【Cross 19】







今日私のために組まれたセットは、どこか見覚えのあるものだった。


―――――あぁ、これはあの時の、最後の打ち上げの・・・・第六スタジオと同じ。


大越先生らしい、はからいだった。

午後の収録前のミーティングが終わると、二人きりにして欲しい、と先生は言った。
そして、内緒話を始めた。

先生は、5年前敦賀さんにインタビューをしたあと、本当にサシで飲みに行ったらしかった。

そこで、私が相手だと「確信」をしたんだと、教えてくれた。

もともと、先生は、とある局で私と敦賀さんが話しているのを見かけられたそうだ。そこで、敦賀さんに妙な感じを覚えて、私が気になったんだと言っていた。敦賀さんが、他の女優を相手にするのとは違う、何かを感じたのだという。

年の功だ、と笑っていらしたけれど・・・。だから、あの映画の相手役に私を選んでみた、と言う。そして、ノアをショータローにしたのは、私がまだかけだしだった分、ショータローのP.Vで私との掛け合いを見た宣伝部が譲らなかったらしい。特に私との何かを知っていたとかそういうことでもなく、偶然だったようだ。先生は、別にノア役をやらせたい役者さんがいたらしいのだが、結果そうしておいて、本当に良かったとおっしゃっていた。

だから、あの打ち上げの日、私が酔って敦賀さんに甘えたになってしまった時、先生はすぐに気付いて、監督と社長達をあそこに引っ張ってきてくれたのだという。

先生は、敦賀さんからアメリカ行きを聞いていたそうだ。

あの時、庇うように立ってくれていたのは、私たちを・・・誰の邪魔もさせたくなかったと言っていた。「良くも悪くも・・・・君も彼も、何でもすぐ我慢するからね・・・ギリギリまで行かなければ本音一つ出さん」と、ふくれた。


そして先生は、「敦賀君が本当に優しい目をしているのを見て、あの時番組でもらった敦賀くんからの宿題の答えが少し見えたよ」と言っていた。「監督は、さすがにあそこまで敦賀君の顔が素じゃ、使えないって・・・言ったんだけどね。僕が無理を承知で頼み込んで、DVDにだけ入れてもらったんだ。ちなみにパンフレットの隅に一カット入れてもらったのはただの意地。」といって、笑っていらした。


私が「実は私、会いたくて寂しさに負けてしまうから、あの映画はこの5年の間一度も見ていないんです」と言ったら、先生は「アメリカに行く前に一度見ておきなさい、もう迷わないようにね」、と頭をなでてくれた。この5年、絶対に泣かないと決めたのに・・・嬉しくて泣いてしまって、先生は、「よく頑張ったね」と言ってくれた。


今日はこの撮りのあと、先生や社長、旧知の仲の皆が、パーティをしてくれることになった。場所は元々敦賀さんのものだったマンション・・・それを言い出したのは社さんだった。

結局、敦賀さんから来た手紙にはあのマンションを「好きに処分して」と書かれていたらしい。私が出てしまってずっとほったらかしだったのだから当然。ただ、アメリカに行く前に既に敦賀さんの名義から会社の名義に変わっていたらしい。でも社長は、「今でも君のものだよ・・・楽しく使ってあげて」と言ってくれて、リビングだけ、私の友達や本当に仲のいい芸能人仲間でパーティをする場所にしていた。もともと敦賀さんの家だったという事は内緒で。あそこにいけば、敦賀さんはいないけれど、一緒に楽しんでいる気がして、ただそれがしたいがために、たまにあの場を借りている。別に敦賀さん・・・生きてるんだけどね。

ところで。

結局泣いたので、リコさんにお願いして、またメイクのやり直しになってしまった。リコさんは、あの映画の後、社長が私専属にしてくれた。東京にいるときはいつでもリコさんに会えるから、この5年いつもとても心強かった。リコさんの前向きで嘘の無い言葉は信頼するに値するし、全てが裏取りでできているこの業界では、心のオアシスだった。姉のような存在で、実際姉がいたらそれよりもきっと仲がいいと思う。

