5・・・4・・・3・・・・2・・・・1・・・・・・・





ZERO




「敦賀さんが、すきです。」


このシーンに何度立ち会ってしまった事だろうと、キョーコはくるり、とすぐにうしろを向いて、蓮に「下で待ってますね」と一声かける。

また私がいる時に・・・・と重なる不運に溜息をつき、蓮の返答が聞こえるかもしれない・・・と、いやでも背を向けた彼らに耳がいく。

彼女が撮影中、蓮にそれはもう心から心酔しきっていたのは見ていて分かったし、多分遅かれ早かれこうなるだろうと言うコトはイヤでも想像がついた。

可愛い、子。小さな顔に、うるうるした瞳。咲きたての薔薇のように深紅でふっくらとした唇。まるでお人形のように造形が整っていて、なおかつ性格も一途で素直。きっと美少女コンテストというのはこういう子の為にあるのだとキョーコは思う。当然優勝してこの世界に入ってきた。彼女の所属している事務所が、今全面的に彼女を売り出しているのは、当然の事だろう。

平凡・これぐらいなら、という・・・自分でもわかっているから余計に腹が立つような形容詞を正面から平然と貰ってきた自分とはなんて違うんだろう…と、もうあまりの可愛さに、嫉妬する事もなく、むしろ自分になついた彼女を、妹のように可愛がってきた。今日の彼女の勇気を応援してあげたいと・・・心のスミで思いつつ、また別の部分で心に重いものを感じる。

彼女はまだ芸能界に入りたて。初めてのドラマでの現場。緊張していた彼女に蓮は相手役・・・とあって、最初から最後まで優しくフォローを入れてきた。そして、惚れさせる役なら惚れさせる・・・・という新開監督の通りになった。それがそうならない事が、ない。「私は他の女優とは違うもの」と言ってはけん制していた女優ですら、最後は・・・今日と同じ結果。自分もその一人・・・なのだろう。


俳優でもなく、タレントなのに、同じ事務所というだけでたまたま傍にいられる自分などは目の上のたんこぶなんだろうと・・・・誰も口には出さないけれど、想像したりする。


とぼとぼと歩いていた所で、彼女が私の所までかけ寄ってきた。すこしびっくりしたキョーコは何も言えずに、彼女の反応を待った。

「京子さん、せっかく相談に乗ってもらっていたのに・・・失恋しちゃいましたっ。」

うつむき加減で、何とか出しているだろう明るい声がした。

「頑張ったよ。えらいね。」

・・・本当にそう思う。口に出せる勇気と勢いと、その一途さが羨ましい。こんなに素直で一途で可愛い子すらダメなんていう蓮が選ぶ子はいったいどういう子なのだろうと思う。



「敦賀さん、今は大事な人を作るつもりがないって・・・言われました。いつか、作る気になったときにまた口にしていいですか?って言ったら・・・いいよって。だから、しばらく私も敦賀さんに負けないようにお仕事頑張ります。京子さん、じゃあ・・・。」


自分も以前聞いた話。


一粒床に落ちた涙が、応援していた自分への気遣いと、彼女の精一杯の気持ちとえらさだと・・・思った。


――いつか彼が大事な子を作る気になる日が来るのだろうか・・・・。
――彼が大事な子を作らない理由は・・・仕事でもっと上に行きたいから・・・?それとも、もっとプライベートな事・・・?


さらに心の別の部分が重くなる。いつか出会う「敦賀さんがすきです」と「OK」・・・。いつか来るその時に自分はどうするだろう、と思う。まさか、もう大事な人を作るつもりがあるなどと公言はしないだろう。


口に出してはいけない・・・という苦しさは、日に日に重くなっていく。傍にいたいならなお更口に出せなくなっていく。そして、いつか出会うだろう・・・その日。


その日をもし目撃したら、自分はどうするだろう。いつか週刊誌のトップがそんな記事で埋まったのを見かけたら、どうするだろう。


5・・・・4・・・・3・・・2・・・


――既に、1、ぐらいまでカウントは取られているのだろうか・・・・。



「キョーコちゃん?」
「社さん。」
「車こっちだよ?」
「あ、はーい。」


彼女に感化されたように自分の中の触れたくない部分を久しぶりに思い出した。その重い気持ちを振り払ってくれたのは今日は社だと思う。いつも彼の明るい声は、自分を助けてくれる。

