【Cross 12】
シャワーを浴びたあと、最近あちらこちらで寝てしまうらしい私は今日こそ自分の部屋でちゃんと寝るぞと決心して、敦賀さんに挨拶をしに、家中探し回った。
この家・・・いくつ部屋あるんだろう・・・。
敦賀さんの寝室は、扉が空いていて、やっと見つけた敦賀さんを見て、私はぱたっと足が固まってしまった。
窓際で椅子に腰かけて、『月明かりを浴びながらグラスを片手に物思いにふける敦賀さんの姿』は、ひと際異常な色気を放っていたから。
い、色気って・・・こういうのが絵にならないとダメなのね・・・・と玉砕感を感じて固まったままになってしまった私に気付いた敦賀さんが、ふいとこちらに視線だけよこした。そしてまた私の心臓はこっそり跳ねた。
「どうした?」
敦賀さんは、ほわほわとした優しい笑顔でそう言い、手で招かれた。
けれど、私はそこに入ることを留まってしまった。
この寝室に入るのは正直・・・・昨日の今日では・・・・。
「いえっ・・・・・あのっ・・・・」
私はあわてた心を隠すように目を伏せた。
「おいで・・・・。」
結局私は何か引力に導かれるように、敦賀さんの座る窓際まで行ってしまう。
その座る横に立って、私は外に目をやった。
「この階からだと・・・街並みも・・・光も・・・とても・・・綺麗だよ。」
「・・・・ホント・・・・綺麗・・・。」
私の部屋とは逆側にあるために、私はこの風景を知らなかった。
イルミネーションがキラキラとしていて、シンデレラ姫がお城の上から眺めているような気分になって、嬉しかった。
そして横にいる敦賀さんが、今日はとても優しい表情で・・・リラックスをしているようだったから、私もとても優しい気分になった。
ベッドシーン終わったからだろうか?
「もうすぐ・・・・この仕事も・・・終わるね。」
「そう・・・・ですね。」
シンデレラに変われる時間が終わるが近い。
この風景もシンデレラ役も12時の鐘と共にもうすぐ終わる・・・。
「君は・・・・不破への復讐をやめる気は・・・・ないのか?」
シンデレラの終了と現実。
「ショータローを、ぎゃふんと」
「ぎゃふんと言わせるまではやめません」と言おうとして、敦賀さんの大きな手が私の口を塞いだ。
「君は女の子だろう?あまりそういう事をいうのは・・・・感心しないな・・・。」
そう言って敦賀さんは口を塞いだ手をするりと外して私の髪へ手を差し入れる。
どうも、ベッドシーンを経験してからというもの・・・敦賀さんの手の動きにすっかり翻弄されて私はすぐ赤面してしまうようだった。結局赤面して言えた答えが「はい」だけだった。
「君は・・・・・本当に・・・・・不破の事が好きなんだね・・・」
「はっ・・・・?」
髪に差し入れた手を外して、敦賀さんは、あんぐりと開けっぱなしになってしまった私の唇を指で閉めるように撫でた。そのまま指で私の唇をなぞり・・・・私はキスをされる・・・と思って、肩をすくめたが、それをされる事はなかった。
「君が不破のことになると・・・・周りが見えなくなるのは知ってたよ。今は復讐だと・・・言ってはいるが、それはいつ終わる・・・?日本一の女優と称されるようになったときか?じゃぁ仮に君がオスカーでも取ったとして・・・不破が君に「負けた」と言ったら満足・・・するのか?違うだろう?」
敦賀さんは、私がきょとんとしているのを見て取って、くすりと笑った。
「気付いて・・・ないんだね。君はただ彼に「愛していた」と・・・言って欲しいんだ。君が心から愛した分、それが反転して憎しみ・・・めいたものになっているようだけれどね・・・。裏を返せばそれは・・・君が今でも不破を想っている証でもあるしね・・・・。」
違う・・・といいたかったけど、私は確かに、女優になって、ショータローに「お前を捨てなければ良かった」と言わせたかった気がする・・・。そう思ってた。
でも・・・今、私は・・・・。
「もし、君が本当に・・・復讐をしたいのであれば・・・・・あぁこれは卑怯かな・・・。」
敦賀さんは、言葉を飲み込んでしまった。
「復讐したいのであれば?」
そんな方法があるのなら・・・・教えて欲しい。
「いいのか?それを聞いても・・・・。君は不破を・・・」
目をそらさず、いつに無く神妙な顔で見下ろされた。
「敦賀さん、何か勘違いしてます・・・。いいんです、私アイツが悔しがるなら・・・・何でも。」
なぜかひどく緊張して、声が枯れた。
「じゃぁ・・・これは不破には悪いけど・・・。」
そう呟いて・・・・続けてくれた。
「もし君が本当に彼に復讐をしたいのであれば、彼を、彼をいい思い出にするか・・・・仮に彼が君を好きだと言っても、何の感情も沸かないほど彼を忘れて・・・・他の誰かを・・・愛する事だね・・・・。それが今の君の所属している部の・・・・使命、だろ・・・?」
ん?と言って、頬を指で優しく撫でられた。
思い出・・・?アイツが私に好きだといったとき・・・?誰かを心から愛する・・??
