かな?」

敦賀さんはくすくすといたずらっぽく笑って、大越氏から手渡されたロックグラスを口にした。

「敦賀君、ホント、この雰囲気が似合うね。」

そう声をかけられると、中身をまわして遊んでいたグラスを置いて、その長い指が一度、グラスの腹をなで上げた。

「いえ・・・とんでもないです・・・。でも、飲むのは割りと好きなんですよ。」
「一人で行ったり?」
「そうですね。大体いつも同じ所に一人で行きますよ。」
「へぇ・・・。敦賀君が選ぶ行きつけなんて教えたら、きっと営業ができなくなってしまいそうだね。絶対に、教えては駄目だぞ、敦賀君。」

うなずく代わりにふわりと微笑んだその笑顔に、大越氏も目を細める。

「最近は笑顔も随分と優しくなったね。」
「そう・・・ですか?特に意識はしてないです。」
「そうだね、確かに。僕も笑うとき、無意識だね。」


にこりと笑って、大越氏も目の前のロックグラスに口を付けた。


「ところで」、と大越氏は続けた。

「手前味噌な事なのだけど、僕が久しぶりに書き下ろした、ファンタジーとも恋愛風小説が、なんと今度映画化することになりましてね。主演には、この敦賀君を起用していただける事になった。今日はそれも兼ねて、お越しいただいたのですよね。」
「はい。ぜひ、よろしくお願いします。」
「僕は正直に言って、君に引き受けてもらえて本当に嬉しい。」
「先生に直接お選び頂いたとお聞きしています。とても光栄ですね。」

大越氏がグラスを傾けて、敦賀さんもそれに応えて透明な音が鳴った。

「いやいや、僕は正直なところ、あの小説を書き上げるときに、君が演じたらどうなるだろうと、勝手に想像しながら書き上げたんでね。背が高くて美麗で妖艶なドラキュラ・・・。ね、皆さんも敦賀君で・・・見たいでしょう?」

ほっほっほっ、と氏はカメラ目線で笑う。敦賀さんは、綺麗に微笑んだ。

「だから、君が受けてくれると聞いて、僕は天にも舞い上がる思いで、実は映画用に、小説に入れたかったシーンやら、おまけを書き下ろしていてね。それがまた敦賀君に映えるように作ってあるからね。僕が今一番見てみたいね。君の演じる姿を・・・。」

「ええ、そうですね。僕もどんな出来上がりになるのか、今は台本を読みながらすごく楽しみにしています。ぜひ、撮影中お時間ありましたらお越しください。・・・監督とも旧知の仲とお聞きしました。きっと現場でも意気投合すると思いますよ。」

うんうん、と氏は嬉しそうにうなずいた。



ここで、一度CMが入った。



CMの間に敦賀さんが出演するCMが何本か流れる。ほんっと・・・いつの間にこれをこなしてるんだろう・・・。知らない間に新しくいれかわるCMに、大体敦賀さんはいる。大企業の年間ご指名も少なくない。


そして音楽と共に、再び、薄暗い画面に切り替わった。


「ところで、この番組に来た皆さんに聞いている事なんだけれどね、ありきたりだけれど、今熱中している事は何かな?」
「そうですね・・・演じる事は何処までいっても奥が深くて、虜・・・ですかね。」

それは本当らしかった。言葉を一つ一つ選んで話す敦賀さんの目がとても熱っぽくて、氏もうんうん、と頷いている。

「虜・・・か。今、きっと日本中のこれを見ている女性たちが、溶けているに違いないな。」

いたずらっぽく笑った大越氏に、敦賀さんもいたずらっぽく笑った。

「でも演じる事は本当に難しくて、毎回新たな自分が発見できたりして、勉強になりますよ。」

「数年ほど前になるか・・・DarkMoonも前作をRespectしつつ、新たなものになっていて、大好評だったね。僕も見させてもらったけれど、敦賀君があの役を演じきったとき・・・こうなんというか、年甲斐も無く・・・恋を・・・してみたくなったんだよね。そして日本中の女性がまさに敦賀君に永遠の虜になったわけだけれど。」

大越氏は一つ間を置いて、敦賀さんを見据える。

「あの嘉月の役をやってみて、どうだった?」

試すようなその表情に、敦賀さんも苦笑した。

「それまで軽い恋愛を扱った仕事が大半だったので・・・でも実際、今まで一体、何をしていたのかという位・・・その男の気持ちと役作りに悩んで、もがきましたよ・・・。僕にとっては最高記録のNGもらったんじゃ、ないですかね?」