「リコさーん。ごめんなさぁぁぁい。」
「んもう!せっかくの私の傑作が台無しじゃない!」
「だからー謝っているんですけどぉ。」
「いいわよ、もうあなたのこの長くてさらさらで・・・さわり心地良い髪に触れるのももうちょっとなんだから・・・。」
そう言われて、寂しくなってまた私は泣いてしまって、リコさんに怒られた。
「こら、泣き虫!」
そう言われて、そうだ、と思って本当に久しぶりに敦賀さんの家以外で『コーン』を取り出した。
「何?それ。」
「私のお守りなんです。昔泣き虫だったんですけどね、泣かない様にってもらったんですよ。」
「へぇぇ。いいわねぇ。でも泣き虫なのは別に今も変わらないじゃない。」

リコさんはそう言って、メイクさんとしてのまじめな顔に戻って私の目をアイシングし始めた。

私は心の中でコーンに、大好きなリコさんの報告して、大人しくなった。







「では、今日も30分間「語りの彷徨」へのお付き合いよろしくおねがいします。」

先生と握手をして、私はあの懐かしいも切ない、薄暗い壁際にセットされたソファに腰をかけた。

もちろんお願いしたのはウーロン茶。先生はまたロックグラスだった。

「京子さんには、5年前、僕の作品の映画に敦賀君と不破君とで出てもらってからお付き合いを頂いて・・・いまでは本当に家族ぐるみだね。」
「本当に・・・・良くしていただいて・・・・。今回休養しようと思ったことを最初にご相談させていただきまして・・・・ありがとうございました。」
「いやいや、僕にも同じぐらいの孫が何人もいるだろう?だから、一人ぐらい増えても変わらんよ。」
笑って、髭を撫でた。
「あの映画で君が・・・とても可愛くて、僕は本当に君のファンになってしまったんだよ。」
「えっ・・・・そうだったんですか・・・?!初めてお聞きしました。」
「京子さんはとても照れ屋さんだからねぇ・・・僕もだけどねぇ・・・。」

ほっほっほっと照れながら笑った。

「僕ね、あの映画は、本当に好きでね・・・・。今でもよく見るんだよ。DVDに入れてもらった、皆が楽しんでいる打ち上げの様子とね、最後の最後のシーンが大好きで大好きで・・・だから今日のセットもこれにしてもらったんだよ。覚えているかい?」
「懐かしい・・・・本当に懐かしいですね・・・。撮影中の…楽しかった時を思い出します。」

私は苦笑した。先生は目を細めて遠くを見るように、懐かしむようにしていた。

「おかげで、僕の作品の映画化、増えて増えて。」
「私だけじゃなくて・・・不破君もいたし、敦賀さんも…いらっしゃいましたので・・・。」
「いやいや、男はいいんだよ、男はっ。」

真剣に言うので、おもわず声を上げて笑ってしまった。

「さて、ところで。いつものご質問だけど。今熱中していることは?」
「お仕事・・・はどれも楽しいんですけれど・・・。やっぱり「女優」が一番好きです。」
「そうだろうね。でも、一番の理由は?」
「演じている間は・・・・・その間だけは、その役になりきれて、自分を忘れて、色々な人物になっていられるからでしょうか?」
「ほう?」

先生は髭に手をやって私の目を覗き込む。

「今は演じていると、沢山の人の生い立ちから性格まで考えられるので、そういう意味で楽しいんですよ、人間分析。現実世界でも、人との付き合いが面白くなりました。」

一呼吸置いて、しっかりと先生を見た。
私の本当を・・・話そうと、今日は決めてきた。

「でも昔芸能界に入った頃は少し違いました。ちょっとだけ話が反れますが・・・・私小さい頃シンデレラのお話が大好きで。なりたかったんです。子供心に、大きくなったら王子様が来てくれて、めでたしめでたし。努力したら、頑張ったら、何か良い事があると思っていました。」
「確かに、努力すれば、いいことは沢山あるね。」
「でも・・・・とても辛い事があって、努力だけではどうにもできない事もあるんだと・・・思ったんです。」
「続きを・・・・・聞いてもいいのかな?」

