【Cross 16】




あれから二年が過ぎようとしている。女優「京子」は、不破君と清い交際を続けている事になっている。

キョーコちゃんは、あのあとすぐに、何も無かったように復帰し、「トレードマークですから」と、今この時期にもかかわらずピンクのツナギを着た。マスコミに囲まれる事もあったが、不破君の言うことに素直に従った。彼女は「女優」の顔で、マスコミのカメラの前で、きれいに笑顔で自分の感情を殺し、逆にマスコミを利用する事にしたようだ。それも相まって、マスコミは不破君とキョーコちゃんは「そっとしておいてあげよう」などと、勝手で自分よがりな「親切」をこぞって書きたてた。それは、彼女に幸いした。

俺には、「あいつの名前で売れたと思われるのは絶対にいや」と言って、取れる仕事はどんな仕事だろうと全部取った。彼女の飾らない性格と、一生懸命さが、スタッフに気に入られ、どんどん仕事が入った。最初は「不破の彼女?」という目で見ていた世間も、女優「京子」を認めた。蓮も元々その実力は認めていたのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。そうして、キョーコちゃんは、自分の地位を一気に上げた。

女優でタレントで、飾らない言葉がコメンテーターとして引っ張られ、教育番組にも出られるようになった「京子」は、その忙しい中今でも、どんな小さい仕事だろうと、地方だろうと、睡眠時間が移動中になろうと一切、仕事の選り好みはしない。彼女いわく、「咲いているうちが花」だそうだ。だからオレのマネージングは蓮以上に忙しくなった。蓮はどちらかというと大きな仕事も沢山入っていたから、忙しいなりにもそれなりにスケジュール間が大きく取れていた。

今はラブミー部を卒業した彼女は、ピンクのツナギを教育番組に出るときぐらいしか着なくなったが、彼女は「基本ですから」と、大事そうにいつも部屋に飾っている。

結局彼女はしばらく蓮のマンションにいたのだが、自立できるようになると、そこを出てしまった。それでも、週に一度あるかないかのオフの日の前日に必ずそのマンションに行って泊まり込み、掃除をかかさないようだ。預かったのだから手入れをしてあげないと家が荒れる、と言って笑う彼女を見るたびにオレはとても切なくなる。


オレはこの二年、蓮と手紙だけだが連絡はやりとりしている。マネージャーがまるでキョーコちゃんのような子で、いじっていて面白いとあった。元気にやっているようだ。彼はどちらかというと最初は、モデルとして、一世を風靡したようだ。東洋の神秘的な雰囲気と、東洋人離れしたタッパ、甘い顔立ちと外国では逆にその黒髪がいいらしい。少したくましくなった気がする。そして完璧な英語と紳士な雰囲気が英語圏の人の心を鷲掴みにしたようだ。元々役者としての実力もあったためか、最近はハリウッドも一目置いたようだ。配役も準主役級まで演じるようになり、アカデミーでもノミネートされるようになった。役者としてもさらに大人物になってしまったようだ。日本でもそれが公開されて、敦賀蓮ブームが逆輸入的に再過熱している。

彼女は結局蓮を忘れられない。蓮がいなくなってから、彼女は蓮の事を口にする事はなかったし、一切仕事でどんなに辛くとも涙を流さなかった。だからせめて連絡先を教えない代わりに、海外から送られて来る彼が出ている映画やドラマ、写真集から雑誌まで、手紙以外の全てを彼女にあげている。彼女もそれを楽しみにしているようだったが、毎回どこか寂しそうな顔をする。いっその事もう渡さない方が、彼女のためにいいのだろうか?

そして彼女はこの二年忙しい仕事の合間を縫って、「敦賀さんに近づくため」と言って、LMEの外人タレント部門に通っている。そこに行けば、タダで生の外国語を早く覚えられるし、番組で外タレさんと一緒になったらそれはそれでやりやすい、という。移動中に教育番組の語学番組をいくつか聴いて、自分が教育番組収録日には、語学番組の先生が収録でいれば捕まえて、分からないところを聞く。おかげで彼女は英語をほぼマスターして、最近ではイタリア語もいいなとか言っていた。おかげで子供向けの語学番組と今出ている子供向け番組がコラボして、彼女がピンで出る新しい番組ができたくらいだ。そしてさらに、舞台や演技に役立つといって、養成所で習っただけでは足りないと、舞踊・華道・バレエ・ステップやウオーキング、マナー講座に至るまで完璧にこなした。立ち居振る舞いの優雅さが足りないと言われれば先生に付き、その他演出家の先生が勧めれば何でも本格的に習いに行った。一体彼女はいつ寝ているのかというぐらいに元気だ。

