【Cross 13】






今日は、クランクアップの日。敦賀さんと最初に練習をしたというか・・・させられた例の、最後の場面の収録日。他の場面はもう既に撮り終えてあって。

あの日以来、敦賀さんとの絡みはほとんどなくて、戦いの場面やら、死にそうになる場面ばかりで、私の好きなドレスやメイクとは皆無で、叫んでばかりの撮影に、正直喉が強い私でも、やられそうになった。

今日のクランクアップを機に、私は敦賀さんのマンションを出る。既に持ち込んだ数々の品は纏めた。昨日は、最終日の前夜祭だから、ハンバーグパーティなの、と言ったら、敦賀さんは大爆笑をしていた。昨日は久々に二人で笑って笑って、また私は敦賀さんが用意した琥珀色の液体を前にさっさと意識を失ってしまった。

せっかく最後だからたくさん敦賀さんをからかって遊ぼうと思ったのに、と今日の朝、車の中でぼやいたら、「君が、オレを?」と言ってまた大爆笑された。

そして、また今日も朝から、私はぼろぼろになった服と特殊メイクで瀕死状態になった。

敦賀さん演じるリュークは本当に大魔王が降りてきていているのかと思うほど、普段の温和な敦賀さんとは思えない、ノアを取り殺しかねないその演技は見ている私も怖かった。ショータローも、悔しい事に、その演技に引っ張られているのか、イリアを取られた憎しみを存分に発揮していたように思う。

私はそんな最後の最後の場面を撮る直前になって、震えが止まらなくなった。

またシンデレラが終わってしまう・・・・・・。

「最上さん?」

見上げると、やっぱり傷だらけメイクの敦賀さんが、そこに居た。

「大丈夫?震えてるけど・・・」
「だっ、大丈夫・・・です。すみません、最後だと思ったら何だか震えが。」
「そうだね、最後だね。大丈夫、また君の『ツボ』、ちゃんと押してあげるから。」

はっと目が覚めて、私は顔が熱くなるのを感じて、敦賀さんの背中をまた押すと、彼はまた爆笑した。






「OKでーす!チェック入りまーす」

敦賀さんの腕の中で、強く抱きしめられて終わった。

遂に・・・終わっちゃったんだ・・・シンデレラの時間。

そこはかとない達成感と虚脱感とでぼやぼやと敦賀さんの腕の中で考え事をしてしまって、気付いたら、敦賀さんが私の間抜けな顔を見たのだろう。また爆笑していた。

「ほ、本当に死んだようにならなくっても・・・。」
「ご、ごめんなさい・・・。」

口元を歪ませて笑いを堪えながら、敦賀さんが私を立たせてくれた。

彼に色々言いたかった文句をぶつくさと言うと、しばらくおなかを抱えて笑っていた。

「OKでーす!お疲れ様でしたー!!!」

出演者とスタッフの拍手と共に笑顔が散る。
敦賀さんはその声と共に、優しい顔で挨拶をしてくれた。

「お疲れ様、最上さん。」
「敦賀さん・・・・本当にありがとうございました。」
 
私は敦賀さんに右手を差し出した。

「頑張ったね。」

にっこりと笑って、握り返してくれた。
そこに、つかつかとショータローがやってきて、

「どーも。」

そう言って、二人の握る手の上にぽんっと手を置いて、ふてくされたようにきびすを返していってしまった。

敦賀さんと目が合って、二人で笑ってしまった。

「みなさーん。この後、2時間後に、打ち上げを兼ねて、仮装パーティを第6スタジオで行いまーす。出演の皆さんはぜひ、映画の役の格好で、スタッフの皆さんは思い思いの格好でお願いしまーす!」

スタッフのメガホンから素敵な声が聞こえてきた。
イリアにまだなれる。
敦賀さんのリュークも楽しみだと言おうとして、また爆笑している敦賀さんがいた。

「き、君は・・・多分・・・いや、絶対・・・イリアの正装するんだろ?」

そんなにお腹を抱えて笑わなくてもいいのに。
そうなんですけどね。ええ。

「なんで、分かるんです?」
「だって、君・・・ホントに・・・ドレスを着ているときとメイクしているとき、目を輝かせてて・・・・嬉しそうだもん・・・それに、今の顔・・・・ぷっ。」
「そ、そんなに笑わなくたって・・・・。」
「ご、ごめん・・・。いやっ・・・・ぷぷっ・・・・」


しばらく笑いが止まりそうもないので、私はそんな敦賀さんをよそに、さっさと控え室に着替えなおしに帰った。






私は中でも一番のお気に入りの、薄い桜色のドレスを選んだ。これはお買い物に行って、リュークに最初に会ったときにリュークが選んでくれた・・・という設定で使ったもので。最後に着るにはふさわしいかなと思った。