苦笑して、敦賀さんは大越氏の返事を待つように見据えていた。

「へぇ。敦賀君でもそんな事・・・あるんだね。で、その男の気持ちが分かったのかい?」

「今までの恋愛観とは全く異なった、嘉月の気持ちがうまく表現できなくて・・・。なぜ演じきれないのか、それにすら自分で気付かなかった。嘉月は、一人の女性を心が痛くなる思いで見ていた。嘉月は、一人の女性だけでよかった。何に変えてもその彼女・・・だけでよかったんです。キレイ事だけではすまされない、こう何というかとてもドロドロとした気持ちが分かった瞬間、僕は演じられるかもしれない・・・と思いました。」

ほう・・・と氏は、目を見開いて手をあごにやり、彼の上品な髭を撫でた。敦賀さんは、そのロックグラスを猫の喉をなでるように、指の腹ですりすりとなでた。

「実際どうだった?自分自身の為になったかい?」

「そう・・・ですね。なったと言うか・・・僕は・・・その・・・良くも悪くも女性に対して、博愛主義だったようで・・・。それはとある方にもご指摘いただいていたのですが、それでも役をこなす事は、台本上できると思っていました。そして、僕は今まで、好きになった女性の意思を尊重して、優しく見守ってあげる事が恋愛だと思っていて・・・、女性の気持ちを分かったような気がしていました。でも、そんな、キレイ事なんてどこかに行ってしまうほど、その女性を誰かから奪って、自分の物にしたくなるという衝動というか・・頭で理解しがたいものがあるんだと。僕は嘉月をやる事で、自分の中にそういったドロドロとした気持ちが少しだけ・・・理解できたような気がしますね・・・。」

自嘲気味に苦笑した彼は、照れをかくすようにグラスに口を付けた。

「男性にしろ女性にしろ、そうした激しい感情は恋愛につき物だよ、敦賀君。世には、感情なしの関係も少なくないからね・・・。心は後からついてくると・・・。まぁ、そうして始まる恋も、最終的に「愛し」合えれば・・・いいと思うけれどね。」

「僕は先生の仰るそれに近かったのかもしれない。でも、今までしてきた恋愛を否定するつもりもありません。それはまたいつか役に立つときが来るかもしれませんし。今ようやく気付いたんですけれど。これからどんな未来があるのか、ちょっと楽しみになってます。」




『3分後、敦賀蓮、衝撃の告白』




そうテロップが入って、ここでまたCMが入った。私は動けずソファのクッションを手に取り、抱きしめた。膝と身体前面にそれを挟んで、かがむ様にあごを乗せる。
 
彼が嘉月を演じている最中役に入り込めなくて、相手役をやったときでも、彼はそんなドロドロとした感情を、演技以外には他人に見せることも無かった。そして彼の恋愛観について、聞いたのは初めてだった。

彼はその微笑みに隠して、人に感情を見せなさ過ぎる。実は温和でない面があること、実はとても天使のように優しく微笑む事、実はとても負けず嫌いな事・・・・実はとても・・・。


そんな、彼について思いをはせている間にCMが終わり、また先ほどの薄暗いセットが写った。少しだけ間をおいた大越氏は、「本当はね、この質問にOKが出ているにもかかわらず、君にはするつもりがなかったんだけれどね」と言って、敦賀さんをじっとみつめた。

「君に今・・・俳優「敦賀 蓮」として…というより、一人の男として、とても興味が沸いてしまった。幸いにして君からもOKが出ているので、この業界では暗黙の禁句を言うけれど。」

大越氏は珍しくとても歯切れが悪い切り出し方をして、

「『いい恋愛を・・・していますか?』」

そう・・・・言った。

「はい。」

彼は、戸惑う事も照れる事も無く、強い目で大越氏を見つめ、正直に自分の心を確かめるように一言口にした。

「いい恋を・・・しているようだね。君が配役以外でそんな男の瞳をするとは・・・思わなかったな。君を本気にさせた想い人は、君に愛されて・・・さぞかし幸せだろうね・・・。」

大越氏は、敦賀さんの様子にいたく驚いて、グラスに口を付けてのどを潤していた。

「いえ・・・僕の・・・片恋ですよ。」

敦賀さんは小さく苦笑して、そっと答えていた。

「おや、まだ告げていないと?君は別に嘉月ではないのだから、告げてもいいのじゃないかい?」
「いえ・・・言うつもりは・・・。」
「先ほど君は、奪ってでも自分のモノにしたい気持ちが分かった・・・といっていたけれど?」
「えぇ、頭では・・・そう思っているんですけれどね。今まで言うに言えず、今の状況を甘んじて受け入れてしまって来て・・・これを壊す勇気も無く、実際は、ひどく臆病な自分がいるんです・・・。たまに、そんな自分が嫌になって、先ほどの例のごとく自分の為にモノにしてしまえと頭が訴えるんですけれどね。それは・・・・・・実際・・・・僕の気持ちを押し付けるだけの、一人よがりになってしまいますからね。彼女が幸せであればそれでいいんです。そこに僕が入り込む隙間が・・・今は見えないだけで。いつか入り込める日が見えたら、僕は彼女に愛を告げるかもしれない。こうして僕はキレイ事との間で堂々巡りをしているんです。」