先生は髭に手を置いたまま、ちらりと視線をよこした。

「ええ。今日は先生に今までお話できなかったことをお話しようと思ってきていますから・・・。台本から外れちゃいますけど。」

と逆に上目遣いに先生を見た。

「おお!台本から外れるか。5年ぶりだね。」

嬉しそうに目を輝かせて先生は、ぽんっと手を叩いた。

「ええ、5年前も・・・見させていただいていましたよ・・・。」
「ふふふ。」

先生は分かっていたように、意味深に笑った。

「で、私は努力をしても、しても、人の心は・・・手に入れられないと・・・・思っていました。自分が愛しても、どんなに愛しつくしても、愛されない・・・と。」

がんばっても手に入れられなかった気がしていたショータローと母の心。

「なるほど?」

「でも演じていれば、その役になっていれば、その時だけは、その人物になって・・・愛し愛される役ができる・・・。その間だけは私はシンデレラになれる。すごい刹那的。よく考えたら、私一生懸命「誰かに」「愛して」欲しかったんですよ。愛し方も愛され方も良く分からず、怖かったんですね。だから、最初今の事務所では「LoveMe部」という所に所属になりました・・・・。そこで今では私のトレードマークになったピンクの作業着を戴いたので、感謝しておりますが・・・。本当は、誰かに愛して育ててもらわなければ、子供の私は大きくならないわけで・・・。その手がなかったらそこに立っていられないはずなのに。だから、本当は誰かの愛を得て生きていたんだと・・・分かりました。で。それに気付いてからは、逆に人を愛するのが怖くなくなりました。友達や先輩や後輩やファンの皆さんや、近所の子供達とか・・・愛して愛して、愛して、見返りがあろうと無かろうと、誰かを愛する事が、実はとても楽しい事なんだと・・・・。私が今この場にいられるのは、私一人でできているわけではなくて、スタッフさんの努力があっての事で…と思いを相手に馳せれば本当に誰でも好きなれてしまう。でもそれは、「博愛」の方ですね。」

「昔・・・その話で・・・盛り上がった人がいたなぁ。」

苦笑する先生に、微笑だけを返して、答えなかった。

「それでも、まだ・・・・愛するのが怖い・・・と思うこともありますけどね。」
「恋愛かい?」

先生の目は優しかった。

「はい。やっぱりとても臆病に・・・なります。」
「それは・・・誰でもそうだねぇ。」
「・・・・・・・・。とっても昔。私がとてもとても尊敬していた人が・・・いたんですけどね。その人、本当に自分の事あまり考えない人で。いっつも人のことばっかり考えていました。私が、先ほどお話させていただいたように、「愛されること」が良く分からなかったとき、その人は本当に私のことを「愛して」くれていました。新人だった私を正面から怒って、ほめて、育ててくれて・・・・・そして、心から愛してくれていました・・・。その人は見返りを全く期待していなかった。私が幸せであれば・・・と。私はそれに気付けなくて、傷つけて・・・・・・。最後まで私の心配ばかりして、私の前から消えてしまいました。私・・・本当になくなってから気づく事が、どんなに苦しいかを知りました。だからもう後悔したくなくて。今まで突っ走ってきましたけれど、そろそろ「自分」を一度愛してあげようかな、と思って、今回休養させていただく事に・・・したんです。」

「・・・・会いに・・・・行くんだね。」
「えぇ・・・。少しは近づけたかなと思うまでに、5年もかかってしまいました。」

「辛い結果になってもいいの?」
「はい・・・・。元々、私の前から居なくなってから一度も会っていませんし、連絡も取っていません。立つ位置も考え方も、何もかも変わっているでしょうね。でも・・・後悔したままだと・・・すっきりしないですし。今度は私がぶつかってみます。その結果が・・・多分辛い結果・・・かもしれないでしょうけど。でも、これでようやく一歩先に・・・進みますから。」

「君がこの業界からいなくなるのは・・・・僕・・・とても寂しいですけどね。」
「そんな。ちょっとしたらまた戻りますから。女優業は一生続けていきたいですね。最後、しわしわのおばあちゃん役で、縁側でいいですから。」

「なら良かった。僕は次の作品、主役は君を頭に浮かべて・・・作るつもりだから、早く・・・戻ってきておくれよ?」
「ホントですかっ???」

「おう、男の約束だぞ。だから、君も・・・頑張って一歩先を見つけておいで。」

ここで、一度カットが入った。

気を抜いたら、また涙が出そうになって、先生がおやおや、と頭を撫でてくれて、私は一生懸命我慢した。

リコさんが寄ってくれて、「泣くんじゃない!私の傑作・・・また無駄にするな。」と怒りながらリップを塗ってくれた。

そして再び0カウントが入った。

「ところで、ここで視聴者の皆様にも伝えておきたい事が。これは、私が彼女を孫のように可愛がってしまっているので、正直な所今、また台本から外れて無理やり入れてもらった・・・私情トークです。・・・・先ほどの話で分かったように、彼女は基本的に、世間で言われているように不破君との別れが原因で、休養になったわけではないんですよ。彼…不破君は、実はね。彼女の幼馴染として、一生懸命、駆け出しだった彼女に対する誹謗中傷から守ってくれていたんですよ。いや、あの、お付き合いがあったのか無かったのかまでは知りませんけどね。・・・彼は元気?」

