【Cross 1】



最近、気がつくと彼女の事を目で追っている。


彼女が女優としてどんどん成長をしていく様は、見ているのはとても楽しいけれど、こちらもうかうかしていられない。彼女はいつも何かに熱中していないと気がすまない性格なのか、もしくは、完璧に遣り通さなければという、どこか強迫じみたものがそれを押し進めるのかもしれない。



彼女は仕事以外も何もかもを完璧にしようとするあまり、どこか不安定に見える事もある。それは絶対に外には出さないようだけれど・・・。たまに例の石を見つめて、何事かぶつぶつとつぶやいている様を見かける。高校でもテストとなれば狂ったように勉強をし、ドラマの撮影ともなれば、完璧に台詞を覚えるだけでは事足らず、状況と役の奥深くまで理解しようとしているようだ。


それは彼女の長所でもあり、時には短所にも変わる。同じ仕事をする者としては、プロであるが故、それは歓迎される事であり、仕事はしやすい。でも・・・。


「敦賀さん?」
「ん・・・?」
「らしくないですね、大丈夫ですか?」

彼女はスタジオの隅の壁にもたれるように座っていたオレの横に膝を抱えて座ると、次の撮りのシーンまでの台本にすでに熱中している。彼女はただ本当にオレの様子がおかしいと思っているようで、他意はないようだ。



「何を・・しに来たの?」
「あっ、敦賀さん役に入られるとき人が側にいない方がいい方でしたっけ?目がうつろそうでしたから、体調…悪いのかなって気になったんです。」


オレが邪魔されて怒ったのだと勘違いしたのか、上目遣いに見上げてくる彼女は、年相応に見えた。


「いや、ちょっと考え事をね。そんなに変な顔してた?」


苦笑して一つ息を吐いた。


「いえ、あの・・・。」

今度は、目が合って慌て始めた彼女をつい、いじってからかってみたくなる衝動にかられたが、目の前に共演相手でヒロインの礼子が立っていたせいで、それは消された。


「敦賀さん、次のシーン…控え室で練習をご一緒していただきたいんです。」
「・・・・・・?いいよ。じゃぁ、最上さん、次の撮りに近くなったら、彼女の控え室まで呼びに来てくれないかな?」
「はい。このシーンが終わったら声かけますね。いってらっしゃい。」


彼女は台本から顔を上げることもなく、その表情はいたって普通で、この誘いが本当に練習の一環だと信じて疑っていないようだ。オレと彼女との次の撮りのシーンがベッドでの絡みのシーンだと知っていたから、練習などではなく、オレへの誘いである事は容易に想像がついたが、彼女がもしそれに気づいたら、どんな表情をするのかちょっと見てみたい気がして、礼子の単純な誘いにのる事にした。


礼子はあからさまにオレを誘った。その単純さからバカにする気にもならなかったが、ここで気性の激しい彼女を怒らしても後の撮影に響くかと思い、気付かないフリを続けた。
抱きしめて、見つめて、机の上に彼女を抱いて乗せる。嬉しそうにオレをみつめる彼女の目を見る事もなく、頭を抱えながらその机の上に横たえる。

「諒子・・・。」

オレはここで彼女にキスをしなければならない・・のだが。顔を近づけて、カメラ位置からはそうしているように見せるから、と言われていたのを思い出して、彼女に近づくだけ近づいて、離れた。


「さっ、礼子ちゃん、終わりだよ。本番もよろしくね。」
「敦賀さん。」



背を向けてスタジオまで帰ろうとしたオレのシャツをぐいっとひっぱられて振り向くと、勢いよくオレの首に抱きついて、口づけられた。身長差が大きいだけに、彼女の全体重をかけられた首は彼女のほうへ嫌でも傾く。彼女の身体を離そうと、肩を押した。唇が離れた所で礼子は口元だけが笑った。