「また、立ち会ったの?」
「え?」
「一人で来たから・・・・そうだと思った。あの子、だよね?」
「・・・・ふふっ・・・。」
「打ち上げも済んだ後で良かったね。」
「・・・・・。」
「つらいでしょ?キョーコちゃん。」
「あの・・・。」
「いや・・・・あぁ、ちょっとゴメンね。怒らないでそのまま黙っていてね。」


気付いたら社の腕の中。携帯まで壊してしまうという彼の手の感触は普通だと思う。優しいから、表情を見て取って慰めてくれているんだと思った。驚いたけれど、笑いながらそのまま彼のネクタイを指でつまんで遊んでいた。


「なに・・・・・してるんです?」
「見てのとおり。」

蓮の驚いた声がして、キョーコはふと我に返って離れた。

「ごめんなさい、社さん・・・・。」
「いや?」
「・・・・・・・・最上さん?」
「あのっ。敦賀さん、帰りましょう?」



――5・・・・4・・・・3・・・2・・・1・・・・・



「・・・・・・・・・・・・。」



蓮の中に何かが降臨するまであとゼロカウント・・・・・




終始無言の社と蓮。その沈黙の中で、キョーコの背中に冷や汗が流れる。このコースでは社は先に車を降りてしまう。この後・・・彼女の話をするべきか、沈黙を守るべきか・・・・。



「じゃあね、蓮。明日はいつものトコに昼集合だからね。」
「ええ、お疲れ様でした。」


蓮の声はいつものように穏やかなのに・・・・微妙な空気。


「あの、敦賀さん・・・?」
「何かな。」
「あの・・・・。」


言葉が続かない。
「あの子泣いていましたよ」とは言えないし、あんなに真剣な子を振る方だっていい気はしないだろう。

しばらく続いた沈黙に・・・・耐えられなくて、ついにキョーコが口を開いた。

「愛っていくらぐらいで買えると思います?」
「え・・・・?」
「愛って換算したら、いくらぐらいするんでしょうね。」
「どうした?」
「ほら、政略結婚とか…お金目当てってあるじゃないですか、ふふ・・・。」


あんなに可愛い子でもダメ。どんなに優秀な女優でもダメ。
芸能界でそういう相手を見つける気はないのだろうか。


こんな日は、全てを口にしてしまいたくなる。
たった二文字。されど、なんて重たい二文字。
口にすれば、彼女と同じ結果になるのは目に見えているから。


「敦賀さんのはいくらぐらいするんでしょうね。きっと一生積んでも売ってくれなさそうですけどね。くすくす・・・・。」

「何かの・・・隠喩?それとも、さっき社さんとのこと?」

「いえ・・・愛が目に見えて換算できたら、面白いなって思っただけですよ。」

「社さんには言えて、オレには言えない・・・ことなんだね。」



――すき・・・・


その二文字は、彼にだけは絶対に言えない。一生彼には内緒。自分の心の中に封印しておかなければならない。社は勝手にそうだと思っている様子だからさっきは慰めてくれたのだろう、とキョーコは思う・・・・。


「そう・・・・・ですね・・・・。」

「そう・・・・。」



蓮が何を目指しているのか、どうしたいのかはキョーコには分からない。
けれど、蓮が仕事でトップを走り続ける限り、キョーコもそばで見ていたいと思う。


尚のように、光の渦にのみこまれて・・・・その先は・・・・・。




――5・・・・4・・・・3・・・・2・・・・1・・・・



――スタート!



そして眩しい照明の下で、二人のいつもの生活が、いつものように続いていく・・・。



























2006.04.29

素敵ツッコミを頂いたので一言だけ・・・。珍しく策士的社さん仕立て。蓮の何とか押さえ込んでるものもクラッシュさせてみようと思って。この後の蓮の決壊カウントダウンも面白いかも。

2006.05.01 追記・訂正