「あぁ・・・ショータロー・・・っと・・・彼は、とても元気ですよ。あぁっ多分、放送後に怒られます・・・。彼、本名を呼ばれることとっても恥ずかしがっていましてね・・・ふふふ。あっ、一つ復讐終了だわ・・・勝手にパパになっちゃったから。・・・っと独り言です。失礼しました。そうそう、彼は、もう、既に本当に親ばかですよ・・・。信じられないですよね?」

一呼吸置いて、先生にはっきりと言った。

「それと、はっきりしておきたいのですが、彼とは一度もお付き合いしてなかったんですよ。私も彼も「幼馴染」と「いいお友達」としか言いませんでした・・。思い違いをしていただいた事は、申し訳なくも感謝しております。だから、今の・・・奥様には、報道等で心苦しい思いを沢山されたと思います。お会いしたときは笑っていらしたけれど、自分だったらやっぱり・・・あること無いこと書かれていたらいやですから・・・。」

先生は、うんうん、そうかそうか、と言って、グラスを口にした。

「やっぱり。そうだと思っていたんだ。いやいや、でも本当に兄妹のように仲がいいよねぇ。あの映画のあと二人には違う作品でも共演してもらったけれど、撮影現場は二人がいると本当に笑いが耐えない。僕それも題材に作品にしようかと思うぐらいで・・・。帰ってきたら、彼と、コンビ組まない?」

「えぇ?!天敵なんですよ?!ずっと一緒に育ったせいで、ただ良く知っているというか、情報が他の人よりも多いだけです!・・・・っと。だから、ホント、彼のファンの皆様には色々ご心配おかけして申し訳ないことをしてしまったのですが、私も彼も・・・守らなければならない人がいて、一生懸命だったというコトで・・・。本当に方々にご迷惑をおかけして・・・・すみません。」

「放送翌日から、君も彼も大変だねぇ・・・。」

「彼のほうはいいですよ、幸せパパなんですもん。私、まだ独り身なんで・・・私のほうは・・・・お手柔らかに・・・・。」

私も先生も笑った。

実は私は放送翌日には実はもうアメリカにいるので、全てショータローに押し付けてしまえるのだった。

「じゃぁ、最後に。5年前も・・・最後の締めに使ったんだけどね。君は今・・・幸せかい?」
「はい。とても・・・・。もし一歩進んだ先が希望通りにいってもいかなくても、この先、私はまた誰かを愛して愛される事ができますから。そういう風に、その人が身をもって教えてくれたんです。」

「良かった。君が強い子で。」
「もう昔っから、すっごい泣き虫で、もう今でも困ってます。ふふ。」

「じゃぁ、・・・君の幸せを願っているよ。今日はありがとう。」
「ありがとうございました。先生もお身体お大事にされてくださいね。あぁ、とても・・・すっきりしました。ふふ。」

「そうだった、台本外だったんだ・・・あとで一緒に怒られようね。」
「はい。」

そう言って最後にまた握手をして、収録は終了した。
昔を思い出して可笑しかった。



あとで社さんがアメリカに送ってくれたDVDで、収録後の先生のコメントを見た。

『はい、今日もおつきあいありがとうございました。彼女、いいでしょ?とてもひたむきなところが評価されているけれど、実はとても苦労人。彼女のじじとしては、本当に幸せになって欲しいですね。僕は、彼女なら、必ず成功してまた僕の前に帰ってきてくれると信じています。僕は彼女の目的人物、実は知っています。僕はね、その人とも仲良しなんですよ。教えてほしいでしょ?驚きますから、多分。一緒にまた二人で来てほしいぐらいです。ところで、・・・今日も、5年前と変わらず、怒られませんでしたよ。もう、台本無いほうが実は色々聞きだせるんじゃないかな?なんてね、あ、スタッフさんごめんなさい。では、また来週。』



優しくて暖かい先生を本当の祖父のように慕っている。
父親の記憶がない分本当に大好きで、いつまでもそばに居たい人の一人で。

貰ったDVDをアメリカで一人見ていて、また涙が出た。