【Cross 14】




私が目覚めたときはひどい頭痛と身体中の痛みで、吐き気がした。
喉もかれていて、ぼんやりと周りを見やる。
 
いつものベッドの上。
昨日着ていた桜貝色のドレスは壁にかけてあって、私はスリップとショーツを着ているだけで他は何も着ていなかった。
ブラすらしていない。
酔いすぎていたから、締め付けるものを全部取ってくれたのだろう・・・。


脱がしてくれたであろう敦賀さんにお礼と文句を言おうと、身体を起こした。


うぁぁぁ・・・目が回る・・・頭いたい・・・気持ち悪いし、身体はひどく重いし痛い・・・・。


これがいわゆる二日酔い・・・というものなのだろう。

多分私は打ち上げで、お腹がすいていたのに、シャンパンをぐいぐい飲んで、その後、ショータローが持っていたのを取り上げて更に飲んでしまった気がするから、一気に酔いが回ったのだろう。

目に入った時計はもう午後の三時を過ぎていて、私は今日がオフで良かったと心底思った。スリップ姿のままでは出て行けないと・・・思って、部屋着を手にした。

敦賀さんの寝室の前まで行くと、多忙な彼は当たり前のごとくその姿は無く、この家の何処にもその姿は無かった。

私は敦賀さんのミネラルウオーターをもらって、リビングへ向かう。
TVをつけると、ぱっと写ったのは、午後のワイドショーだろう、敦賀さんだった。

あ、あれ敦賀さんのお気に入りの服・・・・。

そんな事をぼやぼやとした頭で思って、聞き流していた。
いつもの追っかけだと・・・思った。



・・・・・のに、レポーターが、「敦賀さん、なぜ急に?」という声を聞いて、振り向いた。
彼の手には大きなトランクとバッグ。横には社さんが居た。どうもそこは空港・・・のゲート付近のようだった。



空港のインタビューブースで立ち止まった彼は、

「しばらく・・・アメリカへ・・・。」と言った。


思考が停止する。よく言っている事が分からない。


「しばらくとは、いつまで・・・ですか?」
「分かりません。仕事の状況次第です。」
「今この時期に行かれるのは、最近の報道と何か関係あるのですか?」
「いえ、あの事について、何もしゃべらなかったのは申し訳なかったのですが、元々、異動は、あのTVで放映された時よりも前に、決まっていたんです。だから、自分のけじめのために・・・あえて、あの場を借りて、お話させていただいたんです。混乱をさせてしまって・・・申し訳ありません。」
「結局、そのお相手は、どうされたのですか?」
「彼女は・・・関係ありませんから。僕との事も別に。」
「では、あの番組どおり、何も?」
「ええ。僕には割り込むその隙間を見つけることが出来なかったんですよ。」

苦笑した後、社さんが割り込んで、そのまま敦賀さんは映像の奥へと消えた。


コメンテーターが、敦賀さんについて勝手な憶測を続けていたが、私は良く分からない・・・。そのまま、彼の寝室へ向かって・・・・彼のサイドボードの上に紙を一枚、見つけた。



『最上さんへ

 おはよう、よく眠れた?映画おつかれさま。
 オレはこの後、アメリカに行きます。言わなかったのは、謝らない。
 今後すてきな女優になって、すてきな恋をして、すてきな女性になることを
 祈っています。今までありがとう。              敦賀 蓮
 PS:このマンションと車は君にあげるから、好きに使ってください。   』



「なぁに・・・・これ・・・・・」

紙が指を離れて舞う。

気が動転して、足がかくかくする。
社さんに連絡を取らなくちゃ・・・と思っても、うまく動かない。


勝手に流れ落ちる涙と、動かない身体が、なぜなのか・・・よく分からない。


嗚咽が止まらなくなって、その場に崩れこむ。


泣いている場合じゃ無い・・・動かなくちゃ・・・・いけない、そうだ、ケータイ・・・・。

 
何とか部屋に・・・・着いて・・・・ケータイを見ると、大量の着信と伝言とメールが入っていた。

モー子さんに椹さんに、社さんに・・・・社長に・・・・最後に敦賀さんからだった。

皆、敦賀さんが今日アメリカへ向かう事を知っていたようなメッセージだった。

モー子さんは、「あんたっ。いい?気を確かにして、へんな気起こして凶行におよぶんじゃないわよ?」というメッセージが入っていて、泣きながら笑った。


私は・・・敦賀さんの・・・・・そのメッセージを・・・・・怖くて聞けなかった。


ひとしきり泣いて、泣いて、涙が枯れるまで泣いて、私は社さんからかかってきた電話に出た。

「キョーコちゃん・・・・大丈夫?!声枯れてる!」
「昨日はご迷惑を・・・・すみません・・・。」
「そんなことは、いい!今から、そっちに行くから!そこにそのまま、居てね!!」