今の状況からかけ離れた答えと、思っていたものとは全く違った答えに、私は良く理解できなかった。
私の「?」を読み取ったのか、敦賀さんはくすり、と笑って「そうだろうね・・・」と言った。
そんな変な日が・・・・いつかこの先くるのだろうか?
「敦賀さんは・・・・大人・・・・ですね・・・。私は・・・・」
「オレが大人?とんでもない。」
オレもね、と続けて、敦賀さんは、フイと窓際から離れて、ベッドに腰かける。
サイドボードに置いていかれたグラスは寂しそうだった。
敦賀さんは、壁の一点を見つめて語りだした。
「オレはね・・・君もTVのインタビューを見たと思うけど・・・言うつもりがないから。それを長い事続けてきたから・・・・たまにね、その思いのままに行動してしまおうと思うこともある。その度に思い直す。今君にも言ったように『思い出にするか、若しくは忘れろ』ってね。」
そう、苦しそうに切なげに言ったその顔を私は見た事がある。昔・・・・一緒にやった時に見た・・・彼の役柄そのまま・・・だった。そして、彼がどれだけその想いを飲み込んできたのかが分かった。
「なぜ言わないんですか?」
私は・・・その彼の見た事がない素直で隠さない、その淋しそうな表情に・・・声がどんどん枯れてしまう。
「・・・・・彼女には・・・・別の男がいるから。インタビューでも言ったけれど、オレが間に入る隙間が見つからない。」
「敦賀さんなら・・・・奪えると・・・・思いますけど・・・。」
なぜか涙が一筋流れて、頬を伝った。
「・・・・リュークのように・・・・物語のようには・・・・そう簡単にいかないだろうねぇ・・・。」
苦笑する彼の表情の中に、その彼女への恋心が見え隠れして、私はとても切なかった。
そして私は・・・・・。
さっきから敦賀さんは私から目を逸らしたまま。目を見て話がしたい。
何故か私は・・・その時そう思った。何か、いやな予感を感じたのかもしれない。
だから私は、敦賀さんが腰かけるベッドサイドに近寄って、床の上にじかに膝を付いて敦賀さんの手を取った。どんどん溢れそうになる涙を堪えて目を合わせる。
彼の目を下から無理やり覗き込んで、言ってみた。
「じゃぁ敦賀さんなら・・・・アイツのこと・・・忘れさせてくれますか?」
目を見開いた敦賀さんは・・・・ずっと目を逸らさなかった。
そうして・・・・しばらく私をじっと見つめていた敦賀さんが、優しくふっと表情を緩めて、ふぅと一息もらして、私の涙の跡をぬぐってくれた。
「どこでそんな台詞覚えてきたの?涙を堪えながらその台詞なんて・・・。もう少し大人の恋愛を経験してから言ってごらん?下手に誰にでも言っていい台詞じゃない。」
私は、自分で言った台詞に急に恥ずかしくなって真っ赤になった。
敦賀さんは私の額をつついて、優しく笑った。
「君が・・・・その大切な石に何か話したくなったら・・・また聞いてあげるから。」
私は、その優しい微笑みに何もかも許されて安心した子供のように、伝った涙をぬぐった。敦賀さんは私を裏切らない、そう思った。
「君は・・・君らしく、自分のために誰かを好きになってごらん。たとえそれが不破だったと気付いても、いいじゃないか。君には、幸せになる権利がある。それを最初から放棄しないで・・・・。」
「幸せになるんだよ?」と、優しく言って、また頬を指ですりすりと撫でてくれた。
そう言われて、何故か・・・・今度は涙が止まらなくなった。
ぱたぱたと・・・涙がこぼれ落ちて、あせった私は、敦賀さんの前からどかなければ・・・と思って、立ち上がった瞬間、彼に抱きとめられた。すっぽりと収まった彼のうでの中で、逃げなきゃと咄嗟に思った。でも、強い腕に身動きがとれなくて、遂に諦めた。
「泣かないで・・・。」
そう言って、両腕できつく抱き寄せられて、優しく頬擦りをしてくれて。
それを離すと・・・いつか私の背中を撫でてくれたように、ずっと背中を撫でてくれた。
「もう・・・・大丈夫です、敦賀さん・・・。ごめんなさい・・・。」
もう放そうと思って・・・・両腕で彼の胸板を押して、離れた。
敦賀さんは私を立たせてくれて、部屋の入り口まで送ってくれた。
「随分と・・・・おしゃべりをしちゃったね・・・・。女優さんは肌が命だからね、もうお休み。目もちゃんと冷やして。」
「はい・・・・おやすみなさい・・・。」
優しい声が上から降ってきていたけれど・・・・私は顔を上げられなくて、伏目がちに挨拶をして、部屋に背を向けた。
その日は・・・よく眠れなかった。
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