「もうすぐ次のシーンですから・・・お願いします。」


振り向いてドアの方を見やると、あの子が・・・・ばつが悪そうな表情でそれを告げ、くるりと背を向けて去っていった。

やられた。

どの状況であっても、練習だと分かるように、彼女が迎えに来たら見えるように、ドアを少しだけ開けてあったのが逆にあだになった。

「敦賀さん、礼子・・・・彼女に悪いことしちゃったかしら?でも、敦賀さんとあの子、別に何でもないんですよね?だったら・・・」


その次に続きそうな言葉を遮って、オレはにっこりと笑って、答えた。


「そうだね、彼女とも君とも何にも関係がないから、大丈夫だよ。」


彼女が固まって動けない様子だったので、オレは今度はすんなりとスタジオへ帰れた。



「敦賀さん・・・」

げんなりとした表情を浮かべる彼女をよそに、オレは先ほど座っていた位置へ腰を下ろした。彼女の目が、「あぁいう事は、仕事が終わってから外でやってください。やるとしてもせめてドアを閉めてから・・・。」と語っているようだった。


マネージャーの説教を受けたような気がして内心ひどくいらつく。彼女がオレの事を事務所の先輩としてしか見ていない事は分かってはいるが、それでも現実を目の前にするとそれを否定したくて、自分の気持ちを見せてしまいたくなって、その自分の中の矛盾だとは分かっていても、つい彼女に八つ当たりをしてしまう。


「オレがどうしようと、君には関係ないことだよね?」


にっこりと笑顔で言うと、彼女も礼子のようにまた固まった。


そのまま、彼女は何も言わずミネラルウオーターを取りにバスケットへ向かって行き、そのままリコちゃんと楽しそうに話しているようだった。


別にどう取られてもいいと、彼女から自分への感情を何も読み取れない苛立ちに、少々なげやりな気分に浸った。


その日の午後の撮りはもう、最悪だった。うまく表情をうかべられない礼子が、更に台詞を間違い、最初にベッドシーンを撮り直す事10回。控え室での事が響いている事は明らかで、監督・スタッフの苛立ちが彼女に伝わって、なお更彼女を追い詰めているようだった。挙句、休憩を挟んで仕切りなおす事になってしまい、オレは礼子の泣き出しそうな様子に、フォローに回り、抱きしめて、あやさなければならなくなった。



その成果があったのかどうなのか、休憩後彼女のご機嫌はそこそこもどったようで、NGを3回ほど出したものの、表情も台詞も何とかこなした。最後、横たえてキスのフリをするために、彼女の顔に唇を近づけると、彼女がまた首に腕を回して予定の角度より顔をこちらへ向けたために、オレはもうNGを出すのも嫌で、自ら彼女の唇に口付けなければならなくなった。絡められた嫌悪感に少し顔が歪んだ気がする。が、オレの表情はカメラに写らない角度だったのが幸いだった。



「はいオッケ!敦賀くん、礼子ちゃん、お疲れ様〜!」


礼子を自ら離して、ベッドから降りると、社さんがシャツとミネラルウオーターを持ってきた。オレの表情が珍しく歪んでいて、何か読み取った社さんがフォローを入れるように笑顔を振りまいた。



「蓮、お疲れ様。礼子ちゃんもね。」
「敦賀さんといっぱいベッドシーンやれて、礼子得しちゃいました〜。」



けろりと、能天気な彼女をオレは見やる事もなく、シャツの袖に手を通すと、先ほどの壁際まで無表情のまま腰を下ろす。気がつくと、彼女の姿はこのスタジオには無かった。礼子へのフォローを済ました社さんがオレの姿を探して、近づいてきた。

「最上さん、今日はもう上がり?」

はははっ、と笑って社さんは、オレの横に立って苦笑いを浮かべた。

「見てられない、って憤慨していたよ。休憩前までは黙って蓮の演技を見てたんだけどね。蓮がフォロー入れてただろ?そしたら、キョーコちゃんあれぐらいのぬるい台詞と表情でよければ、ベッドシーンだろうと自分でもできるって言って憤慨して怒って控え室行っちゃった。休憩後…またここの壁際にいたように思ったんだけど・・・。OKが出たから、控え室かな?彼女のシーンはもう無いらしいんだけど、蓮が演じているのを見ているのは勉強になるからって、ずっと居たんだよ。それでもやっぱりベッドシーンはお前の演技好きなキョーコちゃんといえど女の子だからね。いやだったかなぁ・・・。」