そう言って社さんからのケータイは切れた。


空港から駆けつけてくれた社さんは、息を切らして、マンションに入ってきた。

呆然と無気力な私を見つけると、すぐに近寄ってしゃがんでくれた。

「キョーコちゃん・・・・」
「や、社さん・・・・っ・・・・っ・・・っ・・・・」

知っている人を見て、また嗚咽が止まらなくなって、社さんは肩を落とす私を抱き寄せて、「大丈夫、大丈夫だから」と背中を撫でてくれた。またひとしきり泣いて、もう出る涙すら無くなった頃、社さんに抱きとめられたまま、「蓮はね」といった社さんの声をひどく遠くの方で聞いていた。

「前々からずっとLMEの海外部門でも開拓をと向こうの社長からオファーがあったんだ。元々彼は、英語が使えたから。でも蓮はずっと迷っていた。でも、何か最近吹っ切れたように、それを引き受けたんだ。あの昨日まで撮っていた映画はね、蓮は実は断ろうとしていた。だけど、配役を見て・・・まだ早いとか何とか言っていたな。向こうへ渉る日を現地へ掛け合って先延ばししてもらって・・・厳しい日程状況でギリギリ詰めてあの仕事を請けたんだよ。海外行きと映画を受ける代わりに、社長に、あのインタビューで真実を語る事と、キョーコちゃんにはアメリカへの異動を内緒にする条件を飲ませてね。だから、アメリカの件は、社内でも上層部しか知らなかったんだ。昨日クランクアップ後、社長がわざわざ来たのは、あの打ち上げが、社長がこっそりと蓮の送別会も仕込んでいたからなんだよ。アカトキの社長は、うちの社長に無理やり誘われたんだと言っていた。最後まで隠すためだろうね。うちの社長だけが来ていたらおかしいから・・・。」


だから・・・・何?


「それと、蓮の連絡先・・・・教えるなって・・・伝言貰ってる・・・・。ごめんね、キョーコちゃん。」

どうもうまく身体がいうコトを聞いてくれなくて、社さんから這い出そうと思うのに、動けなかった。

「映画も終わったし・・・・しばらく休んで、ゆっくりするといい。今度から僕が君のマネージャーになるように蓮から言われてる。それと「決して無理をさせるな」って。これは内緒の伝言だけどね・・・・。」


そう苦笑する社さんを見て、私はまた新たな涙が浮かんだ。
どうして、敦賀さんはいつも・・・・・そう・・・・大人なのだろう。


「社さん・・・私・・・・日本でトップの女優に・・・敦賀さんに負けない女優になりたい・・・・。」


うん、そうだね、といった社さんにも涙が見えた。









社さんが帰っていった後、私はまた一人になって、眠れなくてぼぅっとしていた。
幸いに私はしばらくお休みが貰えたから、もう何もしたくない・・・・。

最初の一週間はこのマンションから出ることも無く、自分がどうしたらいいかも分からず、寝て起きてはテレビをつけ、敦賀さんの特集ばかりを見ていた。私はなぜか目の前に居ない敦賀さんのこれまでの経歴に、無意味に詳しくなった。

次の二週目には、モー子さんがやってきた。

「あんた・・・何そのブサイク顔。」
「モー子さん・・・・久しぶり・・・。」
あきれた様な、ちょっと怒ったような顔で、私を見るなり言った。

「女優業はどうしたのよ?」
「今しばらく・・・・休業みたい。」
「映画主演女優が何言ってんの?敦賀さんがいないとはいえ、あの映画のプロモーションはもう始まるのよ?撮り終わったって、これからが勝負なんじゃない。」
「うん・・・・。」
「で、あんた自覚したの?」
「何を?」
「あんた、そんな顔してるくせに、ホントにバカねぇ・・・。いいわ、そこで縮こまってなさいよ。その間に私は次の仕事してくるから。」

そう言って出て行った彼女は、慰めに来てくれたのか怒りに来たのか、よく分からなかったけれど、でも心配してくれて、暗に女優業に戻って来いって言ってくれているのが分かって嬉しかった。