そのバイタリティーがすべて蓮への思いなのだとしたら、その結末はどうなるのだろう。彼女は女優「京子」のためだけなのだという。彼女は不破君へ復讐をすると言ったときも、不破君の事になると周りが見えなくなっていたようだったが、今度は蓮に復讐でもするつもりだろうか?多分いつか近い将来、彼女がアメリカへ行く日がくるのだろう。オレはそれが分かっているから――蓮の時もそうだったけれど――また大事な子が近くからいなくなると思うと、それがとても寂しくて仕方がない。

例の映画は、蓮の日本での最後の作品であり、不破君の初映画ということ、その後の京子人気も重なって、興行成績はとても良く、大越先生も監督も手放しで喜んだ。

試写会での舞台挨拶で蓮はビデオレターという形で出席し、代わりに彼女と不破君が出席をして、その後のマスコミのインタビューブースでは建前上付き合っている事になっている二人が、並んで挨拶をするという、彼らには地獄のような仕事が待っていて、見ている俺はとても胃が痛かった。

そして、あのエンディングロールの画は、DVDの特典ということになった。名前が綱なるところで打ち上げのあの楽しい雰囲気の皆の仮装した風景が入れられて、社長の妙に煌びやかな衣装が、出演者よりも印象的だった。キョーコちゃんがあちこちキスしているところや、皆が楽しそうに乾杯しているシーンなどが入り、蓮はほとんど写っていなかった。そして例の、蓮とキョーコちゃんの画は、最後の最後、エンディングロールが終了してさらに数分後、昔の映画のようなセピア色の、チリチリとした風に加工されることで、入れられた。気づかない人は多分一生気づかないだろうと思う。

その中の一画だった蓮とキョーコちゃんが額をあわせて笑いあっている様子が、パンフレットの一番最後のページに小さく入れられた。それだけはなぜか大越先生が譲らなかった。

キョーコちゃんは、恥ずかしいから映画もDVDも絶対見ないと言い張っていた。見たらきっと彼女は心の中で張った糸が切れてしまうのが怖いのだろう。きっと泣いて崩れてしまう。だから試写会も挨拶だけ済ますとすぐに帰り、スタッフの完成試写にも一切欠席した。

それは不破君も一緒だった。不破君は多分、キョーコちゃんを捨てた後、とても後悔したのだろうと思う。実際自分で自分の気持ちに気付いていなかったのだろうから。映画を通して蓮に対してもキョーコちゃんに対しても本気だったのが分かった。彼もとても不器用な奴なのだと理解した。

オレは、卑怯だと思ったが、例の映画のDVDと、彼女にもあげた例の打ち上げ風景のDVDと、その後のマスコミ騒動の記事と顛末を記した手紙を・・・迷ったが、しばらく前に送った。もしかしたら彼が帰ってくるかもしれないという、一抹の期待をして。

でも、その事に関してその後一切触れる事はなかった。
彼は彼女の事をもう忘れたのだろうか。

できるだけこちらも彼女のドラマと映画ぐらいは送ってあげているのだが、はっきりいって、反応が無い。オレも意地になっているところはあるのだが、なぜ愛し合っている二人がわざわざ違う地で、それを隠すように生きなきゃいけないのだろうか。

そして。オレは、彼女に一つ、言っていない事がある。とても、口にできなかった。

それは、彼女が打ち上げで寝てしまったあと。

蓮が彼女を抱き上げて、オレに最後に言った言葉。


「今夜彼女を抱いて、忘れます。」


蓮は打ち上げのとき、手にした酒を一切口にしなかった。
忘れないために。
そして、楽しそうにしていた彼女をずっと・・・最後の思い出にするためだろう・・・目で追っていた。


なのに・・・・抑止は決壊した。



蓮がアメリカに飛んだ日、彼女を抱きとめて見えた、首筋の後ろ側から背中にかけてのおびただしい数の赤い印をみつけて、蓮の気持ちを思って、オレはひどく苦しかった。

そして、蓮はわざと彼女が見えない位置にそれをつけた。
覚えていないであろう彼女の事まで考えて・・・・・。

そしてオレはその首筋を見せたくなくて、映画撮影直後、取材も後にしてほしいと一切断った。

二週間もすれば消える・・・。

そしてあのDVDを不破君と持っていった日。

それはもう消えていた。
そして彼女はやはり・・・・首を振った。


まだまだ彼女に言えていない事がある。だから、オレは今でもとても苦しい。



蓮もキョーコちゃんも大事で大事でしょうがないから・・・・・。







抑止の決壊。


その言葉が本誌でもキーワードになったので非常に驚きましたよね・・・(^_^;)。
いつ見られるんでしょうか、蓮様の決壊(笑)。