オレは、彼女に同感で、オレの私情を挟んだとしても、全く持ってプロ失格な彼女との仕事は今後一切したくなかった。


その後彼女は、ほどなくしてスタジオに姿を現し、何事も無かったように他の人が続けるシーンに見入っていた。その日は残り2シーンを撮って終わり、オレは次の仕事のために、他局に向かおうとして、彼女と会った。彼女は別件で、オレと同じ局へ行くというので、一緒にオレの車に乗り込んだものの終始無言で、局に着くと頭を下げて、そのピンクのつなぎの姿はすぐ小さくなった。


社さんは、終始考え事をしているオレに、「温和、敦賀蓮でねっ」と繰り返し念を押していた。


その後撮影中どこかに消えると、ほどなくして戻ってきた。


「社さん?」


ニコニコとこれ以上ない笑顔で戻ってきた社さんに、オレは一抹の不安を覚えた。


「いや、新しいお仕事の件でね、ふふふっ。」
「そんなに楽しい仕事・・・なんですか?」
「う、うん・・・多分・・・。」


すごんだつもりはなかったが、社さんはいやっ、余計なお世話じゃぁないんだ、そうだっ、と社さんはぶつぶつと呟いていた。


「ラブミー部が、泊り込みで今日から2ヶ月半ほど君の世話に来るよ。」

「は?また?今度はなんで?オレは自分で自分の事ぐらいできます・・・。と言うか・・・泊り込みまで、オレの許可も決定権もなしですか?」


ラブミー部って事は彼女がまた来るのか?
相方はオレを毛嫌いしているようだし・・。


「社長命なんだよ・・・。これから今日から…例の映画の撮りが終わる二ヶ月ちょっとだけだからさっ。蓮、忙しくなればなるほど食べないでしょ?今度の役、もう少し筋肉付けなきゃいけないのに、痩せちゃったら元も子もないからって。キョーコちゃんとも、役作りしやすいし。ね?キョーコちゃんは、「社長命でしたら、何も言えませんね」とは言ったらしいけど、イヤとは言わなかったらしいよ。」


社さんは社さん自身が喜んでいたのか、残念そうな表情を浮かべた。


「社長命なら、何も言えないですね。少しの間だけ・・・ですよ?」


オレは、社さんのしゅんとした表情に弱い。彼はオレのためにならない事ははっきりと断るし、いつもオレのために犠牲になってくれているのが分かっているから。


オレの次の仕事は、彼女と、不破との共演映画を控えている。不破と彼女が愛しあうのを奪いとり、俺と彼女が最終的に愛し愛されるという話の、その配役。オレがこの役を断れば、不破がオレの役になるはずだった。その配役と・・・・・台詞と内容に、オレは断るに断れなかった。彼女は既にその配役を聞いているのだろうか?徐々に出来上がってきている台本を手元に置いて覚えてはいるが・・・その配役上も、プライベートでも、彼女が「今」うちに来るのは、正直自分がつらい。泊り込みともなれば、夜とオフは必然的に彼女が家の中にいる。何もしない自信など皆無に近い・・・・。



「ところで、社さん、今日の・・・例のお願い、社長は?まさか、ラブミー部の為だけに、社長が社さんを呼んだとは考えにくいですから。」

苦笑を浮かべる社さんは、

「好きにしろ、と。それで・・・あとで来いって。」


とだけ口にした。
それ以上オレも社さんも何も言わなかった。


その日の撮りが終わって、疲れて帰ると、既に鍵が開いていて、彼女は部屋にいるようだった。


そういえば・・時間帯がずれるから鍵渡したって言ってたっけ・・・。


家中とてもいい香りが漂っていて、リビングのソファの上に荷物を置くと、キッチンに寄る。足音に気づいた彼女は振り返ると、開口一番、不機嫌そうに、口を開いた。


「合鍵・・・社さんにもらったので勝手にあがらさせてもらったんですけど・・・嫌なら返します。」


先ほど突き放した言葉をまだ根にもっているのか、目を合わせようとしない。
だから、「助かるよ。」とだけ答えた。


無言で料理を作り続けた後、テーブルに料理が綺麗に並んだ。テーブルにつくと、彼女は「料理に罪はありませんから、無言で食べて味も気にしない食事になる前に…先に言っておきますけど」と言って、この家に上がって初めてオレをまっすぐ見据えた。