敦賀さんは目を伏せて自嘲気味に笑った。こんな事を言う敦賀さんなんて・・・初めてで。驚いて、どこか苦しくて、動けなくなった。

「いや・・・恋に臆病になる・・・君なんて想像もしなかったから、意外だな。敦賀蓮も、一人の男・・・と言う事で、僕の中では変換されたからいいよ。」

敦賀さんの切ない表情を見て取って、雰囲気を変えようと大越氏はにこりと笑って、「いやいや、君を主人公にまた純愛小説が書きたくなってしまったな」、と一人ごちた。


「敦賀君、・・・愛の種類にはとても数が多い。君の言う博愛も、愛の種類に違いないし、純粋な愛もあれば、盲目的な愛もある。今君が抱えている愛は・・・少なくとも、先ほど君が前の恋愛で経験したという、博愛・・・ではないようだね?」

敦賀さんはにこりと微笑を浮かべるだけで、答えなかった。

「それにしても。世の男性は・・・僕も含めて、敦賀君みたいな素敵な男性には、きっと山ほど女の子がいるにちがいないと、口に出さずとも心の中で思っていると思うけれど。君が、今まで恋愛事でマスコミを賑わせる事が無かったから、この質問はしてはいけないのだと・・・僕の中ではそう理解していた。きっとこれを見ていたら、皆君を見る目が・・・変わるんじゃないかな?」

「そうだと・・・いいですね。」

敦賀さんはまた、苦笑いを浮かべた。

「ここからは、台本に無い、僕の私見になってしまうから、もしかしたら僕はこの番組を降板させられるかもしれないけれど。」

そう言って大越氏は目を伏せた。

「僕は既に君の3倍以上生きてしまったけれど、僕が君ぐらいの年の頃はまだ、そうやすやすと恋だ愛だと口にできず、結婚も望んだようにできるものでは無かった。僕が恋をして、共に生涯を過ごそうと誓い合った彼女は、まぁ色々あっていなくなってしまった。僕は本当に苦しかったよ。でもね、それは僕だけではないから、時代だったのだと、今ではいい思い出と化しているけれどね。だからこそ今の僕がここで君と話ができるしね。」

大越氏はのどを潤すと続けた。

「今はね、願った人と一緒になっても誰も責めないし、自由だからね。だからこそ、君たちは迷う事無く自分の為の幸せを・・・作り出していって欲しいと・・・そう願っている。」

言葉を一つ一つ選ぶようにして話す大越氏に、敦賀さんは目をそらさず見つめていた。

「おっと、ついうっかり久々に本気の恋愛観などを語ってもらったおかげで、僕も話しすぎてしまったかな。台本から外れた話をしたのは・・・10年ぶりかな?いやはや。でも僕、今とっても幸せな気分だから、降板でもいいかな?」

にっこりと綺麗に笑った大越氏は手にした酒に少し酔ったのか、顔を赤らめていて、表情は本当にとても幸せそうだった。

「先生、もし失礼でなかったらそのお話にご質問をさせていただいてもいいですか?」
「おお、じゃぁ敦賀君も、あとで一緒に怒られような。それは心強い。」
 
そう言って、右目でウインクを作る大越氏につられて、珍しく声を出して笑った。

「先生の言われる「幸せ」って・・・どういうものですか?」
「そうだね・・心がほんわかとして・・自分のためと言えば自分のためだしなぁ。人が幸せそうにしていても僕も幸せだし。うーん・・・敦賀君、君…単純で難しい命題を振ったね?」
「良かった、難しい命題で・・・。」

敦賀さんは綺麗な微笑を浮かべた。

「分かった、次に会うまでの宿題とさせて下さい。」

大越氏は敦賀さんに向かって深々と頭を下げた。

「先生っ・・・?」

さすがに業界一の大御所が頭を下げたので、敦賀さんも「お願いします」と苦笑して頭を下げた。

「では、最後に。君は・・・今、『幸せ』かい?」

「ある意味・・・とても幸せですよ。こんなに幸せでこんなに苦しいなら、いっそのこと、気付かなければよかったとも思ってしまいますね・・・・くすくす。もしこのまま告げる事無かったらいつか、先生が仰ったように、思い出として納得できるようになるんでしょうか?」

「いやいや、敦賀君。思い出にするには君は若すぎる。いいかい?自分の心の赴くままに動く事は決して悪いことじゃない。結果失敗して傷付くこともあるだろうが、自分で少なくとも納得がいく。一番いけないのは、あの時もし・・・という後悔だからね。君の言う彼女が今、これを見ながら死んでしまったとしよう。君はどう?後悔は無いかい?もっと素直になって、抱きしめておけばよかったと・・・思わないのかい?失敗から生まれる反省はいい。後悔から生まれる反省は・・・できるだけない、後悔しない人生を送りなさい。」