仮装パーティだからメイクさんが一番大変そうだった。

私がイリアのメイクを施してもらう間、この映画でずっと私を担当してくれていたリコさんと最後の会話を続けていた。リコさんは、私のメイクをしながら、日々くだらない相談から深い相談にまで乗ってくれて、最近ではお姉さん役となってくれている。モー子さんと同じくらい大好き。もしリコさんが来てくれるなら、どこへでもお仕事をしに行こうと思うくらい、私を素敵に変身させてくれる。


「キョーコちゃん、ホント敦賀さんに愛されているわよねぇ・・・..。」
「へ?ち、違いますよ・・・一番からかいやすいんです。」
「何言ってるの・・・あんなラブシーン見せておいて。」

リコさんは思い出したのか知らないけれど、赤面した。

「あっ、あれはっ・・・私あんまり思い出したくないんです・・・・。演技負けしてますから。」
「えぇそうかなぁ?キョーコちゃん、可愛くて可愛くてっ・・・。それに・・・敦賀さんて・・・あんなに情熱的な人だったかしら?」
「あの人の色気は尋常じゃないんです・・・。それに誰相手でもそうなりますよ。」
「・・・・?違うわよ、あなたの前では敦賀さん、本当に演じているように楽しそうに見えるけれど?」
「そうですか?」

最後の手直しをするために、私はリコさんを正面に座りなおした。

「あなた、気付いてないかもしれないけど、この映画の撮影始まる前より、本当に可愛くなったわよ。毎日メイクしている私が言うんだから、そこは否定しないでね。で、誰が・・・あなたを綺麗にしてくれたのかしらねぇ?私、賭けてもいいわよ。」
「賭け?」
「そうよぅ、だって・・・・・。」

と、リコさんはそこまで言って言葉を切り、頭にティアラを載せてくれて、唇にドレスと同じ、桜貝色のリップを塗って、「はい、完成!」と満足そうに微笑んだ。

「さっ、できた。賭けの答えはまた今度ゆっくり聞かせてあげるから。後ろにあなたのリュークが・・・・待ってるわよ?」

リコさんがそう言って、親指をかざした先に、敦賀さんが・・・リュークが立っていた。

背の高い彼の特徴を存分に引き出している、黒いロングコートにスーツと白いシャツ、黒いネクタイに白い手袋が映えて、とても綺麗だった。敦賀さんが選んだその衣装も、イリアが最初にリュークに会ったときに着ていたもの・・・・。

そういえば、私の桜貝色のドレスと敦賀さんのスーツは、衣装さんが涙ながらに「最高傑作セットだから」と熱く語ってくれた事を思い出した。


「さっ・・・行こうか?」
と先にドアを開けて、まるでリュークのように手を取ってくれた。


そのまま敦賀さんは私の手を握ったまま、廊下を歩いた。イリアは皇女様だから、こんなことはなれているはず・・・と思っても、カメラが回っているわけでもなくて、恥ずかしくて顔が上げられなかった。


「私・・・敦賀さんと共演できて、本当に楽しかったです。勉強させてもらうこともたくさんあったし・・・・。」

テレを隠すように、私は敦賀さんに告げた。

「そう?良かった・・・・。」

そう言って、とても優し笑顔で、つないでいた手をやっと離してくれたと思ったら、・・・私の髪に手を入れて、くしゃりと・・・撫でた。

「リュークと・・・イリアの最後の仕事、楽しもうか。」
「はい。」

私は最後にまたシンデレラ時間を楽しめる。そう思った。






とても明るくきらきらした第六スタジオに入ると、もう私たち以外の共演者他スタッフは揃っていて、私たち二人が入ると共に、クラッカーがなった。そのまま前面に押し出されるようにして、共演者全員に、花束が贈られた。

作者の大越先生は満足そうに挨拶をして、その後、満を持したように、わが社の・・・ローリィ社長が、派手な音楽と共に・・・――――多分、仮装パーティを言い出したのは彼だろうと思われるが――――王様のような・・・格好で登場した。正直、共演者である、私の父王やノアの父王役より派手で目立っていた。

ショータローをはじめ、初めてうちの社長を見た人々はかなり驚いていたようだった。大越先生は、今度わが番組に、と嬉しそうに呼び止めていた。

その後に行われたアカトキの社長挨拶はとても普通だった。というより、これが普通で、最近ローリィ社長ぐらいでないと満足しない私たちがどうかしている・・・のだろう。


乾杯の声がかかって、未成年の私になぜか渡されたいつもの琥珀色の液体を前に、乾杯をしたものの、迷っていた。

これを飲んだら・・・まずい・・・・よね。やっぱり・・・・。でも・・・・。敦賀さんは、暴れないから大丈夫って言ってたし。それにせっかくのパーティだもん。楽しくしたい・・・・。

私はグラスにたっぷりと注がれたそれを、一気に胃に流し込んだ。

「キョーコ!!お前、オレの前以外で・・・」

ショータローがぎょっとした表情で、グラスを奪ったときには、もうそれは私の胃の中だった。私はとても幸せな気分になって、また意識を手放した。