「ゴシップ記事なし敦賀蓮。初の一面。」


目を皿のようにしてオレをにらみ上げてくる。真意が掴みきれなくて、彼女の様子をじっと見続けていた。


「いいですか、敦賀さん。もしあそこに来たのが、私じゃなくて、カメラ持った悪意のある人だったら、ケータイで撮影でもして、すぐに新聞社に売られますよ。そうしたら、このドラマも余計な先入観を持って視聴者があなたと礼子さんを見るんです。せめて、『熱愛発覚』は、ドラマが終了してから発表してくださいね。ドラマが穢れます。」


正論に何も返さず無表情を保つ。彼女は女優として共演者として、オレに忠告しているのだろう。もともとは、この子を試すような真似をしたせいで、またオレへの誤解を一つ増やしただけ。


控え室でのキスは不慮の事故だと言い訳などした所で、君はまっすぐな目でオレを諭すんだろう。「言い訳なんてこの業界はいらないと教えてくれたのは敦賀さんです。」と。可笑しくなって、ふっと自嘲めいた笑みがもれてしまう。


ふぅ、と一つため息をついて、彼女を見やった。


「そうだね、君の言うとおりだね・・・。」


ちょっとびっくりしたように、彼女は目を見開いた。


「敦賀さん、『この業界は否定しなきゃマスコミに都合のいい方へ話が進む』んですよね?」
「ん?」

オレからふっと目をそらして、彼女はうつむいた。

「さっき、実は私、机に礼子さんを横たえたときには・・・・あの場に来ていたんです。敦賀さんの次のシーンがベッドシーンだと知っていたので、邪魔しちゃいけないと思って、一瞬ドアをたたく手を引きました。でも敦賀さんが「終わり」といってこちらに来ようとしたので、なぜか見てはいけない物を見てしまった気分で、ドアを叩かなかった言い訳をどうしようと、あの場に立ちつくしていました。
そうしたら、敦賀さんは・・・ふいに飛びかかってきた礼子さんを抱きとめてあげた挙句に、キスされた。あなたが、彼女を拒まないようであれば、その場を立ち去るつもりでいたんです。でもあなたは引き剥がした。私は、はっと気付いて、最初の目的を遂げた。
本当は私、敦賀さんにどうこう言える立場じゃないんです・・・。つい、自分の動揺を隠したくて、敦賀さんに八つ当たりしちゃっただけなんです。ごめんなさい。」


誤解・・・はしていなかったのだろうか?


肩を落とす彼女を見て、オレはどきり、とした。彼女の表情は、自分で意識しているにしろいないにしろ、憂いを帯びた、とても大人びた表情だったから・・・・。



「どうして私がドラマが穢れると、責めた事を否定しなかったんです?というか、私は敦賀さんが怒ってしまわれたので、どう謝ろうか考えあぐねた挙句・・・また責めてしまって。もし敦賀さんが、許してくださらなかったら、きっと自己嫌悪で今日はまたへこんでたかもしれないんですけどねっ・・・。ちなみに私はマスコミじゃないんで、実際礼子さんとの事も、どっちであってもいいんですけど。フリでいいキスも、実際の撮りでも・・・されていたのでっ・・・・。」


最後はなぜか慌てふためいて赤くなって更にうつむいた。そして、「さぁ、冷めますね、誤解が解けたって事と、今日から、一ヶ月間お邪魔しますの意味で、乾杯・・しましょう?」彼女は照れながら、グラスに琥珀色のシャンパンを注いだ。



「最上さんもう飲んで平気?誕生日まであと少し・・・・。」
「だるまやの女将さんが、ドラマのお祝いを敦賀さんとしておいでって、くれたんです。今日だけ・・・駄目ですか・・・?ちょっとだけ・・・?」
「分かった、気分悪くなりそうになったらやめるんだよ?」


オレは、この時の自分を後で呪う事になる。






2006.07.01 細部修正


2005年春から夏にかけてちまちま作っていた物です。


スキビ初作品という事でやりたい放題させていただいた懐かしい物ですが、オリキャラ総出演、うちのオリキャラは全部オフ友人'Sから名前を貰ってます(アリーを除く)。


長いですがお付き合いいただければ幸いです。