「はい。」

敦賀さんは微笑して立ち上がり、氏に握手を求めた。

「今日は貴重なお時間、楽しかったです。ありがとうございました。」
「敦賀君、僕もだよ。またぜひ会っておくれよ。その時には僕なりの幸せの定義をよく考えておくから。」

そうしてCMに入り、私はずっと固まったまま、最後の大越氏のコメントを待った。

「さて、僕の独り言のコーナーですが。幸いに、僕と敦賀君は、怒られなくて済みました。それにしても今日は・・とても収穫が多くて、僕は嬉しかったです。視聴者の皆さんも同じじゃぁないですかね?今度、サシで敦賀君と、彼の行きつけのお店に行く事になりました。今日の話の続きを根掘り葉掘り聞きたいですね。皆さんも聞きたいでしょ?でも内緒です。これを世間では『職権乱用』というそうです。では、また来週。」


スタジオのスタッフの失笑と共に番組が終了した。


私はぼんやりとTVの画面が変わっていくのを眺めていた。それまであまりに瞬きも忘れてみていたのか、目が乾いて痛かった。目も痛かったけど・・・なぜか私は心も重かった。
二人が話す愛と幸せの話は、自分には遠すぎるからかもしれないし、彼の恋の話を・・・彼のひた隠した激しさを垣間見たからかもしれなかったけれど、やっぱり、よく考えられなかった。


「・・・・愛してるよ・・・・」
「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁっ。」

不意に、吐息と共に低くつやのある声が耳をくすぐって、私は思わず変な悲鳴を上げた。
振り向くと身を折るようにして、敦賀さんが笑いを堪えながら顔を私の横に並べていた。

「変な台詞、耳元で言わないで下さい・・・。」

私は可笑しな考え事をしていた自分を振り払うようにして、敦賀さんをにらんだ。

「いや、あまりにオレのインタビューに集中して見ていたみたいだから・・・オレが実は最初のほうから居たの、気付いてなかったでしょ。」
「そこに・・・ずっと・・・・いたんですか?」
「うん。」

彼は似非笑顔を浮かべて、楽しそうにしていた。はぁぁぁぁ、と長いため息を私はついた。なぜかさっきから火照ったままの頬を隠すようにして、彼の横をすり抜けた。

「あ、これ。」
「?」
「これからのオレの受難に社長が前祝をくれたんだ。」

金色の包みの中に琥珀色の高そうなシャンパンのボトルが入っていた。

「・・・シャンパン・・・?私、暴れますよ・・・。」
「大丈夫だよ。・・・君はオレの前ではそんなに暴れないから。すぐに寝ちゃうし。」
「はぁ、分かりました・・・・・。」

もはや私は何も言えず、キッチンへ向かった。





「敦賀さん・・・・・あのぅ・・・さっきの・・・TV・・・・」
「あぁ、あれ?いいんだよ、社長にもちゃんとOKもらったし。」
「そういうことを・・・・言っているんではなくって・・・天下の敦賀さんがですよ?いいんですか?先週私が、せっかく新聞に書きたてられたら大変って言ったばっかりなのに・・・。」
「うん。だって、社長は前からオレのゴシップ望んでたし。」
「敦賀さんは?」
「別に・・・嘘ついても・・・ねぇ。どうせ相手には言わないんだから、いいじゃない。ホントの事言ってみても。」

けろりと言われて、もう反論する気も無くなって、黙った。

「だって、あの放送の事があったから、君に…社長が頼んだようなものだし?」
「なぜです?」
「だってオレ・・・これから多分仕事場以外、コンビニにも寄れない生活が始まるんだもん。もう既に、マンションの外は報道陣でいっぱいみたい。さっき社さんから、会社側にもすごいって連絡があったんだ。ってことはだよ、オレは飢え死にするしかない。でも、次の例の映画・・・もうちょっと筋肉つけなきゃいけない役なんだよね・・・。ね、最上さん、適役。」

そうですね、と明らかに語尾を強めて返事をした。どうも自分がはめられた気分に陥り、食事を進める彼をじっと見ていた。私は、食事を作りながら、早い時間に済ませてある。

「敦賀さん、遅い時間に食べてばかりで、よく・・・太らないですね。」
「あぁ、オレ太れない体質なの。いいでしょ?だから、筋肉つけたら実は落としたくないんだよねぇ・・・。意外と苦労するんだよ?太れないって。」

敦賀さんの笑顔が厭味満点の大魔王スマイルに見えて、飲んで寝てやる、と未成年が言ってはならない言葉を口にして、口をつけていなかったシャンパングラスを一気に空けた。



2006.09.12 第一次推敲