その週の終わりに、なぜかショータローが社さんと共にやって来た。
二人をリビングに通すと、ショータローは開口一番やっぱりいつもの挨拶をくれた。

「オマエ・・・・ひでーブサイク。こんなんと映画であのシーン撮ったかと思うとオレ・・・・」
「モー子さんにもそれ、言われた。何、アンタそんな事言うために・・・わざわざ社さんに来てもらってまでここ、突き止めてきた訳じゃないでしょ?」
「分かってんならいいや。ヤシロさん、悪いんだけど、キョーコと二人きりにしてくんねぇ?」
「不破君。信じているけど・・・キョーコちゃんにひどい事・・・・しないでよ?」
「しねーよ、こんな弱弱キョーコ、相手になんねーもん。」

社さんが、心配そうに、「いやな事があったら叫ぶんだよ?」と言った。

私はうなずいて、社さんを見送った。ドアが閉まるのを見計らってショータローが口を開いた。

「で。オレ言ったよな?いつか捨てられるって。」
「・・・・・。」
「オレはこの映画が始まる前に、アイツから直接この映画の終わりと共に、アメリカに飛ぶことを聞いてた。だから、オレはお前に言いに行った。まだ世間は、あのピンクツナギ=京子だとは知らない。でも、マスコミはあの映画をきっかけに、それを流そうとしてる。お前が好きなのが敦賀蓮だとばれたら、お前、潰されるぞ。」

「・・・・・・・・。」

「だから、お前、嫌だろうけど、好きなのはオレってことにしとけ。まだお前の名前だけじゃ、「敦賀蓮」の名前に潰される。オレの名前があれば・・・まだお前一人よりマシだろ。だからオレは嫌だったんだ。こんな事になるのは目に見えてたのに、あいつは勝手に一人で逃げやがった。しかもキョーコの気持ち、気付いていたくせにな。あんな臆病者、マジ、やめちまえ。」

「私・・・・敦賀さんのこと・・・・別に・・・・。」

「まだ・・・・そんな事言ってんのか、お前。じゃぁなんで、置いてかれた男の家でこうしてぼさっと座ってる?あいつが恋しくて、置いていかれてさびしくて、どうしたらいいかも分からなくて、ここにいるんじゃねーのか?で、今度はアイツに復讐・・・・すんじゃねぇのかよ?」

「何で・・・・アンタがそんな事分かるの?私にもよく分からないのに何で・・・・・復讐?」

「おまえなぁ・・・・。本当にあの、打ち上げの時自分がどうだったか覚えてねーのか?」

あきれたようなショータローの顔に、後ろめたさを感じる。また暴れたのだろうか?

「何にも・・・覚えて・・・・ない。」

はぁぁぁぁぁ、と大げさなため息をついて、これだから酔っぱらいはいやだな、と言った。

「お前、なんで、オレの忠告・・・聞かなかった?」
「お酒はショータローの前でしか飲むなってヤツ?」
「そう。」
「だって・・・敦賀さん、「オレの前では暴れない」って言ってくれたもん。」

「あぁぁぁそうかよ。そうですか。じゃぁ、お前、このDVD見てみろ。随分と楽しそうだったじゃねーか。お前ホント、バカだな。じゃな、これ渡すのが今日のオレの役目なの。監督が直接この多忙なオレ様を呼びやがったからな・・・仕方なく来てやっただけ。」

ぽんと手渡されたDVDに目をやると、「打ち上げ(編集済み/音声入)」と書かれていた。

「打ち上げ、撮ってたの?」

「あれも撮影のうちだったの。オレも後から聞かされたんだけど。マスコミ対策用と、エンディングロールの最後の最後に、監督が入れるつもりだったらしいけど、結局監督は使えねぇって言ってた。あぁ、ほんとにマスコミにはオレがうまく言っておいてやるから、お前、笑顔で「いいお友達です」とか言っとけ?そうすりゃ勝手にマスコミがいい方へ解釈してくれる。でも、くれぐれも口が滑ってもオレの本名言うなよ・・・・。それ、オレにとっては最悪パターンだから。っつーか、オレの今後に響く。」

言いたいことだけ言ってショータローは出て行ってしまった。
本当にショータローらしかった。


出て行ったショータローを後ろ目に見ながら、社さんが入ってきた。

「大丈夫だった?キョーコちゃん。」
「はい。でもこのDVD・・・・」
「見て・・・見る?辛いかもしれないよ?見たら、キョーコちゃん、もういてもたってもいられなくなると・・・・思うけど。」
「はい。いいんです、自分が自分で・・・・よく分からないから。」
「じゃぁ・・・いいけど・・・辛くなったら止めるんだよ?」
「はい・・・・・」





そして、私はDVDをセットした。